2020年03月05日

『シンボル・イメージ小事典 』ジェイナ ガライ・中村 凪子翻訳(現代教養文庫)

人間が自然や動植物、モノにたいして何をイメージし、シンボルとしてどのように具象化したかをコンパクトに、しかし、世界や身近かな細部を新鮮な眼な見直すのに十分なリストとして編まれた異色の事典。

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《古代の錬金術では、相反するものは紅白の二色において結合を果たすと考えられていた。

 赤は情熱の象徴であり、白は純潔の象徴であり、錬金術に使われていた不思議な紅白のバラは火と水の融合の象徴であった。

 この融合は生命あるものの理想的な状態であり、ソロモンの『雅歌』は完全無欠のキリストを「わたしの恋しい人は白く、赤く、赤銅の色に輝き、ひときわ目立つ」とたたえている。》

(本書より)


シンボルやイメージを想念すれば、世界にある様々な事象がひらかれる。相反するものは結合をする可能性を忘れてはならない。

ジェイナ ガライの『シンボル・イメージ小事典 』はバブル経済期に刊行された文庫本だけど、古本で見つけたら購入して損ない内容かと思える。


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2020年03月03日

『銀河帝国の崩壊-Against The Fall of Night-』アーサー・C・クラーク

 数億年の未来。銀河帝国は崩壊して宇宙に雄飛した人類、砂漠と化した地球の一角で〈侵略者〉を恐れてかろうじて生存していた。

 機械とコンピュータにより人類の生活は快適なものだったが、それら技術はすでに失われていて動作原理を知るものは誰もいない。かつては宇宙に進出したが、宇宙人の攻撃を受けて地球に閉じ込められた。生き残った人々はかつてのテクノロジーを利用してなんとか生き延びている。人類は不老不死を手に入れたが、子供が激減してしまった。そんな状況の中で現状に満足して、人々は保守的になっていった。

 過去七千年で唯一の子供であるアルビンは好奇心旺盛で、町の外に何があるのか、地球が今どうなっているのか知りたがった。


 少年アルビンはダイアスパーの人気のない場所で、碑文を見つけたことから記録保管人であるロアデンの助けを得て、ダイアスパーの秘密を知る。

ダイアスパー地下には、地球上の他の街につながる道が縦横に走っていた。その道は唯一つを除いて、すべて閉鎖されている。それがリスへの道であり、アルビンはこの道を通ってリスに辿り着いた。


 ダイアスパー以外に人は生きていないと思われていたが、リスにも人類は生き延びていた。リスの人々は他人の考えを読みとり、精神を操るすべを身につけている。ダイアスパーに存在を知られたくないリスの人々は、アルビンに記憶を消してダイアスパーに戻るか、リスに永遠にとどまるか選択させた。その直前に古代都市シャルミレンから手に入れたロボットを用いて脱出して、ダイアスパーに戻ることができた。アルビンはそこでロボットから過去の情報を引き出して、宇宙船を発見して手に入れることができた。


 宇宙船に乗って七つの太陽の世界にたどり着いて、純粋知性体バナモンドに出会った。銀河系の彼方よりバナモンドと共に地球へと帰還したアルビンは、ダイアスパーとリスの人々とバナモンドを調査して、人類にあった帝国の歴史《狂った精神》によって荒廃した世界などを知るのだった。


続編『悠久の銀河帝国』がグレゴリイ・ベンフォードによって書かれている。物語が書かれた年代も、作家としての資質も違うので、『銀河帝国の崩壊』を前半にした続編は違和感ありそうな気がする。未読。

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2020年03月01日

『死が二人を』エド・マクベイン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

『死が二人を』エド・マクベイン(ハヤカワ・ミステリ文庫)

87分署シリーズ

警察に日曜日はない。初夏のさわやかな微風も明るい陽ざしも、一旦緩急あれば刑事にはもどかしいばかりだ ── 妹の結婚式当日も、キャレラはその花婿となるトミイに電話でたたき起こされた。

彼の家を至急訪れたキャレラがそこで見たものは、なんと、小箱にうずくまる猛毒の黒後家蜘蛛だった! 

しかも、花婿にとのカードまで添えられて……晴れの日に起きた忌わしい事件をセミドキュメント・タッチで描くシリーズの逸品。


『わが町\』ナレーション

眩い光に魅せられて人は都会に集まってくる

無数の光が輝くところに

そこには何かがあるような気がする

無数の富が、無数の幸せが、無数の喜びが

しかし、光のあるところには影がある

光が強く輝くところには、それだけ深い闇がある

美しくきらめく都会の明かりは

人の心から闇を引きずり出してしまう力をもっているのだろうか


(ラスト)

町に光と影があるように

人の心の中にも光と影がある

光の部分で人と付き合う人間もあれば

影の部分でしか人と付き合えない人間もいる

眩く輝く都会の明かりを人はどんな思いで見ているのだろう

都会を愛している人間もいれば

憎んでいる人間もいる

人を愛している人間もいれば

人を憎んでいる人間もいる

無数に輝く都会の明かりは

人の心の中ではそれぞれ別の色なのかもしれない

『わが町\』ナレーション(脚本:鎌田敏夫 ナレーター:湯浅実)



87分署シリーズ】

  1. 警官嫌い(1956) 
  2. 通り魔(1956) 
  3. .麻薬密売人(1956) 
  4. ハートの刺青(1957) 
  5. 被害者の顔(1958) 
  6. 殺しの報酬(1958) 2015/07/28 既読
  7. レディ・キラー(1958)
  8. 殺意の楔(1959) 
  9. 死が二人を(1959) 
  10. キングの身代金(1959)
  11. 大いなる手がかり(1960)
  12. 電話魔(1960)
  13. 死にざまを見ろ(1960)
  14. クレアが死んでいる(1961)
  15. 空白の時(1962)
  16. たとえば、愛(1962)
  17. 10プラス1(1963)
  18. (1964)
  19. 灰色のためらい(1965)
  20. 人形とキャレラ(1965)
  21. 八千万の眼(1966)
  22. 警官(さつ)(1968)
  23. ショットガン(1969)
  24. はめ絵(1970)
  25. 夜と昼(1971)
  26. サディーが死んだとき(1972)
  27. 死んだ耳の男(1973)
  28. われらがボス(1973) 
  29. (1974)
  30. 血の絆(1975)
  31. 命果てるまで(1976)
  32. 死者の夢(1977)
  33. カリプソ(1979)
  34. 幽霊(1980)
  35. 熱波(1981)
  36. 凍った街(1983)
  37. 稲妻(1984)
  38. 八頭の黒馬(1985)
  39. 毒薬(1987)
  40. 魔術(1988)
  41. ララバイ(1989)
  42. 晩課(1990)
  43. 寡婦(1991)
  44. キス(1992)
  45. 悪戯(1993)
  46. 87分署に諸人こぞりて(1994)
  47. ロマンス(1995)
  48. ノクターン(1997)
  49. ビッグ・バッド・シティ(1999)
  50. ラスト・ダンス(2000)
  51. マネー、マネー、マネー(2001)
  52. でぶのオリーの原稿(2002)
  53. 歌姫(2004)
  54. 耳を傾けよ!(2004)
  55. Merely Hate(2005)
  56. 最後の旋律(2005)
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内田樹「今さえよければそれでいい」という発想

内田 “サル化”というのは「今さえよければそれでいい」という発想をすることです。目の前の出来事について、どういう歴史的文脈で形成されたのか、このあとどう変化するのかを広いタイムスパンの中で観察・分析する習慣を持たない人たちのことを“サル”と呼んだのです。


歴史学的なアプローチも探偵の推理術も同じです。目の前に断片的な情報が散乱している。そこから「何が起きたのか」をいくつかのパターンで考え出し、すべての断片をつなぐことのできるストーリーを選ぶというのが探偵の推理術です。それが論理的思考ということです。でも、今の日本では、政治家も官僚もビジネスマンもメディアも、論理的にものを考える力そのものが急速に衰えた。広々とした歴史的スパンの中で「今」を見るという習慣がなくなった。時間意識が縮減したのです。それが「サル化した社会」です。


内田 「サル化」という言葉は「朝三暮四」の故事から採りました。サルたちにこれまで給餌していた8つの栃の実を7つに減らすことになったとき、「朝3、夕方4ではどうか」と言ったらサルは怒り出し、「じゃあ、朝4、夕方3は?」と言ったら狂喜した。朝の自分と夕方の自分が同一であるということが仮想できなかったのです。ある程度長い時間を通じて自己同一性を保持できない人を笑ったのです。

https://bunshun.jp/articles/-/35353 より


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内田樹『サル化した世界』

ポピュリズム、敗戦の否認、嫌韓ブーム、AI時代の教育、高齢者問題、人口減少社会、貧困、日本を食いモノにするハゲタカ……モラルの底が抜けた時代に贈る、知的挑発の書。 
・「自分らしく生きろ」という呪符 
・なぜ「幼児的な老人」が増えたのか? 
・トランプに象徴される、揺らぐ国際秩序 
・「嫌中言説」が抑止され、「嫌韓言説」が亢進する訳 
・戦後日本はいかに敗戦を否認してきたのか 
・どうすれば日本の組織は活性化するのか……etc. 

内田 樹 
1950年東京生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞を受賞。

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2020年02月29日

山極 寿一「サル化」する人間社会 (知のトレッキング叢書)

「上下関係」も「勝ち負け」もないゴリラ社会。 

厳格な序列社会を形成し、個人の利益と効率を優先するサル社会。 

個食や通信革命がもたらした極端な個人主義。そして、家族の崩壊。 

いま、人間社会は限りなくサル社会に近づいているのではないか。 

霊長類研究の世界的権威は、そう警鐘をならす。 

なぜ、家族は必要なのかを説く、慧眼の一冊。 

・ヒトの睾丸は、チンパンジーより小さく、ゴリラより大きい。その事実からわかる進化の謎とは

・言葉が誕生する前、人間はどうコミュニケーションしていたのか

・ゴリラは歌う。どんな時に、何のために


その答えは、本書にあります。 


本書の目次 

第一章 なぜゴリラを研究するのか 

第二章 ゴリラの魅力 

第三章 ゴリラと同性愛 

第四章 家族の起源を探る 

第五章 なぜゴリラは歌うのか 

第六章 言語以前のコミュニケーションと社会性の進化 

第七章 「サル化」する人間社会

「サル化」する人間社会 | 集英社インターナショナル 公式サイト


https://www.shueisha-int.co.jp/publish/%E3%80%8C%E3%82%B5%E3%83%AB%E5%8C%96%E3%80%8D%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BA%BA%E9%96%93%E7%A4%BE%E4%BC%9A


【人間の持つ普遍的な社会性は3つ】

.見返りのない奉仕をすること。共感能力を成長期に身につけ、家族の枠を超え、共同体、そしてより広い社会へと広がっていく。

2.互酬性。何かを誰かにしてもらったら、必ずお返しする。お金を払ってモノやサービスなどの価値を得るという経済活動。

3.帰属意識。人間は相手との差異を認め尊重し合いつつ、きちんと付き合える能力を持っているのは帰属意識があるから。


山極寿一 

1952年東京生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。カリソケ研究センター客員研究員、()日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手を経て、京都大学大学院理学研究科教授。1978年よりアフリカ各地でゴリラの野外研究に従事。類人猿の行動や生態をもとに初期人類の生活を復元し、人類に特有な社会特徴の由来を探っている。

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「近代的短編小説の創始者」独歩の中・後期の名作

『独歩氏の作に低徊趣味あり』夏目漱石

『巡査』はただ巡査なるひとりの人問を描き出したもので、その巡査がよく出ている。この編のおもしろみはちょうどチェホフかだれかの書いたもので『爺』というものがある。その『爺』のおもしろみが、『巡査』のようなああしたおもしろみである。巡査なら巡査、爺なら爺を表わしたのは、巡査がどうしたということを書いたものではない。爺がどうしたということを書いたものではない。ただ巡査なる人はこういう人であった、爺なる人はこういう人であったということを書いたにすぎぬ。そこがおもしろいのである。巡査なら巡査についての観察を書いたものだからして、まえの『運命論者』とはそのおもしろみがちがう。余のことばでいうと、こういうものは低個趣味という。巡査がどうして、それからこうしたというように、原因結果を書いたものではない。その巡査があしたはどうなっても、あしたのことはかまわない。ただ、巡査そのものに低侶していればいいのである。

小さんが酔漢の話をする。聴者はその酔漢の話をただ楽しんでいればいいのである。その酔漢があしたの朝になってどうしたとか、こうしたとかいうことを聞く必要はない。聞かなくても、酔漢そのものの所作行為に楽しむことができる。すなわち、筋とか結構とかいうものがおもしろいのではなくて、 一酔漢なるものに低個して、その酔漢の酔態を見るそのことに興味あり、おもしろみあるのである。それを余は低掴趣味という。普通の小説は、筋とか結構とかで読ませる。すなわち、その次はどうしたとか、こうなったとかいうことに興味を持ち、おもしろみを持って読んでいくのである。しかし、低徊趣味の小説には、筋、結構はない。あるひとりの所作行動を見ていればいいのである。

『巡査』は、巡査の運命とかなんとかいうものを書いたのではない。あるひとりの巡査を捕えて、その巡査の動作行動を描き、巡査なる人はこういう人であったという、そこがおもしろい。すなわち、低徊趣味なる意味において、『巡査』をおもしろく読んだのである。

(明治四十一年七月十五日『新潮』)


山田銑太郎というのは、作家の国木田独歩がひょんなことから知り合った巡査だった。非番の日に独歩がその家を訪ね、杯を酌み交わすうちに引き出しから書き物を出し「見てもらいたい」という。それは「題警察法」という漢文だった

「夫れ警察の法たる事無きを以て至れりと為す。事を治むる之に次ぐ」。警察は功のないのが一番良く、功を立てるのは次善である。最上の法は治めるのでも功を立てるのでもなく、事件を未然に防ぐことにほかならない

山田巡査は上機嫌でこれを読み上げ、独歩もあいづちを打ちつつ大いに盛り上がる。結果、警察の道を尽くす者は功名も治績もなく、その神機妙道は愚者には理解できぬ−−ということで2人は意気投合した。この小説「巡査」は1902(明治35)年の作である

「神機妙道」とは隠れた霊妙な機微をいうのだろうが、何とも情けない神機妙道もある。してもいない捜査の費用を請求して飲食費に流用し、警官自らが刑事事件の容疑者になってしまうというお粗末である。兵庫県警宝塚署の少年事件担当者らの集団不祥事だった

非道な殺人の容疑者を捕らえれば警察官だった衝撃に心が凍った今年だった。こちらはいじましい公金流用だが、職務にかかわる日常的不正で、かかわった人数も多い。市民の信頼を損ね、職務に精勤する同僚を意気阻喪させることはなはだしいといわねばならない

功名も成績も求めず、ひたすら世の安寧のために力を尽くすという明治の巡査の心意気は作家が書きとどめた。誰にでも分かる平成の「神機妙道」を新聞が書きとどめる機会はこれきりにしてほしい。

【毎日新聞】


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「近代的短編小説の創始者」独歩の中・後期の名作を収録。 

理想と現実との相剋を超えようとした独歩が人生観を披瀝する思想小説『牛肉と馬鈴薯』、酒乱男の日記の形で人間孤独の哀愁を究明した『酒中日記』、生き生きとした描写力を漱石がたたえた『巡査』、ほかに『死』『富岡先生』『少年の悲哀』『空知川の岸辺』『運命論者』『春の鳥』『岡本の手帳』『号外』『疲労』『窮死』『渚』『竹の木戸』『二老人』。詳細な注解を付す。 


『牛肉と馬鈴薯・酒中日記』解説より 

独歩の作品(とくに初期、中期のそれ)は荒削りというほどでないにしろ、何か手触りがごつごつしてなめらかでないところがあります。 

これは彼の文章の飾り気なさからもきますが、もっと深く考えれば、そういう表現を必然とする彼のモチーフの性格にもとづきます。 

彼の初期短編の作因は、文学的というより、むしろ倫理的哲学的なので、うまい作品を書くことより、ある人間の問題をなげかけるところに、その主眼があります。 

――中村光夫(評論家


国木田独歩 

1871(明治4)年、下総銚子生れ。山口県に育つ。東京専門学校中退後新聞記者などを経て、1897年田山花袋らとの合著『抒情詩』で詩人として出発。次いで、1901年短編小説集『武蔵野』を刊行。自然の中に人事を見つめる小説家へと転身した。その後発表した『牛肉と馬鈴薯』『春の鳥』は自然主義文学の先駆として迎えられた。1908年茅ヶ崎で死去。没後、『欺かざるの記』刊行。 

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2020年02月22日

潜在意識に共鳴するタロット

シンボリズムを極めて、深い意識下の世界から、俊敏なメッセージを詠むパワーカード。
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ピクトグラム図案風タロットは、秘法22枚組のみ限定印刷。
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潜在意識に共鳴するカードを手にすると、あなたの世界が変わります。

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ペンギンタロットを使用した、占い方のページ。
限定制作カード格安販売中。

http://penguintarot.seesaa. net/

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何が愚かなことかと言うと、それはお前のものの言い方だ。お前はまるで影も悪も認めないような口振りじゃないか。こういう問題をよく考えてみてくれないか。もし悪が存在しないなら、お前の善はどうなる、もし地上から影が消えてしまうなら、大地はどんなふうに見えるだろうか?

(ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』)
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2020年02月21日

『葡萄酒の魂』ボードレール

ある晩、葡萄酒の魂が壜の中で歌っていた。

《人間よ、君に届けと歌い上げよう、おお親愛な廃嫡の子よ、

赤い封蝋にとざされた私のガラスの牢獄の中で、

光と友愛にみちた 一つの歌を!


わかっているとも、焔と燃える丘の上に、どれほどの

苦労と、汗と、灼けるような太陽がなければ

私のいのちを生み出して 魂を吹きこむことができないか。

でも私は恩知らずでも悪者でもないつもりだよ。


なぜって 私は大喜びで落ちこんで行くからさ

つらい仕事に疲れ果てた男の咽喉の中へ、

その男の熱い胸が居心地のいい墓となるんだ

冷たい地下の穴倉にいるよりもよっぽど気持がいい。


聞こえるかね 私の脈打つ胸の中にこだましている

日曜日の歌のルフラン 希望のさえずり。

肘をテーブルについて 両袖をたくし上げて、

君は私をほめたたえ いい御機嫌になるだろう。


君の奥さんもうっとりと目を輝かすようにしてあげる。

息子さんには力と元気な顔色をよみがえらせて

人生の競技に向かう このかよわい選手のために

レスラーの筋肉を引き締める油ともなってあげる。


では君の中へと落ちて行こうか、植物性の不死の食べ物、

永遠の「種まく人」が投げ落す貴重な種だぞ、

こうすれば われらの愛の結ぶところに詩が生まれ出て

神に向かって珍しい花に伸び上がるのだ!》


『悪の華』安藤元雄訳(集英社)より

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『ボードレール語録』横張誠編訳(岩波現代文庫)

象徴派の先駆者として知られるボードレールの「現代性(モデルニテ)」の美学とは何か.19世紀当時の現代的な文学・芸術運動であったロマン主義の超克として提示された「現代性」を軸に据え,「ブルジョワジー」「メランコリー」「陶酔」などをキーワードにして19の詩・散文のテクストを解説し,近代の相貌を浮かび上がらせる.書下ろし.岩波現代文庫オリジナル版

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翻訳者からのメッセージ

「吸血鬼の頭目」で「謎と恐怖を間抜けに駆使して読者を驚かせる」人物,「死体置き場と屠畜場の詩」,『悪の華』刊行前に,ジャーナリズムではさして話題にもならなかった詩人ボードレールとその作品について書かれた数少ない新聞記事で目立ったのは,このような評価だった.『悪の華」は,1857年出版されとすぐ,その背徳性を攻撃する書評が新聞に掲載されたのに続いて,公衆道徳宗教道徳紊乱の咎で告発され,宗教道徳侵害の嫌疑は却下されたが,公衆道徳良俗紊乱で有罪判決が下された.要するに作品の猥褻性と同性愛描写の非道徳性が公に非難されたのである.

 他方,友人やジャーナリストが,悪意や批判を込めることなくボードレールの奇怪な言動を報告している.そのうちでも特にどぎついのは,子供(の脳みそ)を食べるという話だ.また,晩年近くブリュッセルに居住し始めたころ,ボードレールは,亡命中の共和派フランス人たちの動向を探っているスパイだと囁かれた.すると彼は,自分は事実密偵だし,おまけに殺人犯なのだと,ベルギー人たちに言い触らしてやったと書き残すのである.

 こうして,不吉で猥褻な,鬼面人を嚇す類いのボードレール像の素材が出揃う.

 根づいた奇人・怪人伝説は,ボードレールの作品に含まれた,異様な表現,有無を言わせぬ断言調の発言を,納得した気持ちにしてくれる.これで,わかりにくい奇怪な見解も,悪い冗談なのだと割り切れる.ガラス屋の理由なき虐待を描いた散文詩「益体ないガラス屋」を『黒いユーモア選集』に入れて片付けたアンドレ・ブルトンもそうしたのだ.

 本書で紹介する,詩作品や批評文等から選んだボードレールの19のテクストは,どれも一筋縄ではいかないものばかりで,中には奇人・怪人伝説に頼ったのではまったく歯がたたないものさえある.いずれにせよ,ここで目指すのは,伝説のごときものは視野に入れず,冗談抜き,大真面目(!)で,それらを,ボードレールが古典主義に対置されたロマン主義をさらに超克することを意図して提唱した「現代性modernité」の美学に照らして解読し,また逆にそれを通してこの美学が真に何を意味するのかを解明することである.表題が示す通り,一般読者に向けて編纂されたものであるが,従来ボードレール研究では参照されることがなかった資料に少なからず依拠しているので,研究者の参考にも資するものと期待している.


1943年生まれ。東京大学文学部卒業。同大学大学院人文科学研究科修士課程修了。一橋大学名誉教授。専攻は、フランス文学。


⭐︎ 単なる注釈つきアンソロジーとは一線を画すものである。重要テクストを選別して、いわゆるExplication de texteを行った「著作」といって過言ではないだろう。


《本文より》

色彩家種族はあまり憤慨しないでほしい。仕事は、難しさが増すので、かえってより栄誉あるものとなるのだから。偉大な色彩家なら、燕尾服、白ネクタイ、灰色の背景からでも色彩をつくりだすことができるのだ。 


新しい情念に根ざした、特殊な美をわれわれは占有しているのかという、主要かつ本質的な問題に戻るなら、気づくのは、現代的主観に取り組んできた芸術家たちの大部分は、公共的、公式的な主題、つまりわが国の戦勝やわが国の政治的英雄性を扱うにとどめてきたことである。しかも彼らは渋々そうするのであり、また、金を払ってくれる政府からそうした主題の注文を受けるからそうするのだ。しかしながら、私的な主題はあるのだし、これのほうがはるかに英雄的なのだ。 


裸体という、あの芸術家にとってとても大切なもの、あの成功の不可欠要素は、昔の生活でそうだったように、〔今も〕よく見られるし、不可避でもある、ーーベッドや風呂や死体解剖室でだ。絵画の手段もモチーフも豊富で多様であることは今も同じなのだ。ただし新しい要素があって、それが現代の美なのである。 

(『一八四六年のサロン』より) 

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『前世』ボードレール

  余は長らく大いなる柱廊のもとに暮らしていた

  海上の太陽が千々の色合いに染め上げ

  厳かに聳え立つ列中は

  夕べの影を落とし 洞窟の如くにみえた


  波は空を映して渦巻き

  厳粛と神秘のうちに 打ち寄せる音は

  豊かな音楽となって 夕日と溶け合い

  我が瞳のうちに反射しあった


  かの静寂な逸楽のうちに 余は暮らした

  青い海 高巻く波 光に包まれ

  よき香を放つ裸の召使にかしずかれつつ


  召使らは椰子の葉で余の額を飾り

  余が追い求める苦き秘密の

  如何ばかりに深いかを測り続けた

  《悪の華》より

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2020年02月16日

小川洋子の偏愛短篇箱と陶酔短編箱

小川洋子の偏愛短篇箱 (河出文庫)

短編小説から小川洋子さんがセレクトした極上のアンソロジー。十六編収録は厳選された名作ばかりなので、文庫本を10冊読んだ気分を味わえる。


新しい物語を創作する前に、過去にどれだけ高く深く斬新に切りこんた作品があるか知ることは肝心。洞察力を発揮するには、優れた方法を知覚するのが有利。


<収録作品>  

私の偏愛短篇箱 小川洋子

 内田百閨u件」 

 江戸川乱歩「押絵と旅する男」 

 尾崎翠「こおろぎ嬢」 

 金井美惠子「兎」 

 牧野信一「風媒結婚」 

 谷崎潤一郎「過酸化マンガン水の夢」 

 川端康成「花ある写真」 

 横光利一「春は馬車に乗って」 

 森茉莉「二人の天使」 

 武田百合子「薮塚ヘビセンター」 

 島尾伸三「彼の父は私の父の父」 

 向田邦子「耳」 

 三浦哲郎「みのむし」 

 宮本輝「力道山の弟」 

 田辺聖子「雪の降るまで」 

 吉田知子「お供え」 


「この箱を開くことは、片手に顕微鏡、片手に望遠鏡を携え、短篇という王国を旅するのに等しい」。小川洋子が「奇」「幻」「凄」「彗」のこだわりで選んだ短篇作品集。


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小川洋子の陶酔短篇箱 (河出文庫)

短篇と短篇が出会うことでそこに光が瞬き、どこからともなく思いがけない世界が浮かび上がって見えてくる。

魅惑の短篇十六篇と小川洋子さんの解説エッセイが奏でる極上のアンソロジー続刊。


<収録作品>  

文庫版によせて 小川洋子

【小川洋子解説エッセイ】    

「河童玉」川上弘美+仏頂玉

「遊動円木」葛西善蔵 +友達に恵まれない人生  

「外科室」泉鏡花  +鳴らないポケットベル

「愛撫」梶井基次郎 +文鳥のピアス

「牧神の春」中井英夫 +動物園の檻 

「逢びき」木山捷平  +ズロース問題 

「雨の中で最初に濡れる」魚住陽子 +禁を犯す

「鯉」井伏鱒二 +食べてはならないもの

「いりみだれた散歩」武田泰淳 +食パンの死骸

「雀」色川武大   +死後の父

「犯された兎」平岡篤頼  +バニーガールの尻尾  

「流山寺」小池真理子  +焼香の列

「五人の男」庄野潤三  +選択のやり直し

「空想」武者小路実篤 +空想倶楽部 

「行方」日和聡子   +影踏み

「ラプンツェル未遂事件や岸本佐知子+塔と刺繍  

私の陶酔短篇箱 小川洋子 


著者 小川洋子 (オガワ ヨウコ)

1962年岡山県生まれ。早稲田大学卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞、「妊娠カレンダー」で芥川賞、『博士を愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を受賞。

posted by koinu at 16:17| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小川洋子と読む 内田百閭Aンソロジー (ちくま文庫)

現実と幻、笑いと恐怖、彼岸と此岸、あらゆる境界をするりと越えて、不思議な光を放つ内田百間の珠玉の24篇を、百間をこよなく愛する作家・小川洋子と一緒に楽しむアンソロジー。


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《収録作品一覧 ページ》

旅愁 20

冥途 2126⭐︎

2738⭐︎

尽頭子 3948

蜥蜴 4957

梟林記 5968

旅順入城式 6974

7578

桃葉 7983

柳校の小閑 85134

雲の脚 135143

サラサーテの盤 145167⭐︎

とおぼえ 169187

布哇の弗 189199

他生の縁 201212

黄牛 213218

長春香 219230

梅雨韻 231234

琥珀 235238⭐︎

爆撃調査団 239247

桃太郎 249256

雀の塒 257268

消えた旋律 269273

残夢三昧 27528


汽車に揺られ、小鳥を愛し、土手をぼんやりと歩く……どこか遠くの現実とすぐそこの幻を行き来するような、百關謳カの作品を小川洋子が編む夢の一冊。


⭐︎ ちくま日本文学全集「内田百閨v収録されている、だぶりは分量から少ない。各作品には続きのように選者からの解説が丁重にされている。

【筑摩書房】2020210日初版

posted by koinu at 11:03| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月15日

「文楽」フランス語の解説

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丁重に文化遺産をガイドさせている。
posted by koinu at 09:38| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月08日

ショーン・タン『エリック』(河出書房新社)

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何年か前、わが家に交換留学生がホームステイにやってきた。でも、勉強するのも眠るのももっぱら台所の戸棚の中。「きっとお国柄ね」と母さんは言った―。

ホームステイにやってきたエリックを、ぼくらは皆であれやこれやと、もてなしたものの、興味をひくのは小さな変なものばかり。ショーン・タンの優しいまなざしが注がれた、宝物のような一冊。

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ショーン・タン 

1974年オーストラリア生まれ。これまでにオーストラリア児童図書賞他数々の賞を受賞。作品は世界中で翻訳出版されている。代表作『アライバル』のほかに『遠い町から来た話』『レッドツリー』が邦訳されている。 

現代を代表する新進気鋭のイラストレーター、絵本作家として活躍する一方、舞台監督、映画のコンセプトアーティストとして活動の場を拡げている。2011年には『ロスト・シング』を映画化、アカデミー賞短編アニメーション賞を受賞 。


岸本佐知子 

1960年生まれ。翻訳家。主な訳書にM・ジュライ『いちばんここに似合う人』、L・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』。編訳書に『居心地の悪い部屋』他。著書に『気になる部分』、『ねにもつタイプ』がある。


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2020年02月02日

われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。

最果タヒ「商業主義」

暗闇の中で流れていく川の水は掌のよう。

怒りがすべて声に昇華されていく乾燥した冬の、私たちが履いているブーツが春の代わりに足音を立てている。

こきまま誰もいないまま、この街が廃れてくれたなら私たちは永遠にここに暮らすつもりだったんだ。

約束できないまま、笑っている、持ってきた商品はどれも売れやしなかったけれど、あなたはどうして幸福なのかって、精神論を持ち出さないで答えてほしい。私の心に、銀細工の湧く泉を見つけたからって、答えてほしかった。

美しく磨かれた美術品、貧乏になった美術館から火事になる。

潔癖な人が言ったおとぎ話を信じて早死にしたあの子は、天国などないのに天国で笑っていて、要するに迷子になってしまった。

あなたが見ている美しい夕焼けは、241円の価値があるの。わあ、値段が素数だね!美しいって言えよ。

(「 現代詩手帖」2020年02月号)


NHKノーナレ「謎の詩人 最果タヒ」が2020年2月3日(月)22時50分から放送される。


2/10、22時からのNHK「グレーテルのかまど」は、「最果タヒのチョコレートパフェ」です。チョコレートパフェ、昨日食べたばっかだわ……。吉岡里帆さんが詩を朗読してくださるそうなのです、うれしいな……。

http://tahi.jp/



「最果タヒ展 われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」

2020年6月17日(水)〜7月5日(日) 京都文化博物館 別館ホール


最果 タヒ(さいはて たひ、1986年 - )

日本の詩人、小説家。女性。兵庫県神戸市生まれ。

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2020年02月01日

憎しみの連鎖を描く絵本「終わりの無い物語」

憎しみの連鎖を断ち切るために

世界各地で起きる戦争と止むことのない殺戮。 

アメリカは対テロ戦争の一環としてイラク戦争へ烽火を上げた。テロリストを殲滅するために、多くの犠牲者を出してイラクを攻撃した。

国家にとって自国の領土拡大、イデオロギーや宗教、経済的覇権を握るために戦争という方法が取られている。 


しかし「戦争をしない」という意志を個人も国家も持たない限り、憎しみの連鎖は止められないだろう。 

どんな非人間的なことをされようと、恨みや憎しみ悲しみをはらすための報復は行わないことだ。 

それらを一切破棄しないかぎり、憎しみの無限連鎖はとまらない。 

人が新たな精神構造をつくり上げない限り、戦争は無くならないだろう。


絵本「終わりの無い物語」

https://www.j15.org/Picturebook-Endlessstory/index.html


リンクしていただきました記事は、訳があって消えてしまいました。再び記事を逆コーピーして掲載させていただきました。

posted by koinu at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月25日

荘子「大きな瓢箪の使いかた」

 恵子がこんな話をして荘子を皮肉った。

「以前、魏王から大きな瓢箪の種をもらったことがある。それを蒔いて実が成ったんだが、なるほど馬鹿でかい実で、中に五石も入るほどだ。ところが水を入れると、重くてとても持ち上げられない。二つに割って、柄杓にしてみたんだが、大きすぎて水瓶の中に入らない。大きい事は大きいが何の役にも立たないから、叩き割ってしまったよ」


 荘子はやり返した。

「君は全く、大きなものの使い方が下手だな。こんな話があるよ。宋の国に代々麻を水に晒して生活している男がいた。商売柄その男の家にはアカギレの妙薬の秘伝が伝わっていた。ある旅人がそれを聞きつけて、薬の製法を百両で買いたいと申し出た。そこで男は一族を集めて相談した。

『俺たちは代々、麻を晒してきたが、儲けときたら、年に五六両がいいとこだ。今このアカギレの薬がなんと百両に売れるんだ。どうだ、ひとつ話に乗ろうじゃないか』

一方薬の製法を手に入れた旅人は呉の国に赴いて呉王に薬の効用を説いた。

越が呉に攻め入ったとき、呉王はその男を将軍に起用し、冬の最中、わざと水上に越軍を迎え撃った。アカギレの妙薬のおかげで呉は越に大勝した。呉王は褒美として男に封地を与えた。


いいかね。薬の効能は同じでも、一人は封地を与えられ、一人は相変わらずしがない稼業。物は使いよう一つなのだ。

五石も入る瓢箪を持っていたのなら、なぜそれを舟にしたてて揚子江や洞庭湖に気ままに浮かぶことを思いつかないのだ?  大きすぎて水瓶に入らないなどとぼやくようでは、自分が常識にとらわれている人間だということを白状しているようなものではないか」


岸 陽子『中国の思想 荘子』(徳間書店)より

posted by koinu at 13:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

荘子【明鏡止水】

【徳充符篇】

語られる人物二人とも五体満足ではないが、徳の充ちたる者で為政者たちは教えに感動して心惹かれてしまう。徳の充ちたる者とは?


《これらの例によっても明らかなように、徳が長ずるにしたがってかえって、人は形を忘れてゆく。逆に、形を忘れない者は徳を忘れる。これこそ真の忘失というものだ。


 従って全き徳を抱く聖人は何ものにもとらわれぬ。かれは知をひこばえ[樹木の切り株や根元から生えてくる若芽]のことのようなものと見る。規範を膠のようなものと見る。世俗の道徳を補足と見る。作為を商取引と見る。聖人にとって、これらは無用の長物だ。


 何ひとつ意図しない人間は必要としない。いっさいを分別しない人間は規範を必要としない。本性を損なわない人間は補足を必要としない。自己を売り物にしない人間は取引を必要としない。この「意図しない、分別しない、本性を損なわない、自己を売りものにしない」の四つを「天鬻(てんいく)」という。つまり、天に養われることである。天に養われるからには、あらためて人為によって養う必要がどこにあろう。


 聖人とは、人間の形を持ちながら人間の情を持たぬ存在だ。かれは人間の形を持つがゆえに、人間社会に生きる。しかし、人間の情を持たぬから是非にとらわれない。聖人といえども、一個の人間としては微々たる存在にすぎない。だがかれのみが自然と一体化して、その限りない偉大さをわがものとなし得るのである。》

出典:岸陽子『中国の思想 荘子』

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 途中から「道」の体得者の話になって、徳の充ちたる者=聖人という。そして『荘子』のいうところの聖人は、儒家の聖人である孔子ですら感服して教えを請いたいと思わせる魅力を持っている。


【明鏡止水】

《「荘子」徳充符から》曇りのない鏡と静かな水。なんのわだかまりもなく、澄みきって静かな心の状態。

「明鏡」と「止水」に分かれる。

『鏡に曇りなく澄んでいれば、塵垢は付かず、塵垢がつけば鏡は曇る。』というが、長らく賢人と一緒にいて、鏡の曇りを拭い去ってもらうと、塵垢のような過ちもなくなるもの。


原文は《『鑑明則塵垢不止,止則不明也。久與賢人處則無過。』》。

曇りなき鏡のように澄んでいる賢人(=聖人)は彼と接している人々の塵垢(過ち)も無くすことができる。


「止水」とは。

人は誰しも、流れ動く水に顔を映して見ようとはせず、静止した水に顔を映そうとする。このように、ただ静かな心だけが、静けさを求める多くの人々に静けさを与えて、彼らを引きつけることができる。


原文は《人莫鑑於流水而鑑於止水,唯止能止衆止》


 聖人は止まっている水のような静かな心を持つのだが、そういった心を持つ者は静けさを求める多くの人々を惹き付ける。大辞泉では明鏡止水の意味《なんのわだかまりもなく、澄みきって静かな心の状態をいう》は「道」を体得した者の心理状態である。

徳の枯れた者とは濁った愚痴スープの沼へと、ずぶずぶと溺れるのだった〔笑〕。

荘子の視点は現代社会では忘れがちなことだらけだ。

posted by koinu at 10:13| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月24日

『ペスト』(La Peste)アルベール・カミュ

アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。

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【本文冒頭より】

この記録の主題をなす奇異な事件は、一九四*年、オラン(訳注 アルジェリアの要港)に起った。通常というには少々けたはずれの事件なのに、起った場所がそれにふさわしくないというのが一般の意見である。最初見た眼には、オランはなるほど通常の町であり、アルジェリア海岸におけるフランスの一県庁所在地以上の何ものでもない。 

町それ自身、なんとしても、みすぼらしい町といわねばならぬ。見たところただ平穏な町であり、地球上どこにでもある他の多くの商業都市と違っている点に気づくためには、多少の時日を要する。 

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【あらすじ】

死者が出はじめて、新聞やラジオが報じると町はパニックになる。やがて死者の数は増えてゆくと、楽観視してた市当局も対応に追われる。

そして町は外部と完全に遮断された。脱出不可能の状況で、市民の精神状態も困憊してしまう。

新聞記者ランベールが妻の待つパリに脱出したいと、密輸業者を紹介する逃亡者コルタールは町を出る気はなかった。パヌルー神父は、ペストの発生は人々の罪のせいで悔い改めよと説教していた。一方、リウー、タルー、グランは必死に患者の治療を続ける。タルーは志願の保険隊を組織した。

ランベールは脱出計画をリウー、タルーに打ち明けるが、彼らは町を離れる気はない。やらねばならない仕事が残っているからだ。リウーの妻も町の外にいて、病気療養中だと聞かされる。ランベールは考えを改めて、リウーたちに手伝いを申し出るのだった。

少年が苦しみながら死んだ。それは罪のせいと語るパヌルーに、リウーは抗議する。罪なき者はこの世にはいないのかも知れない。パヌルーもまたペストで死んでしまうのだから。


災厄は突然潮が退いたように終息する。人々は元の生活に戻ってゆく。ランベールは妻と再会して、コタールは警察に逮捕される。流行は過ぎたはずなのに、タルーは病気で死んでしまう。そして、リウーは療養中の妻が死んだと知らされるのだった。


カミュ(1913-1960) 

アルジェリア生れ。フランス人入植者の父が幼時に戦死、不自由な子供時代を送る。高等中学(リセ)の師の影響で文学に目覚める。アルジェ大学卒業後、新聞記者となり、第2次大戦時は反戦記事を書き活躍。またアマチュア劇団の活動に情熱を注ぐ。1942年『異邦人』が絶賛され、『ペスト』『カリギュラ』等で地位を固めるが、1951年『反抗的人間』を巡りサルトルと論争し、次第に孤立。以後、持病の肺病と闘いつつ、『転落』等を発表。1957年ノーベル文学賞受賞。19601月パリ近郊において交通事故で死亡。 


【ニュース】

新型コロナウィルスの感染拡大を食い止めるべく、中国の当局が発生源とされる武漢市の実質的な「封鎖」に踏み切った。しかし、すでに武漢市外のみならず日本や米国を含む海外へも感染が広がりつつあるなか、専門家らは今回の施策の実効性に疑問を呈している。それどころか、隔離された武漢市内での感染拡大によって事態が悪化する可能性すらあるかもしれない。


中華街や南京町を舞台にした、感染ドラマがノートに描かれている。

物語の骨格はノーベル文学賞を受賞したカミュの代表作。1947年刊行された作者40歳代の圧倒的な感染小説作品は、現代にも生きている。

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posted by koinu at 21:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

アープレーイユス『黄金の驢馬』呉 茂一, 国原 吉之助翻訳 (岩波文庫)

 唯一完全な形で伝わるローマ時代のラテン語小説。梟に化けるつもりが驢馬になってしまい、おかげで浮世の辛酸をしこたま嘗める主人公。作者の皮肉な視点や批評意識も感じられ、社会の裏面が容赦なく描き出されており、2世紀の作品ながら読んでいて飽きさせない。挿話「クピードーとプシューケーの物語」はとりわけ名高い。

 テッサリアで或る屋敷に泊まることになった青年ルキウス。館主の妻は魔法使いで、梟に化けて空を飛び回わる。侍女となじみになって、ルキウスは変身を企てた。だが、になるはずが驢馬(ロバ)になってしまった。そこへ押し入り強盗がやってきて、驢馬の姿になったままルキウスは連れて行かれて長いヘンテコな冒険の旅となるのだった。


 魔法の窓を開けられない間抜けな愚者として、面白可笑しく描かれるロバの様は現代ドラマと寸分変わらないか、それ以上に滑稽である。


 ソークラテースの首を外側に向けかえ、左のあぎとへ剣をずっぷりと柄までも突っ込むと、噴き出る血潮をていねいに小さい水袋をあてがって、ひとしずくも外へ洩れないように受けとりましたが、これを私は自分の眼で見ていたのです。…御親切なメロエーは、右の手を奥深く傷口から内臓までさし込み、私の哀れな部屋友達の心臓を探りまわして引きずりだした。(23ページ)


 こう頼み込まれて、予言者は一つの小さな薬草をとって死骸の口にあてがい、もう一つをその胸に置きました。それから…。するとそのうち胸がふくれてもちあがる、今度は脈が生き生きと打ちめぐり出す、見る見る死んだむくろに生気がみちわたってくる。とうとう屍は起き上がって…。(83ページ)

(岩波文庫)2013年刊行


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 寓話の要素が巧みに織りなされるエピソードが、予想外の結末に満ちている。愚者の行為をネタにした機智ある語り部。それらの伏線が見事にに回収される展開は、爽快な切れ味を感じる推理ドラマの王道を想う。


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posted by koinu at 13:00| 東京 🌁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする