2020年04月12日

芸術と科学的法則

 大ていの場合、詩人たちはすぐれた詩句を作る際に自分たちがそれに従っている科学的法則を知らないといってよい。韻律法に関しては、彼らは最も素朴な経験主義だけで満足しているが、それはもっともなことである。そんなことではいけないといって詩人たちを咎めることは、いやしくも頭のいい人間のするべきことではあるまい。
  恋愛においてと同じく芸術においても、本能だけで充分なので、科学はうるさい光をもたらすのみである。美は幾何学に依存しているとはいえ、美のデリケートな形の数々を捉えることはただ感情によってのみ可能なのである。

 詩人たちは幸福である。彼らの力の分け前は彼らのほかならぬ無知にある。ただ、彼らが彼らの芸術の諸法則についてあまり激しくあげつらうことがあってはならない。
  彼らはそうすることによって彼らの無邪気さとともに彼らの優雅さを失い、水の外に引き上げられた魚のように、実りなき理論の領域でむなしくじたばたすることになるのが落ちである。

『エピクロスの園』アナトール・フランス(岩波文庫)芸術と科学的法則より
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2020年04月10日

「 わが失明について想う」ジョン・ミルトン

人生の道半ばにも達せずして、この暗き世界でわが明を失い、隠匿するにはその罪万死に値すといわれるわがータレントの才を内に蔵したまま無に帰せしむるのではないかと思い、しかも、かつては全身全霊をあげてこの才を用い、主に仕え、


主の再臨に際しては、その成果を正直に申告し、主の叱責を免れたい覚悟であったことを思うとき、私は愚かにも呟く、ー光を奪われた者からでさえも、主は終日の激しき労働を求め給うのであろうか、と。 


すると「忍耐」は忽ち私の泣言を遮って言う、ー 主は与えた賜物の返却も人間の業も求められはしない、やさしき軛きをよく負う者こそ主によく仕える者なのだ。


主の御国は勢威に富み、主の命ひとたび下れば、数万の天子の大軍休むことなく陸と海を超えて駆けてゆく。ただ佇立し、ただ持つ者もまた主に仕えている者なのだ、と。

(ジョン・ミルトン「わが失明について想う」平井正穂編「イギリス名詩選」岩波文庫)より



このミルトンの人間観には厳しい視点があると、詩人の西脇順三郎は指摘している。

「Miltonはクロムウェル政府の代弁者としてPuritanの思想をその文学の中に残している。彼は英国の詩に伝統を残したのみならず、当時のPuritan派の論客として、種々の方面で種々の説を唱えている。彼の詩に表されている思想は、悪の問題であった。

 そうした悪と人間との関係において人間を見るのであって、神はMiltonにとっては正義の根元であった。彼にとっては理想化された人間のみが人間である。Shakespeareの如く人間性を広くみなかった。

Shakespeareの文学になると人間の悪の方面をもそのままにありのままに見てゆき、むしろ悪を気の毒に感じ、人情をもってできるだけ人間を抱擁しようとするのである。Miltonになるとそういう不合理な悪の人間はこれを排斥するのである。ここにMiltonがPuritanの説教家といわれる誘因がある。」

(西脇順三郎「近世英文学史」より)

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『虎の威を借る狐』中国笑話

『虎の威を借る狐』
 楚の宣王が群臣にたずねた。
 「北方の国々では、わが国の宰相昭奏仙をおそれているということだが、ほんとうはどうなのか」
 誰も答える者がなかった。すると遊説家の江乙が進み出ていった。
「虎は、あらゆる獣を食い殺します。あるとき虎が一匹の狐を捕えましたところ、その狐は虎にこういいました。
 「あなたは、わたしを食べてはなりません。なぜなら天帝はわたしを百獣の王と定められているからです。あなたがわたしを食い殺すことは天帝のお心に背くことになります。もしわたしの云うことが信じられないなら、わたしがあなたの先に立って歩いてみますから、あなたは後から付いて来て、百獣がわたしを見てどうするかを御覧なさい。百獣はわたしを怖れて、みなこそこそと逃げ隠れるはずですから」
 虎は頷いて、狐と一緒に出かけました。狐と虎の姿を見ると、百獣はみな逃げだします。虎は百獣が自分を怖れているのだと気づかず、狐をおそれてそうするのだと思いました。
 ところで王の地は五千里四方、軍兵は百万。王はこれを専ら昭笑惶に委ねておいでです。北方の国々が昭笑仙を怖れますのは、実は王の軍勢を怖れているのであって、其れは丁度百獣が、狐をではなく、虎を怖れるのと同じことでございます」
    漢書(東方朔伝)

『半分わけ』
 兄弟が共同で畑を作った。収穫のときになって、兄が弟にいった。
 「半分わけにしよう。おれが上半分を取るから、おまえは下半分を取れ」
 「それは不公平じやないか」と弟がいうと、兄は、
 「そんなことはない。来年はおまえが上半分を取り、おれが下半分を取ることにすれば同じじやないか」
さて、翌年になって、弟が兄に種蒔きをせかせると、
「そう急ぐことはない。今年は芋をつくるんだから」(笑府) 
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2020年04月09日

古い世に別れを告げて、新しい世の入口へ

「老齢」エドマンド・ウォラー


今まで吹いていた風がやむと、海は静かになる。

それと同じで、激情が収まると、人間も穏やかになる。

結局無意味になるのが分かりきっているのに、

くだらないことを自慢していた自分の空しさが、

歳をとってやっとわかってくる。

若い時には、自惚れに眼が曇り、つい見落としていたものごとの儚さが、

老人になってやっと分かってくるのだ。


魂を覆っている肉体という小屋がぼろぼろになると、

「時」が穿った隙間から新しい光が射してくる。

人間というものは、弱くなってさらに強くなり、

神の御許に近づくに従っていよいよ賢くなってゆく。

古いこの世にまさに別れを告げ、新しいあの世の入口に立つに及んで、

やっと両方の世界が同時に見えてくるのだ。

Old AgeEdmund WallerEngland, 160687

『イギリス名詩選』岩波文庫より

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2020年04月08日

『プラテーロとわたし』J.R.ヒメーネス (岩波文庫)

「淵」

 このまま待っていなさい、プラテーロ…… それともそのやおらな草原で、しばらく食べていなさい、そうしたいなら。でも、この美しい淵をわたしに見させておくれ、もう何年も前から見ていないのだからね………

 ごらん、太陽、が濃い水の中に射しこんで、金緑の底深い美しさを照らしているよ。あざやかな空いろの花菖蒲たち、が水ぎわにたたずみ、うっとりとそれを眺めているね……

 この淵は、ビロードの階段、が幾重もの迷路となって下がってゆくようだ。あるいは、心の内面を描く画家のあふれでる幻想が、夢の神話に触発されて、あらゆる観念の様相を表現した、魔法の洞窟のようでもある。または、大きな緑の瞳をした狂気の女王の、けっして晴れることのない憂愁が創り出した優美な庭園ともみえる。あるいはまた、がってのある日、落日が低い海面を斜めに照らしていたとき、暮れてゆく海の中にわたしがこの目で描いた、あの宮殿の廃墟にも似ている……  それから、それから、それからまた。まったくこの世のものならぬ忘却の園の中で、心を傷ませる春のひとときの思い出の場景から、夢想の極致のみが、すりぬけてゆく美の無限の衣をおさえて、奪い取ることができるかもしれなトような、ありとあらゆるもの…… いずれもがささやかなものでありながら、はるか遠くに見えるので、無限大のものともトえそうだ。それは無数の感覚のとびらを開く鍵、それは高熱の幻覚症状という老練な魔術師の宝の蔵だ……

 この淵はね、プラテーロ、かつてはわたしの心そのものだった。孤独の中でわたしの心は、不可思議な彭積のために、美の毒気に中たったかのように感じたものだ…… ところ、が、ひとの愛情によってその心、が開かれ、堰が切って落とされたとき、毒された血ははき出されて、やがてきれいに澄んでゆるやかに流れるようになったのだ。ちょうど、からりと晴れわたった四月の、暖かな金いろの時刻に、大野を流れるあの小川のようにだよ、プラテーロ。
 にもかかわらず過去の青白い手が、かつての緑いろの孤独な淵へとわたしの心を連れもどすこと、か、今でも時どきあるのだ。そしてわたしの心は、〈苫しみを樅らげんとて〉その淵のほとりに魅せられたようにたたずみ、水の中からはっきり聞こえる呼び声に応えようとするのだ。ところでプラテーロよ、わたしは以前、アンドレーシェニエの牧歌をきみに読んであげたことがあるね! 英雄へラーフクレースが、愛する少年ヒュラーの名を呼ばわりな、がらさがしまわったとき、少年は英雄の〈苦しみを和らげんとて〉泉の底から応えようとするが、その声は英雄の耳に〈聞きわけられずむなしかった〉というあの場面だよ! もっとも、その詩を吟誦するわたしの声は、きみの耳には〈聞きわけられずむなしかった〉かもしれないがね……
『プラテーロとわたし』J.R.ヒメーネス (岩波文庫)より

J.R.ヒメーネス 詩人。1881年スペインアンダルシア・モゲールに生まれる。十七歳の時に初めて詩を発表する。スペイン内乱とともに、プエルトリコ、キューバ、アメリカと各地に移り住む。1956年、ノーベル賞を授与される。1958年死去。享年七六歳

[プラテーロとわたし]J.R.ヒメーネス (岩波文庫) 真っ青な空と真っ白な家が目にいたいほど明るい,太陽の町モゲール.首都マドリードで健康をそこなったヒメーネス(1881−1958)は,アンダルシアの故郷の田園生活の中で,読書と瞑想と詩作に没頭した.月のように銀色の,やわらかい毛並みの驢馬プラテーロに優しく語りかけながら過ごした日々を,138編の散文詩に描き出す.
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ヒメネス初期詩集『哀しいアリア』

『星よ、やさしい星よ』

 

 星よ、やさしい星よ、


 哀しい、遙かな星よ、


 あなたは逝った友達の瞳か?


 −じっと見つめるそのまなざし!−


 あなたは逝った友達の瞳か?


 新たな春とともに


 地上を思い出しているのか?


 −ああ、魂の光の花!−


ヒメネス初期の詩集『哀しいアリア』より


あとがきより:ヒメネスの言葉はすべて詩となった、と言えるほど彼の作品は多く、詩集だけでも四十余冊を数え、その他新聞雑誌に発表された詩篇も、おびただしい数にのぼっています。

私共は、ヒメネス自身がまとめたアンソロジーをもとに、沢山の詩集の中から代表的なものを年代順に選び、さらにその詩集の中の主要な詩を載せるよう努めました。伊藤 武好

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2020年04月07日

魚玄機(ぎょげんき)という女詩人

「漢詩百人一首」 新潮選書では、杜甫、李白から漢の高祖まで、中国を代表する百人の詩人の傑作を各一首取り上げている。

この百人のなかに選ばれている女流詩人の詩(詞)は、

・唐 魚玄機(ぎょげんき)の「秋怨(七言絶句)」

・北宋 朱淑真(しゅしゅくしん)の「秋夜(七言絶句)」

・唐 薛濤(せつとう)の「春望詞 其三(五言絶句)」

・唐 杜秋娘(としゅうじょう)の「金縷衣(七言絶句)」

・北宋 李清照(りせいしょう)の「如夢令(詞)」

この五詩人の五首である。


また「漢詩百選・人生の哀歓」世界文化社には、女性の詩として

・魚玄機の「送別(七言絶句)」

・杜秋娘の「金縷衣(七言絶句)」

・薛濤の「春望詞 其三(五言絶句)」

さらに女性の立場からの民間歌謡「子夜歌(古詩)」三首がとられている。 


宋四大女詞人という言い方では、李清照・朱淑真・張玉娘・呉淑姫が挙げられている。

中国歴代の代表的女流文人として

〖明清才女〗顧太清 徐湘蘋 柳如是 

〖暦代名女〗蔡文姫 上官婉兒 秋瑾

〖顧影自憐〗巫山神女 薛濤 魚玄機 

〖宮闈妙筆〗花蕊夫人 魯國夫人 武則天 

〖宋女詞人〗易安居士李清照 幽棲居士朱淑真 一貞居士張玉娘 陽春白雪呉淑姫の16人を挙げている。


この中では魚玄機が鴎外の短編「魚玄機」によって多くの人に知られている。


魚玄機(844ころ〜871ころ)

中国、唐代末の女流詩人。長安の人。あざなは蘭(けいらん)・幼微。補闕李億の妾となったが、のち愛衰えて道教寺院咸宜観に入り女道士となる。

詩文の才能で有名であったが、嫉妬して侍婢を殺して刑死になった。 

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2020年04月06日

楽天といわれた詩人・白居易 (772〜846)

「對琴酒」白居易

西窓明且暖 晚坐卷書帷 琴匣

拂開後 酒瓶添滿時

角尊白螺盞 玉軫黃金徽 未及彈與酌 相對已依依

泠泠秋泉韻 貯在龍鳳池 油油春雲心 一杯可致之

自古有琴酒 得此味者稀 秖應康與籍 及我三心知


琴と酒の前で

西の窓は明るくて暖かい

日暮れに座り書斎の幕を巻きあげる

琴の匣を塵を払って開けて瓶に酒をなみなみ満たした時

角で出来た樽に白い螺鈿の杯

玉で出来たつまみに黄金でできたしるし

まだ琴を弾かずとも酒を酌まずとも、目の前にあるだけでも魅了される

秋の泉水の冷ややかな調べは龍池、鳳沼の穴のなかにかくまわれ、

春の雲のふんわりとした心は、この一つの杯にて呼び寄せられる

琴と酒は、古来より伝えられてきたものではあるけれど、

このような思いを感じた人は、本当に少ないと思われる

おそらく、嵆康、阮籍、そして私の三人の心が知るだけ


冬至夜懐湘霊

艶質無由見 寒衾不可親

何堪最長夜 俱作獨眠人


その艶やかにして麗しい姿はもはや見ることはできない

冷え冷えとした褥に肌を寄せるのもできない

なんと侘しく寂しいことだろうか

一年でも一番長いこの夜に

お互いに独り寝をするとは


《老境に極める》

五十年来思慮熟  五十年来の思慮熟す

忙人應未勝閑人  忙人まさに未だ閑人に勝らざるべし

林園傲逸真成貴  林園に傲逸なるは真に貴となし

衣食単疏不是貧  衣食の単疏なるはこれ貧ならず

専掌図書無過地  専ら図書をつかさどる無過の地

遍尋山水自由身  あまねく山水を尋ねる自由の身

儻年七十猶強健  もし年七十にしてなお強健ならば

尚徳閑行十五春  なお閑行すること十五春を得ん


長年の考えがまとまり、忙しくしているよりも、 閑に生きるのが至高の人生であるという漢詩。


臥風北窓下  風に臥す北窓の下

坐月南池頭  月に坐す南地のほとり

脳涼脱烏帽  脳涼しくして烏帽を脱ぎ

足熱濯清流  足熱して清流に洗う

慵発昼高枕  慵発して昼枕を高くし

興来夜浮舟  興来たりて夜舟を浮かぶ

何乃有余適  何ぞすなわち余適あらん

祇縁無過求  ただ過求無きによる


北風に喜びを感じて、南側に座って月を仰ぐ。 寝たいときに寝て、起きたいときに起きる。 過分な欲を持たなければ、楽しみはいくらでもあるだろう。


白居易 772846)

中国,中唐の詩人。太原 (山西省の人。字は楽天。号は香山居士。貞元 16 (800) 年進士に及第。翰林学士,左拾遺などを歴任,元和 10 (815) 年太子賛善大夫のとき罪を得て江州司馬に左遷され,その後地方の刺史や刑部侍郎など中央の官を経て,会昌2 (842) 年刑部尚書として辞任,のち没して尚書右僕射を贈られた。

 現存する詩は三千余首で唐代詩人中最も多く,若い頃の作には社会の矛盾をつく諷諭詩が,晩年には閑寂な境地をうたう詩が多い。玄宗と楊貴妃の愛をうたった『長恨歌』はよく知られる。韓愈とともに「韓白」,李白,杜甫を加えて「李杜韓白」と並称された。

全集『白氏文集』は日本でも平安時代以来広く愛読され,日本文学に大きな影響を与えた。

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2020年04月04日

「オダサクはんのめでたいユーレイ」多田道太郎

 オダサク追悼漫才大会と大書した気球があかっている。音楽堂ではチャッチャッチャッの伴奏入りで漫才をやっている。と、突然、漫才師が叫ぶ。
「あツ、めでたくオダサクはんの幽霊が出やはりましたがな。きゃッ」

 難波駅近くの御堂筋の東側に当時「彼が愛した『わが町』大阪では、彼の急逝のある夜その店の娘さんがが店番をしていると、表の戸口から一人の痩せた青年の蒼白い顔が覗いた。『あっ、織田作さんやわ』と娘さんが思った瞬間、相手は持ち前のあった小さな薬屋、彼はその店のおとくいの一人だったのだが、薄笑いを浮べながら、右手を差し出して、『ヒロポンをくれ』といったというのである」。

 夢の中にしろゴシップの中にしろ織田作之助はユーレイかお化げか、そんなもんのある作家だった。ユーレイとお化けのちがいは、人に憑くのがユーレイで、に憑くのがお化けという民俗学者の説があるけど、その伝でゆくと、青山光二に出てきたのがユーレイで、ミナミの薬屋の店先に出てきたのはお化けということになる。

 織田作のユーレイにしろお化けにしろ、ち太っぴり恨みはふくんでいるものの、どことなく陽気で、滑稽でさえある。織田作之助は、小説だげでなく、ユーレイもまた何かのパロディじみている。 

 大阪弁で「なんぼの者と思うてるのや」という悪態がある。織田作之助がそう言われたら「坐蒲団だけのもんや」と言い返したかもしれない。けれど彼はノスタルジー坐蒲団のうえに尻を落着けていられる作家ではなかった。
 彼はことばのトランポリンのうえを飛んだりはねだり踊ったりの大好きな人で、厳粛大好きの戦争中に、よくまあとおどろく人もいるだろうが、ゲソシュクー途の世の中だからこそ、「一勝半七」の坐蒲団的パロディからいっそ悪態、地口、駄洒落の雲の上で、飛んだりはねだりの「猿飛佐助」のパロデ″に乗り移れだのかもしれなかった。今(一九九三年)の笑いの観客は、演者が何も芸をしない前から半分口をあげてゲラゲラの構え、これでは芸ができるはずがない−‐‐というような小林信彦の慨嘆の声をきいて、なるほどなあと思ったが、戦争中はテコでも笑わぬ勝つまではの気概、面構えの面々を前にしてオダサクの反逆の芸心がむずむず動きだすのかも。
〔「オダサクはんのめでたいユーレイ」多田道太郎より〕
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「言葉のダシのとりかた」

「言葉のダシのとりかた」長田 弘       


かつおぶしじゃない。

まず言葉をえらぶ。

太くてよく乾いた言葉をえらぶ。 


はじめに言葉の表面の

カビをたわしでさっぱりと落とす。


血合いの黒い部分から、

言葉を正しく削ってゆく。

言葉が透きとおってくるまで削る。


つぎに意味をえらぶ。

厚みのある意味をえらぶ。


鍋に水を入れて強火にかけて、

意味をゆっくりと沈める。

意味を浮きあがらせないようにして

沸騰寸前サッと掬いとる。


それから削った言葉を入れる。

言葉が鍋のなかで踊りだし、 

言葉のアクがぶくぶく浮いてきたら

掬ってすくって捨てる。


鍋が言葉もろともワッと沸きあがってきたら

火を止めて、あとは

黙って言葉を漉しとるのだ。 


言葉の澄んだ奥行きだけがのこるだろう。

それが言葉の一番ダシだ。

言葉の本当の味だ。


だが、まちがえてはいけない。

他人の言葉はダシにはつかえない。

いつでも自分の言葉をつかわねばならない。


おさだひろし

19392015 昭和後期-平成時代の詩人,評論家。

昭和141110日生まれ。早大在学中同人誌「鳥」を創刊,「地球」「現代詩」などにくわわる。昭和40年やわらかくなじみやすい表現によって,けんめいに明日への希望をつむぐ詩集「われら新鮮な旅人」,詩論集「抒情の変革」を発表。57年「私の二十世紀書店」で毎日出版文化賞,詩集「心の中にもっている問題」で平成2年富田砕花賞,3年路傍の石文学賞。21年「幸いなるかな本を読む人」で詩歌文学館賞。22年詩集「世界はうつくしいと」で三好達治賞。26年「奇跡―ミラクル―」で毎日芸術賞。ほかに「死者の贈り物」「深呼吸の必要」,評論「探究としての詩」,エッセイ「本を愛しなさい」など。平成2753日死去。75歳。福島県出身。

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佐藤鬼房の俳句

【佐藤鬼房の俳句】

いつまでも在る病人の寒卵

ながあめの祖國の異國下痢はやる

ねむれぬ夜端々ひかる梅の枝

ぼろぼろの雲の夕燒基地海岸

みちのくは底知れぬ国大熊生く

やませ来るいたちのやうにしなやかに

七五三妊婦もつとも美しき

下北の首のあたりの炎暑かな

切株があり愚直の斧があり

友ら護岸の岩組む午前スターリン死す

吾在りて泛ぶ薄氷聲なき野

地吹雪や王国はわが胸の中に

夏も末の島波薄き雜誌手に

夏季鬪爭ぱつちり黒い瞳の少女

奢りながき夕燒透いて不作の田

子雀に朝燒さめて光さす

孤兒たちに清潔な夜の鰯雲

寒夜の川逆流れ滿ち夫婦の刻

寒夜子へ歸る溝川も光もつ

寒明けの山肌を剥ぎ岩きざむ

平和は一つあげし男の子に麥穂だつ

平和遠し春の蟆子をば咳きてはく

怒りの詩沼は氷りて厚さ増す

春蘭に木もれ陽斯かる愛もあり

朝の日ざし栗毛の仔犬凍れる樹

根雪掘る二十代經し妻の背よ

油じむ肘のつよさも氷雨中

港灣にくそまり雪をつのらしむ

滾る銀河よ眞實獄へ想ひ馳す

父の方へかけくる童女花了ふ樹

生きて食ふ一粒の飯美しき

立ち尿る農婦が育て麥青し

綾取の橋が崩れる雪催

縄とびの寒暮傷みし馬車通る

肩で押す貨車に冬曉朱の一圓

藍いろの火がきつとある桜の夜

誰か死に工場地帶萌えきざす

赤沼に嫁ぎて梨を売りゐたり

逆立つ世棕梠は花つけ赤兒睡る

陰になる麦尊けれ青山河

露けさの千里を走りたく思ふ

年へ愛なき冬木日曇る

麥のたしかな大地子の背丈

鳥帰る無辺の光追ひながら

黙々生きて曉の深雪に顔を捺す


佐藤鬼房 (さとう-おにふさ)

19192002 昭和-平成時代の俳人。

大正8320日生まれ。「句と評論」に投句。戦後は西東三鬼に師事して社会性俳句で注目される。

「天狼」同人をへて昭和60年宮城県塩竈市で「小熊座」を創刊主宰。平成2年「半跏坐(はんかざ)」で詩歌文学館賞,5年「瀬頭」で蛇笏(だこつ)賞。

平成14119日死去。82歳。岩手県出身。本名は喜太郎。

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2020年04月03日

『寺山修司青春歌集』角川文庫

一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき――恋人、故郷、太陽、桃、蝶、そして祖国、刑務所。含羞にみちた若者の世界をみずみずしい情感にあふれた言葉でうたい続け、詩の世界にひとつの大きな礎を築いた寺山修司。

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この書名に違和感あるほど、老成された内容に驚異する。例えば、


「歌ひとつ覚えるたびに星ひとつ熟れて灯れるわが空をもつ」


寺山修司の刊行した、歌集が発表順に収録。第一歌集『空には本』から『血と麦』『テーブルの上の荒野』『田園に死す』、さらには「初期歌篇」と続く重厚な書物だが、文庫本としてスマートな冊子。まず寺山修司は「私」が登場しない客観視点として、三人称で短歌を書くという離れ技から初めている。


だれも見ては黙って過ぎきさむき田に抜きのこされし杭一本を


めつむりていても濁流はやかりき食えざる詩すらまとまらざれば


にんじんの種子庭に蒔くそれのみの牧師のしあわせ見てしまいたる


枯れながら向日葵立てり声のなき凱歌を遠き日がかえらしむ


群衆のなかに昨日を失いし青年が夜の蟻を見ており


「私」のない歌は第一歌集『空には本』から、寺山修司のカメラ向こう側にある語句たちである。三人称で語られる物語の登場人物に近い。歌のなかに「私」が現れてても同じなのである。


銃声をききたくてきし寒林のその一本に尿まりて帰る


朝の渚より拾いきし流木を削りておりぬ愛に渇けば


胸の上這わしむ蟹のざわざわに目をつむりおり愛に渇けば


わが野性たとえば木椅子きしませて牧師の一句たやすく奪う


夏蝶の屍をひきてゆく蟻一匹どこまでゆけどわが影を出ず


小説では一人称と三人称どちらが優れている描写なのか。私小説のような詩作は誰しもが手を染めるダサイ要素がある。しかし定型俳句や短歌の世界で、人称を自在に操ると「われ」の存在から現実味が乖離されて「われ」の言葉が美しく翔ぶ。


雲の幅に暮れ行く土地よ誰のためわれに不毛の詩は生るるや


目つむりて春の雪崩をききいしがやがてふたたび墓掘りはじむ


一本の骨をかくしにゆく犬のうしろよりわれ枯草をゆく


わが影を出てゆくパンの蠅一匹すぐに冬木の影にかこまる


これらは第一歌集『空には本』短歌で人称が自在に変転される技法を十代で身に付けていた。「あとがき」の文章も掲載されている。


「新しいものがありすぎる以上、捨てられた瓦石がありすぎる以上、僕もまた「今少しばかりのこっているものを」粗末にすることができなかった。のびすぎた僕の身長がシャツのなかへかくれたがるように、若さが僕に様式という枷を必要とした。

 定型詩はこうして僕のなかのドアをノックしたのである。縄目なしには自由の恩恵はわかりがたいように、定型という枷が僕の言語に自由をもたらした」(「僕のノオト」『空には本』より)


帆やランプなどが生かしむやわらかき日ざしのなかの夏美との朝


青空のどこの港へ着くとなく声は夏美を呼ぶ歌となる


どのように窓ひらくともわが内に空を失くせし夏美が眠る


空を呼ぶ夏美のこだまわが胸を過ぎゆくときの生を記憶す


わがカヌーさみしからずや幾たびも他人の夢を川ぎしとして


わが埋めし種子一粒も眠りいん遠き内部にけむる夕焼


水草の息づくなかにわが捨てし言葉は少年が見出ださむ


わが内に獣の眠り落ちしあとも太陽はあり頭蓋をぬけて


とにかく収録歌数が多すぎて、圧縮された作品がぎっしり記された歌集五冊分を紐解くのは心的には充満した本。「種子」という言葉が多くあり、発芽して数年後には樹に育っていくイメージは歌集にも拡っている。


地下水道をいま通りゆく暗き水のなかにまぎれて叫ぶ種子あり


砂糖きびの殻焼くことも欲望のなかに数えんさびしき朝は


ドラム罐に顎のせて見るわが町の地平はいつも塵芥吹くぞ


電線はみなわが胸をつらぬきて冬田へゆけり祈りのあとを


寝台の上にやさしき沈黙と眠いレモンを置く夜ながし


愛されているうなじ見せ薔薇を剪るこの安らぎをふいに蔑む


地下鉄の入口ふかく入りゆきし蝶よ薄暮のわれ脱けゆきて


思い出すたびに大きくなる船のごとき論理をもつ村の書記


もうこれは現代詩のやってる不定型の表現を、短歌の領域でパンチを繰り出している。構想された長篇小説のエッセンスを読んでいる印象となる。

十代で同人誌活動にピリオドをうち、寺山修司は二十代から本格的に詩作、演劇、映画へと進んでいくのだった。


アスピリンの空箱裏に書きためて人生処方詩集と謂ふか


地下鉄の真上の肉屋の秤にて何時もかすかに揺れてゐるなり


撞球台の球のふれあふ荒野までわれを追ひつめし 裸電球


地平線縫ひ閉ぢむため針箱に姉がかくしておきし絹針


生命線ひそかに変へむためにわが抽出しにある 一本の釘


売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき


見るために両瞼をふかく裂かむとす剃刀の刃に地平をうつし


かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭


映画プロットのようにも読める定型俳句。ただならない予感がする歌の数々である。東北から上京した少年が、才能を展開していく様子は、インターネットで彼の履歴を検索しただけでも解る。詩作品は初期俳句を水割りして、飲みやすくされたとも読める。


春の野にしまひ忘れて来し椅子は鬼となるまでわがためのもの


地球儀の陽のあたらざる裏がはにわれ在り一人青ざめながら


とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ虐げられし少年の詩を


知恵のみがもたらせる詩を書きためて暖かきかな林檎の空箱


倖せをわかつごとくに握りいし南京豆を少女にあたう


わが夏をあこがれのみが駈け去れり麦藁帽子被りて眠る


失いし言葉がみんな生きるとき夕焼けており種子も破片も


駈けてきてふいにとまればわれをこえてゆく風たちの時を呼ぶこえ


「今日までの私は大変「反生活的」であったと思う。そしてそれはそれでよかったと思う。だが今日からの私は「反人生的」であろうと思っているのである」(「私のノオト」『血と麦』より)


「地球儀を見ながら私は「偉大な思想などにはならなくともいいから、偉大な質問になりたい」と思っていたのである」(「跋」『田園に死す』より)


『テーブルの上の荒野』『田園に死す』にある「新・病草紙」や「新・餓鬼草紙」は最高傑作の極みにあると賞賛されている。歌集を購入した理由はそのことを確認したかったからだった。


新しき仏壇買ひ行きしまま行方不明のおとうとと鳥


生命線ひそかに変へむためにわが抽出しにある 一本の釘 


地平線揺るる視野なり子守唄うたへる母の背にありし日以後


かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭


漫才の声を必死につかまむと荒野農家のテレビアンテナ


炉の灰にこぼれおちたる花札を箸でひろひて恩讐家族


死の日より逆さに時をきざみつつつひに今には至らぬ時計


空罐を蹴りはこびつつきみのゐる刑務所の前通りすぎたり

(寺山修司『田園に死す』より)


今日も閉ぢてある木の窓よマラソンの最後尾にて角まがるとき


もの言へば囀りとなる会計の男よ羞づかしき翼出せ

(寺山修司『テーブルの上の荒野』より)


「まことに今宵は書斎の里のざこ寝とて定型七五 花鳥風月 雅辞古語雑俳用語、漢字ひらがな、形容詩詞にかぎらず新旧かなづかひのわかちもなく みだりがはしくうちふして 一夜は何事も許すとかや。いざ、是より、と朧なる暗闇に、さくら紙もちてもぐりこめば、筆はりんりんと勃起をなし、その穂先したたるばかり。言葉之介、一首まとめむと花鳥風月をまさぐれば、まだいはけなき姿にて逃げまはるもあり。そのなかをやはらかく こきあげられて絶句せるは、老いたる句読点ならむか」(「初期歌集」より)


「新・病草紙」は、ぞっとする奇怪な散文詩ごときをユーモラスな文体で、連綿と演劇のように描かれている。


「ちかごろ男ありけり、風病によりて、さはるものにみな、毛生ゆるなれば、おのれを恥ぢて何ごとにも、あたらず、さはらず。ただ、おのがアパートにこもりて、妻と酒とにのみかかはりあひて暮しゐたり」


「花食ひたし、という老人の会あり。槐、棕櫚、牡丹、浦島草、茨、昼顔などもちよりて思案にくれてゐたり。一の老、鍋に煮て食はむと言へども鍋なし。さればと地球儀を二つに割りて鍋がはりに水をたたえて花を煮たれど、花の色褪めて美食のたのしびうすし。また二の老、焼き花にせむと火の上に串刺しの花をならべて調理するも、花燃えてすぐにかたちなし。されば三の老、蒸し花、煎り花料理をこころみしが、これも趣きなし。花は芍薬、罌粟、紫蘭、金魚草などみな鮮度よければ、なまのまま食はむと四の老言ひて盛りつけたれど、老、口ひらくことせまく、花を頬ばり、咀嚼すること難し」


「無才なるおにあり、名づくる名なし、かたちみにくく大いなる耳と剝きだしの目をもちたり。このおに、ひとの詩あまた食らひて、くちのなか歯くそ、のんどにつまるものみな言葉、言葉、言葉―ひとの詩句の咀嚼かなはぬものばかりなり」

(「新・病草紙」より)


中井英夫による「解説」

「いったい、十六年という歳月は、長いのか短いのか、どちらだろう。むろん作者にとっても、それはどうともいえないはずだが、変貌という点ではめざましく、出現の当時が十八歳、早稲田の教育学部の学生だったのが、現在は劇団天井桟敷の主宰者で前衛演劇の中心人物となり、その成果を世界の各国に問うているのを見ても肯けよう。一方、千年の歴史を持つ短歌の中においてみると、その年月は、あたかも掌から海へ届くまでの、雫の一たらしほどにもはかない時間といえる。だがこの雫は、決してただの水滴ではなく、もっとも香り高い美酒であり香油でもあって、その一滴がしたたり落ちるが早いか、海はたちまち薔薇いろにけぶり立ち、波は酩酊し、きらめき砕けながら「いと深きものの姿」を現前させたのだった」(中井英夫「解説」より)


寺山修司を語る―物語性の中のメタファー

http://www.1101.com/yoshimoto_voice/


『田園に死す』の長歌「修羅、わが愛」 にも困りました。そこには、こう書いてほしいということが全部書いてある。

https://1000ya.isis.ne.jp/0413.html

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2020年04月02日

『勉強の哲学 来たるべきバカのために』増補版 (文春文庫) 千葉 雅也

「勉強」が気になっているすべての人へ! 勉強ができるようになるためには、変身が必要だ。勉強とは、かつての自分を失うことである。深い勉強とは、恐るべき変身に身を投じることであり、それは恐るべき快楽に身を浸すことである。


そして何か新しい生き方を求めるときが、勉強に取り組む最高のチャンスとなる。日本の思想界をリードする気鋭の哲学者が、独学で勉強するための方法論を追究した本格的勉強論!

文庫本書き下ろしの「補章」が加わった完全版。解説・佐藤優


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千葉雅也@masayachiba

哲学、創作。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。『動きすぎてはいけない:ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(紀伊國屋じんぶん大賞2013、第5回表象文化論学会賞)、『勉強の哲学』、『意味がない無意味』、『アメリカ紀行』、 『デッドライン』(第41回野間文芸新人賞、第162回芥川賞候補)など。千葉雅也さん初小説「デッドライン」インタビュー 自由の都への憧憬こめた東京小説|好書好日

https://book.asahi.com/article/13033656

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2020年04月01日

正木ひろし「若き日の断想」より

 塵積れば山となる、と云ふ風に考へると一銭十銭が値切って見たくなるが、又人間は貧乏してもめったに餓死することはないと云ふ風に考へるとケチケチする気にはなれなくなる。
     ○
 私はまだ自分で失望する程の力作を書かない。
     ○
 自分は天才でないが故に世の中の天才を顧みて躊躇する暇がない。
     ○
 哲学は小なる迷信を大なる迷信に置き換へるものである。
     ○
 小人は往々如何なる程度迄他人を無視し得るかに依って自己の力を計らうとする。
     ○
 人は単なる模倣により実に大胆な事をする。
     ○
 汝の自由意志の中に汝の宿命を発見せよ。
     ○
 肉体上の刺激が夢の世界では現識の世界と全く関係の無い意味を持ってゐる。
     ○
 自己を其儀表現せむとする衝動に身を任かす喋舌家の「正直さ」は愛すべきだが、一度深い自己に醒めるならばいくら表現しようとしても喋舌とはならない。
     ○
 心の中の生きてゐる自然(所謂「非我」)に触れる時、自分はどうしても神の存在を信ぜざるを得なかった。
     ○
 物、事、のリミットを知るならば、その物、事から超越する。
     ○
 善悪の標準から超越したと称する人、往々好悪愛憎の世界に入る。
     ○
 善悪の観念は意志の世界に於ける当為(ought)から起る。故に自己の有限の意志を尽くして無限の意志に帰入した者には善悪はない。
     ○
 相手を憎むのは相手が何等かの意味でその人に権威を持ってゐるからだ。その内心を動かすだけの力を持ってゐるからだ。(「憎む」と云ふ意味を普通に解して) 
正木ひろし「若き日の断想」より

posted by koinu at 16:44| 東京 ☔| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

悲哀と嫌悪の根源について

 運命の神秘はその力強い秘義の中に我々全部を包みこんでいるので、生の悲劇的な不条理を残酷なまでに感じないためには、本当のところ何も考えない人間でなければならない。そこにこそ、我々の存在理由についての絶対的な無知にこそ、我々の悲哀と我々の嫌悪との根源はある。
 肉体的な苦患と精神的な苦患、魂と官能との悲惨、邪悪な人間の幸福、正しい者の屈辱、総てそうしたことも、我々がその理法と調和とをなるほどと納得して、そこに摂理を見るとしたならば、まだしも我慢できるものであるだろう。


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 神を信じる者はわが身の潰瘍を喜び、自分の敵の不正な仕打ちや暴力をも快いものと観じるものであり、自ら過ちや罪を犯しても希望を失うことはない。しかし信仰の一切の輝きが消えた世界においては、悪と苦痛とはその意味までも失ってしまい、もはや悍ましい悪ふざけや不吉な笑劇のようなものに見えるばかりである。
 アナトール・フランス『エピクロスの園』生の不条理より     

 好奇心が罪(宗教上の)となる瞬間が常にある。
  されば悪魔は常に学者の傍に身を置いて来た。
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2020年03月27日

石垣りん詩集(ハルキ文庫)

『石垣りん詩集』を読んで、律して生きた詩人の姿が浮かんで、「容赦ないユーモア」と慈しみの心を鮮やかに感じる。 
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「夜毎」


深いネムリとは

どのくらいの深さをいうのか。

仮に

心だとか、

ネムリだとか、

たましい、といつた、

未発見の

おぼろの物質が

夜をこめて沁みとおつてゆく、

または落ちてゆく、

岩盤のスキマのような所。

砂地のような層。

それとも

空に似た器の中か、

とにかくまるみを帯びた

地球のような

雫のような

物の間をくぐりぬけて

隣りの人に語ろうにも声がとどかぬ

もどかしい場所まで

一個の物質となつて落ちてゆく。

おちてゆく

その

そこの

そこのところへ。

旅情

ふと覚めた枕もとに

秋が来ていた。

遠くから来た、という

去年からか、ときく

もつと前だ、と答える。

おととしか、ときく

いやもつと遠い、という。

では去年私のところにきた秋は何なのか

ときく。

あの秋は別の秋だ、

去年の秋はもうずつと先の方へ行つている

という。

先の方というと未来か、ときく、

いや違う、

未来とはこれからくるものを指すのだろう?

ときかれる。

返事にこまる。

では過去の方へ行つたのか、ときく。

過去へは戻れない、

そのことはお前と同じだ、という。

がきていた。

遠くからきた、という。

遠くへ行こう、という。


(石垣りん詩集『表札など』より)


現代詩は様式やカテゴリーがないことで、あらゆる日常生活や芸能にも食い込むことが出来る。

詩集は小説より薄くて、小冊子ながらぎっしりとネタが圧縮されて持ち運びにも便利だと思う。

しかし編集者ない状態から自主出版された詩集などは、関門なき自堕落内容が殆どなので、三文小説を読んだほうがマシな場合が多い。

どんなジャンルも「洗練」という境地を乗り越えて行かねばならない。

posted by koinu at 13:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月26日

『スペイン風邪の調整報告書』無料公開中

東洋文庫『流行性感冒』スペイン風邪の調整報告書 全455ページを、平凡社が4/30日まで無料公開中です。

www.heibonsha.co.jp/book/b161831.html


90年前に世界中で猛威をふるった史上最悪の感染症、スペイン・インフルエンザ。主に日本での流行を克明に記録した貴重な調査報告書。


インフルエンザの歴史は遠く紀元前にまでさかのぼることができる。1918年から数年にわたって流行した「スペイン風邪」は、全世界での患者6億、死亡者3000万に達し、日本でも患者2300万、死亡者38万余という惨禍を残した。

この数年後に起きた関東大震災の死者・行方不明者は約14万人だといわれて、比しても「スペイン風邪」の被害が甚大だった。


「インフルエンザ」の流行は世界到る所の民族を襲ひ、凡ての社会的階級を冒し、其罹病率と死亡率と共に頗る大なるを以て、之が予防法策を講ずる事は凡ての国民に向つて焦眉の急務なりき。

A book summarizing of the Spanish Flu, released for free until April 30. Total 455 pages. Japanese text only, but posters are interesting.

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ダダイズム詩人の小野十三郎

 「明日」小野十三郎

古い葦は枯れ 

新しい芽もわづか。 

イソシギは雲のやうに河口の空に群飛し 

風は洲に荒れて 

春のうしほは濁つてゐる。 

枯れみだれた葦の中で 

はるかに重工業原をわたる風をきく。 

おそらく何かがまちがつてゐるのだらう。 

すでにそれは想像を絶する。 

眼に映るはいたるところ風景のものすごく荒廃したさまだ。 

光なく 音響なく 

地平をかぎる 

強烈な陰影。 

鉄やニツケル 

ゴム 硫酸 窒素 マグネシユウム 

それらだ

 (詩集『大阪』より)


小野十三郎(1903年−1996年)

詩集『大阪』は1939年に出版。多くの詩人たちが戦争に、対する痛みや象徴する言葉を表した。そんな状況のなかで反戦にも自然主義にも傾倒せず、「葦の地方」を見いだして、記憶される詩集。なかでも「明日」の最後三行が示している、安易に謳わないことが心に残る。ここに現代詩の萌芽が感じられる、モンタージュ効果あるフレーズが連発。〈短歌的叙情の否定〉は詩人一人の創造として余りに重責な、詩作の理論的な困難な舞台での実践。この感染季節にアナザーサイドの扉が、心に反応する詩でもあった。


「赤い雀」

赤い雀がいないと眼がたいくつだ

冬のみち

ぼくの頭脳から

白い絹糸のようなものが二本のびて一本は

すりすがすの空の太陽をひっかけて

もう一本は

ずっとはるかにのびてのびて

遠方のくっせつして

尖で半円を描いて

赤い雀をさがしている

〔処女詩集『半分開いたた窓』より〕

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2020年03月23日

カミュ中編小説『ヨナ,あるいは制作する芸術家』

聖書ヨナ伝が冒頭に引用されて、画家の純粋に生きる姿を軽妙な風刺のように語られる。

描いた絵画は売れようが売れまいが、ジルベール・ヨナは時間や空間を限定されても、全ての恩恵と受けて絵画に執着し続ける。

しかし成功が彼を苦しめていくことになる。絵画が世間に認められてアパートへ客が押し掛けてくるので、アパートの模様替えを計画すると、妻ルイーズは「お友達が早く帰ってくれれば、いっしょ にいる時間が増えるわ」といい「悲しみの影が彼女の顔の上をよぎる」のを見て胸を打たれる。妻を引き寄せて、ありったけの優しさをこめて抱きしめるのだった。しばらくの間ふたりは、結婚したての頃のように幸せになった。


そして物語が進むと単なる働き者の妻より、鍵を握る重要人物へと変わっていく。スランプに陥り絵が描けなくなったヨ ナは、女遊びを始めて妻を悲しませた。ある朝家に帰るとルイーズ が、驚きと極度の苦しみから来る溺れた、女のような顔をしているのを見て胸を引き裂かれる。

 彼は妻に許しを乞い、翌日に板を買いに行って、アパー トの壁と天井付近に小部屋をつくる。妻をしっかりと抱きしめて、ここで絵を描くと宣言するのだった。絵に集中するためには、妻や子供たちから少し離れなければならない。小部屋にこもって絵を描く。絵への愛と、妻への家族への愛との間に、小部屋は均衡をとるためにある。

小部屋に籠り食事のときにしか降りてこないヨナを、ルイーズは心配する。不安で悲しげな彼女の顔を見て、どれほど彼女が老けたか、生活の疲れが彼女にもどれほどの深手を負わせたかに気づき、自分が彼女を本当の意味で助けたのは一度もなかったと思う。


彼が何も言わないうちルイーズはやさしく微笑み「お好きなように、あなた」 という。


お好きなように(Comme tu voudras)はヨナの口癖をルイ ーズがまねたものだが、彼女がその後に口にする「あなた(mon chéri)」は「不貞の女」最後でジャニーヌが言う「なんでもないの,あなた(Ce n’est rien, mon chéri)」でも使われていた。

『追放と王国』に登場する妻が使う「あなた(mon chéri)」には愛情と無意識の願望がある。


ヨナの親友ラトーにルイーズは「私は、あのひとがい ないと生きていけないの」と語る。若い娘のような 顔を赤らめていることに気づいて驚く。

そして小部屋の中で絵を描き上げた後,「子供たちの声や水の音,食器の触れ合う音」に耳を澄ます。子供たちは部屋を駆け回って、娘が笑っていた。随分前からル イーズが笑うのを聞かなくなってたが、彼女も笑っている。小部屋の人工の夜の中で恍惚を感じて失神する。医者はヨナの容態について「何でもありませんよ(Ce n’est rien)」というが、ジャニーヌもヨナも特権的な瞬間を生きた。


ヨナがジャニーヌと違うのは、妻と離れずにいたこと。ジャ ニーヌが夜空とまじわりを結んで、恍惚の瞬間を生きるためには、夫のもとを離れて砂漠に走るのが必要だった。妻から離れるこ となく恍惚の瞬間を生きるヨナはルイーズのもとに戻る必要もない。


ヨナの残した「絵画」──白いカンバスの中央に、solitaire(孤独)と読むべきか、solidaire(連帯)と読むべきかわからない言葉が、非常に細かい字で描いてあるだけの作品──と同じく曖昧でどちらとも取れるのだった。


『ペスト』と同様にカミュの作品は、探偵小説のように物語の節目や結末の箇所で、小説の語り手の正体を仄めかす。主人公ヨナの唯一である親友であるのかもしれない。彼の状況や割の合わない不条理、それに対してそうするより他に仕方のなかった行動、等々。どこまでも見守る親切さのある視点は、他に誰が語れるのか?


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『転落・追放と王国』アルベール・カミュ〔新潮文庫〕収録。なおも鋭利な現代性を孕む、カミュ晩年の二作を併録。

 【目次】 

転落 

追放と王国

不貞/背教者/唖者//ヨナ/生い出ずる石

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アルベール・カミュの言集

生産性だけが重視される社会では

多くの品が作りだされるが

斬新な思想は生まれない。


人間は現在の自分を拒絶する唯一の生きものである。

やってみた上でないと何もわからない。


世界の不幸に対して抗議するために

幸福を創造すべきである。


働かなければ我々は腐ってしまう。

しかし、魂なき労働は我々を窒息死させる。


最後の審判なんて待たなくていい。

それは毎日やって来ているのだから。


「人間は、自分で考えたものになってしまう」


「≪生きることへの絶望なしには生への愛はない≫と、誇張がなくはないが私はあの書物のなかに書きつけた。当時私は、どの程度まで真実を語っていたかを知らなかった。そのとき私は、まだ真の絶望の時間を過ごしてはいなかった。そうした時間は、その後にやってきた。そしてそれは、それこそまさに生きることへの途方もない欲求を別とすれば、私のなかの一切を破壊することができたのだ」


「だれにでも死はある。だが、それぞれにそれぞれの死がある。いずれにせよ太陽は、たとえ骨になってもぼくらを暖めてくれるのだ。」

【アルベール・カミュ著書】

『異邦人/1942年』

『ペスト/1947年』

『転落/1956年』

『追放と王国/1957年』

『シーシュポスの神話/1942年』

『反抗的人間/1951年』

「カミュの手帖」1-「太陽の讃歌、」2-「反抗の論理」

戯曲

『カリギュラ/1944年』

『誤解』/1944年』

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