2019年10月27日

「二人‥‥2‥‥」李箱

 アアルカアボネの貨幣は迚も光沢がよくメダルにしていゝ位だがキリストの貨幣は見られぬ程貧弱で何しろカネと云ふ資格からは一歩も出ていない。

 カアボネがプレツサンとして送つたフロツクコオトをキリストは最後迄突返して已んだと云ふことは有名ながら尤もな話ではないか。
一九三一、八、一一


底本:「李箱作品集成」作品社 2006(平成18)年9月15日第1刷発行
底本の親本:「朝鮮と建築 第十集第八号」朝鮮建築会  1931(昭和6)年8月
初出:「朝鮮と建築 第十集第八号」朝鮮建築会
   1931(昭和6)年8月
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2019年10月24日

さいとうたかを「台風五郎」(1958 - 1963 年)

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荒唐無稽なアクション映画を想わせる「台風五郎」は、貸本劇画として登場した。粗雑な印刷と製本としては乱造な貸本劇画は、余程内容に関心がないと、不衛生で近づきます難い世界であった。

現在では電子書籍で全巻蘇っているので、「台風五郎」を初めて読んでみた。


手塚治虫の丸い線タッチから画風が変わったのは、「台風五郎」あたりだという 。作者自身も「台風五郎」が納得のいく線にたどり着いた作品だと、そこに 至るまでの試行錯誤の道のりを語っている。

「劇画家にとって自分の絵というのは重要な要素である。確かに、構成 などのいろいろな要素が加わるのだが、とりわけ絵のタッチ、つまり線は重要な表現要素となる。ディズニー調の絵が全盛の時代ではあっ たが、とにかく私はリアルなドラマをリアルな絵で表現したいと思ってい た。どうにかしてもっと物語に合ったタッチの絵を描こうとずい ぶん試行錯誤した。当時の作品を振り返ってみると、ディズニー調の絵は もちろん、乙女チックな線の細い絵、アメリカン・コミック調のしつこい 絵というように、あらゆる絵をかいている。そして、ついに自分で一番嫌いだった線の細さを感じさせない力強い絵に行きついたのだ。それが昭和三十三年の「台風五郎」である。」(さいとう・たかを自伝『俺の後ろに立つな』より)


雑誌マンガの連載では出来なかった実験的な描写を、劇画工房を経て実践してみせたのであった。これらの表現は、劇画家として達者な池上遼一の初期作品にも影響が伺えて興味深い。


『さいとう・たかを 劇・男』では「G ペンの特徴は、その構造により、指先に込める力がダイレクトに線の強弱 として現れる点にある。さいとうの骨格のあるデッサンに G ペンの力が 加わったことで、さいとう作品は劇画特有の力強い表現力を手に入れた」(リイド社2003年)という。


「ゴルゴ13」や「無用ノ介」ようなリアリティーあるドラマではなく、荒唐無稽な貸本劇画シリーズから生まれたところが面白い。作者自身が同じリープの中で作品制作をする危惧を抱いて、人気絶頂期に24話で最終回として台風五郎というキャラクターを死亡させて封印してしまった。 1F86B276-E401-4CE1-83A9-981A8B0B84F5.jpeg
個人的には台風シーズンに電子書籍で検索して、偶然読んだらむちゃくちゃに爽快となった劇画シリーズ。
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『跋折羅社』と東考社・桜井昌一さん

跋折羅〔ばさら〕マンガ同人誌

1971年〜1981年に刊行された、伝説の漫画同人誌。創刊メンバーは、三宅秀典、三宅政吉の兄弟、伊藤重夫、勝川克志の四人。


三宅政吉(または秀典)がアシスタントをしていた山上たつひこも、活動を支援していた。他のメンバーとして栗栖直哉。


のちに桜井昌一主宰の桜井文庫から雑誌『螺旋』を発行。また、跋折羅社をつくり、漫画単行本「跋折羅社・劇画叢書」を刊行した。


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「桜井さんのもとで私は印刷機を回し、丁合し、背がためをやりと、印刷・製本の原理的な作業を学んでいった。その作業のすべてが手作業だったことは、印刷・製本の始元(ママ)を学ぶかのようで、印象的だった。どのような機械化−合理化とも無縁でしかありえない、零細な企業の裸の姿を目のあたりにできたことは、とても大切なことを学んだといえるかもしれない」(三宅政吉「『夕食、晩酌付き』のころ」、『貸本マンガ史研究』第十三号)


http://hakudai.club/?p=2474

劇画の仕掛け人、桜井昌一さん

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2019年10月20日

華文ミステリーが台頭している

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華文ミステリ作家が香港の2013年から1967年へと、遡っていく香港歴史が浮上する興味深いストリーティリング。

そして現代の香港市民の終わらない暴動と、香港警察には他国からの人材による、政治的背景も描かれるストロングな世界。


書いた小説の大半がドラマや映画になった、ベストセラー作家の執筆と病気と、完成までの推敲への拘りが凄まじい。


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現代華文推理系列 〔電子書籍・全3巻〕

これからのミステリを切り開くのは十数億人の彼らだ! まだ見ぬ中国語ミステリの世界をあなたに。


単独でも販売中の四作の華文ミステリ短篇、御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版。


第二弾集、より新しい年代の作品を中心に収める。

単独でも販売中の四作の華文ミステリ短篇、冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版。 


第三集は三作の華文ミステリ短篇、藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版。

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2019年10月15日

『The Angel/ 天使』ウィリアム・ブレイク

I dreamt a Dream! what can it mean!

And that I was a maiden Queen,

Guarded by an Angel mild:

Witless woe was ne'er beguil'd!

And I wept both night and day,

And he wip'd my tears away,

And I wept both day and night,

And hid from him my heart's delight.

So he took his wings and fled;

Then the morn blush'd rosy red;

I dried my tears, & arm'd my fears

With ten thousand shields and spears.

Soon my Angel came again:

I was arm'd, he came in vain;

For the time of youth was fled,

And grey hairs were on my head.


わたしは一つの夢を見た! その夢の心はなに?

わたしは ひとりの天使に守られた

未婚の女王さま それなのに

切ない悲しみの はれるひまも無かった!


そして わたしは泣いた 夜も昼も

そして かれはわたしの涙をぬぐってくれた

そして わたしは泣いた 夜も昼も

そして かれから隠した わたしの心の喜びを


そこでかれは 翼に乗って 飛び去った

やがて朝が ばら色にあからんだ

わたしは涙を乾し わたしの恐怖を武装した

一万もの 楯や槍で


まもなく わたしの天使はもどってきた

わたしは武装しており 天使は近よれない

青春の時は飛び去り

そして白髪が わたしの頭にあった



『ブレイク詩集』/ 寿岳文章 訳(世界の詩55・弥生書房)より


ウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757年11月28日 - 1827年8月12日)

イギリスの詩人、画家、銅版画職人。

預言書『ミルトン』の序詞「古代あの足が(And did those feet in ancient time,)」は1918年にヒューバート・パリーによって音楽が付けられたものが聖歌『エルサレム』として、事実上のイングランド国歌となっている。

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2019年10月14日

ウィリアム・ブレイク 『天国と地獄の結婚』訳=長尾高弘

序詩

悪魔の声

記憶に残る幻想

地獄の箴言

自由の歌



主題

リントラが叫び、重い空に炎を振りかざす。

餓えた雲が海に垂れ下がる。

かつて危険な細道を進んだ従順な

正義の人は、死の谷でも

道を踏み外さなかった。

薔薇は棘の伸びた先に咲く。

蜜蜂は不毛の

荒地に歌う。

そして、危険な細道は耕された。

あらゆる断崖、あらゆる墓に


川が流れ、泉が湧いた。

そして白骨の上には

赤い土が芽を出した。

そこで悪党どもが安楽の道を去り、

危険な細道に侵入して、正義の人を

不毛の地に追いやった。

今や卑劣な蛇蝎が腰を低くして

おとなしそうな顔をして歩いている。

正義の人は獅子のうろつく荒野で

激怒にかられて絶叫している。

リントラが叫び、重い空に炎を振りかざす。

餓えた雲が海に垂れ下がる。

*

新しい天国が始まり、すでに三三年を経たが、時を同じくして永遠の地獄もよ みがえった。そして見よ。スウェーデンボルグは復活の墓に座る天使であり、彼 の書物はそこに残された亜麻布の塊だ。今はエドムの支配するときであり、アダ ムが楽園に戻るときだ。イザヤ書三四章と三五章を見よ。

対立がなければ進歩はない。人間が生きるためには、親和と反発、理性と情動、 愛と憎悪が必要だ。

宗教家たちが善と悪と呼ぶものは、これらの対立から生まれる。善は理性に従 う受動であり、悪は情動から沸き上がる能動である。

善は天国。悪は地獄。



悪魔の声

あらゆる聖書、聖典は、以下の誤りの原因となってきた。 

.人間は、二つの実在する要素に還元される。すなわち肉体と霊魂。 

.情動は、悪と呼ばれ、肉体のみから生じ、理性は、善と呼ばれ、霊魂のみから生じる。 

.神は、情動を追及する人間を、永遠に責めさいなむであろう。 

しかし、真実はその逆である。 

.霊魂と分離した肉体は存在せず、肉体と呼ばれるものは、この時代の霊魂の主要な窓口である五感によって認識される霊魂の一部分である。 

.生命を持つのは情動だけである。情動は肉体より生じ、理性は情動の部分的なあるいは外面的な表皮に過ぎない。 

.情動こそが永遠の喜びである。

*

欲望を抑圧する人間は、抑圧できるほど弱い欲望しか持たないから抑圧するのだ。抑圧者たる理性は、欲望から居場所を奪い、満たされない欲望を抑えこむ。そして抑圧された欲望は、次第に受け身にまわり、欲望の影に過ぎないものに落ちぶれる。

この歴史は失楽園に書かれており、抑圧者すなわち理性はメシアと呼ばれてい る。

 また、もとは大天使で、天空に号令をかけていた者は、悪魔あるいはサタンと呼ばれ、罪と死を子に持つ。

しかし、ヨブ記では、ミルトンのメシアはサタンと呼ばれている。

それは、この歴史が両陣営に認められているからである。


理性には、追放されたのは欲望のように見えただろう。しかし、悪魔の側から すれば、落ちたのはメシアであり、メシアは混沌から盗んだものによって天国を 作ったのである。

これは、福音書を読めばわかる。キリストは、理性が観念を築く基礎を与える 聖霊すなわち欲望の派遣を父に祈っている。聖書のエホバは、燃えさかる炎のな かに住む彼の者にほかならない。

死後、キリストがエホバになったことを思い出せ。

 しかし、ミルトンにおいては、父なる神は運命であり、御子は五感で測れる存在であり、聖霊に至ってはどこにもいない!

注意。ミルトンが天使と神を描くときに窮屈そうで、悪魔と地獄を描くときに 力を発揮したのは、彼が真の詩人であり、知らぬ間に悪魔の陣営に属していたか らである。


記憶に残る幻想

天使には正気を失うような苦痛に見えるのだろうが、地獄の火のなかで私は精 霊の楽しみと歓びに満たされていた。そして、そのなかを歩きながら、私は地獄 の箴言を集めた。言葉が民族の特徴をよくあらわすことを考えれば、それらは衣 装や建物を説明するよりも地獄の知恵の性質をよく解き明かすはずだ。

現世、すなわち鋭い断崖に閉ざされた五感の淵底の世界に還ってきたとき、私 は黒雲に包まれた強力な悪魔が、断崖の傍らを漂いつつ、腐食の火で次のような 文字を書き付けたのを見た。今や地上の者たちもこの文字を認め、読むことがで きる。

五感に閉ざされたお前たちに、空を切って飛ぶ一羽一羽の鳥が歓びに満ちた広大 な宇宙であることがどうしてわかろうか?


地獄の箴言

種まきどきに学び、収穫どきに教え、冬に楽しめ。

死者の骨の上に車を引き、犁を下ろせ。

過剰の道は、知恵の宮殿に通ずる。

慎重は、無能に言い寄られる年老いた金持ちの醜い処女である。

望みながら行動を起こさない者は、悪疫を生む。

切られた虫は、犁を許す。

水を好む者は、川に浸せ。

愚者が見る木と賢人が見る木は同じではない。

表情に輝きのない者は、星にはなれない。

永遠は、時間の産物を喜ぶ。

忙しい蜂に悲しむ暇はない。

愚者の時間は時計で測れるが、賢人の時間は測れない。


健全な食物を得るのに網や罠はいらない。

飢饉の年には数、重さ、大きさのあるものを作れ。

自らの羽で飛ぶ鳥に高く飛び過ぎるということはない。

死体は傷に復讐しない。

もっとも崇高な行為は、他者に譲ることである。

自らの愚かさにこだわる愚者は、賢人になる。

愚鈍は不正を包む衣である。

羞恥心は自惚れを包む衣である。

牢獄は法の石によって建てられ、売春宿は宗教の煉瓦によって建てられる。

孔雀の自惚れは、神の栄光である。

山羊の肉欲は、神の贈り物である。

獅子の怒りは、神の知恵である。

女の裸体は、神の作品である。

過剰な悲しみは笑いを呼び、過剰な歓びは涙を呼ぶ。


獅子の咆哮、狼の唸り、嵐の海のうねり、破壊の剣は、人間には計り知れぬ永遠 の栄光の一端である。

狐は自分ではなく、罠を非難する。

歓びが孕み、悲しみが生む。

男には獅子の皮、女には羊の毛を着せよ。

鳥の巣、蜘蛛の糸は、人の友情。 勝手に微笑っている愚者やむっつりと眉をしかめている愚者は、権威があるよう に見えるので、賢人だと思われる。 今、証明されているものは、かつては想像されただけに過ぎない。 大鼠、家鼠、狐、兎は根元を見るが、獅子、虎、馬、象は果実を見る。 水槽は包み、泉はあふれ出させる。

一つの思いが無限を満たす。 自分の意思をいつでも明らかにできるようにしておけば、卑しい人間は近寄らな い。


信じることができるあらゆるものは、真実を反映している。 烏に学ぶことほど鷲にとってひどい時間の無駄はない。 狐は自分の身を守るが、神は獅子の身を養う。 朝考え、昼行動し、夕方に食べ、夜は眠れ。 人に欺かれるままにされている人は、相手を知っている。 鋤が意思に従うように、神は祈りに報いる。 怒れる虎は訓練された馬よりも賢い。

澱んだ水を見たら毒があると思え。 充分以上のものを知らなければ、何が充分かはわからない。 愚者の非難には立派なお題目がある。 目は火、鼻孔は空気、口は水、髯は大地。

勇気に欠ける者は、奸智に長ける。 林檎が山毛欅に実のつけ方を尋ねることはなく、獅子が馬に獲物の捕え方を尋ね ることはない。


贈り物に感謝する者は、豊作に恵まれる。 ほかに莫迦になった者がいなければ、自分がなるべきだ。歓びに包まれた魂は、決して汚されない。 鷲を見るということは、精霊の一端を窺うということだ。頭を上げよ。 毛虫が一番柔らかい葉に卵を生むように、祭司は最良の歓びを呪う。 小さな花を作るにも、数世代の力が必要だ。 非難は縛り、賞賛は解き放つ。 最良の葡萄酒は最古の葡萄酒。最良の水は最新の水。

祈りを耕すな賞賛を収穫するな!

喜びを笑うな悲しみを泣くな!

頭は崇高、心臓は悲痛、性器は美、手足は均整

鳥には空、魚には海、卑しむべき者には侮辱。

烏はすべてが黒ければと嘆き、梟はすべてが白ければと嘆く。

充溢は美である。


獅子が狐の意見を聞いていたら、狡猾者になっていただろう 改良は直線的な道を作るが、精霊の道は改良の余地なく曲折している。 満たされぬ欲望を育てるより、ゆりかごにいるうちに殺す方がましだ。 人がいない土地は不毛だ。 真実は、理解されるように語ることはできないし、信じられないように語ること もできない。

充分に、でなければ充分以上に。

*

古代の詩人たちは、知覚できるあらゆるものに神々、すなわち精霊の生命を吹 き込んだ。森、川、山、湖、都市、民族など、彼らの壮大で多彩な感覚が認知し うるあらゆるものの名前で神々を呼び、それらの属性で神々を飾った。

特に、彼らは一つ一つの都市や国の精霊を凝視し、心のなかの神性のもとにそ れらを位置付けた。

しかしそれは、民をだまし、隷属させる体系が形成されるまでのことだった。 体系は、対象から神性を抽出し、実体化する。かくして、祭司制が確立した。

詩的な物語から崇拝の形式だけを抜き取ったのである。 あげくのはてに、祭司たちは、神々がそのようなことを命じたのだと公言した。 かくして人々は、神性というものが人間の胸のうちにあることを忘れたのである。


記憶に残る幻想

預言者のイザヤ、エゼキエルと晩餐をともにしたとき、私は彼らに尋ねた。な ぜ、あなたがたは、神が話しかけられたということをあんなに強く主張したのか。 そのとき、誤解され、迫害される原因になりはしないかと思わなかったのか。

イザヤが応えた。私は、有限の知覚器官で神を見たり、聞いたりはしていない。 しかし、私はあらゆるものから無限の存在を感じ取っていたし、正直な憤りの声 は神の声なのだと教えられ、それをずっと確信し続けていたので、結果を考えず に書いたのだ。

私はさらに尋ねた。こうだと固く信ずるなら、それはそうなるものなのか。

イザヤは応えた。あらゆる詩人はそう信じているし、想像力の時代には、固い 信念が山をも動かした。しかし、多くの者は、何事に対しても固い信念を持つこ とができない。


次いでエゼキエルが言った。オリエントの哲学は、人間の知覚の第一原理を教 えたが、民族によって、起源の原理はまちまちだった。我々イスラエル人は、詩 の精霊(と今なら呼ばれるもの)こそが第一原理であり、他のものはすべてそれ から派生したものに過ぎないと説いた。我々が他国の祭司や哲学者を侮蔑したの はそのためだし、すべての神はイスラエルの神から派生したものだということが 証明され、それらの神は詩の精霊の前にひれ伏すだろうと預言したのもそのため である。そして、我らが偉大な詩人、ダビデがあれほど熱烈に求め、あれほど激 しく祈ったのもこの神であり、彼はこの神のもとに敵を征服し、王国を統治する と言ったのだ。私たちは我が神を非常に愛したので、主の御名のもとに周辺諸民 族のあらゆる偽りの神を呪い、彼らを反逆者と断定した。あらゆる民族はいずれ ユダヤ人に征服されると民が思い込むようになったのは、この教えのためである。

イザヤはさらに言った。あらゆる固い信仰と同じように、これは成就した。す べての民族がユダヤの聖典を信じ、ユダヤの神をあがめているではないか。そし て、これに勝る征服がほかにあろうか。


私は驚きとともにこれを聞いた。そして私自身の罪を告白しなければならない。 晩餐の後、イザヤにあなたの失われた書物をこの世界に与えてほしいと頼んだが、 彼は同じ価値を持つものは一切失われていないと言い、エゼキエルも、自分も同 様だと言った。

私はイザヤに三年間も裸、はだしで歩いたのはなぜか、とも尋ねた。彼は、我 がギリシャの友、ディオゲネスと同じ理由だと応えた。

それから私はエゼキエルに糞を食べ、長い間左脇、次いで右脇を下にして寝た のはなぜかと尋ねた。エゼキエルは応えた。他の人々を目覚めさせ、無限を知覚 できるようにさせたかったからだ。北アメリカの民族はこれを行っている。目先 の安楽や満足だけのために自らの精霊、すなわち良心を拒む人間は、誠実だと言 えるだろうか?

*

私が地獄で聞いてきたところによれば、六千年ののちに世界が焼き尽くされる という古くからの聖伝は真実である。

そのときが来たら、炎の剣を持つ智天使は、生命の樹の守りから離れるように 命ぜられており、彼が樹から離れると、あらゆる被造物は焼き尽くされ、今のよ うに有限で堕落した姿ではなく、無限で聖なる姿を取るようになる。

これは、肉体の歓びの開発によって成就される。

しかし、何よりもまず、人間が精神とは別個の肉体を持っているという考え方 が払拭されなければならない。私は、腐食を使った地獄の方法で印刷することに よって、この仕事を成し遂げるつもりだ。目に見える表面を溶かし去り、隠され ていた無限を顕わにする腐食は、地獄では健康的で身体を癒す力を持つ。

知覚の扉が取り払われたら、何もかもがありのままの無限の姿で人間の前に顕 れるだろう。


人間は自らを閉ざしてきた。今や、人間は、洞穴の狭い隙間からものを見てい るに過ぎないのだ。


記憶に残る幻想

私は地獄の印刷所で、知識が世代から世代に渡されていくしくみを見てきた。

第一の部屋には龍人がいて、洞穴の口からごみを掃き出していた。洞穴のなか では龍の群れが穴を掘っていた。

 第二の部屋には蝮がいて、岩と洞穴をぐるぐる巻きにしていた。そしてほかの

者は蝮を金、銀、宝石で飾り立てていた。

第三の部屋には空の翼と羽毛を持つ鷲がいて、その翼で洞穴のなかを無限に変 えていた。周囲には鷲のような人間がいて、果てしなく切り立った絶壁に宮殿を 築いていた。

 第四の部屋には、炎に包まれ、怒りくるった獅子がいて、金属を溶かし、生きた液体に変えていた。

第五の部屋には、名前を持たない生物がいて、金属液を広大な空間に撒き散ら していた。


それらは第六の部屋の主である人間によって受け取られ、本の形を取り、書庫 に並べられた。

*

勇気に欠ける者は奸智に長けるという箴言に従うなら、現世を官能的な存在に 変え、今は鎖につながれて生きているように見える巨人たちは、本当は、現世の 生命の根拠であり、あらゆる活動の源泉だが、彼らをつなぐ鎖は、弱く飼い慣ら された精神の奸智である。それは、情動に反抗する力を持っているのだ。

このように、存在の一面は栄えであり、もう一面は滅びである。滅びの者は、 自分の鎖に巨人をつないでいるつもりかもしれないが、そうではない。彼は存在 の一部を取り出してそれがすべてだと思い込んでいるのだ。

しかし、海としての滅びが過剰な歓びを受け止めてくれなければ、栄えは栄え であり続けることができないだろう。

神以外に栄えはないのではないかと言う者がきっといるに違いない。答え よう。神が力を及ぼすのは、そして神が存在するのは、生きている者すなわち人 間のなかだけだ。


 地上には、常にこの二種類の人間がおり、敵対せざるを得ない。両者を調停しようとする者は、生命の破壊を目論む者だ。

宗教は両者を調停しようとする努力である。

注意。羊と山羊の比喩からもわかるように、イエス・キリストは、彼らの統一 ではなく分離を望んでいたのだ。彼は、地上に来たのは平和ではなく、剣をもた らすためだと言っている。

メシアすなわちサタンすなわち誘惑者は、かつては大洪水以前の者、すなわち 我々の情動であると考えられていた。


記憶に残る幻想

ある天使が私のところに来て言った。おお、哀れで愚かな若者よ怖いこと 恐ろしいことだお前は、灼熱の炎に包まれた牢に自らを未来永劫に渡 って閉じ込めようとしているのだぞ。お前はそれにふさわしい生き方をしている のだ。

私は応えた。お前は私の未来永劫の運命を見せようというのだな。それなら二 人でじっくり見てみようではないか。お前の運命と私の運命のどちらがよいか、 はっきりさせようではないか。

天使は、私を連れて、馬小屋から教会へ、さらに教会の地下の納骨堂へと導い た。そのはずれには粉碾場があり、そこを通り抜けると、洞窟のなかだった。曲 がりくねった洞窟のだらだらとした道を手探りで進んでいくと、無限の空虚に達 した。私たちの下に地底の空が広がっていたのである。私たちは木の根につかま り、この無限の上にぶら下がった。私は言った。この空虚に身をゆだねて、ここにも神の摂理があるかどうかを見てみようではないか。お前が行かないなら、私 が行く。しかし、天使は応えた。でしゃばるな、若僧。ここに留まっていれば、 じきに暗闇が去り、お前の運命が見えるのだ。

そこで、私は天使とともにそこに留まることにして、槲の曲がりくねった根っ こに座った。天使は、地底の空に向かって生えていた茸の笠にぶら下がった。

燃える都市の煙のように熱い無限の奈落のようすは、次第に見えてきた。私た ちのはるか下の方には、黒いのに輝いている太陽があった。赤く燃える軌道が幾 重にもそのまわりを取り囲み、獲物を狙う蜘蛛がぐるぐるとまわっていた。獲物 たちは、無限の深みのなかを飛ぶというよりも泳いでいて、腐敗から生まれた動 物たちのなかでももっとも恐ろしい形をしており、地獄の空はそれらでいっぱいで、それらが地獄の空を形作っているかのようにも見えた。それらは悪魔で、空 の能天使と呼ばれていた。私は天使に尋ねた。どれが私の永劫の運命なのだ天使は、黒蜘蛛と白蜘蛛の間だと応えた。

しかし、その黒蜘蛛と白蜘蛛の間から炎が上がり、雲が湧き起こって、地獄の 空を黒く巻き込んでいった。地獄の空は海のような黒い塊となり、恐ろしい音を 立てながらうねっていた。私たちの下は、この黒い嵐に覆われて何も見えなくな ってしまったが、やがて東の空の波と雲の間に、炎の混ざった血の奔流が現れた。 そして、石を投げても届きそうなところに巨大な蛇の鱗のあるとぐろが見え隠れしたかと思うと、東に三度ほど離れたところに、燃える首を突き出した。それは 黄金の山脈のようにゆっくりとせり上がり、海はそこから煙の雲のなかに逃れ、 ついに紅蓮の炎に輝く二つの球体が認められた。それはレビヤタンの頭だったの である。額は虎のように緑と紫の縞模様になっていた。やがて、海を泡立たせて その口と真っ赤な鰓が姿を現わし、湧き出す血で黒い海をどよもしながら、霊的な存在の怒りを込めてこちらに向かってきた。

我が友、天使は、ぶら下がっていた場所から粉碾場によじ登り、私は一人で残 されたが、やがてその光景は消え、私は川沿いの気持ちのよい斜面で月の光を浴 びて座っていた。ハープを弾きながら歌う声が聞こえたが、その歌は、頑なに考えを枉げない人間は、澱んだ水のようなもので、心から蛇を孵す、というものだった。

 しかし私は這い上がり、粉碾場に戻った。そこには、我が天使がいて、驚きながら、どうやって逃げてきたのかと尋ねた。

私は応えた。私たちが見たものは、お前の形而上学の産物だったのだ。なぜな ら、お前が逃げたあと、私は月光の下でハープ弾きの歌を聞きながら、土手に座 っていたのだから。しかし、私の永劫の運命とやらは見たので、今度はお前にお 前の運命を見せてやることにしよう。天使は、私の言葉を嘲笑ったが、私は彼に 飛び掛かり、両腕で抱きかかえると、夜通し西に向かって飛び、地球の影が届かないところまできた。私は、天使もろとも太陽の中心に飛び込み、白衣を着た。 そして、スウェーデンボルグの本の束を手につかむと、この栄光の地から沈み、 あらゆる惑星を通り過ぎて土星まで落ちた。そこでしばらく休むと、土星と恒星 群の間の空虚に飛び上がった。

私は言った。お前の運命は、ここに、この空間にある。もし、これを空間と呼 べるならば。まもなく、馬小屋と教会が見えた。私は彼を祭壇に引きずり上げて、 聖書を開いた。すると見よそれは深い穴だった。私は、天使を後ろから小突 きながらその穴を下っていった。やがて、煉瓦造りの七つの家が見え、我々はそ のうちの一つに入った。そこには、猿、狒狒の類のあらゆるものが腰から鎖で繋 がれていた。猿どもは、互いに歯をむき出したり、抱き着いたりしていたが、鎖 が短いので何もできなかった。しかし、ときどき彼らは膨大な数にまで繁殖し、 弱いものは強いものに捕まってしまった。強い方は、歯をむき出してニッと笑い ながら弱いものと交尾したかと思うと、足を一本ずつ引き抜いてむしゃむしゃと 食べ、最後には動けない胴体だけが残された。そして、これさえ、好意があるか のようにニッと笑ってキスをすると食べてしまうのである。そして、自分の尻尾 の肉をうまそうに食べているやつもあちこちにいた。私たちは二人とも悪臭にう んざりしたので粉碾場に戻った。私はその家から骸骨を一つ持ってきたが、粉碾 場で見ると、それはアリストテレスの分析論だった。

天使は言った。お前は、私に空想を押し付けた。お前は恥じなければならない。

私は応えた。押し付けたのはお互い様だ。分析論を操るだけのお前のようなや つと話をしたのは、時間の無駄だった。


敵対は真の友情

いつも思うことだが、天使たちは自惚れていて、自分たちだけが賢いと言いふ らす。しかも自信満々でそう言うのだが、この自己過信は、系統立った論理から 生まれたものである。

スウェーデンボルグが自分の本は新しいと自慢するのもそれだが、彼の書いた ものなど、実際にはすでに出版されてる本の目次か索引に過ぎない。

見世物の猿を連れて歩いている男がいた。彼は、猿よりも少し賢いからといっ て増長し、自分が七人の人間よりも賢いと思い込んでしまった。スウェーデンボ ルグもこれと同じだ。彼は教会の愚劣さを説き明かし、偽善者を暴露するあまり、 すべての人が宗教的だと思い、地球上で網を破ったのは過去から現在を通じて自 分一人だと妄想してしまう。

しかし、事実は違う。スウェーデンボルグは、新しい真実を書いてはいない。 もう一つの事実がある。彼はありとあらゆる古い誤りを書いているのだ。

理由はこうだ。彼は宗教的な天使たちとは対話したが、宗教を憎む悪魔たちと は対話していない。彼の思い上がった考え方では、それができなかったからであ る。

かくしてスウェーデンボルグの書いたものは、あらゆる上っ面の議論の要約で あり、自分より崇高なものの分析になったが、決してそれよりも深くはならなか った。

もう一つの事実を明らかにしよう。機械的な才能を持つ人間なら、パラケルス スやヤコブ・ベーメが書いたものを使って、スウェーデンボルグが書いたものと 同じ価値を持つ一万巻の書物を書ける。そして、ダンテやシェークスピアを使え ば、無限の書物が書けるだろう。

しかし、彼がそれをなしとげたとしても、師より彼の方がものをよく知ってい るなどと言わせてはならない。彼は日の光のもとで蝋燭を掲げているだけに過ぎ ないのだから。


記憶に残る幻想

私は、炎に包まれた悪魔が雲の上に座っていた天使のところまで上昇し、次の ようなことを口にしたのを聞いたことがある。

神を拝むということは、他の人々がそれぞれの精霊に従って持っている神の贈 り物を称えることであり、もっとも優れた人をもっとも賛美することである。偉 大な人間を羨んだり中傷したりする人間は、神を憎んでいる。なぜなら、ほかに 神はいないからだ。

天使はこれを聞いてほとんど真っ青になったが、自分を抑えて黄色くなり、白 くなって、最後にはうす赤く頬を染めて微笑み、応えた。

汝偶像崇拝者よ、神は唯一のお方ではないのかその神はイエス・キリスト として降誕したのではないのかイエス・キリストは十戒を肯定し、彼以外の すべての人間は愚者であり、罪人であり、無ではないのか?

悪魔は応えた。たとえ小麦といっしょに臼で碾いても、馬鹿から愚かさをたた き出すことはできない。イエス・キリストがもっとも偉大な人間だとしたら、お 前は彼を最大限に愛さなければならないはずだ。では、イエスが十戒を肯定した とはどういうことなのか、聞くがよい。イエスは安息日を破って、神の安息日に 背いたのではないのか彼のために殺された人々を殺したのではないのか姦通の現場でつかまった女のもとから法を追い払ったのではないのか自分 のために他人の労働の成果を盗んだのではないのか?  ピラトの前で何も言わ なかったとき、偽証を支えたのではないのか弟子たちのために祈ったとき、 また宿を拒んだ町では足についた埃さえも払い落とせと弟子たちに命じたとき、 他人のものを欲したのではないのか聞け。十戒を破らなければいかなる徳も 存在し得ないのだ。イエスは、徳に満ち溢れていた。そして彼は規範ではなく、 閃きによって行動したのだ。

 悪魔が話し終えたとき、私は天使が腕を広げ、炎を抱きしめたのを見た。そして天使は燃え尽き、エリヤとなって昇天した。


注意。この天使は、今は悪魔となり、私の親友となっている。私たちはよくい っしょに、地獄、あるいは悪魔の意味で聖書を読んでいる。世界が正しく行動す れば、その意味は明らかになるだろう。

私は地獄の聖書も持っている。これは、正しく行動するかどうかに関わらず、 世に出るはずだ。

獅子と牡牛に同じ法を押し付けるのは圧政である。


自由の歌

.永遠の女がうめき声をあげた。それは地上のあらゆるところで聞こえた。 

.アルビオンの岸はぞっとするほど静かで、アメリカの野は真っ青だ

.予言者の影が、湖や川のかたわらで震えている。その呟きは、海を越える!

フランスよ、おまえの牢を打ち破れ。 

.黄金のスペインよ、古いローマの壁を突き崩せ。 

.おお、ローマよ、お前の鍵を流れ落ちる海に、崩れ去る永遠に投げよ。

 .そして泣け

.彼女はふるえる腕に生まれたばかりの泣き喚く恐怖の子を抱いている。 

.今は大西洋に沈められている無限の光の山の上に、新しく生まれた火が立星の王の前に。 

.衰えた不寛容の王は、灰色の眉と白髪の者たち、雷を呼ぶ者たちを従え、海の上で翼を波打たせた。

一〇.燃える手を高く突き上げ、盾の留め金が外された。 王は燃える髪の間か ら手を突き出し、生まれたばかりの驚異を力いっぱい星空に投げた。

一一.火が、火が、落ちてくる

一二.見上げろ、空を見上げろ、ロンドンの市民よ支持の輪を広げよ。おお、

ユダヤ人よ、金を数えるのをやめよ香油と葡萄酒に返れアフリカ 人よ黒いアフリカ人よ! (行け。羽ばたく思想よ、彼の行く手を広 げよ。)

一三.炎の手足、燃える髪が、西の海に沈む日のように飛び込んだ。 

一四.永遠の眠りから覚め、白色の元素は叫びながら逃げていった。 

一五.不寛容の王は、灰色の眉の顧問官、雷を起こす戦士、巻き髪の老兵とともに、虚しく翼を打ったが、舵、盾、戦車の馬、象、また旗、城、石弓、岩のなかに墜落した。

一六.落ち、戦い、滅んたアーソナの穴の上の廃墟に埋められた。 

一七.廃墟で一夜を過ごしたあと、色褪せた重い炎が失意の王を包んだ。

一八.雷鳴と炎を持つ王は、星の軍勢を率いて荒地を進み、十の命令を広めた。 暗く沈んだ海に刺すような視線を投げながら。

一九.朝が金色の胸の羽繕いをしている間に、東の空に火の息子が雲に乗って現 れた。

二〇.呪いの雲を蹴散らし、岩に刻まれた法を踏み潰し、夜の穴から永遠の馬を 解き放って叫んだ。帝国は消滅した。獅子と狼の戦いは終わる。

合唱


夜明けの黒烏のような祭司たちよ。黒衣に包まれたかすれ声のお前たちに、も う歓喜の息子たちを呪わせはしない。祭司が受け入れた兄弟、暴君たちよ。もうお前たちに境界線を引かせたり屋根を作らせたりはしない。蒼白い戒律の淫売ど もよ。もうお前たちに望みながら行動を起こさない者を純潔とは呼ばせない。

生きているすべてのものが神聖なのだ。


図書カード:天国と地獄の結婚


天国と地獄の結婚

著者 ウィリアム ブレイク

訳者及び発行者 長尾高弘

発行所 

電話〇四五 五九〇 一五四六

2240023   ──

株式会社ロングテール 二〇〇五年四月一六日発行

頒価無料(どんどんバラ撒いて下さい)

横浜市都筑区東山田三 二六 一六

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2019年10月12日

筒井康隆さんのジュブナイル傑作集

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単行本と文庫本に未収録ままになっている、大人が読んでも楽しい奥行きあるSFの世界。

「少年サンデー」に連載され大好評だった長篇「細菌人間」ある晩、キヨシの家の庭に巨大ないん石が落下した。そこから生えてきた人食い植物に巻き付かれて、おとうさんは人が変わってしまう。ガソリンをすすり、恐ろしい形相でキヨシに迫ってくるおとうさん! キヨシはこの危機を脱することが出来るのか?

「10万光年の追跡者」「四枚のジャック」パラレルワールドに迷い込んでしまった少年と少女の奇想天外な体験談「W世界の少年」「闇につげる声」全5篇収録。綿密に作られたアニメーションを観て、恍惚となったような想像力が堪能される一冊。



筒井康隆SFジュブナイルセレクション 

1

かいじゅうゴミイのしゅうげき

うちゅうをどんどんどこまでも

地球はおおさわぎ

赤ちゃんかいぶつベビラ!

三丁目が戦争です

2

暗いピンクの未来

デラックス狂詩曲

超能力・ア・ゴーゴー

3

白いペン・赤いボタン

ミラーマンの時間

4

細菌人間

5

10万光年の追跡者

四枚のジャック

W世界の少年


【金星社】より


未収録作品を収録(他は角川文庫にあります)

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2019年10月06日

関山和夫「落語風俗帳」概要

古く天台宗で行われた説教の型に「三周説法(法説・譬喩ひゆ・因縁)」というものがあったが、これを応用した「説教の五段法」という型が江戸時代初期に真宗で創造された。これは日本人の話し方(雄弁術)の奥義として貴重な遺産と言うべきである。

1 讃題
これから話そうとする一席のテーマとして、経典や法語の一節を節をつけて感銘深く、ありがたく読み上げる。
2 法説
讃題の意味を今少し分かりやすく解説する。
3 譬喩(ひゆ)
讃題、法説をいっそうわかりやすくするために、例え話を出来るだけ興味深く話す。
4 因縁
讃題、法説を証明するための事例をあげる因縁談をする。
5 結勧(結弁)
結び。聴衆に「安心(あんじん)」を与え、この一席の話を、要旨をまとめてひきしめる。

の五段構成である。要するに讃題(テーマ)が切り出しとなり、法説を導入部としてマクラを振り、譬喩・因縁を中身とし、結勧をもって結ぶという三部に分ける。これを「はじめシンミリ(讃題・法説)、なかオカシク(譬喩・因縁)、おわりトウトク(尊く=結勧)」とも伝承した。
説教の型については、二つの大まかな分類もあった。一つは「呼ぼり説教」であり、今一つは「因縁譬喩説教」である。前者は、大勢の聴衆に対して呼びかけるように語尾を長く引っ張って、諄々と話して感銘を与える方法だ。後者は、譬喩因縁談を中心にした通俗説教で、すこぶる楽しく、面白いものであった。説教から落語が派生する最大の要素は、この譬喩因縁談にあった。
普通の説教者は、三十か五十程度の話材をもっていたが、大説教者といわれる人は数百もの持ちネタがあった。円熟した説教者たちは、いかにも話芸の名人であった。笑いと涙を織りまぜながら、巧みな高座を展開した。
関山和夫「落語風俗帳」より

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『犬』三代目 三遊亭金馬

「浮世断語」旺文社文庫、1981(昭和56)年7月より


 犬は三日飼うと三年恩を忘れないというが、犬は好きで十二、三歳頃、本所相生町の経師屋の伯父の家に奉公している時分に、雑種の犬を一匹拾ってきて伯父に叱られたことがある。私が三度の御飯を一膳ずつ少なく食べてこの犬にやりますから飼ってやってください、と無理に頼んでおいてもらった。

 その頃、本所から四谷箪笥町、芝片門前、三田の赤羽橋辺まで襖を積んだ車を引いて使いにやらされる。行きにその犬を車の梶棒へ綱でつなぐとグングン車を引いてくれる。先方へ行って使い賃をもらうと、パンを買って半分は犬に食べさせて、空になった車へ犬を載せて引いてくる。今でもバタヤさんが犬に車を引かしているのを見ると、その頃のことを思いだす。

 ぼくがあまり犬を可愛がりすぎるので、伯父がぼくに内緒でどこかへ捨ててきたらしい。二、三日の間は仕事も手につかず、食べる物もうまくない。それこそ血眼になって探したがわからない。

 去る者は日々に疎し、というか、二月、三月とすぎ、半年もすぎるとまるで思いださないというより、どんな犬であったか思いだせないくらいになっていた。すると或る日、京橋八丁堀まで例によって車を引いてゆき、帰りに、その頃「中外商業新聞」というのがあって、その前の坂本公園という、いやに淋しい公園の前までくると、だし抜けにぼくに飛びついた犬がある。びっくりして見ると、半年ほど前にわが子のように可愛がったその犬である。犬も夢中になって飛びつく、ぼくも暫時われを忘れて抱きかかえて、その犬を車の上へ載せて本所まで帰ってきた。また改めて伯父に頼んで飼ってもらったが、その犬の顔は今でも眼をつぶると瞼のうちに見えるようだ。

 とんだ瞼の犬の話になったが、いろいろの種類の犬も飼ってみたが、何の何種という系統正しい犬でも、名もない雑種の野良犬でも、飼えば同じように可愛いもので、若い時分、駄犬のことで犬捕りの人夫と殴りあいの喧嘩をしたことがある。

 本所太平町に住んでいる時分、下手な鉄砲をやっていたので、ポインターの猟犬を飼っていたが、これも子犬からもらってきて、自分で「持ってこい」から教えた。猟は犬がいるといないでは大変な違いで、ことによると他人の捕った猟物までくわえてくることがある。鉄砲を持たずに小松川の土手あたりまで連れて歩く。鳥がいると「ヤチ」のなかをガサガサガサ追って追って追い廻す。鳥も利口なもので、飛びたつと鉄砲で射たれるということを知っているのか、なかなか飛びたたない。ついにヤチのなかから番鴨をくわえて出てくる。また綱を放して犬を連れて歩いているときどこかで鉄砲の音がズドンとすると、一目散に飛んでいってしまう。しばらくすると、鳥をくわえて息せききって帰ってくる。「よしよし」と褒めてやり、鳥を取って外套の下の腰へさげてしまうと、鉄砲を射った人が「確かにここいらへ落ちたのだがなあ」と鳥を探しにくる。

 犬は利口なもので、昼席、夜席へ行くときの服装はよく知っていて後を追わないが、魚釣りの服装ででかけるときに犬に見られると鎖でも切って飛んでくる。また、鉄砲を持って犬を連れてゆく、獲物がいると犬はすぐにポイントをする。銃の仕度をして追えというと飛びだしてゆく。鳥が飛びだす。ズドンと射つ。鳥が落ちたときの犬の喜びようといったら、射った人間より嬉しそうな顔をするが、当らずに鳥が逃げたときなぞは、横からぼくの顔をジーッと見ていて、「下手だなあ」というような顔をする。そのときくらい犬に対して面目ないと思うことはない。

 大正十一年の十一月、酉の市で、人混みのなかをぼくについてきた小物の雑種の迷子犬に、買った八つ頭の芋をやって、本所太平町まで犬がいるので電車へも乗れずに連れて歩いて帰ってきたことがある。

 俗に「犬猿の間柄」というが、明治、大正時代まで猿廻しが犬を馬のかわりにして、犬の背に乗って往来を猿が廻っていたこともあるし、縁日の猿芝居で犬と猿がお軽勘平の道行なぞを演っていた。犬の乳を猫が飲み、猫の乳を子犬が飲んで育つこともある。

 本所押上の普賢横丁の小鳥屋の隠居所の六帖と四帖半の二間の家を借りて、ここへ引越してからもこの犬を寿限無じゅげむと名づけて可愛がっていた。一軒建ての床の高い家で、庭は二十坪くらいしかなかったが、小鳥屋の隠居所だけに庭全体に高い金網が張ってあって、小鳥も放し飼いにしてあり、小さな池もあり、そこに水鳥も飼ってあった。木戸の入口に鳴子がつるしてあって、これを引いて出入りをしていた。「雀の御宿」という目印を出しておいたのも珍しがられた。床下三尺くらいの高さで、砂を敷き、品評会へ出せるくらいのブラマ種の鶏が十五、六羽いたが、よそから猫がはいる、鼬いたちがくる、鼠が出る。鶏を痛め、鳥の餌まであさられる。雌の子犬だが利口なやつで外敵の番には役に立つ。鼠もとるし猫と血みどろの喧嘩もする。それで飼鳥にはしごく従順で、犬にやる食事を鶏が食べにくると、一度は「ワン」と怒るが、鶏の嘴でつつかれると後ずさりして、自分の食事を鶏が食べるのを見ている。この犬も表芸一通りはなんでもした。大正十二年の大震災に、第一に鳥と犬を逃げられるように庭木戸をあけて金網をあけておいたが、近所に中気の養父がいたので、この人を連れて吾妻請地の慈光院まで火に追われて逃げ、あくる九月二日に家を見にゆくと、つぶれた屋根の上で、この犬が焼け死んでいた。

 太平洋戦争の前に四谷南伊賀町に住んでいて、ブルテリヤの黒一枚の中物で「三代目寿限無」という犬がいた。これも子犬の生まれて二十日くらいから戴いて家のなかで牛乳で育てた。犬にアルコール性の物を飲ませると大きくならないということを聞いたので、毎晩寄席から帰って一ぱい飲むときに膝へだいて犬にも酒を飲ませる。はじめは嫌な顔をするが、肴がもらいたいので膝へくるようになる。少し飲まして酔っぱらうと、あっちへヨロヨロ、こっちへヨロヨロ、ワンをさせても正確に発声できない。「ラーンン」と心持ち巻舌になる。犬は下で飼うより座敷で飼うほうが四六時中人間と接触しているためか利口になる。顔はブルドックで強そうな顔をしているが、下へ降ろすと近所の名もない雑種に噛みつかれて尻尾を巻いて逃げこんでくる。

 犬にも流行り廃りがあって、大正から昭和のはじめ頃までは、このブルドックが盛んであった。大正頃の川柳に、


ブルドック百円だして引きずられ


 昭和も三十年頃から猫も杓子もスピッツを飼うようになった。大正頃は畜犬税が半年に三円五十銭であった。その頃咄家に鑑札があって、幅二寸に長さ三寸くらいの巻煙草の箱くらいの紙へ「遊芸稼人」と書いてあった。稼ぐという字がなんとなく情けないような心持ちであった。表に東京市の四角な判が押してあり、裏は生年月日に芸名、落語協会長の判があって、「これを四六時中持って歩け」という御布令ふれがあって、これを持っていないと営業ができなかった。そのかわりに夜おそく飲んで、帰りに非常線に引っかかっても、これさえあれば大いばりで通れたものだ。ぼくなぞは火事の非常線までこれを見せて通ったことがある。旅へでるときにはこの鑑札を送って、「乗り金」という前金を受けとったものだ。

 その頃、われわれ咄家には所得税も源泉課税もなにもなかったが、この鑑札の税金が半年に三円五十銭で、ちょうど犬の税と同じであった。大正時代にこの咄をぼくは高座でしゃべって大受けであった。どうにかして犬より一銭でも余計に税金を納めたいと思っていた。すると咄家の税金が四円に上がって、有難い犬より五十銭余計になった、と喜んだが、そのときに犬もいっしょに四円に上がってしまった。咄家はこの鑑札を持っていないと営業停止をくう、犬は畜犬票を首へ下げていないと撲殺される、犬と咄家とは密接な関係があるのかもしれない。

 役者と違って咄家には門閥家柄というものはない。名人の息子がかならずや名人になるということはない。「名人に二代なし」といって、かえって名もない者が咄がうまく、出世をすることがある。いつか犬の話から咄家の話になってしまったが、犬と咄家と一緒にすると咄家のなかには怒る人もあるかもしれないし、犬の方でも馬鹿にするなと腹を立てるのがあるかもしれない。

 犬も何の某という立派な血統のある犬でも訓練が悪いと駄犬に劣るものだそうだ。名もない雑種でも訓練の仕方でそれ以上に利口になる。昭和の始め頃トミーという学者犬が大いに活躍したことがある。各国の旗を並べておいて、アメリカというと米国の旗をくわえてくる。タバコの箱を並べて「バット」「チェリー」というとほとんど間違いなくくわえてくる。数字の札を立てておいて、「五と二ではいくつになる」というと七という字を持ってくる。他にもいろいろな芸をしたが、「尋常三年くらいの知識がありますよ」と自慢をしていた。一時は築地・新橋のお座敷はこの犬に食われて咄家講釈師の座敷が閑になって、「夫婦喧嘩は犬も食わない」というが、「咄家は犬に食われる」と評判になったことがある。このトミーという学者犬の持ち主は、もと太神楽曲芸師の「目ぐろ」の後見をやっていた「正太郎」というぼくの友達で、名古屋の大須おおすの観音様で拾ってきた雌の雑種で、汽車・電車の乗り物もバスケットのなかにおとなしくしているので持ち歩きも便利であった。


 ぼくの家の寿限無も人間のことばも簡単なものなら三十くらいはわかる。「良し」「悪い」「後」「先」「右「左」、偉いことに「ゴー・ストップ」がわかる。朝夕一時間くらいずつ綱をつけずに運動に連れて歩く。右でも左でも「つけ」といって腰を叩くときちんとついて歩く。「先へ」といってゴー・ストップのところへくると、ストップのときは止まって待っている。交通信号の赤青の色はわからないだろうが、人の行動でわかるらしい。眼の悪い歌笑という弟子が引いて歩いたのだが、犬に引かれるというほうが適切であった。外の人が、「師匠、あれは盲導犬だねえ」とうまいことをいった。この犬が「お廻り」「チンチン」「お預け」「お手」となんでも芸をするが、一つ褒められたことは、「お辞儀」というと両手を前にそろえて頭をさげて相手を見る。ぼくがラジオ放送のときに不思議そうな顔でラジオの前で首をかしげている写真が今でもとってある。

 この犬が近所の火事を教えて町会長から賞状をいただいたことがある。忘れもしない四谷天王様の酉の市の晩で、石切り横丁は夜おそくまで人通りが絶えない。二時か三時頃静かになってトロトロと寝ると、裏庭のハウスのなかに寝ていた寿限無が、ウオーと変な声をだして遠吠えをする。「うるさい静かに」と何度叱っても鳴きつづけるので、戸をあけてみると変な臭いがして煙が見える。表戸をあけて飛びだしてみると二、三軒さきの煙草屋の二階から煙が出ている。消防署へ電話をかけて、水道の水を出しっぱなしにして、梯子をかけ、近所の人も後から寄って大勢で消してしまった。そのとき煙草屋の親父は荷物をだすでもなく、水をかけるでもなく、ただ表で見ていたが、結局は二階の押入れの火の気のないところから火がでて、その煙草屋の親父が保険金欲しさに放火したということがわかったが、ぼくが水を運んでいるときに一言小さな声ででも「放火」といえば、扇であおぐくらいの融通はあったのにと冗談をいった。ぼくが一番はやく火を見つけて電話もはやくかけ、梯子をかけてバケツで水をかけて消火につとめた、というので町会から賞状をくれるという。ぼくが消火の賞状を頂いたところでなんでもない。この寿限無が一番はやく嗅ぎつけて吠えだしたのであるからこの犬にやってくださいと頼んで、「火事を逸はやく嗅ぎ付け、人間に教え、消火に尽力致せしによって茲に之を賞す」

 と書いた額をもらって、自慢でかけておいたが戦災で灰にしたのはなんとしても惜しい心持ちがする。

 犬の運動もお金をだすと犬屋の若者が朝夕一時間ずつ引いて歩いてくれるが、自分でやらないと駄目である。僕が十日間旅をするので弟子の歌笑に運動させるようにいいつけて、旅から帰ってみると犬の爪がのびている。

「留守中運動をさせないじゃないか、こんなに爪がのびている」と小言をいう。

 それからまた、ぼくが旅をして帰ってみると、歌笑が犬の爪を鋏で切っておいて、

「どうです、これならよいでしょう」といっている。

 犬も鋏で爪を切られてはたまらない。久し振りで旅から帰って綱をつけずに歩くと、留守の間に引いて歩いた道がよくわかる。「前へ前へ」といって後からついてゆくと鯛焼屋へ飛びこむ。ミルクホールへはいる。新宿の赤線へ犬がはいってゆく。「青湖楼」という女郎屋の店へはいってゆく。その家でも知っていて、「ああ寿限無がきた」という。運動から帰って歌笑に、「お前は犬を連れて新宿へ行って女郎を買ったな」というと、

「いーえ。とんでもない、行ったことはありません」と白しらを切る。

『阿古屋』における岩永と重忠のように叱りなだめて聞いてみると、夜、家をあけると師匠に叱られると思って、犬の運動をだしに使って昼遊びをすることがわかった。犬を引っぱって行き、女郎屋の店先へつないでおいて、ショートタイムで遊んできたと白状してしまったが、酒を飲みながら笑って話を聞くと、

「犬を連れて昼遊びをするもんじゃありません。犬が表でワンワンうるさくっておちおち遊んでいられません」という。

 この犬を歌笑が掛け雄に連れてゆき、「不器用なやつだ、どいてみろ」といったと先方の人が大笑いをしながらぼくに話した。

 ブルドックは鈍感なものとしてあるが猫の領分まで荒して鼠を取るようになった。始めから鼠を捕る犬なぞはない。これも訓練の仕方である。金網の鼠捕りで捕った鼠の足を水糸でゆわえ、片方を犬の首輪へ結ぶ。鼠も犬に食われるのが嫌さに、犬の鼻の頭や口端と柔らかなところへ食いつく。その時に、「捕れ捕れ」とけしかけてやる。終いに手で押さえて殺して終う。そこで「よしよし」と褒めてやって御褒美をやる。そんなことを何度も繰返すうちに「そらチューチュー」というと、鼠のでる穴を知っていて、伏せて待っていて手で押さえて殺してしまう。鼠を捕ってくれるのは有難いが、一度は誰かが道端へ捨てて行った子猫をくわえてきたのには困った。

 教えると買物も三軒くらいはするようになった。風呂敷を三種類くらい別にしておく。牛肉屋の風呂敷のなかへ「小間切れ百匁」と紙へ書いて金と一緒に入れて、五、六回は自分が連れて一緒に行き、先方の肉屋に犬の首から風呂敷を取ってもらい、そのなかへ肉を入れて、また犬の首へゆわえつけてもらって一緒に帰ってくる。これを何度も繰返すうちに、その風呂敷を首へゆわえつけて、「サア行ってこい」というと人間がついて行かなくとも犬だけで得意顔をして行ってくる。肉屋の方でもこれは犬に食わせるのだと思っている。また犬も自分が食べる物と思って行くが、そこが畜生の浅ましさである。主人が余計に食べて犬には噛み切れないような固いところを御褒美にやる。よく犬が労働争議を起こさなかったものだ。菓子屋の風呂敷も別にして、この式をやるうちに風呂敷の臭いで覚えるのか間違いなく行くようになる。

 いろいろな芸事を教えるなかで「ワン」だけは一番後に教えないと、何時でもワンといえば何かくれるものということを覚えてうるさくって困るものだ。いたずらにでも悪い芸は教えるものでない。「ねんね」というと横になる。それまでは良かったが「不見転みずてん」というと仰向けに寝て、腹をだして妙な格好をする。しじゅう楽屋へ連れて行くが亡くなった三升家小勝師匠(五代目)がこの犬が大変お気に入りで、連れて行くと必ずこの不見転を面白がってやらせる。どんな雑種でも「持ってこい」などははやく覚える、ぼくの家ではスポンジボールを放って持ってこいという。これも始めは持ってきても口にくわえて放さないものだが、御褒美に菓子をやるとすぐに放すようになる。キャッチボールのパスボールを取ってきてくれるのは大変便利であるが、歌笑が連れて神宮外苑の野球場に中等学校の試合があったときに、外野で例の通り綱をつけずに見ていたが、センターへヒットがきたのをグランドへ飛び降りてそのボールをくわえてしまった。外野手が見ると、一見恐ろしい顔したブルドックなので手がだせない。タイムがかかって、犬が取ったボールはセーフになるのか、アウトかと大変にもめたことがある。

 犬は護身用にもなる。ぼくと家内と喧嘩の真似をするとワンワンといって家内へ飛びついて行く。家内と女中とやると、女中の方へ飛びつく。女中と弟子とこの真似をすると弟子の方へ飛びつく。女中は自分に餌をくれることを知っていて、幾らか自分の利益になる方の味方をする。

 神宮外苑の相撲場に学生相撲があって、犬を連れて見ていたが、行司が軍配を返して「ハッケヨイヤ」と突っ張りから四つに組んでグルグル廻ると、私のそばで見ていた犬がいきなり土俵へ飛び込んで、ワンワンというのでこの相撲が預りになったことがある。

 昭和三十三年は犬の年である。犬年の正五九(しょうごく)の水天宮様は安産の御守を受ける人で大繁昌である。犬のお産は軽いので万物の霊長たる人間様も犬にあやかるようにと五月の犬の日に腹帯を締める。


戌いぬの日に里から二疋ひき白と赤


 北条九代高時という人もぼくに劣らぬ犬好きで、諸国に布令をだし、かり集めし犬四、五千匹。魚鳥の肉を食わせて毎月犬合わせといって闘犬会を催し、上下集まり見物した。


初鰹はつがつを高時犬にくらはせる


 徳川五代綱吉という人も犬公方いぬくぼうといわれたくらいの犬好きで、多いときには四万八千匹飼っていたというから高時より役者が一枚上である。母桂昌院が戌年生まれだとかいうので全国に手配をして犬の戸籍をつくった。現在中野の警察大学はこの犬小屋の跡だという。

 三十二年七月に名古屋東山動物園で鹿五頭が野犬に噛み殺されたと新聞にでていたが、昔奈良春日神社の鹿が犬に殺されないようにと犬追い棒というものを持った侍が鹿に近寄る犬を追い払っていて、この人を犬侍といったとは『鹿政談』という落語にでてくる咄である。

 南極越冬隊の樺太犬も一年間二頭が生きていて話題になって騒がれ、去年は人工衛星へ乗ったライカ犬も、ぼくは『雪てん』という落語に使わしてもらった。

 KRTVの浮世断語で一月十二日に、名犬を育てる苦心というのを名犬シェーン君の持ち主宗川君にうかがった。

 先輩の師匠連は『元犬』という落語を演るには、自分で一度犬を飼って犬の動作を覚えてから咄をしろといっていたが、落語に犬を扱ったものは、『大処の犬』『犬の眼』『いつ受ける』『課長の犬』『無筆の犬』『夜道の犬』に今の『元犬』がある。


「山犬と狼の見分け法」というのがある。「途中道にて犬に逢ったら手の平へ虎という字を書いて犬に見せると必ず犬は逃げるもの」と教えられ、その通りして犬に噛みつかれたという。教えた人、ああ、その犬は大方無筆の犬だ。


「夜道で犬に吠えられたときは、往来へよつん這いになって、ワンワンといえば、犬が見て自分より大きな犬だと思うから必ず逃げて行くもの」と教えられ、夜道にて犬がきたので、往来へよつん這いになって、ワンワンというとけつっぺたをしたたか食いつかれた。その男、片足上げて、

「キャンキャンキャン」




「日本の名随筆76 犬」作品社

 1989年2月25日第1刷発行



三遊亭 金馬(1894年10月25日 - 1964年11月8日)

東京府東京市本所(現・東京都墨田区本所)生まれの日本の落語家。家業は洋傘屋であった。大正・昭和時代に活躍した名人の一人。本名は加藤 専太郎。出囃子は「本調子カッコ」。

初代三遊亭圓歌の門下だが、名人と呼ばれた初代柳家小せんや、橋本川柳(後の3代目三遊亭圓馬)にも多くを学んだ。読書家で博学。持ちネタの幅が広く、発音や人物の描き別けが明瞭で、だれにでもわかりやすい落語に定評がある。

当初は落語協会に所属、のちに東宝に所属したが、実質的にフリーであった。

【ウィキペディア】より

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2019年09月25日

空と風と星と詩― 尹東柱詩集

空と風と星と詩― 尹東柱詩集

   序詩

 死ぬ日まで天を仰ぎ
一点の恥じ入ることもないことを、
葉あいにおきる風にさえ
私は思い煩った。
星を歌う心で
すべての絶え入るものをいとおしまねば
そして私に与えられた道を
歩いていかねば。

今夜も星が 風にかすれて泣いている。  (1941・11・20)


戦争末期,留学先の日本で27歳の若さで獄死した詩人,尹東柱。解放後,友人たちが遺された詩集を刊行すると,その清冽な言葉が若者たちを魅了し,韓国では知らぬ者のない「国民的詩人」となった。詩集「空と風と星と詩」とそれ以外の詩あわせて66篇を在日の詩人・金時鐘が選び,訳出.ハングルの原詩を付した。


「死ぬ日まで天をあおぎ
一点の恥じ入ることもないことを
葉あいにおきる風にすら
私は思いわずらった」

 このあまりにも有名な序詩で始まる詩集「空と風と星と詩」は,1948年,韓国で出版されるや,たちまちベストセラーとなりました.その純真な生き方,清冽な言葉が多くの人々を魅了したのです。いまや韓国では,教科書にも載せられ,誰でも知っている「国民的な詩人」「民族詩人」ですが,本人は,1945年2月,福岡の刑務所で27歳という若さで獄死し,自らの詩集を見ることさえできなかったのでした。
 そして京都の下宿先で逮捕された際,その後書きためてあった詩やノートはすべて押収され,その後どこからも見つかっていません。さらに,彼の最後に叫んだ言葉(朝鮮語)を,聞いた看守たちは意味を解しなかったといいます。

 彼の詩をひもとくときに,植民地支配をした側の私たちは,常にこうした事実を記憶しておく必要があります.
 彼は当初,そのなよやかな言葉のゆえに,抒情詩人として捉えられていました.しかし,訳者の金時鐘氏は,こう言います.
 「アジア侵略の「聖戦」完遂に故国朝鮮もが植民地の枷のなかでなだれているとき,ひとり使ってはならない言葉,母語の朝鮮語に執着し,時節にも時局にも関わりのない詩を自己への問いのように身もだえながら書きためていた学徒の詩人」であると。

「星を歌う心で/すべての絶え入るものをいとおしまねば」
「紅葉のような悲しい秋がぽとぽと落ちる」「だまって空をうかがっていようものなら、まつげに青さが沁みてしまうのだ」。「少年」の一節。
「まっ白に雪がおおっていて/電信柱がアンアンと泣き/天の神のみ言葉が聴こえてくる」。「ふたたび太初の朝」より。
「暗い部屋は 宇宙に通じており/天のどの果てからか 声のように風が吹き込んでくる」。「また別の故郷」より

「見上げれば空は気恥ずかしいぐらい青いのです」。「道」より。

「皺ひとつないこの朝を/深く吸い込む、深くまた吸い込む」「朝」より。

「ひたすら空だけを仰いで伸びていられるのはなによりの幸せというものではないか」。 
「隕石の墜ちたところ」より。
 尹東柱

「今から思えば三十年前になります。個人的な話ですが、私は夫に先立たれて不幸のどん底にいましたから、先生の明るさとか、陽性なところ、何よりその授業がたいへんおもしろかったものですから、不幸から少しずつ立ち直れたということがありまして、ほんとうにお目にかかれてよかったと思います。」(『言葉が通じてこそ、友だちになれる―韓国語を学んで』)茨木のり子


「つらい時期に、何語であれ、語学をやるというのは、脱け出すのにいい方法かもしれません。単語一つ覚えるのだって、前へ前へ進まなければできないことですし。」(同)


「詩にはいろいろあるので断定はできませんし、私だけがこのように思っていることかもしれませんが、韓国の詩は古い詩も現代詩も、目に映る描写より感じることを言葉にすることが多いです。感情というか、気持ちを表現する言葉ですね。有名な尹東柱の星空を歌った詩のように。」



茨木のり子「月の光」全文:

「ある夏の/ひなびた温泉で/湯あがりのうたたねのあなたに/皓皓(こうこう)の満月 冴えわたり/ものみな水底(みなそこ)のような静けさ/月の光を浴びて眠ってはいけない/不吉である/どこの言い伝えだったろうか/なにで読んだのだったろうか/ふいに頭をよぎったけれど/ずらすこともせず/戸をしめることも/顔を覆うこともしなかった/ただ ゆっくりと眠らせてあげたくて/あれがいけなかったのかしら/いまも/目に浮ぶ/蒼白の光を浴びて/眠っていた/あなたの鼻梁/頬/浴衣/素足」




詩「隣国語の森」(第六連から最終連):

「大辞典を枕にうたた寝をすれば/「君の入ってきかたが遅かった」と/尹東柱(ユンドンジユ)にやさしく詰(なじ)られる/ほんとに遅かった/けれどなにごとも/遅すぎたとは思わないことにしています/若い詩人 尹東柱/一九四五年二月 福岡刑務所で獄死/それがあなたたちにとっての光復節/わたくしたちにとっては降伏節の/八月十五日をさかのぼる僅か半年前であったとは/まだ学生服を着たままで/純潔だけを凍結したようなあなたの瞳が眩しい//――空を仰ぎ一点のはじらいもなきことを――//とうたい/当時敢然とハングル(注:原文

では「ハングル」はハングル表記)で詩を書いた/あなたの若さが眩しくそして痛ましい/木の切株に腰かけて/月光のように澄んだ詩篇のいくつかを/たどたどしい発音で読んでみるのだが/あなたはにこりともしない/是非もないこと/この先/どのあたりまで行けるでしょうか/行けるところまで/行き行きて倒れ伏すとも萩の原」


「写真を見ると、実に清潔な美青年であり、けっして淡い印象ではない。ありふれてもいない。/実のところ私が尹東柱の詩を読みはじめたきっかけは彼の写真であった。こんな凛々しい青年がどんな詩を書いているのだろうという興味、いわばまことに不純な動機だった。/大学生らしい知的な雰囲気、それこそ汚れ一点だに留めていない若い顔、私が子供の頃仰ぎみた大学生とはこういう人々が多かったなあという或るなつかしみの感情。印象はきわめて鮮烈である。」(「尹東柱」茨木のり子)



『星を数える夜』尹東柱

 

季節が過ぎ去る空は

秋でいっぱいです。

 

私は何の心配もなく

秋中の星々を皆数えられそうです。

 

胸中に一つ二つ刻まれる星を

もう皆数えられないのは

すぐ朝が来るからで、

明日の夜が残っているからで、

まだ私の青春が尽きていないから

です。

 

星一つに思い出と

星一つに愛と

星一つにさみしさと

星一つに憧れと

星一つに詩と

星一つにお母さん、お母さん、

 

母さま、私は星一つに美しい言の葉を

一つずつ詠(よ)んでみます。小学校のころ机を

一緒にした子らの名前と、佩、鏡、玉

これらの異国少女らの名前と、まずしい

お隣さんたちの名前と、鳩、子犬、兎、

ラバ、鹿、「フランシス・ジャム」 「ライナー・

マリア・リルケ」 これらの詩人の名前を詠んで

みます。

 

彼らはあまりにも遠くにいます。

星が遥か遠くにあるように、

 

母さま、

 

そしてあなたは遠く北間島にいます。

 

私はなぜか恋しくて

こんな沢山の星の光が降る岡の上に

私の名前を書いて、

土でおおってしまいました。

 

というのは、夜もすがら鳴く虫は

恥ずかしい名前を悲しむからです。

(一九四一、十一、五.)

しかし冬がすぎて私の星にも春がやってきたら

墓の上に蒼い芝生が生えるように

私の名前がおおわれた岡の上にも

誇らしく草が繁るでしょう。

 

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2019年09月20日

無限に中ぐらいのもの

★ みずからについて無知であることはつねにありうる。だがこの無知はつつましいものではない。それが大いなる幸福をもたらすことはけっしてあるまい。みずからを逃れる人々は、たぶんけっして疑いをいだくことも絶望をいだくこともあるまい。けれども彼らはまた、あの閃光のような瞬間、人がみずからを見出し、みずからのあるがままを、明らかに、きびしく、酔い心地をもって見る瞬間を持つこともけっしてあるまい。意識的であることは絶えざる闘いである。それはまた狂気への道でもありうる。けれども人間にあって精確なもののすべてを知ることには、筆舌に尽くしえない幸福がある。どこにも終結することのないこの真実、というのも相対的なものにとどまるほかはない真実だからだが、それはきっとあらゆる幸福のうちでもいちばん要求がきびしく、いちばん苦労を強いるものなのだ。人がみずからの安全を、誇りを、眠りを犠牲にすることをそれは求めてくる。みずからの平和を犠牲にすることを求めてくるのだ。
<ル・クレジオ 『物質的恍惚』より>
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2019年09月19日

ル・クレジオ「作家に今何ができるか」

ルクレジオ【Jean-Marie Gustave Le Clézio】


(1940〜 ) フランスの作家。太陽・海・子供といった要素を使い、新たな小説の可能性を追求する。長編「調書」「巨人たち」、短編集「モンドーおよびその他の物語集」など。


J・M・G・ル・クレジオ単独インタビュー  作家に今何ができるか

「週刊読書人」2016年1月15日発行の紙面に掲載された記事

目 次

第1回 EUでもっと難民を受け入れるべき

2018年7月26日

第2回 なぜ若者たちを止められなかったか

2018年7月26日

第3回講演会 『青年を書く 老年を書く』レポート(1)

2018年7月26日

第4回講演会 『青年を書く 老年を書く』レポート(2)

2018年7月26日

第5回講演会 『青年を書く 老年を書く』レポート(3)

2018年7月26日

第6回講演会 『青年を書く 老年を書く』レポート(4)

2018年7月26日

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『STUDIO VOICE』アジア特集第3弾、中国SF『三体』作者や韓国文学にも注目

We all have Art.
次代のアジアへ−−明滅する芸術(アーツ)

過去も未来も、伝統も革新も、都市も田舎も、富裕も貧困も、外部も内部も。 アーティストたちはぐらぐら揺れうごく時代に、社会に、生活に、自己に翻弄されながら、 しかしそのさきに新たな実践を見出し、未来を切りひらこうと試行錯誤する。 
動きつづけることでしか創造は生まれない。 創造することでしか可能性は生まれない。 光っては消え、消えては光る。 ちらつく視界の向こうには、私たちの知らない世界がぼんやりと浮かびあがっている。 
この号で「アジア三部作」は最終章を迎える。 これで「終わり」ではない。 
この明滅する松明を手にし、次代のアジアへと進んでいくのだ。 
https://www.cinra.net/news/20190903-studiovoice

■特別抄録:ル・クレジオ『ビトナ、ソウルの空の下』 翻訳_中地義和 
・鳩に託された夢 文_中地義和 

■「集まること(コレクティブ)」の技法──インドネシアのアートコレクティブが照射するコミュニティの未来 
・「集まること」の、そのさきへ|文_リアル・リザルディ 
・つくりつづけるために「集まる」|インタビュー●ruangrupa 
・「エコシステム」を支えるものたち|インタビュー●GHH/Serrum 
・ジョグジャカルタには何も見るものがない|文_シャフィアトゥディナ 

■「科学」と「幻想」のあいだで──中国SFはどこから来て、どこへ向かうのか 
・わたしたちは、宇宙を目指さなければならない。|インタビュー●劉慈欣(リウ・ツーシン)|取材・文_樋口恭介 
・SF都市成都・『科幻世界』編集部をたずねて 
・SFスタートアップ 八光分文化は、中国SFに新たな火を灯すのか? 

■台湾パフォーミングアーツ、教育とプラットフォームをめぐるふたつの対話 
──日本と台湾をつなぐプロデューサー・新田幸生が尋ねた台湾舞台芸術の震源地 

■失い、ゆえに創造する──チョッケツする東南アジアの映画人(フィルムメーカー)たち|企画_空族[富田克也+相澤虎之助] 

[カンボジア編] 
・それぞれの再起動(リブート)|インタビュー●802Films/Tiny Toones/Anti-Archive 
・記憶を記録する|インタビュー●ボパナ視聴覚リソースセンター 
[ラオス編] 
・新たなラオス映画史はここからはじまる|インタビュー●Lao Art Media 
・闘わないやり方で|インタビュー●Lao New Wave Cinema 

■なぜ「新しく生まれる」のか?──「新生空間」が韓国若手アーティストにもたらしたもの|文_紺野優希 

■硝煙のヴェール──タイ深南部の紛争地帯・パタニーに勃興したアートシーンを訪ねて|文_小鷹拓郎 

■書かれる声──あるいは韓国文学が対峙しつづけるマグマ 
・相克と鬱憤|対談●キム・ヨンス × チェ・ウニョン 
・韓国文学探訪記|インタビュー●韓国文学翻訳院/文芸誌『Littor』/書店コヨソサ|取材・文_吉川浩満 
・詩は民のあいだに|キム・ヘスン/イ・ジャンウク/チョン・ハナ|選出・訳・解説_吉川凪 
・空と風と星と詩|文_多胡吉郎 
・茨木のり子と韓国詩|文_斎藤真理子 

■パララックス・ビュー──マニラ、生活、天候、15年 
・8月のマニラ、ふたつのパン、少しさきの未来からきたお粥|インタビュー●Goto Lechon Know/Load na Dito/Tessa Maria Guazon/SILVERLENS|文_長谷川新
・アーバン・プア・フィリピーノの戦略|インタビュー●リーロイ・ニュー 
・死なないで生きていくための|インタビュー●ターニャ・ヴィリャヌエヴァ 

■香港──濡れた路面に咲く菜の花の、海 
・月歩の果て、銀幕(スクリーン)の映しゆくもの|インタビュー●オリヴァー・チャン・シゥクン/ウォン・ジョン/ジュン・リー|取材・文_藤本徹 
■中国、写真をめぐるいくつかの実践──2010年代以降の表現・批評・出版・催事|写真_No.223 
・小さな生活を観察し、大きな環境と対話する|インタビュー●No.223|文_松本知己 
・写真から映像へ|文_王歓 
・〈Jiazazhi Press〉主宰・言由(ヤンヨー)が見た中国インディペンデント出版の10年|文_言由 
・中国アートブックシーンの2大レーベル〈Same Paper〉と〈Bananafish Books〉の方法論 

■ベトナム大都市のビジュアルカルチャー|企画・編集・デザイン_Rhetorica[太田知也+瀬下翔太] 
・視線の脅威と路上の撮影|インタビュー●トゥアン・アンドリュー・グエン 
・蒸発するベトナム、アーカイブへの意志|インタビュー●Art Labor Collective 
・閉じた檻から抜けだして|インタビュー●GM creative/the yellow pot 
・インディペンデントの矜持|インタビュー●ダン・タン・ロン 
・“対比"の街、ホーチミン|インタビュー●ヘニング・ヒルベルト 
http://www.studiovoice.jp/order

■コラム 
Alternative Art Practice from Asia 10の事例 
1「声」の文化とチベット文学|文_星泉 
2失われた「漫画」を取りもどすための20年|文_Mangasick 
3「閉ざされた国」に映画を、再び|文_清恵子 
4ヤスミン・アフマドがマレーシア映画に残したもの|文_エドモンド・ヨウ 
54つの変化が示すベトナム映画の現在形|文_坂川直也 
6中国初の外資系出版社ができるまで|インタビュー●石川郁子 
7ミクロな文字が生む物語|文_福冨渉 
8リソグラフは、「コミュニケーション」する|インタビュー:O.OO/Corners 
9『攝影之聲』と台湾写真にまつわる2、3の事柄|文_李威儀 
10「デザイン」が必要とされるようになった10年|インタビュー●A Black Cover Design 

■Introduction: RUNUP4 
・インドシナのこと|写真・文_園健 
・Relatives Voice|インタビュー_徳利 写真_伊丹豪 

■in fragments 
CONVERSATION●森永泰弘×井口寛×大石始/村山悟郎×シンスンベク・キムヨンフン 
COLUMN●ロバート・ミリス/大島托/土居伸彰 
EVENT●エリック・クー×ブリランテ・メンドーサ×ガリン・ヌグロホ 
ILLUSTRATION●グ・ヒョンソン/沖真秀 
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2019年09月18日

『NHK100分de名著大江健三郎燃えあがる緑の木』

『NHK100分de名著大江健三郎燃えあがる緑の木』
四国の森の谷間で敬愛されてきた「オーバー」の魂を受け継ぎ、救い主となった隆ことギー兄さん。手かざしによる治癒能力で地域の指導者となったギー兄さんのもとには彼を慕う人々が集い、やがて教会が設立されます。その教会の「しるし」となったのは、物語の語り手であるサッチャンが読んでいたアイルランドの詩人イェーツの詩に出てくる暗喩(メタファー)を図像化したものでした。「片側は色濃い緑で、片側は燃えあがっている」不思議な一本の木、「燃えあがる緑の木」です。
このように、大江健三郎の作品には、他の文学作品が数多く含みこまれています。作家で早稲田大学教授の小野正嗣(おの・まさつぐ)さんは、これほど世界の文学を意識的に自分の作品に招き入れてきた作家はいないと語ります。

* * *
* * *

大江文学の特徴は、つねに他の文学作品や芸術作品との関係において小説が書かれていることです。別の言い方をすれば、大江健三郎の小説には、他の文学作品という対話者がいて初めて成り立つようなところがあるのです。対話するためには、相手の言葉が必要ですから、どうしてもそうした作品の一節や言葉が、作中に引用されることになります。

どの作品においても主要な対話相手がいます。『燃えあがる緑の木』では、アイルランドの詩人イェーツです。『懐かしい年への手紙』では、イタリアの詩人ダンテです。マルカム・ラウリー、ウィリアム・ブレイク、エドガー・アラン・ポー、T・S・エリオット……。大江作品をパラパラとめくれば、大江健三郎がそのとき、どんな作家・作品を読んでいるのか、それらの作家・作品の言葉をどれほど切実に必要としているかが伝わってきます。


■『NHK100分de名著大江健三郎燃えあがる緑の木』より

「燃えあがる緑の木」は、執筆当時、大江自身によって「最後の小説」と位置付けられた集大成ともいうべき作品。一人の「救い主」の誕生、そして、彼を中心とした「教会」創生の物語です。舞台は大江の故郷でもある「四国の谷の森」。主人公・隆は、様々な挫折を経て「魂のことをしたい」と願うようになり谷へ向かいます。そこで古くからの伝承を語り継ぐ「オーバー」という長老に出会い特別な教育を受ける。やがてこの村のリーダーだった「ギー兄さん」の後継者に指名され、悩みながらもその使命を引き継ぐことになります。独特な治癒能力を得て隆は新たな「ギー兄さん」となり、村人たちの病や心を癒していきます。ところが、その行為は「いかがわしいもの」として糾弾の的に。様々な受難を受けながらも「燃えあがる緑の木」教会が設立され、既存の宗教にない「祈り」や「福音書」を生み出し、多くの人たちの魂を救済していきます。しかし、マスコミや反対派からの激しい攻撃や内部分裂をきっかけとして、大きな悲劇が到来してしまいます。そのプロセスには果たしてどんな意味が込められているのでしょうか?


大江健三郎『燃えあがる緑の木』 いま、 大江文学を知る (NHKテキスト 100分de 名著)/小野正嗣(小説・文学)より

ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム「21世紀の創造」文学フォーラム東京(主催=読売新聞社、NHK)が11月27日、文学賞受賞者の大江健三郎さん(1994年受賞)とJ=M・G・ル・クレジオさん(フランス、2008年)を迎えて、東京・恵比寿の日仏会館で開かれた。

・ル・クレジオは大江健三郎のことをずっと安部公房と勘違いしていた。
・『大洪水』Le Delugeのような核兵器による世界の終わりを大江健三郎はエッセイには書いたが小説には書いていない。
・ル・クレジオは『大洪水』を12-13歳の頃着想したが、大江健三郎は幼い時に父親が死んだ時のことを絶対に書こうと思い続けて書き上げたのが最新作「水死」。小説家の人生とは幼い頃の誓いを実現していくもの。出発点から全ては決まっている。
・何のために書くのか?・・・セリーヌ「夜の果ての旅」・・・セリーヌが知恵遅れの子供たちを託されて救う逸話。
・デリダの最晩年作「ならず者たち」。
・レヴィ・ストロース「野生の思考」のブリコラージュの復興。
posted by koinu at 15:50| 東京 ☔| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月11日

中原中也 ダダイストが大砲だのに

ダダイストが大砲だのに
女が電柱にもたれて泣いてゐました

リゾール石鹸を用意なさい
それでも遂に私は愛されません

女はダダイストを
普通の形式で愛し得ません
私は如何せ恋なんかの上では
概念の愛で結構だと思つてゐますに

白状します――
だけど余りに多面体のダダイストは
言葉が一面的なのでだから女に警戒されます

理解は悲哀です
概念形式を齎しません





「新編中原中也全集 第二巻 詩※(ローマ数字2、1-13-22)」角川書店
posted by koinu at 10:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月10日

ダダ音楽の歌詞 中原中也


ウハキはハミガキ
ウハバミはウロコ
太陽が落ちて
太陽の世界が始つた[#「始つた」は底本では「始まつた」]

テツポーは戸袋
ヒヨータンはキンチヤク
太陽が上つて
夜の世界が始つた

オハグロは妖怪
下痢はトブクロ
レイメイと日暮が直径を描いて
ダダの世界が始つた

(それを釈迦が眺めて
それをキリストが感心する)

「中原中也詩集」角川文庫
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2019年09月05日

『白髪小僧』夢野久作

『白髪小僧』(しらがこぞう)

小説家・夢野久作が、1922年に杉山 萌圓(すぎやま ほうえん)名義で発表した童話。誠文堂から自費出版で刊行された。


[概要]

『あやかしの鼓』でデビューするよりも前の、九州日報社の記者時代の作品である。ストーリーが非現実的であることから「童話」という形式をとって書かれているが、その実は、大人たちに読まれることを念頭に置いて書かれた作品である。

ストーリーは、大のお話好きである美留女姫が、自分自身の運命について書かれた本を見つけるところから始まる。本を読んでいくうちに次第次第と、物語と現実の境界があやふやになっていき、本を見つけたという当初の事実さえ怪しくなってくる。

この作品をしてすでに、夢野らしさの片鱗をうかがい知ることが出来る。他にも、夢の主題や、多義的に重ね合わせられた人格、男女性の希薄さ[1]など、夢野らしいテーマが多分に包含されている。

なお、肝心の白髪小僧は中盤から全然登場せず、およそ主人公とは思えない空気さ加減であるが、キット気のせいである。そう信じたい。

後半は大変錯雑としたストーリーである上に、「鸚鵡・鏡・蛇以外の4つの悪魔って何?」「青目先生が番する役目を負わされている物は何?」などの、種種の伏線を回収しないままに、尻切れトンボ的に終了してしまう。これに関しては作者本人が後に、『最初の組み立ては随分大部な長いものであったのを途中から切って結末をつけて出版した為に話の筋で残った処が出来た』と述べているほどである。夢野のコアなファンにとっては興味深い一作かもしれないが、それ以外の一般の読者にとっては、あまり目立った価値はないといっても過言ではないだろう。

夢野は幼時から絵が上手く、この本に収録されているイラストもすべて夢野自身が描いている。

残念なことに、売れた部数よりも寄贈した部数のほうが多かったという。なお、発表名義の「杉山 萌圓」は、作者の謡曲教授としての名前である。


[講評]

評論家の多田茂治は、魔物たちが、藍丸王の視覚・嗅覚・味覚・聴覚を奪いさり、自分たちが偽の王様となって君臨し好き放題を働こうとする筋書きをとりあげて、「欲望を刃止めなくふくらませすぎた近代社会批判であり、有り得べき国家論・天皇論を開陳したもの」と解説している。ただし「あまりにも複雑な仕掛けをしてしまったため、主題を読み取ることが難しくなってしまった失敗作」ともしている。


【脚注】

1)たとえば美留藻と紅矢は姿形がそっくりで、一方が一方に化けても、まるでバレないほどである。10代後半ともなれば、男女性の違いは一目瞭然で、このようなことは普通不可能であろう。「御伽噺ゆえ」といわれればそれまでだが、男女性の混交(アンドロギュヌス)は『犬神博士』『二重心臓』などにも見受けられることから、夢野にとって一つの重要なテーマになっていると考えられる。

2)多田茂治『夢野久作読本』 ISBN 4-902116-13-8 119ページ。


《ウィキペディア》より


【青空文庫】『白髪小僧』夢野久作

https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/card936.html

posted by koinu at 23:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夢野久作著作集〈3〉白髪小僧

長篇童話『白髪小僧』の完全版(「祖玄道人」による「序」と評言、著者による「巻頭語」および著者自筆の扉絵と挿絵全点を収録)と、第二部として三一書房版全集に未収録の95篇の童話作品(「九州日報」掲載)が「豚吉とヒヨロ子」の総題の元に収められた。
本文新字・正かな。
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目次:

白髪小僧

豚吉とヒヨロ子
 正夢
 天狗退治
 石の地蔵様
 謎の王宮
 運の川
 金銀の衣裳
 猿小僧
 不幸の神像
 龍宮の蓮の花
 吠多と峨摩の泥棒
 章魚のお化
 若いヘクレスの人形
 金剛石
 罪深い人
 狼と弓
 美しい子供
 当つた予言
 蜥蜴
 稲取村の話
 悪い牝猫
 遺産争ひ
 頭と尻尾
 人間の怖い訳
 蟹の仇討
 角笛の響き
 金の卵
 威張り鼠
 盃中の蛇影
 不信の亀
 女
 梁上の君子
 鳥のお家
 赤い花
 赤い林檎
 誰れの手
 哀れな兄弟
 犬尾石
 葡萄パン
 底なし樽
 金の烏
 世界一週の犬
 沼の魔物
 お寺の釣鐘
 魔術の幸吉
 頬白の子
 泣虫四郎坊
 口の禍
 お化の正体
 まぬけ次郎
 いもの遠足
 鉄砲の名人
 泥棒の番
 大変な指環
 ねづみ
 王様
 泥棒
 馬鹿遠慮
 歩きかた
 やまびこ
 伝書鳩
 親のまね
 やまばん
 オオサワキ
 桃太郎のお母さん
 銀のうた銀の踊り
 一銭
 馬と鼠
 蜜柑とバナナ
 弱虫太郎
 凍えた蛇
 オモチヤの探偵 三人兵士
 筆入
 紅梅の蕾
 水飲み巡礼
 馬鹿な百姓
 トンボ玉
 茶目九郎
 凧と雀
 お池の水
 松と桜
 鵞鳥の群
 虫と霜
 猿
 雛つ子
 驢馬の紛失
 おもちや二つ
 何だらう何だらう
 健ちやんの希望
 ドングリコツコ
 ピヨン太郎
 三人姉妹
 寸平一代記
 人が喰べ度い
 豚吉とヒヨロ子
 ルルとミミ

〔解題〕夢野久作の童話体験(西原和海)

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夢野久作著作集〈3〉白髪小僧 
1980年刊行 
作家としてデビューする以前から、書き綴る童話作品の数々。挿絵も著作自身が描いて、美術才能も開花させていた。

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2019年09月04日

『ダダ宣言』トリスタン・ツァラ 訳:小海永二、鈴村和成(竹内書店)

1970年A5判P172

函入 装幀:粟津潔

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●ダダの創始者のひとりであり、シュルレアリスムへの道を拓いた詩人ツァラ。マラルメ、ランボー、ロートレアモンやボードレールに遡ってフランス詩の呪われた詩人たちの系譜を位置付け、ダダ・シュルレアリスムの革命性を簡潔に検証する。1947年ソルボンヌで行った講演原稿の再録他。


目次:

七つのダダ宣言

 {アンチピリン氏の宣言/ダダ宣言1918年/気取りなき声明/反哲学者aa氏の宣言/トリスタン ツァラ/aa氏 反哲学者が僕らにおくるこの宣言/弱き恋と苦き恋についてのダダ宣言/補遺 いかにして僕は 魅力的で感じよく かつ優美となったか/植民地の三段論法}


ランプ製造工場

 {芸術に関するノート/黒人芸術に関するノート/芸術に関するノート H・アルプ/ギヨーム・アポリネール 『虐殺された詩人』/『ティレジアの乳房』/ピエール・ルヴェルディ『タランの泥棒』/ピエール・アルベール=ビロ/黒人の詩に関するノート/ギヨーム・アポリネールは死んだ/R・ヒュルゼンベック『幻想的な祈り』/詩に関するノート/ピエール・ルヴェルディ『屋根のスレート』/『変装した騎手』/フランシス・ピカビア『葬儀の闘士』/『プラトニックな入れ歯』/フランシス・ピカビア『言葉なき思考』/ジャック・リヴィエールへの公開状/芸術と狩猟/ダダの諺〈プロヴェルヴ〉/諧謔の破局 あるアンケートへの回答/僕はオランピアで『収縮する男』を見た/ロートレアモン伯爵に関する覚書 あるいは叫び/さかさまに撮った写真 マン・レイ/あるアンケートへの回答/ダダについての講演


原註および訳註

解説

トリスタン・ツァラ著作目録

訳者あとがき

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2019年09月03日

思考は物質世界に影響するか

量子力学では生命の謎へ迫っているようだ。

トム・ケニオン著「マグダラの書」では内なる錬金術と題して、イエスの妻で彼の子サラを産んだ、マグダラのマリアの錬金術に関する解説をしている。


「0.0254ミリ以上の物体はニュートンの力学法則に従う。これは重力場をもつのに十分な質量(密度、重さ)だからである。

 しかしながら、0.0254ミリ未満の物体は量子力学の法則に従う。密度または質量が小さすぎて重力場が発生しないためである。)」(マグダラの書P107)


「実験において研究者が波として光を探している場合、光は波として存在する。しかし、研究者が粒子として光を探している場合、光は粒子として存在する。この量子物理学の初期の発見はベルの定理として形式化され、実験者の意図が実験結果に影響をおよぼすため、量子レベルでは客観的観測者はいないと決められる。」(マグダラの書P108)


 量子レベルでは人の思いが現象を左右することが、科学的な定理となっている。量子の微細な存在にどのようにして働きかけれるか。


「量子世界とニュートン世界が出会う不可思議な場所がある。それは他でもない、私たちのマインドの中である。

 私たちの脳内の神経細胞間にはごく小さな溝が隠れている。このような神経細胞間の空間はシナプスと呼ばれ、これらの溝の平均距離が、もうおわかりかもしれないが、およそ0.0254ミリである。量子事象の不思議世界への入口だ。

 無数の神経伝達物質が、常にハードルを飛び越えている。そして毎瞬が、約0.0254ミリ未満の量子イベントである。」(マグダラの書P109)


人間肉体と現実を構成している物質は全て原子や電子で構成されて、原子や電子レベルでは量子力学に従ことになる。思考を行えば、神経細胞間ギャップを毎瞬飛び越えて、時間も空間も飛び越える量子力学の世界に作用して物質的現実を構成するのだった。

酵素の働き、光合成の効率、遺伝子のコピー、磁気感覚器官まで、量子力学から錬金術は解明されようとしている。

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posted by koinu at 12:14| 東京 🌁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする