2019年12月04日

『未来のアラブ人』として育てられた少年は、フランスで漫画家になった。

世界的ベストセラー『未来のアラブ人』の作者、リアド・サトゥフさんが語るアイデンティティと国家の関係。

リアド少年は両親の都合で6歳までフランス、リビア、シリアと言葉も文化もまるで違う3カ国で過ごす。フランスの漫画家、リアド・サトゥフさんの自伝的作品。それが『未来のアラブ人』だ。

母はフランス人、父はシリア人。「未来のアラブ人」と父から言われて育てられたリアド少年の子ども時代は、果たしてバラ色かそれとも……

https://www.huffingtonpost.jp/entry/riad_jp_5ddf845de4b00149f729ba96


フランス発200万部の超ベストセラー23か国語で刊行

シリア人の大学教員の父、フランス人の母のあいだに生まれた作家の自伝的コミック。

激動のリビア、シリア、そしてフランスで目にした、現在につながる混乱の根源とは――

42回アングレーム国際漫画祭・年間最優秀作品賞

池澤夏樹氏(作家)推薦

「二つの文化の間で育つのは大変だ。リアドが幸福になるのはまだ先かなあ。」


◆書評掲載情報◆

読売新聞(2019825評者:一青窈文藝春秋(2019819日号評者:鹿島茂


アート・スピーゲルマン『マウス』、マルジャン・サトラピ『ペルセポリス』に次ぐ、新たな自伝的グラフィックノベルの傑作が誕生


「面白くてたまらない(ニューヨークタイムズ

「素晴らしい! ……これぞ本物、胸を打つ真実の思い出。現在の出来事を理解するために役立つ」(ガーディアン

「世界的な出版現象を引き起こした」(テレラマ

――世界中で大絶賛

201910月、作者来日予定


フランスの大学で「ドクター」になるという夢を叶えた父は、カダフィ政権下のリビア、ハーフィズ・アル=アサド政権下のシリアで働きはじめる。

貧しくも温かく、信心深いシリアの親族たち、優しいフランスの家族。父が「未来のアラブ人」になれと望むリアドは、文化のはざまに戸惑い、歴史的事象を目撃しながら、たくましく育っていく。

――リアド、誕生から6歳までの記録


Riad Sattouf: On ‘The Arab of the Future’ – Louisiana Channel

リアド・サトゥフ(Riad Sattouf) 

コミック作家、映画監督。

1978年パリ生まれ。シリア人の父とフランス人の母の間に生まれ、幼年期をリビア、シリア、フランスで過ごす。

2010年『Pascal Brutal(パスカル・ブリュタル)』第3巻でアングレーム国際漫画祭・年間最優秀作品賞を受賞、2015年にも本作で2度目の受賞を果たす。

週刊誌で連載中の『Les Cahiers d'Esther(エステルの日記)』はテレビアニメ化されている。

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2019年12月02日

20世紀ラテンアメリカ短編集〔岩波文庫〕

ヨーロッパの前衛,熱帯の自然,土着の魔術と神話が渾然一体となって蠱惑的な夢を紡ぎだす大地ラテンアメリカ。ガルシア=マルケス、バルガス=リョサなどはもちろん、アストゥリアス、パスなどの先行世代、アジェンデ、アレナスなどのポスト・ブームの作家まで、20世紀後半に世界的ブームを巻き起こした南米文学の佳篇16篇。


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「多民族・多人種的状況/被征服・植民地の記憶」「暴力的風土・自然/マチスモ・フェミニズム/犯罪・殺人」「都市・疎外感/性・恐怖の結末」「夢・妄想・語り/SF・幻想」の四部構成。


【収録作品】

 「青い花束」オクタビオ・パス

 「チャック・モール」カルロス・フエンテス

 「ワリマイ」イサベル・アジェンデ

 「大帽子男の伝説」ミゲル・アンヘル・アストゥリアス

 「トラスカラ人の罪」エレーナ・ガーロ

 「日 蝕」アウグスト・モンテローソ

 「流れのままに」オラシオ・キロガ

 「決 闘」マリオ・バルガス=リョサ

 「フォルベス先生の幸福な夏」ガブリエル・ガルシア=マルケス

 「物語の情熱」アナ・リディア・ベガ

 「醜い二人の夜」マリオ・ベネデッティ

 「快楽人形」サルバドル・ガルメンディア

 「時 間」アンドレス・オメロ・アタナシウ

 「目をつぶって」レイナルド・アレナス

 「リナーレス夫妻に会うまで」アルフレード・ブライス=エチェニケ

 「水の底で」アドルフォ・ビオイ=カサーレス


「なんとも危なっかしい状況だ。破局に向かいつつある夫婦のいる家に人質になった、愛情のもつれから抜け出したばかりの世話の焼ける女流作家、その家には神経の切れかかったもしくはすでに切れてしまった同郷の女性、捕えた旅行者に迫る既婚の狩猟家、聴診器を手にアバンチュールを求めてうずうずしている医者、コンプレックスと嫉妬の固まりの医者の妻、お節介な姑がいるのだ。ベルトラン・ブリエなら命を引き換えにしてでも映画を撮りたいと思うはずの、このやりたい放題、自由競争の共同体の中でただひとり、ムッシュ・ベレーだけが平然として、精神的バランスのとれた人物像を保ち続けている」アナ・リディア・ベガ


16人の作家の16本の短篇のうち7篇が既に雑誌等に掲載、以下の8篇が初訳。アジェンデ『ワリマイ』、ガーロ『トラスカラ人の罪』、モンテローソ『日蝕』、キロガ『流れのままに』、ベネディッティ『醜い二人の夜』、ガルメンディア『快楽人形』、アレイナス『目をつぶって』、ビオイ・カサーレス『水の底で』が初出となっている。

posted by koinu at 14:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月01日

日本SF全集 / 日下三蔵編(出版芸術社)

「読書の秋」は想像する力を鍛える!

Scienceとフェイクションとの出会い。


『日本SF全集』日下三蔵編(出版芸術社)


1: 処刑 / 星新一 [著]

時の顔 / 小松左京 [著]

決闘 / 光瀬龍 [著]

通りすぎた奴 / 眉村卓 [著]

カメロイド文部省 / 筒井康隆 [著]

虎は目覚める / 平井和正 [著]

両面宿儺 / 豊田有恒 [著]

過去をして過去を-- / 福島正実 [著]

さまよえる騎士団の伝説 / 矢野徹 [著]

カシオペヤの女 / 今日泊亜蘭 [著]

イリュージョン惑星 / 石原藤夫 [著]

赤い酒場を訪れたまえ / 半村良 [著]

X電車で行こう / 山野浩一 [著]

五月の幽霊 / 石川喬司 [著]

わからないaとわからないb / 都筑道夫 [著]

日本SFの草創期を支えた作家陣 / 星敬 [ほか述]


2: メトセラの谷間 / 田中光二 [著]

かまどの火 / 山田正紀 [著]

真夜中の訪問者 / 横田順彌 [著]

指の冬 / 川又千秋 [著]

言語破壊官 / かんべむさし [著]

アンドロメダ占星術 / 堀晃 [著]

柔らかい時計 / 荒巻義雄 [著]

遠近法 / 山尾悠子 [著]

アイは死を越えない / 鈴木いづみ [著]

ポンコツ宇宙船始末記 / 石川英輔 [著]

ニュルブルクリングに陽は落ちて / 高齋正 [著]

機関車、草原に / 河野典生 [著]

レモン月夜の宇宙船 / 野田昌宏 [著]

楽園の蛇 / 鏡明 [著]

美亜へ贈る真珠 / 梶尾真治 [著]

SFブームを牽引した第二世代の作家陣 / 星敬 [ほか述]


3: あたしの中の…… / 新井素子 [著]

蒼い旅籠で / 夢枕獏 [著]

言葉使い師 / 神林長平 [著]

火星鉄道 (マーシャン・レイルロード) 一九 / 谷甲州 [著]

そして誰もしなくなった / 高千穂遥 [著]

時の封土 / 栗本薫 [著]

流星航路 / 田中芳樹 [著]

われても末に / 式貴士 [著]

若草の星 / 森下一仁 [著]

夜明けのない朝 / 岬兄悟 [著]

オーガニック・スープ / 水見稜 [著]

ウラシマ / 火浦功 [著]

花狩人 / 野阿梓 [著]

ノクターン・ルーム / 菊地秀行 [著]

銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ / 大原まり子 [著]

第三世代作家の登場 / 日下三蔵 [ほか述]

《2009年刊行》

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2019年11月30日

カレーライスと唐辛子大全

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『トウガラシ大全』
なかなかの刺激になる内容でした。
posted by koinu at 13:03| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月29日

リップ・ヴァン・ウィンクル ディードリッヒ・ニッカボッカーの遺稿 Washington Irving

リップ・ヴァン・ウィンクル

ディードリッヒ・ニッカボッカーの遺稿

ワシントン・アーヴィング Washington Irving

吉田甲子太郎訳





水曜日ウェンズデイの名が由来した、
サクソン人の神ウォーデンに
誓って言う。
真理をこそ、わたしは常に守ろう、
おくつきに入るその日まで。
――カートライト

〔この物語は、ニューヨークの一老紳士、故ディードリッヒ・ニッカボッカー氏の記録のなかに発見されたものである。彼はこの地方のオランダ人の歴史や、その初期の移民の子孫たちの風習に、たいへん興味をもっていた。しかし、彼の歴史の研究は、文献をさぐるよりも、むしろ生きた人間についておこなわれた。彼の好んだ題目について記された書物はじつに悲しむべきほど少く、それにひきかえて、年とったオランダ市民たちはもちろんだが、ましてその細君たちが、真実の歴史にはなくてはならない貴重な口碑伝説をたくさん知っていることがわかったからである。だから、彼は、生粋のオランダ人一家が、ひろびろと枝をのばした鈴懸の木の下の、屋根の低い農家につつましく住んでいるのにたまたま出あうことがあれば、いつでも、その一家を、留めがねがついた、肉太文字で書かれた小さな一巻の書物に見たてて、本食い虫の熱心さでそれを研究した。
 この研究全部の結果が、数年まえに出版されたオランダ総督の統治時代のニューヨーク州の歴史である。この著作の文学的な性質については、さまざまな意見が述べられてきたが、実をいえば、その出来ばえは、なみ以上にすぐれてはいないのである。その主なとりえはゆきとどいた正確さにある、それもはじめてこの書物が世に出たころには、じっさい、いくぶん問題になったのだが、その後まったく確かなものと認められ、今ではあらゆる史誌集に加えられて、疑う余地もない権威書とされている。
 この老紳士は、その著作の出版ののち、ほどなく世を去った。もはや彼はくなってこの世にいないのだから、彼の時間をもっと大切な仕事に使ったほうがずっとよかっただろう、といっても、さほど故人の名声をきずつけることにはなるまい。しかし、彼はとかく勝手気ままに自分の好きな道を進みたがった。そして、そのために時には少々砂ぼこりをたてて、まわりの人たちの眼をいため、自分では心から尊敬し愛情も寄せていた友人たちの心を悲しませることがあった。だが今となってみれば、彼の失策や愚行も「怒りよりも、むしろ悲しみの気もちで(訳註)」思い出されるのだ。そして、今では、彼が、決して人を傷つけたり怒らしたりするつもりはなかったのだ、と思われるようになってきている。しかし、彼の死後の名声が批評家たちからどう評価されようとも、その名は多くのひとびとに今もなおなつかしがられている。そして、彼らの立派な意見には耳をかたむけるだけのことはあるのだ。あるビスケット製造者たちのはことにそうだが、この人たちは、その老紳士の似顔を新年の菓子に刻みつけさえして、彼を永遠に伝える機会をつくった。これはウォータールー記念章や、アン女王朝の銅貨に印されるのとほとんど同じことなのである〕
 船でハドソン河をさかのぼったことのある人なら、だれでも、きっとカーツキル山脈をおぼえているにちがいない。それはアパラチヤ大山系から[#「アパラチヤ大山系から」はママ]分離した一つの支脈で、はるかに河の西方に見え、気高くそびえ立って、そのあたり一帯に君臨している。季節が移りかわるごとに、天候が変化するごとに、いやそれどころか、一日のうちでも時々刻々に、この山々のふしぎな色や形は変化を見せるので、どこの女たちも、この山脈をくるいのない晴雨計だと思っている。よい天気がつづくときには、山々は青と紫とにつつまれて、澄みとおった夕空にくっきりとその輪郭を描きだす。しかし、時には、ほかのところに一点の雲もないのに、この山々は、その頂きに灰色の霧の頭巾ずきんをつけることもあり、それが夕陽の最後の光をあびて、栄光の冠とまごうばかりにきらきらと光り輝くのだ。
 ハドソン河の船客は、この霊妙な山なみのふもとの村から、かるく煙が立ちのぼってゆくのを、みとめるだろう。その村の板葺いたぶき屋根が、木の間がくれにちらちら光っている、ちょうどそのあたりで、高地の紺青色こんじょういろが、近くの鮮かな緑色にとけこんでいる。それは小さな村だが、たいへん古く、この地方のひらけはじめた頃、ちょうどピーター・スタイヴァサント(安らかに眠りたまえ)の治世の初期に、数名のオランダ移住民が建設したもので、そこにはつい二、三年まえまで当初の移民の家がいく軒か残っていた。その家は、オランダから持ってきた黄色い小さな煉瓦れんがで建てられ、格子窓こうしまどがあって、正面は破風はふ造りで、棟には風見がのっていた。
 まさにこの村の、まぎれもないこういう家の一軒に(ありのままの事実を言うと、それは年月を経て、いたましいほどに古び、雨風にさいなまれていたが)もうなん年も前のこと、この地方がまだ大英国の領地だったころに、素朴で人のよい男が住んでいて、その名をリップ・ヴァン・ウィンクルといった。彼はヴァン・ウィンクル家の末裔まつえいだったが、彼の祖先は、騎士道はなやかなりしピーター・スタイヴァサントの時代に武名をとどろかし、スタイヴァサントに従ってクリスティーナ要塞ようさいの包囲戦に加わったことがある。ところが、彼自身は祖先の尚武の気風をほとんど受けついでいなかった。わたしは、彼が素朴で人のよい男だと言ったが、そればかりではなく、彼は近所の人には親切で、また、女房のしりに敷かれた従順な亭主でもあった。じっさい、この女房に頭があがらないという事情のおかげで、あんなに気だてが優しくなり、だれにでも好かれるようになったのかもしれない。口うるさい女房に、家できびしくしつけられている男たちは、えてして外では人の言いなりになって折りあいがよいものなのだ。そういう男たちの性質は、たしかに、家庭の責苦という燃えさかる炉のなかで、自由自在に打ちのばしがきくようにされるのである。寝室でひとこと小言をきかされるとうことは、世界中のあらゆる説教を聞いたも同然で、忍耐と辛抱の美徳を教えこまれるものだ。だから、ある見かたからすれば、口やかましい女房はかなりの恩恵だとも考えられる。もしそうなら、リップ・ヴァン・ウィンクルはこのうえもない果報者だったのである。
 たしかに、彼は村じゅうの女房連のあいだにたいへんな人気があった。女というものはつねにそうであるが、この女房たちも、夫婦喧嘩げんかのときにはいつも彼の肩をもち、日ぐれどきの世間ばなしにこの話題が出ると、ヴァン・ウィンクルのおかみさんを、さんざんにこきおろしたものである。村の子供たちも、彼がやってくると、いつでも大喜びをして歓声をあげた。彼は子供たちといっしょに遊び、玩具おもちゃをつくってやったり、たこのあげかたやおはじきの仕方を教えたり、幽霊や、魔法使のばあさんや、インディアンの話を長々と聞かせてやった。彼が村をぶらぶら歩いてゆくと、かならず大ぜいの子供たちが彼を取りまいて、上衣うわぎすそにぶらさがるやら、背中によじのぼるやら、さまざまのいたずらをしかけたが、一向にしかられはしなかった。それにこの界隈かいわいでは一匹の犬さえも彼にほえつこうとはしなかった。
 リップの性質の大きな欠点は、何ごとによらず金になる仕事をするのが、いやでいやでたまらなかったことだ。それはなにも、一生懸命になってやる気がないからとか、根気が足りないからとかいうのではなかった。その証拠に、彼はれた岩の上に腰をおろし、韃靼だったん人のやりほどもある長くて重い釣竿つりざおをもって、日がな一日釣をして、ぶつりとも言わず、たとえ魚がいっぺんも食いつかなくても、まったく平気なのだ。彼は猟銃を肩にして、なん時間もぶっとおしに、重い足をひきずりながら、森をぬけ、沼地を渡り、丘を越え、谷をくだって、あげくのはてに、栗鼠りす野鳩のばとをほんの二つ三つちとめたものである。彼は近所の人の手つだいならば決してことわらず、どんな荒仕事でもした。田舎の陽気な野良のら仕事には、真先きに立って働き、玉蜀黍とうもろこしの皮をむいたり、石垣をきずいたりした。村の女たちも、彼に使い走りに行ってもらったり、彼ほど親切ではない亭主たちがしてくれない半端はんぱな用事をいつも彼にたのんだりするのだった。一口にいうと、彼はだれの用事でも喜んで引きうけたが、自分の仕事は駄目で、一家のつとめや、自分のはたけの手入れとなると、とてもする気になれなかったのである。
 現に彼ははっきりと、うちの畠はいくら手を加えてみてもなんの甲斐かいもない、こいつときたら、この地方一帯でもいちばん厄介な地所で、何をしても、ひとつとしてうまく行ったためしはないし、またどんなに頑張ってもうまくゆくはずがないと言っていた。垣根はいつもばらばらにくずれ、牝牛めうしはどこかへ迷っていってしまったり、キャベツ畑へ入りこんだりした。雑草はたしかに彼の畠では、ほかのところより早くのびた。彼が何か家のそとで仕事をしようとするときにかぎって雨が降りだす。そういうわけで、彼の父祖伝来の地所は、彼が管理するようになってからは少しずつ減ってゆき、今は玉蜀黍と馬鈴薯ばれいしょの畠がほんのわずか残っているだけだ。それでもまだ、それはこの界隈でいちばん手入れのゆきとどかない畠だった。
 彼の子供たちもまた、ぼろぼろのなりをして、野育ちで、まるで親のない子のようだった。息子のリップは、いたずら小僧で父親に生きうつしで、やがては父親の古着といっしょに、その性癖まで受けつぐことはあきらかだった。彼が小馬のようにちょこちょこと、母親のあとについて歩いてゆくのがよく見受けられたが、父親の穿きすてただぶだぶのズボンをはいていて、えらく骨を折ってそのズボンを片手でたくしあげる様子は、ちょうど貴婦人が、天気の悪い日にスカートの裾をもちあげて歩くのに似ていた。
 しかし、リップ・ヴァン・ウィンクルは、いわゆるおめでたい人間の一人で、間のぬけた、呑気のんきな性質だった。のんびりとこの世をくらし、白パンであろうと、黒パンであろうと、なるべく頭をつかったり骨を折ったりしないで手に入るほうを食べ、働いて一ポンドの金をかせぐよりは、むしろ一ペンスしかなくても腹をかせているほうがよかった。もし気の向くままにほっておいたら、口笛でも吹きながら、しごく満足して一生をすごしたことだろう。しかし、彼の女房は、彼の耳もとで、のべつまくなしにがなりたてて、やれぐうたらだ、やれのんきすぎる、いまに一家が路頭に迷うようなことになる、と言って責めたのである。
 朝も、昼も、夜も、彼女の舌はやむことなく動き、彼の言うことやすることは何でも、彼女のとめどもなくものすごいおしゃべりのたねになってしまう。リップには、こういう説教に答えるのに、たった一つの策しかなかった。そして、それはたびたびやっているうちに癖になってしまっていた。彼は肩をすくめ、頭をふり、空を仰いで、ひとことも口をきかずにいるのだった。しかし、これはきまって女房から新たに一斉射撃を浴びせられる種になった。そこで、彼は旗を巻いて退却し、家のそとへ逃げてゆくより仕方がなかった。じっさい、女房に天下をとられた亭主の逃げ場所といえば、ただ家のそとがあるばかりである。
 家のなかでリップの味方をするのは、犬のウルフだけだったが、この犬がまた主人に負けず劣らず、はなはだ細君に頭があがらなかった。ヴァン・ウィンクルのかみさんは、彼らをのらくら仲間と見て、意地の悪い目でウルフをにらみつけ、主人がむやみにふらつき歩いているのはこの犬のせいだ、と言わんばかりだった。じっさい、ウルフはどこから見ても立派な犬にふさわしい気性をそなえていて、どんな猟犬にも劣らず勇敢に、獲物を追って森の中をけまわった。だが、いかに勇気があったとしても、絶えまなく四方八方から攻めたてる恐ろしい女の舌には対抗できない。ウルフは家に入るなり、うなだれてしまい、尾は地面に垂れさげるか、またのあいだにきこんで、しばり首にでもされるような様子でおずおずと歩き、しきりにヴァン・ウィンクルのかみさんを横目でうかがうのだった。そして、ほんのちょっとでもほうきの柄や柄杓ひしゃくをふりあげようものなら、悲鳴をあげて、戸口のほうへすっとんでゆくのだ。
 連れそう年月がたつにつれて、リップ・ヴァン・ウィンクルの形勢はますます悪くなる一方だった。とげとげした性質は、年をへてもやわらぐものではなく、毒舌は使えば使うほど鋭くなる唯一ゆいいつの刃物である。もう久しいこと、彼は、家から追いだされると、村の賢人や、哲学者や、そのほかの怠けものがあつまる一種の常設クラブのようなところへ通っては、みずからを慰めることにしていた。そのクラブは、ジョージ三世陛下の赤ら顔の肖像を看板にかかげた、小さな宿屋のまえのベンチで会合をひらくのだ。ここで彼らは、長いものうい夏の日に、一日じゅう木かげに腰をすえて、大儀そうに村の噂話うわさばなしをしたり、いつ果てるともしれぬ、とりとめのない話をしたりするのだった。しかし、たまたま通りすがりの旅行者から、古新聞が手に入ったりすると、深遠な議論がおこることもあった。それはどんな政治家でも金をはらって聞くだけの価値のある議論であったろう。彼らはまったくもってまじめくさってその新聞の内容を傾聴したものだ。勿体もったいぶってゆっくりと新聞を読みあげるのは、デリック・ヴァン・バンメル校長先生だ。この人は、身なりのきちんとした、学問のある小男で、辞書にあるどんなむずかしい言葉にも決してひるむことはない。そして、彼らは実にえらそうな顔をして、国家問題を論じあったものだ。もっとも、問題が起ってから数カ月もたってはいたが。
 この一党の意見を完全に牛耳っていたのは、ニコラス・ヴェダーといって、村の長老で、この宿屋のあるじだった。彼はその宿屋の門口に、朝から晩まで腰をすえ、日光を避けて、いつも大きな木のかげに入っているようにするほかには動かなかった。だから近所の人たちは、彼が席を移したところによって、日時計とおなじくらい正確に時刻を知ることができた。じっさい、彼はめったに口をきかないで、絶えずパイプをくゆらしていた。しかし、彼の子分ども(偉い人物には、かならず子分がいるものだ)は、すっかり彼の心を了解していて、彼の意見を推測する方法を心得ていた。だれかが読んだり話したりしたことで、気に入らないことがあると、彼は猛烈にパイプをふかし、怒って、しきりにすぱすぱ煙を吹きだすのが目についた。しかし、お気に召したときには、ゆっくり静かに煙を吸いこみ、かるい雲のようにふわりと吐きだすのだ。ときには口からパイプをとって、香りのよいかすみのような煙を鼻のあたりにうずまかせながら、重々しくうなずいて、大賛成の意をあらわすのだ。
 このとりでからも、不幸なリップはついにがみがみ女房のために、いやおうなしに追いだされてしまった。彼女は不意にこの平穏な集会のなかに押し入って、一座のひとびとを頭ごなしにどなりつけるのだ。あのいかめしい人物のニコラス・ヴェダーでさえ、この恐ろしい女丈夫の毒舌をまぬがれることはできなかった。彼女は彼に向い、亭主をそそのかして怠け癖をつけたのはおまえさんだと言って、まっこうから食ってかかった。
 あわれなことに、リップは、しまいにはほとんど絶望のふちにおちてしまった。畑仕事や女房のがなりたてる声から逃れるには、銃を手にして森のなかへ迷いこむよりほかに手段はなくなった。彼は森のなかで、ときどき木の根もとに腰をおろして、ウルフと弁当を分けあうのだった。彼は、共に迫害に苦しむ仲間として、ウルフに同情をよせていた。「かわいそうにな、ウルフ」と彼はよく言った。「おまえの女主人はおまえにみじめな暮しをさせているな。だが、気にかけるんじゃないよ、な。おれが生きているかぎり、おまえの友だちになって味方してやるからな」ウルフは尾をふって、主人の顔をものおもわしげに見入るのだった。もし犬にもあわれと思う心があるものなら、ウルフのほうも、心の底から主人をあわれんでいたに相違ない。
 よく晴れた秋の日[#「秋の日」はママ]、こんなふうにして長いことぶらぶら歩いているうちに、リップはいつのまにか、カーツキル山脈のいちばん高い峰の一つに登っていた。彼は大好きな栗鼠撃ちをしていた。銃声がしじまにこだまし、またこだまをかえした。息もきれぎれに疲れはてて、彼は午後もおそくなってから、山の、草におおわれた緑の丘に身を投げだした。そこはちょうど断崖だんがいの端の頂きになっていた。木立のすきまから、彼は、なんマイルにもわたって鬱蒼うっそうとした森林がつづいている低い地方をいちめんに見おろした。遠く、はるか下のほうには、堂々たるハドソン河が望まれ、紫色の雲のかげや、たゆたう小舟の帆影を、その鏡のような水面のここかしこに、眠たげに映しながら、音もなく、荘厳そうごんに流れ、やがて青い高地のあいだにその姿を消していった。
 ふりかえって見おろせば、そこは深い峡谷で、荒れはてて、ものさびしく、草木がぼうぼうとおいしげり、その谷底はそばだつ断崖から崩れおちた岩のかけらで埋まり、夕映えの光もほとんどさしこまなかった。しばらくのあいだリップは、寝ころんだまま、この光景に見入っていた。夕暮れは次第に濃くなり、山々は長い青い影を谷間に投げかけはじめた。これでは村に着かないうちにすっかり暗くなってしまうだろうということに彼は気がついた。女房の恐ろしい剣幕に出会うことを思って彼は深いめ息をもらした。
 彼が山をおりようとしたとき、遠くのほうから「リップ・ヴァン・ウィンクル、リップ・ヴァン・ウィンクル」と呼びかける声がきこえてきた。彼はあたりを見まわしたが、からすがただ一羽、山の上を羽ばたいてゆくほかには、何も見えなかった。きっと気のせいだろうと思って、ふたたびおりてゆこうとした。そのとき、同じ呼び声が森閑とした夕ぐれの大気にひびきわたった。「リップ・ヴァン・ウィンクル、リップ・ヴァン・ウィンクル」と同時に、ウルフは背中の毛を逆立てて、一声ひくくうなり、主人のかたわらにこそこそと近より、恐ろしげに谷間を見おろした。リップはこのとき、訳のわからぬ気味悪さが身に迫ってくるのを感じ、不安げに同じ方向を見た。すると奇妙な姿をした者が、何か背中に重いものを背負って、前かがみになりながら、ゆっくりと岩をよじのぼってくるのが目に入った。彼は、こんなさびしい人のかよわぬところに、人間のすがたを見たのでびっくりしたが、これはだれかこの近辺のものが助けをもとめているのだろうと思い、手をかしてやろうと、急いでおりていった。
 近づいてみると、彼はその見知らぬ人の様子の風変りなのにますます驚いた。背の低い角ばった体格の老人で、かみの毛は濃くて、ぼさぼさしており、胡麻塩ごましおひげをはやしていた。服装はずっと古いオランダ風で、布製の胴着の腰を帯紐おびひもでしめ、半ズボンをなん枚も重ねてはいていたが、そのいちばん外側のはだぶだぶで、両側には一列に飾りボタンがつき、両膝りょうひざには房がついていた。彼は肩に、酒がいっぱい入っているらしい頑丈なたるをかついでいて、こっちへきて荷物に手をかしてくれとリップに合図した。この初めて会った知合いに多少きまりが悪く、不安でもあったが、リップは例によってすぐさま申し出に応じた。そこで、かわるがわる樽をかつぎながら、二人は、水のれた渓流の川床らしい狭い峡谷をよじのぼって行った。登るにつれて、リップはときおり長く余韻をひく遠い雷のようなひびきを耳にした。それは高い岩と岩とのあいだの深い峡谷から、というよりはむしろ、その割れ目からきこえてくるように思われた。二人の進むけわしいみちはそのほうに通じていた。リップはちょっと立ちどまったが、これは高山でときどき起る一時的な雷雨のひびきだろうと思って、また歩きつづけた。峡谷を通りぬけると、切りたった絶壁にかこまれた小さな円形劇場のような窪地くぼちへ出た。その絶壁の縁には、木々がおおいかぶさるように枝をさしのべているので、青空と明るく輝く夕やけ雲とがちらっと見えるだけだった。ここまでずっとリップとその連れとは黙々として一生懸命に登ってきた。このような人けのない山のなかに、なんのために酒樽を運びあげるのか、リップにはひどく不審に思われたのだが、この見知らぬ男には何か妙な得体の知れないところがあって、そのために恐ろしい気がして、れなれしくできなかったのである。
 円形劇場にはいると、新たにふしぎなものがあらわれた。真中の平らな場所で、一団の奇妙な様子の人たちがナインピンズをして遊んでいた。彼らは変った異国風な服装をしていた。あるものは短い上衣うわぎを着、あるものは胴着を着て、いずれも帯に短剣をたばさんでおり、大部分はその案内者とおなじ型のだぶだぶの半ズボンをはいていた。彼らの顔つきも一風かわっていた。長いあごひげを生やし、四角ばった顔で、豚のような小さい眼をしているものもいれば、また、鼻ばかりでできあがっているような顔をしていて、白いすり鉢形の帽子をかぶり、そのうえに赤い小さな鶏の尾羽をつけているものもいた。みなそれぞれ顎ひげを生やしていたが、その形も色もさまざまだった。そのなかにひとり頭目とおぼしきものがいた。その男はがっしりした老紳士で、雨風にたたかれてきたような風貌ふうぼうをしていた。彼はレースのついた上衣を着て、幅の広い帯に短剣をさし、羽根飾りのついた山高帽をかぶり、赤い長靴下をはき、かかとの高い短靴にはばらの花かざりをつけていた。この一団のひとびとを見てリップがおもいだしたのは、村の牧師ドミニー・ヴァン・シャイクの客間にある古いフランダース派の絵のなかの人物だった。その絵は、むかし移住の時代にオランダから持ってこられたものである。
 とりわけリップに奇妙に思われたのは、この連中が、あきらかに遊び興じているのに、このうえなくしかつめらしい顔をし、ふしぎに黙りこくっていて、まったく今までに見たこともないような陰気な遊び仲間だったということである。この場の静けさをやぶるものは、ナインピンズの球のひびきだけで、球がころがるたびに、その音は雷鳴のように山々を伝ってこだました。
 リップとその連れが近づいてゆくと、彼らは急に遊戯をやめ、じっと動かない彫像のような目つきをして、異様な、ふしぎな、生気のない顔でにらんだので、リップの心はおじけづき、膝ががくがくふるえた。彼の連れは、そのとき、樽の中味をいくつかの大きな酒壜さかびんにあけかえ、リップに合図して、一座のものに給仕するように命じた。彼は恐ろしさにふるえながら、指図にしたがった。一同は黙りこくったまま、酒をぐいぐい飲むと、また勝負にとりかかった。
 次第にリップの恐怖や不安はおさまっていった。彼は、だれの目も自分にそそがれていないすきをみて、思いきってその飲みものを味わってみるほどになったが、その風味は上等のオランダ酒そのままのようだった。リップは生まれつき酒好きだったので、すぐにまた一杯やりたくなった。一口のむとまた一口に手が出て、あまりなんどもなんども酒壜をかたむけていたので、ついに正気を失い、目がくるくるまわって、次第に頭が垂れさがり、そのままぐっすり眠りこんでしまった。
 眼をさましてみると、彼は緑の丘のうえにいるのだった。谷間にはじめて、あの老人を見たところである。彼は眼をこすった。うららかな太陽の照り輝く朝だった。小鳥は茂みのなかで跳びながらさえずっていた。わしが一羽空高く輪をえがいて、けがれのない山のそよ風を胸にうけて舞っていた。「まさか」とリップは思った。「おれは一晩じゅうこんなところで寝たんじゃあるまいな」彼は寝こむまえのいろいろなできごとを思いかえしてみた。酒樽をかついだ奇妙な男、山の峡谷、岩のなかの荒れはてた隠れ場所、ナインピンズをしている陰気な連中、酒壜。「ああ、あの酒壜。あいつがしからんのだ」とリップは思った。「女房にどう言いわけをしたらよいだろう」
 彼はあたりを見まわして銃をさがしたが、磨いて油をひいてある鳥打ち銃のかわりに、古い火縄銃がかたわらにころがっているのを見つけた。銃身はさびだらけで、銃機はおちかかり、台尻だいじりは虫にくわれている。そこで彼は、あのしかつめらしい顔をした山の威張り屋どもが自分をだまし、酒を盛って酔いつぶし、銃をうばいとったのだろうと思った。ウルフも姿を見せなかったが、栗鼠りすしゃこを追って、おそらくどこかへ迷いこんでしまったのだろう。彼は口笛を吹き、その名を呼んでみたが、なんの甲斐かいもなかった。山びこが彼の口笛と呼び声とを繰りかえすだけで、犬の姿はまるで見当らなかった。
 彼は昨夜の遊戯場にもう一度行ってみて、もしあの連中のうちのだれかに出あったら、犬と銃とを返してもらおうと決心した。彼は立ちあがって歩こうとしたが、からだの節々がこわばって、いつものようにはきびきびと動けないのに気がついた。「こういう山の寝床はおれには向かんわい」とリップは考えた。「もしこんな浮かれさわぎのおかげで、リュウマチの発作でもおこして寝こもうもんなら、女房のやつにさぞありがたい目にあわされるだろうな」どうにかこうにか、彼は谷間へおりていった。彼は、ゆうべ自分が連れといっしょに登った峡谷を見つけはしたが、おどろいたことに、今は渓流が泡を立てて流れおち、岩から岩へ飛びちって、せせらぎが谷間いっぱいにあふれていた。しかし、彼はどうにかその縁をよじのぼり、白樺しらかばくすまんさくの林のなかを、やっとのことで通りぬけ、ときには野生の葡萄ぶどうづるにつまずいたりからまったりした。葡萄づるは木から木へつるや巻ひげをまきつけ、彼の行くみちに網をひろげていたのである。
 とうとう彼は、峡谷が断崖のあいだをぬけて、円形劇場へと通じていた場所にたどりついた。しかしあの通路は跡形もなかった。岩は通りぬけられないほどの高い壁をつくっていて、その上からは、激流が羽毛のような水しぶきをあげて流れおち、周囲の森のかげで暗くなった広くて深い滝つぼに落ちこんでいた。あわれなリップはここで行きづまってしまった。彼はふたたび犬の名を呼び、口笛を吹いた。それに答えたのは、一群の怠け烏のかあかあ鳴く声だけだった。その烏どもは、陽あたりのよい断崖の上に差しでた枯木のあたりの空に、高々と舞ってあそんでいたが、高いところにいるのをいいことにして、途方にくれた憐れな男を見おろし嘲笑ちょうしょうしているように見えた。どうしたらよいだろう。朝も過ぎようとしていた。リップは朝飯を食べていないので、ひどく空腹を感じていた。彼は犬と銃とをあきらめるのが悲しかったし、女房にあうのは恐ろしかった。かといって、山のなかで餓死したところで何になろう。彼は首をふると、錆びついた火縄銃を肩にして、当惑と心配とで胸をつまらせながら、家の方に足を向けた。
 村に近づくにつれて、彼は大ぜいのひとびとに出あったが、顔見知りの人はひとりもいなかった。これにはいささか驚いた。この近在の人なら、だれでも知り合いだと思っていたからである。彼らの服装が、また、彼の見なれていたものとは違った型のものだった。彼らのほうでもみな彼を見つめて、同じくびっくりした様子だった。そして、彼に眼を注ぐと、だれもかれも自分の顎をなでた。こういうしぐさが絶えず繰りかえされるので、リップは思わず知らずつりこまれて、顎に手をやった。すると、驚いたことに、顎ひげが一尺ものびていたのだ。
 彼はもう村はずれに入っていた。見知らぬ子供たちの群があとについてきて、うしろからわいわいはやしたて、灰色の顎ひげをゆびさした。犬もまた昔なじみのものは一匹として見あたらず、彼が通りかかるとえたてた。村そのものも変っていた。以前より大きくなり、人もずっと増えていた。前には見かけたこともない家が建ちならび、彼がよく出入りした家はひとつもなくなっていた。見知らぬ名前の標札が戸口にかかり、見知らぬ顔が窓に見え、何もかも知らないものばかりだった。彼は不安になってきた。自分がまわりの世界といっしょに魔法にかけられているのではないかと疑いはじめた。たしかにここは自分が生れた村で、ここを出たのはつい昨日のことだ。カーツキル山脈がそびえている。遠くには銀色のハドソン河が流れている。どの丘もどの谷も寸分たがわず前のままだ。リップはすっかり途方に暮れてしまった。「昨夜のあの酒壜が」と彼は思った。「おれの頭をまるでめちゃめちゃにしてしまったのだ」
 彼はやっとのことで自分の家に行く道を見つけ、黙っておそるおそる家に近づいて行きながら、今か今かと女房のかんだかい声がきこえてくるのを待ちかまえていた。家は朽ちはてていた。屋根は落ちこみ、窓は破れ、扉はちょうつがいがはずれていた。ウルフに似た餓死しかかった犬が、そのまわりをこそこそ歩いていた。リップは犬の名を呼んでみたが、そのやくざ犬は唸り声をあげ、歯をむいて、行ってしまった。これはまったくひどい仕打ちだった。「おれの犬までが」とリップは溜め息をついて言った。「おれを忘れてしまったわい」
 彼は家に入った。ほんとうの話、その家はヴァン・ウィンクルのかみさんが、いつもきちんとしておいたものだった。それががらんとしてものさびしく、住む人もないらしかった。この荒れはてたさまに、女房の恐ろしさも消えうせ、彼は大声で妻子を呼んだ。人けのない部屋が、一瞬彼の声で鳴りひびいたが、またひっそりと静まりかえってしまった。
 そこで彼はそとへとび出し、昔よく行きつけた村の宿屋へ急いだ。だが、それもなくなっていた。それにかわって、大きながたぴしの木造の建物が建っていた。窓はぽっかりと大きな口をあけ、それもいくつかこわれ、古帽子や着古しのペティコートでつくろわれており、扉の上にはペンキで「ユニオン・ホテル、経営者ジョナサン・ドゥリトル」と書いてあった。かつてはあの大木が静かな小さいオランダ風の宿屋に影をなげかけていたのに、今は高いはだかの竿さおが一本立っており、てっぺんに赤いナイトキャップのようなものがついていて、そこから、星としまとをおかしな工合ぐあいに組みあわせた旗がひるがえっていた。こういうことは何から何まで妙で、合点がいかなかった。けれども、彼は看板にジョージ陛下の赤ら顔をみとめた。その肖像の下で、彼はいくたびとなくのどかにパイプをくゆらしたものだった。だが、このジョージ陛下さえも妙に変っていた。赤い軍服は、青と浅黄色との上衣にかわり、手には王笏おうしゃくのかわりに剣をもち、頭には縁のそりあがった三角帽をかぶり、下にはペンキの大きな文字で、ワシントン将軍と書いてあった。
 戸口のあたりにはいつものように人だかりがしていたが、ひとりとしてリップに見おぼえのある人はいなかった。ひとびとの性質までが変ってしまったように思われた。あのなじみの深いゆったりとしたねむけをさそう静けさはなくなり、なんとなく忙しげにざわついていて、議論好きなふうがあった。賢者のニコラス・ヴェダーを探しても見あたらなかった。あの人は、顔は幅広で二重顎、立派な長いパイプを手にして、煙草たばこの煙を雲のように吐きだし、無駄口などたたかなかったものだ。また、古新聞の記事をぼそりぼそり読みあげる校長のヴァン・バンメル先生をさがしても無駄だった。こういう人たちのかわりに、せた気短かそうな男が、ポケットにいっぱいびらをつめこんで、人民の権利、選挙、国会議員、自由、バンカーズ・ヒル、一七七六年の英雄たち、だのなんだのとさかんにわめきちらしていたが、当惑しきっているヴァン・ウィンクルには、唐人の寝言のようでさっぱり訳がわからなかった。
 リップが長い胡麻塩ひげを生やし、錆びついた鳥打ち銃をもち、奇態な服装で、大ぜいの女子供をうしろに従えてあらわれると、すぐに政治家気取りの酒場の論客たちの目をひいた。彼らはリップのまわりに集って、頭から足の先までひどくもの珍らしそうにじろじろと見た。くだんの弁士が、急いでリップのところへきて、彼をちょっとわきへ引っぱってゆき、「どちらへ投票するのか」とたずねた。リップはぽかんと間のぬけたように眼を見はった。別の背の低い、こせこせした男が、彼の腕を引っぱり、爪先立つまさきだって彼の耳もとでたずねた。「君は連邦党か、民主党か」リップは前と同様、質問の訳がわからず途方にくれた。このとき、さきのとがった縁反りの三角帽子をかぶった心得顔の尊大な老紳士が、ひじでひとびとを左右に押しわけ、群衆のあいだを縫ってきて、ヴァン・ウィンクルの前に立ちはだかった。片腕を腰に当て、もう一方の腕をステッキにのせたが、その鋭い眼光ととんがり帽子とは、まるでリップの心の奥までつらぬくばかりだった。この男はきびしい口調でリップに問いただした。「なんだっておまえは選挙にくるのに、銃をかつぎ群衆をひきつれてきたのだ。村に暴動でもおこすつもりなのか」
「ああ、みなさん」とリップはややうろたえて叫んだ。「わしは、ここの生まれの、つまらない、おとなしいもので、王様の忠義な臣民です。王様万歳」
 すると、まわりの見物人たちがいっせいに騒ぎたてた。「王党だ、王党だ、スパイだぞ、亡命者だぞ。追いだせ、たたきだせ」
 例の三角帽のもったいぶった男が、やっとのことで一同をしずめると、十倍もいかめしい顔つきをして、またこの素性の知れぬ未決囚にむかい、なんのためにここへきたのか、だれを探しているのか、と詰問きつもんした。あわれなリップはおずおずと、自分は悪意があるわけでなく、ただ、いつも近所の人たちがこの宿屋のあたりにきているので、ここへ探しにきただけなのだ、とへりくだって言った。
「なるほど、それはだれだ。名前を言ってみたまえ」
 リップはちょっと考えてからたずねた。「ニコラス・ヴェダーさんはどこにおりますかい」
 しばらく答えるものはなかったが、やがてひとりの老人が細いかんばしった声で言った。「ニコラス・ヴェダーさんだって。おやおや、あの人は十八年もまえに死んでしまったよ。教会の墓地に、木の墓標があってな、あの人のことが残らずしるしてあったんじゃが、それも今は腐って、なくなってしまったわい」
「ブロム・ダッチャーさんはどこにおりますかね」
「ああ、あの人は戦争のはじめに陸軍へ入隊しなさったが。ストーニー・ポイントの攻撃で戦死したという人もいるし、アントニーズ・ノーズのふもとであらしにあっておぼれ死んだという人もおるがね。わたしはよく知らないんじゃが、二度と戻ってこなかった」
「ヴァン・バンメル校長先生はどうしましたね」
「あのかたも戦争に行かれて、国民軍の偉い大将じゃったが、今は国会議員になんなさったよ」
 故郷や友人たちにこんな悲しい変化があったのを聞き、自分がこの世の中にひとりぼっちになってしまったのを知って、リップは心細くなってしまった。どの返事をきいても、ひどく長い年月がったような話だし、さっぱり訳のわからぬことをいうので、彼は困りきってしまった。戦争、国会、ストーニー・ポイント。彼はこれ以上ほかの友人のことを聞く勇気もなくなり、絶望のあまり大声で叫んだ。「ここにいるかたで、リップ・ヴァン・ウィンクルを知っている人はいませんか」
「ああ、リップ・ヴァン・ウィンクルか」と二、三のものが叫んだ。「ああ、知ってるとも。あれ、あそこにいるのがリップ・ヴァン・ウィンクルだよ。木によっかかっているのがね」
 リップは見た。すると、山に登ったときの自分に瓜二うりふたつの男が目に入った。自分同様、いかにもものぐさらしいし、じっさい、ぼろをまとっているところはおなじだった。憐れなリップは、まったく頭がこんがらかってしまった。自分の正体があやしく思われ、自分がほんとうに自分なのか、それとも別の人間なのか疑わしくなった。彼が当惑しきっていると、くだんの三角帽子の男が、おまえはいったいだれなのか、名はなんというのか、といた。
「知るもんか」とリップは思案にあまって叫んだ。「おれは自分じゃない。だれかほかの人間だ。向うにいるあれがおれだ。そうじゃない。あれはおれの後釜あとがまにすわっただれか別な男だ。おれはゆうべはおれだったが、山の上で寝こんでしまって、鉄砲はかえられるし、何もかも変って、おれまでかわってしまった。自分の名前も、自分がだれなのかもわからない」
 まわりで見ていた人たちは、このとき互いに顔を見合わせ、うなずき合い、意味ありげに目くばせして、額を指でたたいた。また、ささやき声で、鉄砲を取りあげて、その老人に危いまねをさせないようにしたら、というものもいた。この言葉を耳にしただけで、あの三角帽子の尊大な男は、いささかあわててその場をひきさがった。みんなが息をのんだ瞬間に、一人の若々しい器量のよい女が、人だかりを押しわけて、この胡麻塩ごましおひげの男をのぞきにやってきた。女はまるまるとふとった子を抱いていたが、その子は彼の様子におどろいて泣きだした。「おだまりよ、リップ」と彼女は大声で言った。「おだまり、お馬鹿ばかさんね。あのおじいさんは何もしやしないよ」子供の名といい、母親の様子といい、声の調子といい、すべてが、つぎつぎと彼の心に記憶を呼びおこした。
「おまえさんの名はなんというのかね、おかみさん」と彼がたずねた。
「ジュディス・ガーディニアです」
「で、お父さんの名前は」
「ほんとに、気の毒ですわ。リップ・ヴァン・ウィンクルっていうんですけど、二十年も前に鉄砲をもって家を出られたっきり、その後なんの音沙汰おとさたもないんです。犬だけひとりで帰ってきましたけど、お父さんが鉄砲で自殺なさったのやら、インディアンにさらわれておしまいになったのやら、だあれにもわからないんです。あたしはそのころまだほんの子供でしたわ」
 リップはもう一つだけ聞きたいことがあった。それを言うときには、声がふるえた。
「お母さんはどこにいるのかね」
「あら、お母さんもつい先頃くなりました。ニューイングランドの行商相手にかんしゃくをおこして、血管を破ってしまったんです」
 この知らせで、少くともいくらか気楽になった。この正直な男は、もう我慢ができなくなった。彼は娘とその子を抱きしめた。
「わしはおまえのお父さんだよ」と彼は叫んだ。「むかし若かったリップ・ヴァン・ウィンクルさ。今はおじいさんのリップ・ヴァン・ウィンクルだよ。だれも憐れなリップ・ヴァン・ウィンクルがわからないんですか」
 みな驚いて突ったっていた。やがて一人の老婆ろうばが群衆のなかからよろよろと出てきて、片手を額にかざし、その下からリップの顔をちょっとのぞいて、叫んだ。「たしかにそうだよ。リップ・ヴァン・ウィンクルさんだよ。あの人だよ。よくまあお帰りなさった、あんたさん。ほんにまあ、二十年もの長いあいだ、どこへ行ってなさった」
 リップの話はすぐにすんだ。丸二十年が彼にはたった一夜に過ぎなかったからだ。近所の人たちはその話をきいて目を丸くした。互いに目くばせしたり、舌で頬をふくらませたりしているものもいた。三角帽子をかぶった尊大な男は、もう危険がないとなると、またこの戦場にもどってきていたが、口をの字にむすび、首を振った。それにあわせて、集っている人たちもみな同じように首を振った。
 ともあれ、一同はピーター・ヴァンダドンク老人の意見をうかがうことにした。すると彼が悠々と道を歩いてくるのが見えた。彼の祖先にはこの地方のいちばん古い記録を著した同じ名前の歴史家があった。ピーターはこの村きっての古老で、この近隣のふしぎなできごとや伝説にはことごとく通じていた。彼はすぐにリップを思いだし、よく納得のゆくようにリップのした話を証拠立てた。彼が一同に向って述べたところによると、カーツキル山脈にむかしから異様なものが出没することは、自分の祖先の歴史家から伝えられている事実である。また、ハドソン河とこの地方とをはじめて発見した偉人ヘンドリック・ハドソンが、半月丸の乗組員をひきつれて、二十年目ごとにその山で寝ずの番のようなことをするのも確認されている。このようにして、彼は自分が探険した現場を繰りかえし訪ね、自分の名がつけられているハドソン河とハドソン市とを守護することを許されているのである。かつてピーター老人の父親は、彼らが古風なオランダ服を着て、山の窪地くぼちでナインピンズをしているのを見たことがあるし、ピーター老人自身も、ある夏の午後、彼らの球の音が遠雷のとどろきのようにひびくのを聞いたことがある、ということだった。
 手短かに話すと、一同はちりぢりになって、もっと大切な選挙の騒ぎへともどっていった。リップの娘は、父親を家に連れて帰り、いっしょに暮らすことにした。彼女は、こぢんまりした造作のととのった家をもち、大丈夫で陽気な農夫をつれあいにしていた。リップはその男が、よく自分の背中によじのぼった腕白小僧の一人であることを思いだした。リップの跡取り息子はというと、さっき木によりかかっていた父親に生き写しの男だが、これは野良のら仕事にやとわれていた。親譲りの性格まるだしで、なんにでも首をつっこむが、自分の仕事はそっちのけだった。
 さて、リップは、昔のような出歩きやそのほかの習慣をふたたび始めた。彼はやがて、以前の親しい友達を大ぜい見出みいだしたが、みなどうやら寄る年波で弱っていた。そこで彼は好んで若い人たちと交わるようにしたので、間もなく彼らから大へん好かれるようになった。
 これといって家でする仕事もなく、怠けていてもどうこういわれぬ、いわゆるありがたい年齢にもなっていたので、彼はまた宿屋の戸口のベンチに席をしめ、村の長老の一人として敬われ、「独立戦争前」の古い時代の年代記としてあがめられた。しばらくすると、彼は、まともな噂話うわさばなしの仲間入りができるようになったし、昏睡こんすいしているあいだに起きた、変ったできごとがのみこめるようにもなった。革命戦争があったこと、この国が昔の英国の支配を脱したこと、自分はジョージ三世陛下の臣民ではなく、今は合衆国の自由な市民であること、こういったことのいきさつがわかってきた。実のところ、リップはまったく政治には門外漢だった。国家や帝国がどう変ろうと、彼にはほとんどなんの感慨もかなかった。けれども、ある種の専制政治があって、彼は長いことその下で苦しんでいたのだった。それは、嬶天下かかあでんかだった。幸いなことにそれも終っていた。結婚生活の首かせがはずれたので、彼は女房の専制を恐れることもなく、いつでも好きなときに出かけ、好きなときに帰ることができた。しかし、女房の名前が出ると、彼は首を振り、肩をすくめ、空をふり仰いだ。それは自分の運命をあきらめた表情とも見えるし、解放された喜びの表情とも受けとれよう。
 彼は、ドゥリトルの旅館に知らぬ人が着くと、だれにでも自分の話をしてきかせた。はじめのうちは話すたびに、ところどころ違っていたが、それはたしかに、彼が眠りからめてまだ間もなかったからだ。しまいには、わたしが今まで述べた話の通りにぴったり落ちつき、この界隈かいわいでは男も、女も、子供も、それを暗記していないものはなかった。なかには、いつもその話の真実を疑うようなふりをして、リップは頭がどうかしていたのだ、だから、いつでもとりとめがないんだ、と言いはるものもいた。しかし、年とったオランダ人たちは、ほとんどみなこの話を信じきっていた。今日でも彼らは、カーツキルの山のあたりに、夏の午後、雷鳴をきくと、かならずヘンドリック・ハドソンとその部下の乗組員たちとがナインピンズをして遊んでいるのだと言う。このあたりの女房のしりに敷かれた亭主どもは、人生が重荷になってくると、リップ・ヴァン・ウィンクルの酒壜さかびんから一口飲んで、気楽になりたいものだと一様にねがうのである。



 上述の物語は、ニッカボッカー氏が、フレデリックの赤髭あかひげ皇帝とキュフホイザー山とについての、ドイツの一迷信から思いついたものではないかと考える人もあろう。しかし、彼がこの物語に付記した次の註は、それがまったくの事実談で、彼が例のように忠実に述べたものであることを物語っている。
「リップ・ヴァン・ウィンクルの物語は、多くの人には容易に信じられないかも知れない。だが、それにもかかわらず、わたしはこの話に全幅の信頼を寄せている。昔のオランダ植民地付近が、しばしばふしぎなできごとや現象におびやかされていたのを知っているからである。実のところ、わたしはハドソン河沿岸の村々で、これよりももっと奇妙な物語をたくさん聞いたことがあるが、どの話もじゅうぶんに実証されていて、疑う余地がなかった。わたしは親しくリップ・ヴァン・ウィンクルと話しあったことさえある。最後に彼と会ったときは、大そう高齢になっていたが、ほかのどんなことにも、まことに筋道が通って首尾一貫していたので、心ある人ならこの話を信じないわけにはゆかないだろうと思う。いや、わたしはこの話についての証明書が、地方の裁判官の前に差しだされ、裁判官自身の手で、十字の記号が書きつけられたのを見たことがある。このような次第だから、この物語にはとうてい疑いをさしはさむことはできないのである。D・K」

訳註 ジー・シー・ヴァープランクきょうのニューヨーク歴史研究会における卓越せる講演を参照せよ。


底本:「スケッチ・ブック」新潮文庫、新潮社
   1957(昭和32)年5月20日発行
   2000(平成12)年2月20日33刷改版
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2019年11月26日

『超スピリチュアルな夢実現―振り子の法則トランサーフィン』 ヴァジム・ゼランド (徳間書店 )

「世界はあなたの思考や態度を写し出す鏡のようなものである」

賢人と違い、愚人は時分のたんこぶ一つひとつのお陰で、自分が犯した失敗の本質そのもを骨身にしみて理解してます。つまり本物の知識を身につけていることになるのです。きっと愚人だけが太古の知への道案内人になれるのでしょう。

『超スピリチュアルな夢実現―振り子の法則トランサーフィン』 ヴァジム・ゼランド (徳間書店 )より

トランサーフィンはありふれた楽観論ではなく、リアリティを意図的に操縦するための技法です。もしあなたが人一倍の楽観主義者で精神状態が正常であろうとも、心の快活さをいかなる状況でも保てるというわけではありません。楽観論者はすべてがうまくいくことをただ望んでいるだけですが、それが生まれついての性格のため、無意識にそう望むのです。しかし、もし私が悲観論者ならば、私はどうすればよいのでしょうか? 私個人を例に取ると、悲観論者です。現実への自分の接し方によって意識的にリアリティを操縦し始めるようになるまで、私のこの性格は人生を台無しにしてきました。でも、今の私に忌々しい出来事が起こると、「愉快、愉快」とうそぶき、意識的にすべてをひっくり返してやります。

こうしたふるまいは100パーセント効果を発揮し、結局、すべては成功裏に終わるのです。なぜなら、こうした接し方をすれば、出来事の展開は常に成功が待っている人生ラインへと向かうからです。今の私はリアリティを操縦しているのであって、リアリティが私を操縦しているのではありません。自分に見とれる傾向のある者たちは美しく育っていくが、まさにここに秘密がある。彼らは「もし自分で自分を気に入ってると、気に入る理由がますますたくさん現れる」という決まりに従っているのだ。形(イメージ)が自分の反映に対して「なんだか私は太ったわ。痩せなくちゃ!」と言うと、まったく話が違ってくる。鏡はそれに対して無表情にこう返事をする。

「ええ、あなたは太ってますから、痩せなくてはいけません」。

リアリティは、聞いたことを請け合いながら、こだまのように応対する。

で、ゲリー・ボーネルさんは、人間とは二つの要素から成り立っている存在だとして、

@トライアード(三位一体)

非物理的形体 基本的第一次存在・・魂(ソウル)のこと

創造された最初の瞬間から全体であり、完成された存在

Aダイアード(二元性存在)

物理的形体 基本的進化存在・・肉体(エネルギーをベースにした物質)のこと

『トランサーフィン鏡の「超」法則 リンゴが空へと落下する――奇跡の願望実現法 』ヴァジム・ゼランド (徳間書店 )


第3章「鏡の法則」

 わびしいリアリティは、まず初めに人間の意識上で生じ、それから徐々に物質化されつつ、現実へと移行していく・・

バリアントの流れ、振り子、過剰ポテンシャル、重要性、平衡力・・など。

 あなたがどんなに深い穴にはまっていようともすべてを変える。劇的に変えることが可能である。それがどうやって行われるか、さっぱりわからなくてもまったく問題はない。

この世界は二元鏡ともいうべき構造になっており、その法則をよく理解してトランサーフィンの秘策を実行すれば、リンゴが空へと落下するような、思ってもみなかった奇跡的な現実をもあなたは創造することができる。


ゼランドヴァジムТрансерфинг реальности  量子物理学者でロシア人作家 

「魂から肉体に与えられるギフト」を、トランサーフィン流にすると、トライアード(魂)と理性であるダイアード(肉体感覚意識)が一致する願望は必ず叶う。

既成社会が押しつけてくる多種多様な「振り子」に振られて、「望んでもない事を望むフリ」さえ止めればいいんです。

「思考の放射パラメータが同調するバリアントのセクターを顕在化させる」

「重要性を断ち切りバリアントの流れに乗っていく」「スライドを用いて理性と魂を一致させ、外的意図の風を起こす」

posted by koinu at 19:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『発狂した宇宙』フレドリック・ブラウン

本書をはじめて読んだのは1972年で、アントニー.バージェス「時計仕掛けのオレンジ」A Clockwork Orangeが、キューブリックによって映画公開された頃にあたる。「ブレードランナー」が登場する以前のSF映画で、精密に未来世界を映像化された話題作であった。
『発狂した宇宙』は総天然色ハリウッド映画のような展開で、悪夢のような異世界がみかけてくるプロットも巧みで、多元宇宙と平行世界にひきこむというアイディアは1948年に書かれたというのが驚異的だ。


『発狂した宇宙"What A Mad Universe!"』
第一次月ロケット計画は失敗に終った!
ロケットは地球に舞い戻って激突し、墜落地点にいたSF雑誌の編集者キース・ウィントンは粉微塵に吹き飛ばされたのか遺体は発見されなかった。
ところが彼はなんとも奇妙な世界に生きていた。
身の丈7フィートもある月人が街路を濶歩し、持ち貨幣を出したら発砲されスパイ呼ばわりされた挙句に、紫色の毛におおわれた怪物に追われる羽目になったのだ。
夜のニューヨークは、濃霧管制しかれて、一寸先きも見えない闇の街と化して夜行団が横行し、略奪、人殺し絶えないのだ。
地球はアルクトゥールス星人との戦闘で戒厳令にあり、防御目的だというのだ。
彼のいた出版社に出かけてみると、別のキース・ウィントンが編集者として存在しており、またもや本物のキースは追われてしまった。
月まで翔ぶ覚醒カクテル。肌の露出されたファッションの女の子たち。宇宙船に光線銃や透視装置。空中に浮かぶ人工頭脳。
「この発狂した世界はどうなっているのか」
キースは自分の存在を認めてくれるらしい、メッキ―という人工頭脳を探して土星へと宇宙飛行する。ドぺル総統の肩の上に浮遊する球体のメッキ―は、予言者か神官のような存在で、人々とテレパシィーで感応していた。キースは目眩を感じながら精神をメッキ―に傾ける。
「無限数ノ宇宙ガ同時ニ存在シテイルワケダ。 ソノナカニハ、コノ宇宙モ、キミガ住ンデイタ宇宙モフクマレル。 ドレモミナ同様ニ現実デアリ、 真実デモアル。 シカシ、宇宙ノ無限性トハナニヲ意味スルカ、キミニハ考エラレルカネ?」
この世界の支配者ドぺルに似た人物をキース・ウィントンは思いだす。
「ツマリ、無限ノナカニハ、想像サレ得ルスベテノ宇宙ガ存在スルトイウコトダ。 タトエテイエバ、コレトマッタク同ジ場面ガ展開サレテイナガラ、 タダキミ--アルイハキミニ相当スル人物--ノハイテイル靴ガ、 黒デナク茶色デアルヨウナ宇宙モ存在シテイル、トイウワケダ。ソンナフウニ異ッタ組合ワセノ宇宙ガ無限ニアルノダ。 タトエバ、キミガ人差シ指ニカスリ傷ヲシテイル宇宙モアレバ、 キミノ額ニ紫色ノ角ガ生エテイル宇宙モアルトイッタグアイデ--」
彼の元の世界で編集していたSF雑誌に、もっと誌面をSFの世界へしろという投書を書いてくる読者でドッペルバーグという少年。 その投書への返信記事を入稿した直後にロケット墜落事故にあったのだ。
「サマザマノ宇宙ノナカニハ、はっくるべりー・ふぃんガ実在ノ人物デ、 まーく・とうぇいんガ描写シタトオリノコトヲヤッテイル宇宙モアル。 実際ニハ無数ノ宇宙ガアッテ、 はっくるべりー・ふぃんガ、 まーく・とうぇいんヲ描写シタカモシレヌ、 アリトアラユル型ヲ実行シテイルトイウワケダ。 ソノ差異ガ大キイカ小サイカハ別ニシテ、 トモカク、まーく・とうぇいんガアノ本ノナカデ書イタカモシレヌコトハ、 スベテ事実デアルトイウ可能性ヲモッテイルノダ」
宇宙空間が無限に在るとすれば、 SF狂の少年ドッペルバーグのドッベルゲンガーの世界も、時間も平行して無数に存在するということになるわけだ。
そしてSF雑誌の編集者キース・ウィントンが、心から望む世界がこの宇宙のどこかに。


SFパルプマガジン関連図版
http://www.noosfere.com/showcase/

アメリカのSFパルプマガジン黄金期の奇想天外なムードが濃厚で、原色のケバケバしい1940年代SF世界のあらゆる要素がよこたわる。作者のSF批評精神がいたる処へ目配せされ、当時のSFそのものへのパロディも交えて、荒唐無稽な高揚とインチキ空間が愉快。
フレドリック・ブラウンは推理小説家としても、奇妙なアイディアを娯楽の中にえがく手腕にたけていた。
『THE BEST OF FREDRIC BROWN』の編者ロバートブロックは「彼は全作品に、努力、経験、ウィット、人生観、知識、発想、真実、フィクション、喜び、失望など、自己のすべてをつぎ込んだ。その作家としての人生そのものが此処にある」という。
『さあ気ちがいに』 Come and Go Mad (1949)などのを読むと、言葉遊びとアイロニーだけではなく東洋哲学の深部が内包されているに気ずく。
多元宇宙をテーマとした作品に分類されるものでは、F.K.ディックの『宇宙の眼』や『高い城の男』は多く読まれているかもしれない。小説としての完成度という視点からすると『高い城の男』が圧倒的に評価が高い。物語の核には「易」と「タオイズム」が設定されていて、それらをパラレルワールドを絡めた発想には、現実が徐々に異化していくさまを描く『発狂した宇宙』の影響が伺える。
『発狂した宇宙』早川SF文庫版の解説には「多元宇宙SFのあらゆる面白さとテクニックを全部ぶち込んだ集大成」と筒井康隆は記している。そこで『宇宙の眼』にも触れ、これらの作品に狂喜した筒井康隆は、異化効果をねらった『七瀬ふたたび』では、多元宇宙世界を一般小説のジャンルで見事な筆力によってクライマックスまで書上げた。
フレドリック・ウィリアム・ブラウン(Fredric William Brown、1906年10月29日 - 1972年3月11日フレデリック・ブラウンとも呼ばれるが、本人は好まなかったらしい(ロバート・ブロック談 --『フレドリック・ブラウン傑作集』より)


長編
発狂した宇宙 (What Mad Universe, 1949) ハヤカワ文庫SF
天の光はすべて星(別題: 星に憑かれた男) (The Lights in the Sky Are Stars, 1953) ハヤカワ文庫SF
火星人ゴーホーム(Martians, Go Home, 1955)ハヤカワ文庫SF
1990年アメリカにて同題で映画化されている。
宇宙の一匹狼 (Rogue in Space, 1957) 創元SF文庫
73光年の妖怪 (The Mind Thing, 1961) 創元SF文庫

短編集
宇宙をぼくの手の上に(別題: わが手の宇宙)(Space on My Hands) 創元SF文庫 ISBN 978-4488605056
天使と宇宙船 (Angels and Spaceships) 創元SF文庫 ISBN 978-4488605025
スポンサーから一言 (Honeymoon in Hell) 創元SF文庫 ISBN 978-4488605049
未来世界から来た男――SFと悪夢の短編集 (Nightmares and Geezenstacks) 創元SF文庫 ISBN 978-4488605018
さあ、気ちがいになりなさい (Come and Go Mad) 早川書房〈異色作家短篇集〉 ISBN 978-4152086754
フレドリック・ブラウン傑作集 (The Best of Fredric Brown) サンリオSF文庫
From These Ashes: The Complete Short SF of Fredric Brown(未訳)
子供向け
ミッキーの宇宙旅行(別題: ミッキーくんの宇宙旅行)(Mickey Astromouse)
「星ねずみ」を基にした絵本。
アンソロジー(マック・レナルズと共編)
SFカーニバル (Science-Fiction Carnival)創元SF文庫

推理小説
エド・ハンターシリーズ
シカゴ・ブルース (The Fabulous Clipjoint):MWA最優秀処女長編賞(初期にはアメリカ推理作家協会賞受賞と表記)
三人のこびと (The Dead Ringer)
月夜の狼 (The Bloody Moonlight)
Compliments of a Fiend ※邦訳未刊行
死にいたる火星人の扉 (Death Has Many Doors)
消された男 (The Late Lamented)
パパが殺される! (Mrs. Murphy's Underpants)
その他の長編
殺人プロット (Murder Can Be Fun(A Plot for Murder))
通り魔 (The Screaming Mimi):映画化 ダリオ・アルジェント「歓びの毒牙」、他
手斧が首を切りにきた (Here Comes a Candle)
不思議な国の殺人 (Night of the Jabberwock)
遠い悲鳴 (The Far Cry)
霧の壁 (We All Killed Grandma)
The Deep End ※邦訳未刊行
現金を捜せ! (Madball)
彼の名は死 (His Name Was Death)
B・ガール (The Wench Is Dead)
やさしい死神 (The Lenient Beast)
モーテルの女 (One for the Road)
3、1、2とノックせよ (Knock Three-One-Two)
交換殺人 (The Murderers)
悪夢の五日間 (The Five Day Nightmare)
短編集
まっ白な嘘 (Mostly Murder)
復讐の女神 (The Shaggy Dog and Other Murders)
Fredric Brown in the Detective Pulps (全19冊)
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2019年11月24日

『フレドリック・ブラウンSF短編全集1 ・星ねずみ』創元SF文庫

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〔アイデアと語りの奔流めくるめく短編の魔術師〕

奇抜な着想、軽妙なプロットで、短編を書かせては随一の名手。1963年には『未来世界から来た男』で創元SF文庫の記念すべき第1弾を飾ったフレドリック・ブラウン。

その多岐にわたる活躍の中から、111編のSF短編すべてを年代順に収めた決定版全集・全4巻。


第一巻 目次

序文/バリー・N・マルツバーグ

「最後の決戦(ハルマゲドン)」Armageddon

「いまだ終末(おわり)にあらず」Not Yet the End

「エタオイン・シュルドゥル」Etaoin Shrdlu

「星ねずみ」Star Mouse

「最後の恐竜」Runaround

「新入り」The New One

「天使ミミズ」The Angelic Angleworm

「帽子の手品」The Hat Trick

「ギーゼンスタック一家」The Geezenstacks

「白昼の悪夢」Daymare

「パラドックスと恐竜」Paradox Lost

「イヤリングの神」And the Gods Laughed

収録作解題/牧眞司

解説/鏡明

全ての商品|東京創元社

http://www.tsogen.co.jp/sp/author/680


フレドリック・ブラウン 1906年アメリカ生まれ。日本でも翻訳SFの黎明期からショートショートの名手として知られ、またミステリやファンタジイの分野でも幅広く活躍、1947年刊行の『シカゴ・ブルース』でMWA最優秀第一長編賞を受賞している。1972年没

安原和見  1960年鹿児島県生まれ。翻訳家。東京大学文学部西洋史学科卒。


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2019年11月22日

「死にいたる火星人の扉」(フレドリック・ブラウン/著 鷺村達也/訳 東京創元社1960)Death has Many Doors

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「ハンター&ハンター探偵社」に、奇妙なことを訴える娘サリー・ドーアが訪ねてくる。火星人に命を狙われているので、護衛をしてほしいという。

警察や他の探偵に断られたというので、エドも精神科へ行くよう答える。しかし一晩だけ、彼女のアパートの隣室で晩をする。その深夜に電話のベルに起こされたエドは、隣室のベッドでは全裸のサリーが死体となった。もともと心臓が弱かったサリーは病死と判断されるが、エドは釈然としない。

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もっと真剣にサリーの言葉を受け止めて、しっかり護衛をしていれば、彼女は死なずに済んだ。そう考えたエドは、アンクル・アムの協力でサリーの身辺を調査にかかった。早くに両親を亡くして、妹のドロシーとともに遠縁のスタントン夫妻に育てられた。保険会社でタイピストをしていたサリーは独立する。大学で心理学を学ぶドロシーは、スタントン家に同居していた。スタントンはデパート勤めの実直な人物だが、ひとり息子ディキーは科学好きが鼻につく11歳の秀才。妻の弟の自称発明家、飲んだくれで賭け事好きのレイ・ワーネックが居候してる。

サリーには両親が遺したコロラドの田舎にある二束三文の土地以外に財産はなく、最近ボーイフレンドと別れていた。特に恨まれていたわけではないので、事件はサリーの病死ということで落着する

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ところがサリーの葬儀の翌日には、事態が一変する。探偵事務所にヤッダンと名乗る火星人から電話がきて、サリーを殺した犯人を捜してほしいと依頼される。依頼料として1000ドル札が、エドのデスクからにある。単なるいたずらではなさそうだ。

エドは事件のレポートをタイプさせるために雇った臨時タイピストのモニカが美人で聡明なのに目を止めた。サリーが働いていた保険会社に、情報収集のスパイとして送り込んだ。

それから今度はサリーの妹ドロシーが助けを求めてきた。超心理学を研究しているドロシーは「予感」を信じて「今夜、自分は死にそうな予感がする、護衛してほしい」という。エドは訴えを真剣に受け取り、アンクル・アムのアドバイスにしたがって、行く先が誰にもわからないように気まぐれドライブに出かけた。しきりに泳ぎたがるドロシーの要求にしたがって夜の湖へ向かったが、ふたりは湖で溺れ、ドロシーの「予感」は的中してしまう。

九死に一生を得たエドは、精力的に捜査と推理を進めて、或る仮説にたどり着くのだった。火星人の正体とは?

SF作家でもあるフレドリック・ブラウンの、探偵推理ドラマシリーズが堪能させる長編小説。ただ今「死にいたる火星人の扉」は絶版で、電子書籍化の復刊が望まれる。

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《エド・ハンターシリーズ》

「シカゴブルース」1947、「三人の小人」1948、「月夜の狼」1949Compliments of a Fiend1950、「死にいたる火星人の扉」1951、「消された男」1959、「パパが殺される!」1963

この〈エド・ハンター〉シリーズ未訳作が数年前に翻訳出版されてた。『Compliments of a Fiend・アンブローズ蒐集家』フレドリック・ブラウン著/圭初幸恵訳。なかなか良い仕事となっております。私立探偵エド・ハンターの伯父が消息を絶った。救出に向かうエドを待ち受ける話。才能ある作家からは、時を過ぎても学ぶことが多い。

フレドリック・ブラウン(Fredric William Brown19061029 - 1972311日)アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ生まれの小説家、SF作家、推理作家。

シンシナティ大学夜間部やハノーヴァー大学を中退した後、旅巡業カーニバルなどで働き、さまざまな職業を体験する。新聞社や雑誌社で校正係の仕事をしながら、1936年頃より創作活動を開始。パルプマガジンへミステリやSFの中短編を数多く書いた。47年に『シカゴ・ブルース』でMWA最優秀処女長編賞を受賞し、以降、年一作に近いペースで新作長編を発表している。SF作家としても卓抜しており、代表的な作品に『発狂した宇宙』(49)や『火星人ゴーホーム』(55)、『73光年の妖怪』(61)がある。

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『シカゴ・ブルース』The Fabulous Clipjoint (1947 アメリカ) ; 作/フレドリック・ブラウン; 訳/青田勝; 出版/創元推理文庫

1947年に出版された作家フレドリックブラウンによる最初の長編小説。パルプ雑誌に短編執筆して技術を磨き、本書でMWA最優秀処女長編賞を受賞。

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印刷見習工エドの父・ウォレス・ハンターは、その夜、家に帰らなかった。不安を抱えながらエドは帰りを待つ。

翌朝アパートを訪れた警官によって、不安は絶望へと変えられた。ウォレスは何者かに横丁で殴りつけられ、財布を奪われて死体になった。大都市シカゴでは新聞の社会面の片隅にも載らないような、ありふれた事件。

父親の死の衝撃から立ち直れないエドは、カーニヴァルの芸人として自由に生きる伯父アンブローズを訪ねた。世故に長けた、その力を借りるため、――父を殺した犯人を突き止めるために!

亡き父の足跡をたどるうちに、エドは父のまったく知らなかった一面を知るようになる。謹厳実直な父の意外な顔の数々。そしてそのことが、エドを本当の意味での大人に変えていくのだ――。

シカゴのホテルの12階から街を眺めているエド・ハンターと伯父アンブローズ――。

「ぼくたちは、開いた窓から、暑さでうだってる下の街路を見下ろした。彼(伯父)はいった。『……そこの下のほうにあるものは、みんななにかに見えるだろう? 形をそなえた物体で、一つ一つのかたまりは、隣のかたまりとべつべつになっていて、そのあいだには空気があるとね。

ところがそうじゃない。あれはぐるぐるまわっている原子がごちゃごちゃ集まってるだけなのだ。しかもその原子どもは、やはり電気を帯びてぐるぐるまわっている核と電子でできてるにすぎない。

結局そこに見えるものは、無にひとしいようなものが、めちゃくちゃにたくさん集まってるだけなのだ。ここまでが空気で、そこから先はビルディングだという明確な線などありゃしない。人間が、あると思ってるだけだ。原子と原子の離れ方がすこしちがうだけのことだ。

ごらん、あそこにクラーク街を歩いてるやつがある。あの男だってなにも特別なものじゃない。彼も踊りまわってる原子どもの一部にすぎない。足の下の歩道やまわりの空気といっしょに混じっているのだ。」

――ぼくは口の中に生のウイスキーの強い味わいを感じながら、そこにすわっていた。だが酒のことを考えていたわけじゃない。考えていたのはパパのことだ。パパは死んで、ぼくはもう二度と会えないんだ。そう思うと、ぼくは突然、声をあげて泣き出した。それはウイスキーのせいじゃない。

それは自分の身体の中で、なにものかが爆発したのだ。

ウイスキーの酔いが触媒の役割を果たし、心を解放することがある。アンブローズ伯父は長い長い人生経験のどこかで、そのことを学んだのだろう。

「エド、それで気分が晴れるぞ。一度はそうなるんだ。太鼓の皮みたいに張りつめていたからな。やっと人間らしい顔付きになった」

アンブローズはホテルの最上階にあるカクテル・バーに連れてくる。すごくきれいだが、低俗なキャバレーだな、というと笑いかける。

「でっかい低俗なキャバレーさ、エド。ここじゃどんな気違いじみたことでも起こりうるのだ。それのみんながみんな悪いことばかりとはいえないがね」

どんなことでも起こりうる、でっかい低俗なキャバレー(原題the fabulous clipjointはここから来た言葉)とは、波乱に満ちた人生の縮図。この伯父によって目を開かされて、進むべき道を見出す。低俗な酒場で突然人生の意味を知る物語。

The Fabulous Clipjoint (Fredric Brown) ゴ・ブルース

 (創元推理文庫 146-15 )

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《エド・ハンターシリーズ》

「シカゴブルース」1947、「三人の小人」1948、「月夜の狼」1949

Compliments of a Fiend1950、「死にいたる火星人の扉」1951、「消された男」1959、「パパが殺される!」1963


この〈エド・ハンター〉シリーズ未訳作が数年前に翻訳出版されてた。『Compliments of a Fiend・アンブローズ蒐集家』フレドリック・ブラウン著/圭初幸恵訳。なかなか良い仕事となっております。

私立探偵エド・ハンターの伯父が消息を絶った。救出に向かうエドを待ち受ける話。才能ある作家からは、時を過ぎても学ぶことが多い。


フレドリック・ブラウン(Fredric William Brown19061029 - 1972311日)アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ生まれの小説家、SF作家、推理作家。

シンシナティ大学夜間部やハノーヴァー大学を中退した後、旅巡業カーニバルなどで働き、さまざまな職業を体験する。新聞社や雑誌社で校正係の仕事をしながら、1936年頃より創作活動を開始。パルプマガジンへミステリやSFの中短編を数多く書いた。47年に『シカゴ・ブルース』でMWA最優秀処女長編賞を受賞し、以降、年一作に近いペースで新作長編を発表している。SF作家としても卓抜しており、代表的な作品に『発狂した宇宙』(49)や『火星人ゴーホーム』(55)、『73光年の妖怪』(61)がある。

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2019年11月15日

小森収編『短編ミステリの二百年』

プロジェクト初となるアンソロジー

本書は、書評家の小森収先生が〈Webミステリーズ!〉で現在も連載中の評論「短編ミステリ読みかえ史」をベースに、19世紀から21世紀にわたり発表された厖大な海外ミステリ短編の中から、厳選した名作傑作を収録する全6巻のアンソロジー。

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・短編は可能なかぎりすべて新訳で収録

・江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集』と収録作品の重複なし

・「短編ミステリ読みかえ史」を改稿した、作品解説としても読める評論を各巻に収録


第1巻には11人の著者による12短編を収録しました(1作家1短編とはかぎらないのも特徴です)。12編すべて、本書のための新訳となっている。

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【目次】

「霧の中」リチャード・ハーディング・デイヴィス/猪俣美江子訳

「クリームタルトを持った若者の話」ロバート・ルイス・スティーヴンスン/直良和美訳

「セルノグラツの狼」サキ/藤村裕美訳

「四角い卵」サキ/藤村裕美訳

「スウィドラー氏のとんぼ返り」アンブローズ・ビアス/猪俣美江子訳

「創作衝動」サマセット・モーム/白須清美訳

「アザニア島事件」イーヴリン・ウォー/門野集訳

「エミリーへの薔薇」ウィリアム・フォークナー/深町眞理子訳

「さらばニューヨーク」コーネル・ウールリッチ/門野集訳

「笑顔がいっぱい」リング・ラードナー/直良和美訳

「ブッチの子守歌」デイモン・ラニアン/直良和美訳

「ナツメグの味」ジョン・コリア/藤村裕美訳

  *

「短編ミステリの二百年」小森収

第1巻は1901年に発表された雰囲気抜群の綺譚「霧の中」(かつて東京創元社〈世界大ロマン全集〉4巻『緑のダイヤ』に「霧の夜」の題名で収録)を巻頭に、『新アラビア夜話』集中随一の傑作「クリームタルトを持った若者の話」、深町眞理子先生の翻訳によるフォークナーの名作「エミリーへの薔薇」や、編者がウールリッチの最高傑作短編と断じる「さらばニューヨーク」、サリンジャーが作品中で絶賛した珠玉の短編「笑顔がいっぱい」などマスターピース揃い。

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2019年11月07日

「われらは遠くから来た そして遠くまで行くのだ………veniamo da lontano e andiamo lontano」

【漫棚通信ブログ版】という月刊漫画「ガロ」やマンガエリートの専門誌「COM」などから、現在進行で漫画関連したことに凄く詳しく探究しているサイトからの引用。


白土三平「忍者武芸帳・影丸伝」のラスト近く(最終巻の発行は1962年)。信長軍に捕えられた影丸は、四肢と首を五頭のウシに結び付けられ、処刑されます。処刑直前、影丸が無声伝心の法を使って、処刑を検分していた森蘭丸に伝えた最後の言葉。

「われらは遠くからきた。そして、遠くまでいくのだ………

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トリアッティ(1893-1964)は、アントニオ・グラムシらと共に1921年イタリア共産党を創立した人物。ファシスト政権下のイタリアからロシアに亡命。コミンテルンの指導者のひとりとなり、スペイン内戦にも参加。第二次大戦後は、イタリア共産党を「サレルノの転換」で左翼陣営の大同団結に導きました。

トリアッティの盟友で、一緒にイタリア共産党を作った人物に、アントニオ・グラムシがいます。日本でのグラムシ研究の第一人者・石堂清倫が1997年国際グラムシシンポジウムでおこなった特別記念講演のタイトル、これが「遠くから遠くへ ヘゲモニー思想の新しい展開」。おお「遠くから」だ。そして2001年石堂清倫が亡くなったとき、中野徹三の書いた追悼論文のタイトルが「遠くから来て、さらに遠くへ」 

【漫棚通信ブログ版】

http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post_ae10.html より


イタリア共産党のパルミロ・トリアッティ(Palmiro Togliatti 1893-1964

イタリア共産党の指導者であり、構造改革の提唱者として知られる。イタリア王国のイヴァノエ・ボノーミ内閣で副首相、、イタリア共和国のアルチーデ・デ・ガスペリ内閣で法務大臣を歴任した。パルタイネームとして「エル・コリ」がある。

日本語版の著作集として、合同出版から『トリアッティ選集』全3巻、大月書店の国民文庫に『平和論集』『婦人問題講話』『統一戦線の諸問題』、青木文庫に『アントニオ・グラムシ』『コミンテルン史論』がある。Wikipedia】より

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2019年11月06日

現象界を自在に生きる

「現象界の差別と対立の相にとらわれぬ人間、つまりあたえられた現実の中に生きて、しかもその現実にとらわれぬ自在な精神の持主こそ、真に自由な人間であると考えられた」

 岸陽子『中国の思想 荘子』 徳間書店より


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「是非の別を立てて他を非難するよりは、笑ってこれを許すがよい。笑って他を許すよりは、自他の別を捨てて自然の変化に身をまかせるがよい。変化すらも忘れ去ったときこそ、あらゆる対立を超えた『道』とひとつになれるのだ。」(大宗師:目覚めた人間)」

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フィリップ・K・ディック 『ジャック・イジドアの告白』翻訳:阿部重夫(早川書房)

1950年代のカリフォルニア、古タイヤの溝彫りをして働くジャック・イジドアは、雑多な知識をただ溜め込んでいる30代の男。万引きをして捕まったジャックは、妹夫婦と同居することになる。わがままな妹フェイと暴力的な夫チャーリー。明るい太陽と乾いた大地の中、人々は誰もが精神を病んでいる。やがてジャックは、「世界が終わる」という予言を信じるようになる。ディック自身の分身であるジャックを描く自伝的小説の新訳。

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1959年に執筆され作者自身の評価では、ヒューゴ賞を受けた「高い城の男」や、「火星のタイムスリップ」に比肩できると公言している力作。


登場人物は生活がふらふらしているジャック・イジドール、その双子の妹フェイ、その夫チャーリー、若い男性ナット、その妻グウェンの5人。

彼女の言動に振り回されて破滅に向かってしまう物語。チャーリーは妻フェイを次のように語る。

「あいつはさっと行動に移す。どうすべきか、おれが見極めようとぐずぐずしているうちに、あいつはやっちまう。すかさず行動を開始するだけ。くよくよ考えない」

 眼をつけられたナットがフェイについて思う。

「一緒にいるとやたら楽しい女だ。どんな状況でも快楽を見つける。彼女は目いっぱい楽しんで生きていた。もちろん、彼女が生きているのは現在だけ。後から省みる能力はない。僕らはみんな彼女が欲するか欲しないかのどちらかに属しているんだ」


フェイの双子の兄ジャックはカルト世界になびき、世の破滅を信じ込む。鋭い洞察力に満ち溢れた潜在意識が働き、冷静に妹フェイを分析する。そんなイジドアによる一人称のパート、フェイによる一人称のパート、三人称で書かれたパートなどによって、それぞれ心情の動きなどがユーモアを交えて描かれる。


本作の原題は「Confessions of a crap artist」なので「下手な芸術家の告白」という意味で、旧訳版は「戦争が終わり、世界の終わりが始まった」となっていた。本作「ジャック・イジドアの告白」は原題に近く、電子書籍で読める。


作者の本書執筆時は舞台であるカリフォルニア州ポイントレイズで生活して、その後フェイのモデルとなった女性と結婚した。それから5年間一緒に暮らした彼女に捧げられた内容。SF小説では描けない、人間の深くある強烈な真髄に迫っている。解説に「ディック自身の分身であるジャックを描く自伝的小説」とあり、人間であることの異常さを体現するディックの「現実」を描いた小説ともいえる。

ジャーナリストで編集者でもある阿部重夫さんは、フィリップ・K・ディックの幻の処女作「市に虎声あらん」(平凡社)を翻訳している。これも数少ないデックの普通小説で、強烈な印象を与えた作品となっている。

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2019年11月02日

ビート詩人ケネス・レクスロスについて

レクスロスの部屋には蔵書のみならず、彼がカリフォルニアでの大半の作品執筆に愛用した大きくて古い木製の机が置かれている。レクスロスは『短詩集』の「一月の夜」という詩(P.185)の中でこう書いている。


「目の前の机の上に/タイプライターと紙がある」「そして私の美しい、角張った/水晶、頭蓋骨よりも大きい…..」


レクスロスは詩が心から湧き出ようとする時静かに水晶のことを想った。この水晶はレクスロスにとって一体どんな意味をもっていたのだろう。

ウィリアム・ブレイクが一粒の砂に世界を観たように、レクスロスは宇宙の絶え間ない創造のプロセスを水晶に見いだしたかのようであった。


「計りしれない/目に見えない 弾力性のあるもの/水晶は空間の子宮」(『花環の』」より「ドイツのハネムーン」p.15)


神田外語大学附属図書館 ケネス・レクスロス・コレクションより



◇ レクスロス Rexroth, Kenneth

[生]1905.12.22. インディアナ,サウスベンド

[没]1982.6.6. カリフォルニア,サンタバーバラ

アメリカ合衆国の詩人,画家,随筆家,翻訳家。ビート・ムーブメント(→ビート・ジェネレーション)初期の推進派。ほとんど独学で,若い頃はアメリカ西部をめぐって,労働組合を組織したりそこで演説をしたりして過ごした。初期の詩はシュルレアリスムの影響を受けた実験的なものであったが,その後の作品は簡素で,かつ機知と人間味あふれる情熱に富み,称賛された。詩集 "Complete Collected Longer Poems"(1962)と "Complete Collected Shorter Poems"(1966)の発表後,1974年には "New Poems"を出版。エッセーに "Bird in the Bush"(1959),"Assays"(1962),"The Alternative Society"(1970),"With Eye and Ear"(1970),"American Poetry in the Twentieth Century"(1971)などがある。翻訳も多数残し,日本語,中国語,ギリシア語,ラテン語,スペイン語の詩を英訳した。1966年小説 "An Autobiographical Novel"を発表

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2019年10月27日

李箱 [二人‥‥1‥‥]


キリストは見窄らしい着物なりで説教を始めた。
アアルカアボネは橄欖山を山のまゝ拉撮し去つた。
     ×
一九三〇年以後のこと――。
ネオンサインで飾られた或る教会の入口では肥つちよのカアボネが頬の傷痕を伸縮させながら切符を売つていた。
一九三一、八、一一

底本:「李箱作品集成」作品社 2006(平成18)年9月15日第1刷発行
底本の親本:「朝鮮と建築 第十集第八号」朝鮮建築会  1931(昭和6)年8月
初出:「朝鮮と建築 第十集第八号」朝鮮建築会
   1931(昭和6)年8月
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「二人‥‥2‥‥」李箱

 アアルカアボネの貨幣は迚も光沢がよくメダルにしていゝ位だがキリストの貨幣は見られぬ程貧弱で何しろカネと云ふ資格からは一歩も出ていない。

 カアボネがプレツサンとして送つたフロツクコオトをキリストは最後迄突返して已んだと云ふことは有名ながら尤もな話ではないか。
一九三一、八、一一


底本:「李箱作品集成」作品社 2006(平成18)年9月15日第1刷発行
底本の親本:「朝鮮と建築 第十集第八号」朝鮮建築会  1931(昭和6)年8月
初出:「朝鮮と建築 第十集第八号」朝鮮建築会
   1931(昭和6)年8月
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2019年10月24日

さいとうたかを「台風五郎」(1958 - 1963 年)

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荒唐無稽なアクション映画を想わせる「台風五郎」は、貸本劇画として登場した。粗雑な印刷と製本としては乱造な貸本劇画は、余程内容に関心がないと、不衛生で近づきます難い世界であった。

現在では電子書籍で全巻蘇っているので、「台風五郎」を初めて読んでみた。


手塚治虫の丸い線タッチから画風が変わったのは、「台風五郎」あたりだという 。作者自身も「台風五郎」が納得のいく線にたどり着いた作品だと、そこに 至るまでの試行錯誤の道のりを語っている。

「劇画家にとって自分の絵というのは重要な要素である。確かに、構成 などのいろいろな要素が加わるのだが、とりわけ絵のタッチ、つまり線は重要な表現要素となる。ディズニー調の絵が全盛の時代ではあっ たが、とにかく私はリアルなドラマをリアルな絵で表現したいと思ってい た。どうにかしてもっと物語に合ったタッチの絵を描こうとずい ぶん試行錯誤した。当時の作品を振り返ってみると、ディズニー調の絵は もちろん、乙女チックな線の細い絵、アメリカン・コミック調のしつこい 絵というように、あらゆる絵をかいている。そして、ついに自分で一番嫌いだった線の細さを感じさせない力強い絵に行きついたのだ。それが昭和三十三年の「台風五郎」である。」(さいとう・たかを自伝『俺の後ろに立つな』より)


雑誌マンガの連載では出来なかった実験的な描写を、劇画工房を経て実践してみせたのであった。これらの表現は、劇画家として達者な池上遼一の初期作品にも影響が伺えて興味深い。


『さいとう・たかを 劇・男』では「G ペンの特徴は、その構造により、指先に込める力がダイレクトに線の強弱 として現れる点にある。さいとうの骨格のあるデッサンに G ペンの力が 加わったことで、さいとう作品は劇画特有の力強い表現力を手に入れた」(リイド社2003年)という。


「ゴルゴ13」や「無用ノ介」ようなリアリティーあるドラマではなく、荒唐無稽な貸本劇画シリーズから生まれたところが面白い。作者自身が同じリープの中で作品制作をする危惧を抱いて、人気絶頂期に24話で最終回として台風五郎というキャラクターを死亡させて封印してしまった。 1F86B276-E401-4CE1-83A9-981A8B0B84F5.jpeg
個人的には台風シーズンに電子書籍で検索して、偶然読んだらむちゃくちゃに爽快となった劇画シリーズ。
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『跋折羅社』と東考社・桜井昌一さん

跋折羅〔ばさら〕マンガ同人誌

1971年〜1981年に刊行された、伝説の漫画同人誌。創刊メンバーは、三宅秀典、三宅政吉の兄弟、伊藤重夫、勝川克志の四人。


三宅政吉(または秀典)がアシスタントをしていた山上たつひこも、活動を支援していた。他のメンバーとして栗栖直哉。


のちに桜井昌一主宰の桜井文庫から雑誌『螺旋』を発行。また、跋折羅社をつくり、漫画単行本「跋折羅社・劇画叢書」を刊行した。


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「桜井さんのもとで私は印刷機を回し、丁合し、背がためをやりと、印刷・製本の原理的な作業を学んでいった。その作業のすべてが手作業だったことは、印刷・製本の始元(ママ)を学ぶかのようで、印象的だった。どのような機械化−合理化とも無縁でしかありえない、零細な企業の裸の姿を目のあたりにできたことは、とても大切なことを学んだといえるかもしれない」(三宅政吉「『夕食、晩酌付き』のころ」、『貸本マンガ史研究』第十三号)


http://hakudai.club/?p=2474

劇画の仕掛け人、桜井昌一さん

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2019年10月20日

華文ミステリーが台頭している

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華文ミステリ作家が香港の2013年から1967年へと、遡っていく香港歴史が浮上する興味深いストリーティリング。

そして現代の香港市民の終わらない暴動と、香港警察には他国からの人材による、政治的背景も描かれるストロングな世界。


書いた小説の大半がドラマや映画になった、ベストセラー作家の執筆と病気と、完成までの推敲への拘りが凄まじい。


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現代華文推理系列 〔電子書籍・全3巻〕

これからのミステリを切り開くのは十数億人の彼らだ! まだ見ぬ中国語ミステリの世界をあなたに。


単独でも販売中の四作の華文ミステリ短篇、御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版。


第二弾集、より新しい年代の作品を中心に収める。

単独でも販売中の四作の華文ミステリ短篇、冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版。 


第三集は三作の華文ミステリ短篇、藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版。

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