2020年09月19日

「宝石詩抄」より

オパアル


遠い街の方で

かすかに呼子が鳴り

一発ピストルがなる

それからまた静かなオパアルいろの夜が

アパアトにかへつてくる!


(北園克衛「宝石詩抄」より)

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2020年09月12日

無明長夜の灯炬

無明長夜の灯炬なり

智眼くらしとかなしむな

生死大海の船筏なり

罪障おもしとなげかざれ

〔親鸞の和讃〕


【大意】煩悩をかかえた衆生(しゅじょう)は、無知のために長く暗い闇の中をさまようが、阿弥陀仏の慈悲は闇夜の灯明となって、荒海から救ってくださるだろう。

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2020年09月11日

『虚像のエコー』トーマス・M・ディッシュ (早川文庫)ECHO ROUND HIS BONES

 物質瞬間転移機というバーナード・パノフスキー博士による発明は、輸送や軍事などの様相を一変させてしまう。最初に再現装置を現地に設置すれば、月面も火星も物資や人員を一瞬で送り込めた。

月面開発でソ連に遅れていたアメリカ政府は、この装置によって火星に一大軍事基地を築きいて、核ミサイルを集結させる。軍縮条約によって地球上での核兵器保持が禁止されて、核兵器は貯蔵場所が変更されるだけで、世界平和は危ういバランスの脅威にあった。

戦闘兵器と肉弾の闘いはベトナム戦争を最後に地上から姿を消してたが、もしも次に勃発すれば人類の終焉を告げる。


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 アメリカ陸軍大尉ネーサン・ハンサードは、火星基地のピットマン将軍に機密の命令書を届けるため、火星基地に駐屯する25人の部下と共に、転移機で火星へ向かう。ピットマン将軍に届いたのは、別命がない限り6週間後に火星基地に備蓄された全ての核ミサイルをソ連に向けて発射せよという命令書だった。


 火星に到着した時へ、地球の送り出しした転移機の内部に、もう一人のハンサードが出現する。転移機固有のエコー効果から、反射されたハンサードが実体化したのだ。実体化してもエコーである存在は、人類にとっては存在しない同様でコンタクトはできない。一般人間が飲み食いする水や食物、呼吸する空気すら、エコーにとっては意味はない。エコーが生き延びるには、転移機の作動によって反射されてきたエコーの水や空気を摂取しなければならない。そのためエコーとして出現した人々は長生きできない。

ハンサードと共に火星からエコーとして戻って来た部下たちは、最も入手しにくい食料を手に入れるために、エコー同士で殺し合いを行ってしまう。


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 潔癖なハンサードは他のエコーたちの行動に同調できず、部下のワーソウ曹長に殺されそうになり逃れると、絶望してニューヨークを彷徨う。

そんな状況のなかで、話しかけてきた若い女性はブリジェッタと名乗る。転移機の発明者パノフスキー博士の妻のエコーであった。そしてハンサードはパノフスキー博士のエコーや、その妻のエコーが複数人で共同で暮らしている家へ行くことになる。彼らはエコー効果の存在を理論的に察知した、生身のパノフスキー博士が送り込んでくれるエコーの食料や水、空気を得ながら、哲学的な生活を送っている。

ハンサードが持っていた機密の命令書の内容を知った一同は、世界の破滅を阻止しようと苦慮するが、生身のパノフスキーや有力者にコンタクトする術はなく、運命の日は迫っていた。ふとしたことから生身の人間の精神と同調する手段を思いついたハンサードは、火星に転移して生身のハンサードに夢で連絡を付けて、ピットマンが核ミサイルの発射ボタンを押すのを妨害させた。そして地球ではパノフスキーのエコーたちが、壮大でハッピーな回避策を実行に移そうとしているのだった。

(早川書房)

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トーマス・M・ディッシュ(Disch, Thomas M. )アメリカ合衆国籍、1940/2/2〜アイオワ州デモイン生まれ。SF作家、詩人、評論家。1980年にジョン・W・キャンベル記念賞、1999年にヒューゴー賞関連書籍部門を受賞。星雲賞海外短編部門を二度受賞。

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2020年09月10日

バイロンの言葉「推考について」

推考しないものは偏屈者、

推考できないものは愚か者、

推考する勇気を持たぬものは奴隷である。


Those who will not reason, are bigots, those who cannot, are fools, and those who dare not, are slaves.


George Gordon Byron

ジョージ・ゴードン・バイロン

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2020年09月08日

『ロアルド・ダールの幽霊物語』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

《幽霊物語の目的はぞっとさせることにある。読者をぞくぞくさせ、不安な気持にさせなければならない》

TVシリーズ企画のために原作となる幽霊物語を選定するロアルド・ダールは、このような基準を設けた。

そして基準を厳格に守りながら、古今の作品を読みついでいった。諸々の事情で企画そのものは中止となったが、ダールの手もとには、14篇の宝石が残った。


有名無名を問わず、本物の幽霊物語だけが放つ妖しい光。闇の向こうの恐怖が、あなたの安眠をさまたげずにはおかない。


そしてアンソロジー選者ダール氏いわく、「女性には長編小説を書く才能がある。また、超自然的なものを書く異常な才能がある」


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【収録作品】

 1 LP・ハートリー「WS

 2 ローズマリー・ティンバリー「ハリー」

 3 シンシア・アスキス「街角の店」

 4 EF・ベンスン「地下鉄にて」

 5 ローズマリー・ティンバリー「クリスマスの出会い」

 6 ヨナス・リー「エリアスとドラウグ」

 7 AM・バレイジ「遊び相手」

 8 ロバート・エイクマン「鳴りひびく鐘の町」

 9 メアリ・トリーゴールド「電話」

10 J・シェリダン・レ・ファニュ「手の幽霊」

11 E-プライベート・X「落葉を掃く人」

12 イーディス・ウォートン「あとにならないと」

13 リチャード・ミドルトン「ブライトン街道にて」

14 F・マリオン・クロフォード「上段寝台」


【あらすじ】

□ WSLP・ハートリー

小説家に絵葉書を送りつけるWSという謎の人物。やがて描いた作中人物かららしきと思われたて、絵葉書の場所は近づいてくる。


「ハリー」ローズマリー・ティンパリー

養女クリスの見えない友達「ハリー」。幼い子にはよくあると思っていた母親だったが、次第に少年の影が見えるようになってくる。

「ここは死んでない死人のいるところ,生きてないけど生きている人間のいるとこだ。わたしゃ生きとるんだろうか,それとも死んどるんだろうか? 教えておくれよ。わたしにゃわからないんだ」(本書「ハリー」より)

そうしたごく普通のものが、わたしはこわい。日なた。芝生の上のくっきりした人影。白いバラ。赤毛の子供。そして名前……ハリー。ごく普通にある名前の過去にあるものは?


「街角の店」シンシア・アスキス

訪れた姉妹の経営する居心地のいい骨董屋。だが二度目に訪れたときに、奇妙な老人が店番をして、いまひとつ「乗れない」感じである。骨董店の主人は不正に富を得たと思い込んでおり、その償いに成仏してもらうことを考えるのだが。


「地下鉄にて」EF・ベンスン

人生を楽しむ楽天的なアンソニーから「現実がいかに非現実か」という話を聞き、そして不思議な体験をする。アンソニーが地下鉄で見かけた幽霊が、ついに訪れるまでの経過。目撃した飛び込み自殺は、死者からのメッセージによれば、未来の出来事なのだろうか。


「クリスマスの出会い」ローズマリー・ティンパリー

下宿先で中年女性がクリスマスの思い出に浸っていると、見知らぬ青年が部屋に入ってくる。自分の部屋と間違えたといい、しばらく会話を交わしていたがいつの間にかいなくなってしまう。残された彼女は部屋に備え付けられている一冊の本を手に取りページをめくると、時空を超えた邂逅があった。


「エリアスとドラウグ」ヨナス・リー

ノルウェーの漁師の迷信をベースにした民話譚。アザラシの姿をしたドラウグに傷を負わせた漁師が、家族とともに乗り込んだ船で船出する。暴風とともに姿を変えてドラウグは、漁師の死の予告に現れる。そして漁師の目の前で妻や子供が次々と波にさらわれていくのだった。


「遊び相手」AM・バレイジ

引き取った孤児モニカは屋敷の中に遊び相手がいるという。彼らが住む家はもと女学校。そこで病死した女学生の霊が娘と父を慰めるという、映画『シックス・センス』を想わせるゴーストストーリー。


「鳴り響く鐘の町」ロバート・エイクマン

新婚旅行で訪れた海辺の小さな町。そこでは街中の教会の鐘が鳴り響いており死者の踊りに取り込まれた新妻にどのような変化が訪れたのか? 


「電話」メアリ・トリーゴールド

略奪婚。その電話は前の奥さんからかかってきた。死んだはずなのに


「手の幽霊」J・シェリダン・レ・ファニュ

かわら屋敷に住むことになったプロッサー夫婦。曰くありげな古い洋館で起こる幽霊譚。「手」だけを見せる幽霊の視覚的イメージが独特。


「落葉を掃く人」Ex-プライベート・XAM・バレイジ)

頑固な老婦人ミス・ランゲイトには、乞食に惜しみなく食べ物や金を施す習慣がある。「夜中に聞こえる落ち葉を掃く音」、道のこっち端まで掃いたら、あんたを迎えにくるぜと言い残して死んだ乞食。昼間聞けば平凡すぎるほどの音に、不気味さが増す。「なぜミス・ランゲイトは無条件に乞食に施しを与えるのか?」


「あとにならないと」イーディス・ウォートン

彼が幽霊だとわかっていたら、そこまでは案内などしなかったのに。


「ブライトン街道にて」リチャード・ミドルトン

今朝死んだはずの少年に会ったホームレス。ユーモラスな掌編。


「上段寝台」F・マリオン・クロフォード

大西洋を渡る奇譚。その船室のその上段に寝た者は、海に飛び込むと船医から忠告される。不信な事故が重なり、船長もその船室を封鎖したいと思う不気味な正体、それを主人公と確かめて巨体と「白鯨」よろしく、肉弾と戰慄のなかで格闘することになる海洋怪談。

(ロアルド・ダール、 翻訳/ 信一郎 ・早川書房)


アメリカTV番組にはならなかった、ロアルド・ダール企画は、パイロットフィルムの物語素材が点検されていればと残念に思う。イギリス人とアメリカ人の宗教意識や社会モラルが、「恐怖」というTVテーマでは破談となってしまった。だがロアルド・ダールの熱心に時間かけて選択された『幽霊物語』は、ミステリファンでもない自分でも充分に楽しめた。

現在の日本を舞台に脚色して、テレビドラマになるストーリー要素が大半であった。このように丹念に古くから描かれた、幽霊の世界は国境や時代を超えて行くだろう。

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2020年09月06日

そんな具合にして暮れようと

濡縁におき忘れた下駄に雨がふつてゐるやうな

どうせ濡れだしたものならもつと濡らしておいてやれと言ふやうな


そんな具合にして僕の五十年も暮れようとしてゐた

木山捷平「五十年」より


そんな具合にして君の三十年も暮れようとしてゐた

そんな具合にしてお前の十年も暮れようとしてゐた

そんな具合にして誰かの一年も暮れようとしてゐた

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井筒俊彦「意識と本質」

「我々の日常的意識は、本当は、言語アラヤ識の深みから不断に現れてきてはまた消える、数限りないイマージュの点滅の場所であり、イマージュの充満する内部空間であるのだが、日常的意識が日常的に働いている限り、それの根源的イマージュ性は表面には現れてこない。

 だが、突然、日常的意識の活躍のさ中で、ふと、現実的事物との結合を離れ、事実性から遊離したイマージュがどこからともなく現われてきて、意識一面を奇妙な色に染めてしまうことがある。

 それらの本来属する場所においては決して妄想でもなければ幻想でもない。かえってそれらこそ真の意味での現実であり、存在真相の自己顕現なのである」

(井筒俊彦「意識と本質」より)

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2020年09月03日

『氷の涯』夢野久作 著(春陽堂)

氷の涯 (こおりのはて

夢野久作が書いたロシア内戦中の満州内ロシア租借地、ハルピンを舞台とする手記形式の中編探偵小説。

『氷の涯』夢野久作 春陽堂出版昭和8年刊行。


「戦雲渦巻く陰謀の地ハルピンを舞台に、一兵卒が陥し入れられる奈落の底は……国境廃絶の予感に満ちた、土着の抒情と情念が白昼の午後開花する。」


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「氷の涯」より

「退屈な、話相手もない、兵卒の中の変り種である文学青年の僕に取っては、読書以外の何の慰安もなかったので……

 事実……屋上の展望と散歩を除いた哈爾賓の生活は、僕に取って退屈以外の何ものでもなかった。町のスケールが大きければ大きいだけ、印象がアクドければアクドいだけ、それだけ哈爾賓の全体が無意味な空っぽなものに見えた。(中略)その中で毎日毎日判で捺したような当番の生活をする僕……眺望と、散歩と読書以外に楽しみのない無力な兵卒姿の僕自身を発見する時、僕はいつも僕自身を包んでいる無限の空間と、無窮の時間を発見しないわけにはゆかなかった。宇宙は一つのスバラシク大きな欠伸である。そうして僕はその中にチョッピリした欠伸をしに生まれて来た人間である……という事実をシミジミと肯定しないわけにゆかなかった。」


「妾は主義とか思想とか言うものは大嫌いだ。チットモ解らないし面白くもない。『理屈を言う奴は犬猫に劣る』って本当だわ。

 ……妾には好きと嫌いの二つしか道がないのだ。妾はその中で好きな方の道を一直線に行くだけだわよ。」


「でも、そんなに苦労をしたお陰で、アンタと妾だけが、こうして助かる事が出来たんだから嬉しい。ホントウの事を正直に話す勇気のある者は、アンタと妾だけだから……。」


「そうして見る見る取り返しのつかなくなってゆく自分自身の運命を、千万無量の思いに湧きかえる上流の火の粉と艇尾の波紋の美観と一緒にして、ウットリと見惚れていたのであった。

 そのうちに僕はヤット気がついてニーナの方を振り向いた。無言のままブルブルと震える指をソッと彼女の肩に置いた。

 「……マア……キレイ……」とニーナは振り返りざま日本語で叫んだ。ピタリと機械を止めながら、危険を忘れて河の中流にコースを取った。それにつれて火光を真正面に受けたニーナの顔が見る見る真赤に輝やき出した。僕の顔をチラリと見ながら露語で尋ねた。」

「「……アンタが火を放(つ)けたんでしょう……


「その中にニーナは突然に僕の顔を振り返ってニッコリ笑った。

 「ねえアンタ。妾たちモウ駄目なのよ」

 トテモいい気持ちに陶酔しかけていた僕は、しかし平気で煙を吹き上げた。「フーン、どうして駄目なんだい」

 ニーナは平生の通り、梨の汁を飲み込み飲み込み話し出した。平気な、茶目気を帯びた口調で……

 「こっちの方へもスッカリ手が廻ってんのよ」と言うのであった。」


「「惜しい事をしたな。無罪の証拠になるんだったのに……

 「証拠なんかなくたってアンタは無罪じゃないの……

 「お前に対してだけはね……

 「妾は有罪だって何だって構やしないわ」」


「「ねえアンタ」

 「何だい」

 「……妾と一緒に死んでみない……

 僕はだまっていた。ちょうど考えていたことを言われたので……

 「ねえ。……ドウセ駄目なら銃殺されるよりいいわ。ステキな死に方があるんだから……」」


「僕らは今夜十二時過にこの橇に乗って出かけるのだ。まず上等の朝鮮人参を一本、馬に噛ませてから、ニーナが編んだハンド・バッグに、やはり上等のウイスキーの角瓶を四、五本詰め込む。それから海岸通りの荷馬車揚場の斜面に来て、そこから凍結した海の上に辷り出すのだ。ちょうど満月で雲も何もないのだからトテモ素敵な眺めであろう。

 ルスキー島をまわったら一直線に沖の方に向って馬を鞭打つのだ。そうしてウイスキーを飲み飲みどこまでも沖へ出るのだ。

 そうすると、月のいい晩だったら氷がだんだんと真珠のような色から、虹のような色に変化して、眼がチクチクと痛くなって来る。それでも構わずグングン沖へ出て行くと、今度は氷がだんだん真黒く見えて来るが、それから先は、ドウなっているか誰も知らないのだそうだ。」

(夢野久作 「氷の涯」 より)


底本:昭和四十九年三月二十日角川書店発行『押絵の奇蹟』収録

夢野久作「氷の涯」全文

https://ja.wikisource.org/wiki/氷の涯


氷の涯著者夢野久作 出版者春陽堂出版年月日昭和8年


ハルピン−小説「氷の涯」から見る夢野久作の世界

https://ten.tokyo-shoseki.co.jp/ten_download/dlf69/hkd98442.pdf

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2020年08月29日

『アンクル・アブナーの叡知』メルヴィル・D・ポースト

シャーロック・ホームズやブラウン神父たちの時代に活躍した、作家メルヴィル・デイヴィスン・ポーストによる探偵小説。1850年代ウェスト・ヴァージニアを舞台に、土地の名士アブナー伯父が関わった事件を収録したミステリ短編シリーズ。


山奥の牧場を営んで大柄でがっしりしたアブナ伯父は、肉体を持ち格闘にも強い。酒場でからかった男たちを相手に立ち回りして、残らず叩きのめした逸話や、物語結末で犯人相手に腕力を振るうこともある。その一方で非常に信心深く、聖書を愛読している。馬泥棒をリンチする群衆を「私は犯人に同情はしない、だがリンチは法治を崩壊させる元だ」と諌めて、分別ある民主主義の擁護者だ。治安判事のランドルフや甥で物語の語り手であるマーティンと、開拓時代の様々な事件を論理的な方法によって紐解いていく。現代ミステリーにはない牧歌的な舞台に、アブナ伯父の個性的なキャラクターが映える。


 神の使い(天の使い)

 手の跡

 死者の家

 第十戒

 金貨

 ナボテの葡萄園(ナボテの葡萄園)

 黄金の十字架(悪魔の道具)

 神のみわざ(不可抗力)

 黄昏の怪事件(私刑[リンチ])

 ドゥームドゥーフ事件(ズームドルフ事件)

 魔女と使い魔(地の掟)

 藁人形(藁人形)

 血の犠牲

 神の摂理(偶然の恩恵)

 宝さがし(海賊の宝物)

 奇跡の時代

 養女(養女)

 禿鷹の目


(1918/吉田誠一訳)Kindle電子書籍


なかでも「ズームドルフ事件」と「ナボテの葡萄園」は江戸川乱歩に絶賛されて紹介された傑作である。「ズームドルフ事件」は創元推理文庫の江戸川乱歩編アンソロジー『世界短編傑作集2』に、「ナボテの葡萄園」はハヤカワ・ミステリ『黄金の十二』に収録されている。

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2020年08月27日

ブッダ感興のことば

ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行なったりするならば、苦しみはその人につき従う。――車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように。


何の笑いがあろうか。何の歓びがあろうか?――世間は常に燃え立っているのに――。汝らは暗黒に覆われている。どうして燈明をもとめないのか?

罵らず(ののしらず)、害わず(そこなわず)、戒律に関しておのれを守り、食事に関して(適当な)量を知り、淋しいところにひとり臥し、坐し、心に関することにつとめはげむ。

よく気をつけていて、明らかな知慧あり、学ぶところ多く、忍耐づよく、戒めをまもる、そのような立派な聖者・善き人、英知ある人に親しめよ。――月がもろもろの星の進む道にしたがうように。


『ブッダの真理のことば 感興のことば』 中村元/訳 岩波文庫 より

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2020年08月21日

『身体検査』ソログーブ・フョードル(米川正夫訳)

『身体検査』ソログーブ・フョードル

(米川正夫訳)


        *


 この世では、いい事といやな事がまじりあい勝ちなものである。一年級ねんきゅうの生徒せいとでいるのはいい気持きもちだ――それはこの世できまった位置いちを作ってくれるからだ。しかし、一年生の生活にだって、時々いやなことがある。

 夜が明けた。歩き廻わる足音や、話し声ごえなどがざわざわし始めた。シューラは目をさました。そのとき始めて気がついたのは、自分の着ているものが何か破れたという感じだった。それは気持が悪かった。何か横っ腹の辺で皺くちゃになったと思うと――やがてその中うちにシャツが破れて、もみくたになったという感覚が、もっとはっきりして来た。腋の下が裂けて、その裂口が一ばん下まで届きそうになったのが感じられた。

 シューラはいまいましくなった。つい昨日、ママにそういったのを思い出した。

「ママ、僕に新しいシャツを出してよ。このシャツは腋の下が破れてんだもの。」

 ママの返事はこうだった。

「あしたもう一日着てらっしゃい、シューラちゃん。」

 シューラはいつも不機嫌な時によくする癖で、ちょっと顔をしかめながら、さも癪だというような調子で、

「だって、ママ、あしたになったらすっかり破れてしまうじゃないの。ぼく乞食みたいな恰好して歩くな厭だあ!」

 けれども、ママはお仕事の手を止めようともしないで――一体あんなにのべつ縫物ばかりして何が面白いんだろう!――不足そうな声でいった。

「うるさいね、シューラ、今お前なんかに構ってる暇はないんだよ。ママは忙しいんですから。そうママに附まとってばかりいるなんて、いやな癖を始めたものね! あすの晩には取っかえてあげるって、そいってるじゃないの。もっと悪戯を加減したら、着物だってもう少しもつのにねえ。お前ったら、まるで身体に刃物でもくっつけてるみたいなんだもの――やり切れやしないわ。」

 ところが、シューラは決して悪戯っ子ではなかったので、不平そうにいった。

「これよりか悪戯を加減するなんて、どうしたらいいの? あれよか減らせやしないや。だって、僕ほんのぽっちりしか悪戯しないんだもの。悪戯をするたって、どうしてもしずにいられないだけやってるんだよ。あれっくらいしないわけに行かないや。」

 で、とうとうママはシャツを出してくれなかった。ところが、その結果はどうだったろう! シャツは裾まですっかり裂てしまった。もうこうなったら、棄てしまうより仕方がない。ほんとに何て考えのないママだろう!

 壁の向こうでは、ママが早く家を出ようと思って、せかせかと歩き廻っている音が聞きこえる。ママは外にいい仕事を持っていて、たくさんおあしがもらえるので、いつまでもやめたくないのだという事を、シューラは思い出した。それはもちろん、いいことだけれど、やがて今にもママが行ってしまうと、シューラは破れたシャツを着て、学校へ出かけなければならなくなる――そうしたら、シャツは晩までには、どんなになるかわかりゃしない!

 シューラは素早くはね起きて、毛布を床へおっぽり出すと、はだしで冷たい床板をぱたぱたと大きく鳴しながら、ママのところへ飛んで行き、いきなりこうわめいた。

「ほうら、ママ、これを見て頂戴! きのう僕そういったじゃないの、ほかのシャツを出ててくんなきゃ駄目だって。それだのにママがしてくれないもんだから、ね、ほうら、ご覧よ、こんなになっちまったじゃないの!」

 ママは腹の立ったらしい目つきでシューラを睨んだ。そして、いまいましそうに顔を赤くして、ぶつぶつ小言をいい出した。

「いっそもう裸で駈だしたらいい、この子は! なんて恥っさらしだろう! この子にかかったら、ほんとに手こずってしまう。すっかりわがままになってしまってさ!」

 いきなりシューラの両肩を掴んで、自分の寝室へ引っぱって行った。シューラは心配になって、胸がどきりとした。ママはこういった。

「わたしが急いでるのを知ってるくせに、やっぱりうるさく附きまとうんだね。ほんとに情けない子だよ!」

 けれど、このシャツのままで打っちゃって置かれないのは、もう目に見えていた。仕方なしに箪笥をあけて、まだ袖を通さない新しいシャツをとり出した。というのは、ママがきょう着せてやろうと思ったシャツは、みんなまだ洗濯屋へ行っていて、夕方でなければ返って来なかったからである。

 シューラはすっかり喜こんでしまった。新あたらしいシャツを着るのは、とてもいい気持だった――ごわごわして、ひやりとして、変に肌をくすぐるのが、おもしろくってたまらない。袖を通しながらも、笑ったり、ふざけたりした。けれども、ママはもうその相手をしている暇が一分ぷんもなかったので、いそいで出て行ってしまった。


        *


 その朝学校で、お祈りの前に、講堂にいるシューラのそばへ、ミーチャ・クルイニンが寄って来て、

「君、どうした、持って来た?」とたずねた。

 シューラは、新しい歌を集めた本を持って来てやると、きのうクルイニンに約束したのを思い出した。ポケットへ手を突っこんでみたが、本はなかった。

「じゃ、外套がのポケットへ置いて来たんだ。今すぐ取って来るよ。」

 こういって、外套室へかけ出した。このとき小使いがベルのボタンを押したので、味もそっけもない広い校舎じゅうへ、けたたましいベルの音が響びき渡った。お祈のりに行く時間が来たのだ――これをしなくちゃ授業を始めるわけにゆかないのだから。

 シューラはあわてた。外套のポケットへ手てを突っこんでみたが、手にあたらない。と、不意に気がついて見ると、それは人の外套だった。シューラはさもいまいましそうに叫んだ。

「やっ、大変だ、人の外套へ手を突っこんじゃったあ!」

 こういって、自分のを捜がしにかかった。

 と、すぐそばで冷かすような笑い声が聞こえた。悪たれで通っているドゥチコフのいやな声だ。シューラは思いがけなさにぴくっとなった。遅刻して、たったいま来たばかりのドゥチコフは、大きな声でこういった。

「おい、君、どうしたい、人の外套のポケットさがしかい?」

 シューラはぷりぷりした声で答えた。

「それが君にどうだってんだい、ドゥチカ? 君のポケットじゃあるまいし。」

 本がみつかったので、講堂へ走って帰えると、もう生徒らはお祈りの整列をしていた。背の順に長い行列を作っているので、小さいのは前の方で聖像に近く、大きいのはうしろに立っている。そして、どの列れつでも右側にいるのがちょっと高い方で、左側は低くめの子供こどもになっている。そればかりでなく、少しわきの方ほうには、讃美歌を器用にこなす子供たちが並んでいて、その中なかの一人はいつも歌い出だす前に、そっといろいろな声で唸うなるような真似をする――これを称しょうして、調子を決めるというのだ。みんな大きな声で、さっさと無表情に歌った。まるで太鼓でもたたくような工合ぐあいだ。当番の生徒は祈祷書を見ながら、歌ないで読むことになっている祈祷を朗誦した――その朗誦がやはり大声の無表情で、一口にいえば、何もかもいつもの通りだった。

 お祈りのあとで、ひと騒動もちあがった。


        *


 二年生のエピファーノフが、ナイフと一ルーブリ銀貨をなくしたのである。この赤いほっぺたをした太っちょの子供は、盗難に気がつくと、わっと泣声をあげた。ナイフは真珠貝の柄のついた綺麗なものだったし、一ルーブリ銀貨はのっぴきならぬ用にいるのであった。で、先生のところへいいつけに行いった。

 さっそく調べが始じまった。

 ドゥチコフは、シューラ・ドリーニンが外套室で、人の外套のポケットを探さぐっているのを、自分の目で見たと申もうし立たてた。シューラは生徒監せの部屋へ呼よばれた。

 生徒監せいとかんのセルゲイ・イヴァーヌイチは、うさん臭くさそうな目付めつきで、ひたとこの少年しょうねんを見つめた。

 ……やがて今に緊急教員会議が招集され、続いて小泥棒は退学処分になる……。それは何も一向いいことではない筈なのだけれど、いうことを聞かぬいたずら者の腕白どもに、老教師はもうほとほと手を焼いているので、まるで探偵みたいな顔つきをしながら、まっ赤になってもじもじしているこの少年しょうねんを見みつめていたが、そろりそろり質問しつもんを始めた。

「なぜお前まえは祈祷の時に外套室なんかにおったのだ。」

「祈祷の前です、先生。」おびえて上ずった声で、シューラは小鳥でも啼くようにいった。

「まあ祈祷の前としてもよい。」生徒監はいった。「しかし、わたしはなぜかと聞いておるのだ。」

 シューラはそのわけを話した。生徒監は言葉を続づけた。

「まあ、本を取りに行いったとしてもよい。だが、なんのために他人のポケットへ手をつっ込こんだのだ?」

「間違ったんです。」とシューラは辛そうに答えた。

「困った間違いだな。」責めるように頭を振りながら、生徒監は注意した。「が、お前いっそ正直にいってしまったがよい――お前はつい間違って、ナイフと一ルーブリ銀貨を取りやしなかったかね? つい間違って、え? ひとつ自分のポケットを見てごらん。」

 シューラは泣きだした。そして、涙の合間にこういった。

「僕なんにも盗みやしません。」

「もし盗まなかったのなら、なぜ泣くのだ?」と生徒監はいった。「わたしは何もお前が盗んだとはいやしない。ただ間違ってしたろうと想像するまでだ。手にあたったものを握ってそのまま忘わすれてしまったんだろう。ポケットの中なかを掻きまわしてご覧らん。」

 シューラは急いでポケットの中から、この年頃の男の子につきものになっている他愛のない品々を、すっかり出して見せた――それから両方のポケットもひっくり返した。

「なんにもありません。」といまいましそうにいった。

 生徒監はためすような目つきで、その顔を見つめていた。

「どこか服の下にでも紛れこんではおらんかな、え? ひょっとしたら、長靴の中にナイフが落ちてるかも知れんぞ、え?」

 ベルを鳴した。小使がやって来た。

 シューラはおいおい泣いた。あたりのものがばら色の靄に包つつまれて、ふわふわ動き出した。もの狂しい屈辱感に気が遠くなったのだ。シューラの身体はぐるぐる廻されたり、探りちらかされたりして、隈なく検査れた。おまけに少しずつ裸にされた。小使は長靴をぬがして、ふるって見た。万一のために、靴下もはいでみた。バンドもはずし、上着からズボンも取らせた。何から何までばたばたふるって調べてみた。


 悩しいばかりの羞恥と、人に屈辱くつじょくを与えるきりで、何の役にも立たぬ型ばかりの手続を憤どおる気持、その蔭から躍あがらんばかりの喜びが、彼の心を貫いた。破れたシャツは家うちに置いて来たから、今この職務に忠実な教育家のこわばった手の動きにつれて、新しい小こざっぱりしたシャツがさやさやと、かすかな音を立ているのだ。

 シューラはシャツ一枚で立ったまま、おいおい泣いていた。と、ドアの外で騒々しい人声や、賑かな叫び声などが聞えた。

 ドアがどしんと壁にぶっつかって、誰やら赤い顔をしてにこにこ笑っている子供がはいって来た。はずかしさと、悲しさと、新しいシャツを思う嬉しさのこんぐらかった中で、シューラは誰かのうきうきしたような、もじもじしたような声を聞わけた。走って来きたためにやや息ぎれがしている。

「めっかりました、先生。エピファーノフが自分で持ってたんです。ポケットに穴があいてたもんですから、ナイフも銀貨も長靴ん中へ落ちてたんです。今なんだか足の工合が変だと思って見たらめっかったんです。」

 すると急に生徒監はシューラにやさしくなって、頭を撫たり、慰さめたり、服を着るのを手伝ったりした。


        *


 シューラは泣いてみたり、また笑い出したりした。家へ帰えっても、また泣いたり笑わらったりした。ママに様子を話して、訴ったえた。

「すっかり服をぬがしちまったんだよ。あの破けたシャツを着てたら、いい恥さらしをするとこだった。」

 それから……それから別に何ごとがあろう? ママは生徒監のところへ出かけて行った。生徒監を相手にひと騒わぎ持ちあげた上、あとで訴うったえてやるつもりだったのである。けれどその途中で、うちの子は授業料を免除してもらってるのだったっけ、と思い出した。騒ぎを持ちあげるわけに行いかなかった。それに、生徒監はとても愛想よく母親を迎えて、さんざんお詫びをいったのだから、その上どう仕様があろう?


 身体検査のときの屈辱感は、少年の心にいつまでも残っていた。それは胸に深く刻ざみ込まれてしまったのだ。窃盗の嫌疑を受けて、身体検査までされ、半裸体の姿で立ちながら、職務に忠実すぎる男の手てで自由にされる――これがはずかしくないだろうか? しかし、これも経験なのだ。人生に有益な経験なのだ。

 ママは泣きながらいった。

「何なんにもいえないんだからね――大きくなったら、こんな事どこじゃない、まだまだひどい目にあうかも知れないんだよ。この世にはいろんな事があるからね。」



底本:「日本小國民文庫 第十四巻 世界名作選(一)」

(米川正夫訳)新潮社

1936(昭和11)年28日発行



ソログープ Fyodor Kuz'mich Sologub 1863‐1927

ロシア・デカダン派の代表的な小説家,詩人。デカダン派のなかでは最年長で,貧困のなかで育ち,30歳を過ぎてから文壇に登場した。本格的な作家活動に入ったのは,長編小説《小悪魔》(1905)が大成功を収めてからである。彼の作品には,現実嫌悪,死への憧れ,悪魔主義,サディズムが見られるが,デカダン派の他の作家よりもはるかに感覚的で,そのために同時代の人々から〈生まれつきのデカダン詩人〉と呼ばれた。詩作品の特徴は,平明さと簡潔さと脚韻の明確さで,ロシア詩史上,重要な地位を占めている。

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2020年08月15日

「象の話」秋山清

「象の話」秋山清

象のいない上野動物園にタイ国からこどもの象がきた。まだ鼻もよくのびていない可愛いやつ。インドからも大きな象が来きた。

小さい象はハナコさん。大きな象はインディラさんと名をつけて 朝早く子供がわいわい押しかける。大人も毎日見物にくる。


なぜ象たちはこんなに歓迎されたか。動物園に象がいなかったからだ。

動物園に象がいなかったのは 戦争で殺ころされたからだ。戦争は檻の中のおとなしい象もころしてしまう。目のやさしいアジアの象よ。象の好な子供たちよ。それはそんなに古いはなしではない。


おとなしい象はどうして殺されたか。

厚くて強い象の皮は 鉄砲の弾もはじきかえす。注射の針もとおらない。

たべものに毒をまぜると 感のいい鼻でかぎわけてしまう。だから水ものませず ひぼしにされた。もう三週間も、もっと象たちはなんにもたべない。腹ペコペコでたおれてしまいそう。


子供たちもだあれも来ない。園長のおじさん達はこっちを見ないふりしている。あの親切なおじさんたちが。なぜだろう。象の目から涙が流れた。

三十日近かくたって 生きのこっているのは やせてしわだらけのトンキーさん一匹。ああ、遠くにおじさんが見える。

逆立の芸当をして もう一度ねだってみよう。やっとの思いで後足を蹴げたはずみに 前足からくたくたとくずれた。そのまま立ちあがれず 象は死んでいた。


秋山清詩集『象のはなし』より 


終戦間際のときに、実際にあった動物園の話をよく聞いた。象の花子さんは何処へ行ったのか?

そして令和には反戦詩なんて、書く人はいなくなった。かつて数度お会いしたアナーキズム詩人さんの詩集を、ふと久さしぶりに開いてみた。これからの放射能とコロナウィルスを想念しながら。。。

半世紀前には機能した古い詩篇かと記憶していたが、今は身近にも象徴される言葉たちには意外な力を感じるのであった。


【秋山清】詩人。評論家。福岡県門司市生れ。日本大学社会学科中退。1924年,アナーキズム系の詩雑誌《詩戦行》,1929年,文芸雑誌《黒色戦線》,1930年,小野十三郎とのアナーキズム系詩雑誌《弾道》,1935年,《詩行動》に参加,アナーキズム文学運動に活躍したが,同年11月,無政府共産党事件の全国的検挙により逮捕された。以後,抵抗詩の発表はあるものの,沈黙することが多くなった。

1946年小野十三郎らと詩雑誌《コスモス》を創刊,反権力の姿勢は戦後も一貫している。詩集に《象の話》《白い花》《ある孤独》《豚と鶏》《秋山清詩集》,評論に《ニヒルとテロル》《竹久夢二》《あるアナキズムの系譜》がある。

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「世界はうつくしいと」 長田 弘

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うつくしいものの話をしよう。

いつからだろう。

ふと気がつくと、

うつくしいということばを、ためらわず

口にすることを、誰もしなくなった。

そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。

うつくしいものをうつくしいと言おう。


風の匂いはうつくしいと。

渓谷の石を伝わってゆく流れはうつくしいと。

午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。

遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。

きらめく川辺の光りはうつくしいと。

おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。

行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。

花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。

雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。

太い枝を空いっぱいにひろげる

晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。

冬がくるまえの、曇り日の、南天の、小さな朱い実はうつくしいと。

コムラサキの、実のむらさきはうつくしいと。

過ぎてゆく季節はうつくしいと。

きれいに老いてゆく人の姿はうつくしいと。


一体、ニュースとよばれる日々の破片が、わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。

あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。

うつくしいものをうつくしいと言おう。

幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。

シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。

何ひとつ永遠なんてなく、いつか

すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。


詩集『世界はうつくしいと』長田 



長田弘(オサダヒロシ)

詩人。1939年福島市生まれ。早稲田大学卒業。毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞、講談社出版文化賞、詩歌文学館賞、三好達治賞など受賞多数。

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2020年08月13日

探偵小説芸術論

「探偵小説とは、主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く経路の面白さを主眼とする文学である。」(江戸川乱歩『幻影城――探偵小説の定義と類別』より)


探偵小説は謎解きよりも犯人の心理であるとか、犯罪にまつわる雰囲気へ主眼を置く探偵小説が現れて、「不健全派」(平林初之輔が命名)や、「変格探偵小説」(甲賀三郎が命名)といわれた。



乱歩は大変抵抗があり、後年『人間椅子』『鏡地獄』は怪奇小説、『押絵と旅する男』『パノラマ島奇談(綺譚表記の時もある)』などは幻想小説、『虫』などは犯罪小説と呼んでもらいたいという。



「馬に角を生やそうというような文学的装飾は不要」(江戸川乱歩『探偵小説四十年(下)――昭和三十一年度 探偵小説論争』)


甲賀三郎の主張に対して大下宇陀児は、


「角のある馬が役に立つとしたら、馬に角を生やす研究も面白い」(九鬼紫郎『探偵小説百科――探偵小説論争』)

と返しで馬の角論争となる。



「私は本格探偵小説が書けないけれど、読むのは好きである。でも読者を弄ぶ探偵小説は嫌いだ。紙芝居式の謎々小説よ。呪われて在れ。」夢野久作。



昭和11年に甲賀三郎が木々高太郎の小説『就眠儀式』を批難した。それに応戦する木々高太郎が「探偵小説も芸術でなくてはならない」と主張した(探偵小説芸術論)。これにまたナニをとばかりに甲賀三郎がグズグズ文句をたれた。

いちいち絡みにいく甲賀三郎と応じた木々高太郎の主張もまた極端だった。

甲賀三郎は相変わらず謎解き謎解きで、木々高太郎は人間を描くべきだとか、これまでの変格論者よりもっとご大層なことを主張した。ドストエフスキーの『罪と罰』なんかも探偵小説の範疇に入り、今後探偵小説家はああいったものを書くべき。それだと純文学と探偵小説との違いは一体何なのかと乱歩は戸惑った。

木々高太郎が戦略的に理論を具現化して、その年に『人間の阿呆』で直木賞となる。甲賀三郎は「これ以上でかい顔をされてたまるか」という脅威を木々に抱いたのだろうか。


《木々君の文学論と、私の本格論との論争は、「ロック」という雑誌ではじめたのだが、あれには編集長の山崎君が論争の形で呼びもの記事を作ろうとして、私達に勧めたのに対して、多少八百長的に応じた嫌いがないでもなかった》(江戸川乱歩『探偵小説四十年(下)――昭和二十五年度 抜討座談会』)

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江戸川乱歩の折れそうな発言

「病床ほど孤独の楽しみを教えるものはない。氷嚢、体温計、苦いけれど甘い水薬、熱病の夢、即興詩、石盤石筆と、紙と筆と、そして絵と、絵文字と、この豊富な魅力が彼を病床に、引いては病気そのものに惹きつけた。強いて病気になろうとする気持さえ芽生えてきた。」(江戸川乱歩『彼』より)


「しかし孤独に徹する勇気もなく、犯罪者にもなれず、自殺するほどの強い情熱もなく、結局偽善的(仮面的)に世間と交わって行くほかはなかった」(江戸川乱歩『我が青春記』より)


「それまで書いた部分を読み返して見ると、われながら少しも面白く感じられないので、私の癖の熱病のような劣等感におそわれ、どうしても書きつづけられなくなってしまったのである」(江戸川乱歩『探偵小説四十年 精神分析研究会』より)


江戸川乱歩とは「現世とは夢」と語り、現実逃避を続けた作家であった。


【関連図書】

『君らの狂気で死を孕ませよ―新青年傑作選』

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2020年08月12日

『誰も気づかなかった』長田弘


微笑みがあった。

それが微笑みだと、

はじめ、誰も気づかなかった。

微笑みは苦しんでいたからである。


苦しみがあった。

それが苦しみだと、

周りの、誰も気づかなかった。

苦しみは無言だったからである。


詩人長田弘(1939〜2015年)晩年の詩作は現代詩を遥かに超えたものとなっている。

なぜと問うか問わない詩作。

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なぜがあった。

しかしなぜと、

ここにいる誰も、問わなかった。

なぜには答えがなかったからである。

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2020年08月09日

『終りなき夜に生れつく』アガサ・クリスティ

ウィリアム・ブレイクの詩『無垢の予兆』の一節“Some are born to sweet delight,Some are born to Endless night.”から題された推理小説『Endless Night


英初版:Collins 1967

米初版:Dodd, Mead 1968


誰が言い出したのか、その土地は呪われた〈ジプシーが丘〉と呼ばれていた。だが、僕は魅了された。なんとしてでもここに住みたい。そしてその場所で、僕はひとりの女性と出会った。彼女と僕は恋に落ち、やがて……伝説の地で幕が開く、残酷な愛のドラマ。クリスティーが自らのベストにも選出した自信作。サスペンスとロマンスに満ちた傑作を最新訳で贈る。 

(早川書房 クリスティー文庫


クリスティーが自らベストに選ぶほどの自信作。途中でオチに気づくかもしれないが、それでも最後まで一気に読ませてくれる。事件は起こるが推理ものではない。でも、ものすごく怖いお話となっている。


『終りなき夜に生れつく』

海をのぞむ美しい眺望で人々を魅了するジプシーが丘。が、同時に呪われた地として皆から恐れられてもいた。この地で男女が出会い、恋に落ちた。だが、まもなく乗馬に出かけた女は馬から落ちて死亡してしまう。果たして、ジプシーが丘の呪いなのか?斬新な手法を駆使し、著者が自信を持っておくる異色作。 

(早川書房 クリスティー文庫


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『終りなき夜に生れつく』アガサ・クリスティ

昔からの伝説によって、呪われの地と恐れられている<ジプシーが丘>……しかし、海を望むその素晴らしい眺望は人々の心を魅了せずにはおかなかった。マイクはここで一人の女性と出会い、二人は激しい恋におちた。が、周囲の反対を押し切り結婚した彼の前には妻の死という大きな破局が待ち受けていた……果たしてこの土地に伝わる呪いのせいなのか?呪われの地を舞台に繰り広げられる愛憎と犯罪を斬新な手法で描き出す 

(早川書房 ハヤカワ・ミステリ文庫

ミステリー文庫の翻訳の違いを読み比べてみれば、その時代や言語の違いを味わえる。外出制限が続いて普段は読まない分野の書物を紐解く。

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『ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-』(アルク刊)

翻訳家・柴田元幸が、翻訳に対する考え方や自身の翻訳手法について述べた、とっておきの100の言葉(と、なぜか本人のボケツッコミ)を集めた一冊。東京大学での翻訳の授業や、講演、対談、インタビューなど、さまざまなシーンのシバタセンセイが登場します。


近現代の英米文学作品を独自の視点で選び抜いて翻訳し、日本の読書界を動かしている翻訳家・柴田元幸が、翻訳に対する考え方や自身の翻訳手法について述べた、とっておきの100の言葉(と、なぜか本人のボケツッコミ)を集めた一冊。


本書は、エッセイや講演、対談、インタビュー、東京大学での授業などを記した、さまざまな文献、音声資料、ウェブサイトなどから柴田元幸の名言を選び抜いて編んだものです。


構成は「ぼくが考える翻訳とは」、「ぼくの翻訳手法1&2」、「ぼくが考える翻訳という仕事」、「ぼくの翻訳の教え方」、「ぼくと村上春樹さんとのお仕事」、そして番外編として「ぼくから若い人たちへのメッセージ」の全7章。翻訳とは結局、何をどうすることなのか、翻訳をするときに頭と身体はどう動いているのか、といった練達の翻訳家ならではの言葉から、実はあまり本を読んでいなかった若き日々、不登校になりかけた幼少時代を踏まえての若い人たちへのメッセージまで、リズミカルな言葉で紡ぎ出されます。

柴田訳のファン、翻訳に興味のある方、英語を勉強中の方、本が好きな方、言葉について考えるのが好きな方、そして、なぜだかこの本を手に取ってしまったあなた。――どなたにもおすすめの一冊です。


【著者プロフィール】

柴田元幸:1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。英検1級(優秀賞)。

posted by koinu at 10:22| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月06日

『青い箱と紅い骸骨』稲垣足穂(角川書店)

稲垣足穂の初期作品集。巻頭に著者の絵画作品「新婚旅行」「月の散文詩」「吸引と反撥」「明方の誘惑」をカラー掲載。表題作品のほか下記全13篇を収録。


【収録作品】

青い箱と紅い骸骨

七話集

北極光 Aurora borealis

星澄む郷

矢車菊

薄い街

或る小路の話

美しき穉き婦人に始まる

地球

愚かなる母の記

底なしの寝床


「足穂地獄に堕ちる楽しさ」野坂昭如

角川書店1972年(定価1800円)


 山と海のあいだの斜面にその都会はあるが、山も西方になると急に低まって、起伏する無数の丘々の重なりになってしまう。……

……西方に較べると、もう本当の山懐に属している部分だから、そこから海まで狭くなって、傾斜も急なので、夕方など山際の高い煙突から吐き出された、白い、しめっぽい煙が、ずっと下方の人家のあたりまでただようてきて、風向きによると、数時間も各戸の庭や座敷を閉じこめてしまうことがある。……「青い箱と紅い骸骨」より

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2020年08月05日

『球体感覚』加藤郁乎

 花に花ふれぬ二つの句を考へ

 花蔭に花ひそとある入船や


 いびつの夢には腰を使ふ前世のだくあし

 虚名より無名ゆたかに梅の花


 俳諧に片尻かけて月を見よ

 春泥にこける客観写生風


 さかしらを詩的と云へり浮寝鳥

 詩に痩せる詩人さらなり糸柳


 様子ぶる詩人は知らずさんま焼く

 こころ太たはけ尽さぬたはけもの


 反骨は群れをつくらず浮かれ猫

 一景にわが師と酌めり桃の花

(加藤郁乎)



江南一枝の春

こうなんいっしのはる

@ 中国の故事。三国時代、呉の陸凱が江南から一枝の梅を長安の友人に贈り、春を報じたことをいう。江南所無。

A 画題。@の故事による。一枝の梅花を描く。


春に花開く梅のことを言います。

【一枝之春】は江南(揚子江以南の温暖な地方)に住んでいた陸凱(リクガイ)が、北方に住んでいた范曄(ハンヨウ:『後漢書』の作者)に

「ここ江南には、なにも贈る物がないので、とりあえず梅の一枝とともに春をお届けします」と一首を認めました。

posted by koinu at 10:39| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする