2021年11月27日

『悪いやつの物語』ちくま文学の森7 (安野光雅, 森毅, 井上ひさし, 池内紀 編)

「美しいコトバが世の中にはまだまだあって、フツー人を四方八方から金縛りに縛っている縛っているわけだが、住所不定のこの世の外れ者である悪 いやつは、そういう美しいコトバなぞフフンと鼻先で笑い 飛ばして、殺したければ殺してしまう。読んでいて胸のす く思いがする。連中は〈やがて罰せられる〉という負の報 酬を背負っているけれど、やっぱりヒーローなのね。

で、そういう悪のヒーローが何に弱いかというと、これは 『文学の森・悪いやつの物語』を読んで発見したことだが、 じつは女、とりわけ女の子に弱いんだね。たいていが少女 か娘に破滅させられているんだね。」井上ひさし


『悪いやつの物語』目次

芸語(山村暮鳥)

昼日中/老賊譚(森銑三)

鼠小僧次郎吉(芥川龍之介)

女賊お君(長谷川伸)

金庫破りと放火犯の話(チャペック)

盗まれた白象(マーク・トウェイン)

夏の愉しみ(A.アレー)

コーラス・ガール(チェーホフ)

異本「アメリカの悲劇」(J.コリア)

二壜のソース(ダンセイニ)

酒樽(モーパッサン)

殺し屋(ヘミングウェイ)

中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃(三島由紀夫)

光る道(檀一雄)

桜の森の満開の下(坂口安吾)

女強盗(菊池寛)

ナイチンゲールとばら(ワイルド)

カチカチ山(太宰治)

手紙(モーム)

或る調書の一節(谷崎潤一郎)

停車場で(小泉八雲)


[筑摩書房  刊行年 2011年]

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『空と夢―運動の想像力にかんする試論』ガストン・バシュラール

『空と夢―運動の想像力にかんする試論』ガストン・バシュラール

アニミズムに関わるメモランダム及び、役作りの落穂拾いエスキュース。


想像力とはむしろ知覚によって提供されたイメージを歪形する能力/1


一行の詩を書くためには、・・・鳥がどのように飛ぶかを感じ、花が朝開くときにはどんな運動をするかを知らなければならない(リルケ)/7


視覚によって捉えられた運動は力学的なものではない/13


世界は人間の夢想のなかで想像されながらあらわれる/20


夢の世界にあっては翼があるから飛べるのでなく、飛んだから翼があると信じるのだ/38


飛行の《本能》、それは生命のもっとも深い本能のひとつである軽さの本能であるといってもよいであろう。幾頁にもわたるこの試論はこの軽さの本能の諸現象を探究せんとするものである/41

われわれは飛んでいる世界の真中にいるようでもあれば、また飛んでいる宇宙がわれわれの存在の秘かな内部に現われるようでもある/47


あらゆる隠喩は小型の神話である(ヴィコ)/53

或る種の夢見者にとっては、波の上に揺られていた舟がしらずしらずに水を離れ空にむかう/60


イメージは老衰しない/66


鳴り響くものと透明なものと動的なもの、この三者一体なるものは、軽快感の内的印象からうまれるものである。それは外的世界によってわれわれに与えられるものではない/85


飛んだり泳いだりしている鳥に夢想がふいに共感を覚え・・・このように迅速でこのように完璧であるのは、そもそもイメージが力動的な意味で美しいからだ/91


人は雲雀を力動的想像力を働かせることによって力動的に記述することができるが、視覚的イメージの知覚の領域内でこれを形体的に記述することはできない/122


語り手は読者を恐ろしい情景の前においたのではなく、恐怖状況のなかにおいたのであり、彼は根源的な力動的想像力を揺り動かしたのである。作者は読者のたましいのなかに直接、墜落の悪夢を誘いこんだのだ/145


人は徐々に夕べの闇の重さを感じるであろう。人は夕べの闇の重さが三重の贅語法(プレオチスム)によって生気づけられた純粋な文学的イメージであることを理解するだろう。暗くなってゆくこの大気の質料の重さが《重くのしかかった雲》の重さを一層よく感ぜしめるであろう/148


世界は彼(ノヴァーリス)にとっては水からうまれたひとつの美である。

水晶の内部で天の色が地上に保たれる。諸君はサファイアの青をあたかも石が空の紺碧を集めたかのように、《大気的に》夢見ることができる。諸君は黄玉(トパーズ)の炎をあたかも石が夕陽と交感しているかのように、《大気的に》夢見ることができる。諸君はまた、空の青が手のくぼみに凝結してサファイアとなって固まったのだと想像することにより、《地上的に》夢見ることができる。水晶の上で、貴金属の上で、地上的想像力と大気的想像力の二つが結合する/157


「想像力」と「意志」は同じ一つの深い力の二つの面である。想像することのできるものこそ欲することができるのだ/160


《その光はどこから生じて真暗な物体のなかであのように輝くのであろうか。それは太陽の光輝からだというのか。しかしそれなら何が夜のなかで輝き、眼を閉じても見え、おのがなしつつあることを知りうるようにきみの思想と理知をきみにもたらすのであろうか。》(ヤコブ・ベーメ)この光の本体は外なる物体から来るのではない。それは夢見るわれわれの想像力の中心そのものにうまれるのである/171


くつろぎの緊張/175


ニーチェにとって、大気の強勢的な真の特質、呼吸する悦びをもたらす特質、不動の大気を力動化する特質―力動的想像力の生命そのものである深さにおける真の力動化―それはこの爽やかさである/202


空の青はこころもち蒼ざめた色彩として、蒼白いものとして夢想されるとき、大気的なものとなる/245


想像力には時間の引き伸ばしが、スローモーションが必要だ。そして特に何ものにもまして夜の物質の想像力には緩慢さが必要だ・・・星空は、自然の動体のなかでももっとも緩慢なものである/272


また別な想像力は植物の生の水性の勝利を強く感ずる。そういう人たちには樹液が昇ってゆくのが《聞こえる》のだ/309


想像的なものの世界においては、風車が風を旋回させることも不可能ではない/340


神は風の元素を一握りつまみ、その上に息を吹きかけると、馬が現れた(コラン・ド・プランシィ)/348


火が出てゆくとき、それは風の中に出てゆく。太陽が出てゆくとき、それは風の中に去ってゆく。月が去るとき、それは風の中に去ってゆく。かくて、風はあらゆるものを吸収する。

人間が眠るとき、その声は息の中に去る。彼の視覚も、聴覚も、思惟も同様である。かくて息はすべてのものを吸収する(チャーンドーグヤ=ウパニシャッド)/356


《・・・われわれは不断にこの星の黄金を呼吸している。この太陽の微粒子はわれわれの肉体に入りこみ、たえずそこから発散している》このようなイメージの中には芳香のある息吹が、香り高い風が生きている/357


それ自身のうちに生成と存在を総合する動体として真に自己を構成するためには、自分自身のうちに軽くなるという直接的な感じを実感しなければならない。ところが、存在を誘いこむ運動のなかで、軽くなるという状態で動くことは、すでに動く存在として変容することである/388


人は暗黒の物質の上にすでにかすかな白を予測し、推定する。それは暁である/396


存在が豊かに自己をあらわすとき、拡張と深さは力動的に結合される。・・・存在の豊満は、その深さを示すものである。逆に、内密な存在の深さは、自己自身に対する拡張のように思われる/398


ガストン・バシュラール『空と夢―運動の想像力にかんする試論』宇佐見英治訳より

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2021年11月24日

『詩とは何か』吉増剛造(講談社現代新書)

現代における「詩」の本質とは? 世界最高峰の詩人の1人、吉増剛造が60年の詩業の果てに辿り着いた境地を縦横無尽に語り尽くす。

現代最高の詩人による究極の詩論、ついに登場! 世界大戦、原爆、そして311。数多の「傷」を閲した現代における詩の意味を問う。いわゆる詩人の範疇を超え、カフカ、ベケット、石牟礼道子などの「書いたもの(エクリチュール)」へ。さらには文学さえも越え、ジョナス・メカスの映画、ゴッホの絵画、そして音楽にまで。縦横無尽に芸術ジャンルを横断し、あらゆる芸術行為の中に「詩」の真髄を見出す。詩の根源、すなわち「芸術」の根源へと肉迫する稀有の作品。


https://gendai.ismedia.jp/articles/-/89300


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序ーーこわいようなタイトルのこの本に


第一部 詩のさまざまな「姿」について

第一章 詩のほんとうの「しぐさ」

第二章 「戦後詩」という課題

第三章 根源の詩人たち

第四章 純粋な「音」のままで立ち上がる「詩」


第二部 詩の持つ力とは何なのか

第五章 「若さ」、「歪(ひず)み」

第六章 「バッハ、遊星、0(ゼロ)のこと」など

第七章 根源的なハーモニーへ


第三部 実際に詩を書くときのこと(QA) 


おわりにーー記憶の未来について

ほんの少し、爆発的で、ときに全力疾走もする即興的な「詩」の根拠ーーあとがきに代えて


吉増剛造(ヨシマスゴウゾウ)

1939年東京都生まれ。詩人。日本藝術院会員。慶應義塾大学文学部国文科卒業。現代日本を代表する先鋭的な詩人として、国際的に高い評価を受けている。短いサラリーマン生活を経て詩作に専念。1964年、処女詩集『出発』(新芸術社)を出版。『黄金詩篇』(思潮社、高見順賞受賞)などの初期作品では切迫感あふれる詩風で詩壇を席巻。中期以降はポリフォニー的構造の独特の文体を駆使し、「ことば」の多様な可能性を探究している。詩の朗読パフォーマンスの先駆者の一人で海外でも積極的に朗読ライブを開催、「KAMIKAZE GOZO」とセンセーションを巻き起こす。代表的詩集として、『熱風 a thousand steps』(中央公論社、藤村記念歴程賞受賞)、『オシリス、石ノ神』(思潮社、現代詩花椿賞受賞)、『「雪の島」あるいは「エミリーの幽霊」』(集英社、芸術選奨文部大臣賞受賞)、『表紙omote-gami』(思潮社、毎日芸術賞受賞)がある

https://youtu.be/vEj4olpr2yU

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2021年11月19日

『植物はそこまで知っている』ダニエル・チャモヴィッツ(河出文庫)

見てもいるし、覚えてもいる科学の最前線が解き明かす驚異の能力多くの感覚を駆使して生きる植物たちの「知られざる世界」。 


『植物はそこまで知っている』ダニエル・チャモヴィッツ

【目次】 

プロローグ 


1 植物は見ている 

植物学者ダーウィン 

生長をやめないタバコ 

日の長さを測る 

分子遺伝子学から見た植物の視覚 

概日リズムの進化的な起源 


2 植物は匂いを嗅いでいる 

エチレンの信号 

食の好みにうるさい寄生生物 

葉は盗み聞きするのか

植物はコミュニケーションしているのか


3 植物は接触を感じている 

ハエトリグサの罠 

水圧で葉を動かす 

接触によって活性化する遺伝子 

植物とヒトの「感じ方」 


4 植物は聞いている 

音楽と植物の疑似科学的な関係 

植物にもある「難聴」遺伝子 

植物の進化に聴覚は必要か


5 植物は位置を感じている 

上か下かを知る遺伝子を探せ 

ヒトの耳石、植物の平衡石 

宇宙での実験 

釣り合いをとりながら育つ 


6 植物は憶えている 

ハエトリグサの短期記憶 

長期記憶、またはトラウマ 

エピジェネティクス 

世代を超えて伝わる記憶 

知能をともなう記憶


エピローグ 


視覚、聴覚、嗅覚、位置感覚、そして記憶―多くの感覚を駆使して、高度な世界に生きる植物たちの知られざる世界を紹介。知能が問題なのではなく、植物たちが「知っているか」という意味では、科学が確かに証明している。光や色も、香りも、人間が手で触れたときの感触も、重力の方向も、以前にかかった感染病や寒かった気候の記憶も、「知っている」のだ。


ダニエル・チャモヴィッツ 遺伝学者。イスラエルのテルアヴィヴ大学の植物学の教授、同大学のマンナ植物バイオ科学センター所長。米国のイェール大学のポスドク当時、COP9シグナロソーム遺伝子群を発見、世界的に注目されている。

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2021年11月18日

『「木」から辿る人類史: ヒトの進化と繁栄の秘密に迫る』ローランド・エノス(NHK出版)

二足歩行、交易、産業の発展……すべて成功の鍵は「木」にあった。

ヒトはいかにして二足歩行を始め、文明を築き、驚異の発展を遂げたのか


定説では、石・青銅・鉄が重要な役割を担ったとされている。 

しかし、じつは「木」こそが歴史をつくった最も重要な鍵だと著者は言う。 


類人猿の樹上の巣から、交易に活用された木舟、多様な建築技術、エネルギー源としての木炭まで、つぶさに語られる木の驚くべき汎用性を通して、今まで見えていなかった新しい歴史の姿が現れる。 

人類学・建築学・生体力学など幅広い研究をもとに、構造的な特殊性をもつ木と、 創意工夫に長けた人類の700万年にわたる関係を、斬新な視点で解き明かす壮大な物語。 


『「木」から辿る人類史ヒトの進化と繁栄の秘密に迫る』

〈目次〉 

1 木が人類の進化をもたらした(数百万年前~1万年前

1 樹上生活の遺産 

2 木から下りる 

3 体毛を失う 

4 道具を使う 

2 木を利用して文明を築く(1万年前~西暦1600

5 森を切り拓く 

6 金属の融解と製錬 

7 共同体を築く 

8 贅沢品のための木工 

9 まやかしの石造建築 

10 文明の停滞 

3 産業化時代に変化した木材との関わり(西暦1600~現代

11 薪や木炭に代わるもの 

12 一九世紀における木材 

13 現代世界における木材 

4 木の重要性と向き合う 

14 森林破壊の影響 

15 木との関係を修復する

NHK出版 (2021/9/28)


木と人類の付き合い。まずは焚き火が、生活と精神を変革させた。

https://fin.miraiteiban.jp/takibichronicle/


  • 二足歩行、 交易、 産業の発展は木のおかげ
  • これまで人類史を大きく動かした最重要素材として、 「石・青銅・鉄」が挙げられてきました。『「木」から辿る人類史』では、 じつは「木」こそが真に歴史をつくった最も重要な鍵であるという全く新たな説が展開されます。 生物学者の著者エノスは、 生体力学の深い見識に基づいて、木がもつ構造的な特長を豊富な図や写真とともに解説。 古代から現代まで、 人類がいかに巧みに木の性質を利用したか、 その結果、 いかに驚異の発展を遂げてきたかを解き明かします。 人類学・地質学・建築学・社会史等、 幅広い分野の木に関する研究成果から、 「木と人類の関係」を新しくとらえ直した画期的なノンフィクションです。 
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2021年11月14日

『アリになった数学者』森田真生『僕たちはどう生きるか』

 数や図形を便利につかう方法を教えてくれるのが「算数」。「数学」は、そもそも、その数や図形とはなにかと考える学問です。そんな「数学」の世界を探求する数学者は、ある日気がつくと、アリになっていました。数学者は、アリたちと数学について語りあいたいと願います……。さて、アリたちに人間の数学、「数」は理解されるのでしょうか?この物語は、「1とはなにか」という数学的な問いを着想に描かれました。数学の世界では、「1とはなにか」を定義しようとたくさんの数学者たちが挑戦をつづけてきたそうです。みなさんなら、「1とはなにか?」ときかれたらどうこたえますか? 1個のりんごや1本のペンを見せて、「これが1だ」という手もあるかもしれませんが、りんごとペンは、ちがうものです。そのどちらもが「1」だというのはどうしてなのでしょうかわたしたちが漠然と疑う余地のないものだと思っている「1」というものは、じつは、色んな見え方、とらえ方ができる可能性に満ちたものなのかもしれないのです。数を通してこの世界をどう理解するか。アリたちが導くあたらしい数の世界へといざないます。

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『アリになった数学者』ハードカバー版刊行にあたり、 


「この本を読んで、わたしは安心しました。 

算数や算術の姿をしてわたしたちをなやませたのは、 やはり数学の本意ではなかったことがわかったからです。 

発見のよろこびがいたるところにちりばめられた思考の大建築、 それが本当の数学の姿です。そのエッセンスを、ぜひ子どもたちに 届けてあげてください。この本は、数学の核心にしっかりと触れた、 とてもうつくしい"絵本"なのです。」 

安野光雅 


森田真生 1985年、東京に生まれる。2歳から10歳までアメリカのシカゴで育つ。小さい頃から数が好きで、怪我をしても、たし算の問題を出されるとすぐ泣きやんだ。中学校、高校と、バスケットボールに夢中になった。大学では文系の学部に入学し、さらにロボット工学を学ぶ。そのなかで、友人や先輩から数学の面白さを教えられ、幼いころに抱いた数への関心がよみがえる。数学科への転向を決意し、東京大学理学部数学科で学び、卒業。現在は京都に拠点を構え、在野で数学の世界を探究する。全国各地で「数学の演奏会」を開催中。数学を、音楽のようにたくさんの人の心に届くように「演奏」したいと願っている。著書は『数学する身体』(新潮社)。同作で第15回小林秀雄賞受賞。子どもにむけた出版は本作がはじめて。 


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『僕たちはどう生きるか』森田真生

未来はすでに僕を侵食し始めている。 


未曾有のパンデミック、加速する気候変動……人類の自己破壊的な営みとともに、「日常」は崩壊しつつある。それでも流れを止めない「生命」とその多様な賑わいを、いかに受け容れ、次世代へと繋ごうか。 


史上最年少で小林秀雄賞を受賞した若き知性が2020年春からの「混沌」と「生まれ変わり」を記録した、四季折々のドキュメント・エッセイ。

【目次】 

はじめに 

 / STILL 

 / Unheimlich 

 / Pleasure 

 / Alive 

再び、春 /Play 

おわりに 


 病むこと、死ぬこと、老いること――未来が来ることに目を背けずに、目を開いて生きていくこと。対症療法ではなく根本治療へと向かっていくこと。『僕たちはどう生きるか』は、このために、二〇二〇年の春から試行錯誤を始めた、僕自身の混沌と生まれ変わりの記録だ。

 僕たちはどう生きるか。僕たちはどう生きていたのか。いまよりも地球が温暖化し、海面が上昇し、自然災害が激甚化している未来において、それでも潑剌と生きる子たちの姿を思い描こうとしながら、この本を書いた。


《草木国土悉皆成仏

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2021年11月06日

あなたの子供はあなたのこどもではない。

あなたの子供はあなたのこどもではない。


生命あこがれの息子であり娘である。

あなたを通してくるが、あなたからくるのではない。


あなたのもとにいるが、しかしあなたのものではない。


あなたはあなたの子供が生ける矢としてはなたれた弓である。


射手の手のなかであなたは喜びのために曲げなければならない。


なぜなら射手はとんでゆく矢を愛するのと同じようにしっかりした弓をも愛しているから


(カーリル・ギルバン「預言者」より)

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人間は本能が壊れている

『唯幻論始末記 わたしはなぜ唯幻論を唱えたのか』岸田秀(いそっぷ社)


『ものぐさ精神分析』として出版されて以来、 熱狂的な支持と一部の反対・批判にもさらされてきた「唯幻論」。 


「人間とは本能が崩れて現実を見失い、幻想の中に迷い込んだ動物であって、人間に特有な現象や行動はすべてそこに起源がある」という考えや思想のを「唯幻論」と称している。


著者の生い立ちから、子供時代の体験、そして学生時代のくも膜下出血。 家業の映画館を継いでほしい、という母親からの過度な期待と、 それにともなって現れたさまざまな強迫観念。 才能とチャンスをもぎ取る存在とは何か?


「自分は子に対して親として自己犠牲的に絶大な愛情を注いだということを根拠にして、子に同じことを求める親は子に愛情を注いでいるかのように見えるかもしれないが、そういう親こそ最も悪質であって、実は恐るべき虐待親ではなかろうか。」


「私はこのことを幼いころから直観的に知っていたと思われますが、それを認めてしまうと、私を愛してくれる母との関係が崩れてしまう。そこでこの直観を無意識へと抑圧してしまった。この自己欺瞞がさまざまな症状を引き起こしていたのです」


「母によって植え付けられた〈お前のためだけに生きてきた〉という観念に抵抗し、追っ払おうとしてきましたが、85歳の現在も消えることがありません。母は私が大学卒業直前に死んだにもかかわらず」


この不幸な母子関係がフロイト理論を基礎とした唯幻論という独創的な仮説が探究される。特異な哲学思想家の魂からの叫びであろうか。「わたしの原点」に詳しい経緯が記されている。


〈これは、いったん気づいてみれば、なぜこれまでこんな事に気づかなかったのかが不思議なほど簡単な事であった。だが、これに気づき得るためには、その前にまず、母と私との関係の徹底的分析が必要であった。それがなされていないうちは、たとえ他人からそういうことを示唆されたとしても、受けつけなかったであろう。

つまり、あれほどわたしを可愛がった(たとえば、大学の休暇で帰省すると、母はわたしのために山海のご馳走をつくり、自分はお茶漬けですましているのであった)あの母の愛情の欺瞞性、わたしをとりこにしようとした(母自身、無意識的な)その手の内が読めてきたということであった。いいかえれば、わたしが母について抱いているイメージ、私の母親像は、わたしの自発的、主体的判断にもとづいて形成されたものではなく、母がわたしを支配し、利用するためにわたしに植えつけたものであることがわかってきたのであった。わたしは、母が二十年の歳月をかけてわたしの心の襞の奥深く植えつけたこのイメージとそれを支える諸概念の体系を一つ一つ論理的反証を加えながら丹念に引き剥がしていった。すると、やさしく献身的、自己犠牲的で、どんな苦労もいとわず、何の報いも求めず、ただひたすら私を愛してくれた母と言うイメージの背後から、ただひたすらおのれのために、わたしがどれほど苦しもうが一切気にせず、あらゆる情緒的圧迫と術策を使ってわたしを利用しやすい存在に仕立てあげようとしてきた母の姿が浮かびあがってきた。母のこの姿こそ、わたしの場合「抑圧された真実」であり、わたしが神経症という代価を払って否認し続けてきたところのものであった。そしてそれと同時に、あれほどまでに母を愛し、慕ってきた感情の厚いメッキがはがれて、その母はすでになく、もう一度殺すわけにもいかず、私は晴らしようのないこの憎悪を持て余した。かつて死に目にも会えず母が急死したとき、何も親孝行をしてあげられないうちに死なれてしまったと、葬式のあいだ中、相手かまわず取りすがって嘆いたわたしが、今、ある夜更けに一人、自分の部屋でアルバムから母の写真をすべてはがし、恨みをこめて引き裂き、灰皿のなかで燃やし続けていた。〉

(岸田秀『ものぐさ精神分析』 「わたしの原点」より)


「人間は本能が壊れている、それを補うために幻想にすがりついてなんとか乗り切ってきた。」冷静に問えば、悪しき壁となる存在は見えてくる。

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2021年11月02日

ビル・ワイマン撮影による ローリング・ストーンズ写真集

ローリングストーンズの元メンバー、ビル・ワイマン撮影による写真集『Stones from the Inside』が、20211222()ele-king books/Pヴァインより刊行。


ベーシストとして音楽活動のかたわら写真撮影をしてたビルは、メンバーの写真を撮影している。今回は66年のツアーから90年アーバン・ジャングル・ツアーまでの写真公開される。


ビル・ワイマン撮影による “見たことのない” ローリング・ストーンズ写真集刊行 

https://ototoy.jp/news/103921


ビル・ワイマン

Stones from the Inside

A4変形、上製272頁 20211222日発売 本体8,000円+税(予定)

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2021年10月24日

『セックスしたがる男、愛を求める女』(主婦の友社)

あの『話を聞かない男、地図が読めない女』のベストセラー続編という、「愛」と「セックス」の本書。生きる上で重要なテーマを、男女の脳とホルモンと体の違いから、解き明かす恋愛啓発書。

コロナ以降になって多発する、自己主体から起こる事象と事件があるのが気になり再び紐解く。

WHY MEN WANT SEX AND WOMEN NEED LOVE 

Chapter 1 セックス・オン・ザ・ブレイン

Chapter 2 セックスと愛とは、そもそもなんなのか?

Chapter 3 女が心から願っていること

Chapter 4 男が内心望んでいること

Chapter 5 即ヤッてしまうことへの男女の思考の違い

Chapter 6 浮気と裏切りの定義

Chapter 7 女がわかっていない男の14のナゾ

Chapter 8 男が知らなかった女の11のナゾ

Chapter 9 理想のパートナーを見つけるために

Chapter 10 理想のパートナーになるための13のテクニック

Chapter 11 2人の未来はバラ色?


アラン・ピーズ+バーバラ・ピーズ(Allan Pease and Barbara Pease)著 藤井留美:訳


〇人間のセックスへの衝動や欲求は、何万年前から基本的に変わっていない。


〇恋愛や性欲もすべて脳内で起こる科学反応の結果である。


〇男女の恋愛観が同じでないのは科学的にも証明されて、恋している時に活発になる脳の領域は男と女では違う。

 

〇欲求や感情が脳内の化学反応であるのを理解すれば、それをコントロールすることも可能となる。


Allan Pease and Barbara Pease

アラン・ピーズはボディランゲージの世界的権威で、妻バーバラとの共著『話を聞かない男、地図が読めない女』は、54言語に翻訳される大ベストセラーとなる。『自動的に夢がかなっていく ブレイン・プログラミング』など18冊のベストセラーがある。

バーバラ・ピーズはピーズ・トレーニング・インターナショナルのCEOとして、各種ビデオの制作やトレーニング講座の運営、世界各国の企業・政府向けセミナーの開催など手がける。夫妻は人間関係にまつわるコラムを共同で執筆して、2000万人を超える愛読者を獲得している。

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2021年10月23日

「変な家」雨穴(うけつ)

「変な家」雨穴(うけつ

YouTubeではなんと900万回以上再生
あの「【不動産ミステリー】変な家」には さらなる続きがあった!! 

謎の空間、二重扉、窓のない子供部屋−− 間取りの謎をたどった先に見た、 
「事実」とは!? 

https://youtu.be/69ltAhMBlY8


知人が購入を検討している都内の中古一軒家。 

開放的で明るい内装の、ごくありふれた物件に思えたが、 間取り図に「謎の空間」が存在していた。 

知り合いの設計士にその間取り図を見せると、 この家は、そこかしこに「奇妙な違和感」が 存在すると言う。 

間取りの謎をたどった先に見たものとは…… 

不可解な間取りの真相は!? 

突如消えた「元住人」は一体何者!? 

本書で全ての謎が解き明かされる

https://omocoro.jp/kiji/253078/


変な家 <目次

第一章 変な家 

第二章 いびつな間取り図 

第三章 記憶の中の間取り 

第四章 縛られた家 

https://youtu.be/CBIL0eAwDs8


雨穴(うけつインターネットを中心に活動するホラー作家。 ウェブライター、YouTuberとしても活動している。 

https://omocoro.jp/staff/uketsu

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2021年10月19日

この花を手にして冥府へ降る

「赤いけしの花も行く先々の野を飾っていた。大地母神の娘ペルセポネは、『デメテール讃歌』によれば水仙を摘んでいるところを冥界の王にさらわれ、暗い地下で暮らすようになったのだが、別伝によれば、誘拐されたとき摘んでいたのはけしの花であった。たしかにこの花は見ると摘みたくなる花で、私もつい手をのばして二、三輪摘んで胸のポケットにさした。しかし神話学者によればペルセポネがけしの花を手にしたのは決して偶然ではない。第一にけしは催眠性の植物であり、第二に死後の復活を約束する真紅の花であるから、植物の精霊たる少女神は毎年の眠りにつくためにこの花を手にして冥府へ降(くだ)るのである、と。」

(多田智満子「花のペロポンネソス」より)

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欲望を耕すのをやめれば

装置をはずした舞台にまだ

二つ三つ星がころがっているからといって

睫毛の塵を星雲とこころえることもあるまい

みずからの美貌にみとれた神に

むかしの台詞を思い出させるなどは

どんな賢い人にもできなかったことだ

欲望を耕すのをやめれば

髪の毛はひとりでにしずかに枯れてくる

神は捨てもしないし拾いもしない

これという今がないので

時間はみみずに似てくる

あやしげな足場の上で

人は未完の背景を描くのに疲れた

(多田智満子「疲れ」)

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2021年10月17日

あさってから手紙が来るよ

詩人・多田智満子さんの詩である。


あさってから手紙が来るよ

あしたのことが書いてある

あしたってつまりきのうのこと

あしたのわたしはごきげんですか

今日を折り目にして

あしたときのうが向きあっている

みんな読みちがえてしまうのさ

あしたをきのうと

きのうをあしたと

(多田智満子「夏の手紙」より)


これは人にして人にあらず 

女にして女にあらず 

この世に在りてあの世に在り 

顕界幽界を往来する 

山姥とはわが事なり

(多田智満子「乙女山姥」より)


 宇宙は一瞬のできごとだ

 すべての夢がそうであるように

 神の夢も短い

 この一瞬には無限が薔薇の蜜のように潜む 

 復元された日常のなかでも 

 あらゆる断片は繧繝彩色がほどこされてある 

 夢はいくたびもの破裂に耐える

 私の骨は薔薇で飾られるだろう 


2003123日に逝去した多田智満子の遺した詩から高橋睦郎が構成編集した。遺詩集全23篇。

かろやかな遺言『封を切ると』。

病を得、間近に迫った死に際して身辺整理をしていた時期の作品なのに不思議なほど機知に富んで明るい。

付録に作者の告別式司式次第、遺句集、年譜、献辞(池澤夏樹、小池昌代、高橋睦郎)を収められた。 


「すべてが終ったとき 

虚空に梅が薫ったのだ」

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2021年10月12日

『闖入者』大阪圭吉

闖入者


大阪圭吉



          一


 富士山の北麓、吉田町から南へ一里の裾野の山中に、誰れが建てたのか一軒のものさびた別荘風の館がある。その名を、岳陰荘と呼び、灰色の壁に這い拡がった蔦葛の色も深々と、後方遙かに峨々たる剣丸尾けんまるびの怪異な熔岩台地を背負い、前方に山中湖を取繞めぐる鬱蒼たる樹海をひかえて、小高い尾根の上に絵のように静まり返っていた。――洋画家の川口亜太郎かわぐちあたろうが、辻褄の合わぬ奇妙な一枚の絵を描き残したまま卒然として怪しげな変死を遂げてしまったのは、この静かな山荘の、東に面した二階の一室であった。

 それは春も始めの珍しく晴渡った日の暮近い午後のことである。この辺りにはついぞ見かけぬ三人の若い男女が、赤外線写真のような裾野道をいくつかの荷物を提さげながら辿り辿りやって来た。見るからに画家らしい二人の男は川口亜太郎とその友人の金剛蜻治、女は亜太郎の妻不二、やがて三人が岳陰荘の玄関に着くと、あらかじめ報しらせのあったものと見えて山荘に留守居する年老いた夫婦の者が一行を迎え入れた。

 やがて浴室の煙突からは白い煙が立上り、薪を割る斧の音が辺あたりの樹海に冴え冴えと響き渡る。けれどもそれから二時間としないうちに、山荘へは黒革の鞄を提げた医者らしい男が慌だしく駈けつけたり、数名の警官が爆音もけたたましくオート・バイを乗りつけたりして、岳陰荘はただならぬ気色けしきに包まれてしまった。それはまるで三人の訪問者が、静かな山の家へわざわざ騒ぎの種を持ちこんだようなものだ。

 恰度美しい夕暮時で、わけても晴れた日のこの辺りは、西北に聳え立つ御坂みさか山脈に焼くような入日を遮さえぎられて、あたりの尾根と云い谷と云い一面の樹海は薄暗にとざされそれがまた火のような西空の余映を受けて鈍く仄ほの赤く生物の毒気のように映えかえり、そこかしこに点々と輝く鏡のような五湖の冷たい水の光を鏤ばめて鮮かにも奇怪な一大裾模様を織りなし、寒々と彼方に屹立する富士の姿をなよやかな薄紫の腰のあたりまでひッたりとぼかしこむ。東の空にはけれどもここばかりは拗者すねくれものの本性を現わした箱根山が、どこから吹き寄せたか薄霧の枕屏風を立てこめて、黒い姿を隠したまま夕暗の中へ陥ちこんで行く。やがて山荘の窓には灯がともった。その窓に慌だしげな人影がうつる。云い忘れたが岳陰荘は二階建の洋館で、北側に門を構え、階下は五室、二階は東南二室からなり、その二室にはそれぞれ東と南を向いて一つずつの大きな窓がついていた。川口亜太郎の死はこの二階の東室で発見された。

 まだ旅装も解かぬままにその上へ仕事着ブルーズを着、右手には絵筆をしっかりと握って、部屋の中央にのけぞるように倒れている亜太郎の前には、小型の画架イーゼルに殆ど仕上った一枚の小さな画布カンバスが仕掛けてあり、調色板パレットは乱雑に投げ出されて油壺のリンシード・オイルは床の上に零こぼれ、多分倒れながら亜太郎がその油を踏み滑ったものであろう、くの字なりに引掻くように着いていた。

 急報によって吉田町から駈けつけた医師は、検屍の結果後頭部の打撲による脳震盪が死因であると鑑定し、警官達は早速証人の調査にとりかかった。

 最初に訊問を受けた金剛蜻治は、自分達の先輩であり恩師にあたる津田白亭つだはくていが半歳はんとし程前にこの岳陰荘を買入れた事、最近川口と二人で岳陰荘の使用を白亭に願い出たところが快く承諾を得たので、当分滞在のつもりで三人して先刻ここへ着いたばかりである事、死んだ川口は一行が白亭夫妻に送られて今朝けさ東京を発った時から、なにか妙に腑に落ちぬような顔をしてひどく鬱ふさぎ込んでいたが、それでもこの家へ着いた頃からいくらか元気が出た事、事件の起きた頃には自分は風呂に這入っていた事、尚川口夫婦は二階の二室を使用し自分は別荘番の老夫婦と一緒に階下を使うようになっていた事などを割に落付いた態度で答えた。

 続いて亜太郎の妻不二は、金剛と同じように川口が東京を出た時からの憂鬱について語ったが、夫の事でありながら打明けてくれなかったのでその憂鬱の中味がどんなものであるか少しも判らない事、それでもこの家へ着くと始めて見るこの辺あたりの風景が気に入ったのか割に元気になって、自分の部屋にきめた東室へ道具を持ち込むと、金剛へ、早速一枚スケッチしたいから先に入浴してくれるよう云い置いて自室へとじこもってしまった事、自分はその隣りの南室で荷物の整理をしたり室内の飾付をしていた事、五時頃に東室で人の倒れるような物音を聞いて駈けつけ、そこで夫の死を発見みつけた事などを小さな声で呟くように答えた。

 別荘番の老人戸田安吉は、事件の起きた五時頃の前後約一時間と云うものは、浴室の裏の広場で薪を割り続けていたと云い、その妻のとみは吉田町まで買出しに出ていたと答えた。

 四人の陳述は割合に素直で、一見亜太郎の死となんの関係もないように思われたが、先にも述べたように、絵筆を握ったまま倒れた亜太郎の傍らに描き残された妙な一枚の写生画が、その場に居合せた洋画趣味の医師の注意を少からず惹きつけたのだ。

 さて、その問題の絵と云うのは、六号の風景カンバスに、直接描法の荒いタッチで描かれた富士山の写生画であるが、カンバスの中央に大きく薄紫の富士山が、上段の夕空を背景にクッキリと聳え立ち、下段に目前五、六十米突メートルの近景として一群の木立が一様に白緑色で塗り潰されていた。画面も小さく構図も平凡で絵としてはごくつまらない習作であるが、元来川口亜太郎は、その属している画会のひどく急進的なのに反して、亜太郎自身の画風はどちらかと云うと穏健で、写実派の白亭の門人だけに堅実な写実的画風を以てむしろ特異な新人として認められていた。ところが度々云うようにこの岳陰荘の位置は、富士山の北麓であり、二階に於ける室の配置は、東南二室に分れその各々に東と南を向いてそれぞれ一つずつの大きな窓が切開かれていた。が、それにもかかわらず、この土地へ始めて来たと云う写実派の亜太郎は、その東側に窓の開いた東室にとじこもって夕暮時の富士山をスケッチしたと云うのだ。早い話が川口亜太郎は、東方の景色しか見えない東の室にいて、南方に見える筈の富士山を写生していたのだ。つまり直ぐ隣りの南室へ行けば充分見る事の出来る富士の風景を、わざわざ箱根山しか見えない東室にとじこもって写生していたと云うのだ。これは確かに可怪しい。ここへ洋画趣味の医師が疑点を持ったのだ。すると、たとい写実派の川口でも、時には写実を離れて頭だけで描くこともあろうではないか、と金剛蜻治が横槍を入れた。けれども医師は、この絵が決して頭だけで描かれた絵でない証拠として、彼が先刻この家に着いたばかりに、この二階の隣室との境の廊下で、恰度開け放たれていた南室の扉ドアを通して、まだ暮れ切らぬ南室の窓の外に、この油絵と全く同じ風景を見たと云い出した。そして呆気にとられている人々を尻目にかけ、鞄を片付けて抱え込むと帽子を無雑作に冠かぶりながら、振り返って吐き出すように云った。

……ですからこの絵は、この室の窓から見えるべき絵ではないと同時に、明かにあちらの、南の室の窓からのみ見える絵なんです。ま、明日にでもなったら、試みに調べて御覧なさい」



          二


 医師の主張は、翌朝見事に確められた。

 二階の南室の窓からは、成る程医師の云う通り、川口亜太郎の描き残した写生画と寸分違わぬ風景が明かに眺められた。中天に懸った富士の姿と云い、目前五、六十米突メートルの近景にある白緑色の木立と云い、朝と夕方とでは色彩の上に多少の変化があるとは云え、全く疑うことの出来ない風景だった。しかも一方、明かに亜太郎の描き残した写生画は、先にも云ったように色々の絵具を幾層にも塗り上げて行って最後に仕上げをする下塗描法ではなく、一見して最初から大胆直截に描者の最後の目的の色で描き上げた直接描法であるから、この絵はこれで殆んど完成されたものであり、色彩の上にも明かに疑いをさしはさむ余地はなかった。

 もっとも亜太郎の倒れていた東室の窓からも、目前五、六十米突メートルのところに南室の窓から見えるのと同じような形の一群の木立があるにはあるが、これは明かに白緑色ではなく、明るい日光の下にハッキリと暗緑色を呈していた。そしてその木立の彼方には、疑いもなく箱根山の一団がうねうねと横たわっていた。

 もはや事態は明瞭である。警官はこの絵が描かれた時の亜太郎の所在に対して疑いを集中して行った。

 死人に足が生える――このような言葉があるとすれば、まさにこの場合には適当で、南室で死んだ亜太郎が一人で東室まで歩いて来たなどと云うことがないかぎり、どうしてもこの場の事態をとりつくろうためには、まず誰れかが、南室で窓の外を写生していた亜太郎の後頭部を鈍器で殴りつけ、亜太郎の死を認めると、何かの目的で屍体を東室に移しかえ、描きかけていた絵の道具もそっくりそのまま東室へ運び込んで、いかにも亜太郎が東室で変死したかの如く装わした、としか考えられなくなる。すると亜太郎の屍体を運んだり、そのようないかがわしい装いを凝らしたのはいったい誰れか? と開き直る前に当然警官達の疑惑は、事件の当時ずっと南室にいたと云う亜太郎の妻不二の上へ落ちて行った。

 不二は怪しい。

 川口不二の陳述に嘘はないか?

 亜太郎が南室で殺された時に、その妻の不二はいったい南室そこでなにをしていたのか?

 そこで肥ふとっちょの司法主任は、もう一度改めて厳重な訊問のやり直しを始めた。

 ところが二度目の訊問に於ても、川口不二の陳述は最初のそれと少しも違わなかった。続いてなされた金剛蜻治も別荘番の戸田夫婦も、やはり同じように前回と変りはなかった。それどころか金剛と戸田安吉は、川口不二が事件の起きた当時、確かに南室を離れずに頻しきりに窓際で荷物の整理をしていたのを、一人は裏庭の浴室の湯にひたりながら、一人はその浴室の裏の広場で薪を割りながら、二階の大きな窓越しに見ていたと云い合わせたように力説した。そして暫くしてその姿が急に見えなくなったかと思うと、直すぐに再び現われて下にいた自分達に大声で亜太郎の死を知らせたのだと戸田がつけ加えた。すると川口不二は、荷物の整理をしながら亜太郎を殴り殺す位の余裕は持てたとしても、とてもその屍体を折曲がった廊下を隔てて隣りの東室へ運び込み、あまつさえ写生の道具などをも運んで贋の現場を作り上げるなどと云う余裕は持てないことになる。けれどもこれとても二人の証人の云う事を頭から信じてしまう必要はない。仮に信用するとしても、湯にひたったり薪を割りながら、少しも眼を離さずに二階ばかり見ていたなどと云うことがありよう筈はない。では、ひとまず仮りに不二を潔白であったとすれば、いったい誰れが亜太郎を殺して運んだのか? 不二と亜太郎の以外に、もう一人の人物が二階にいたと考える事は出来ない?

 司法主任はウンザリしたように、椅子に腰を下ろしながら不二へ云った。

「奥さん。もう一度伺いますが、あなたが南室で荷物の整理をしていられた時に、御主人は、あなたと同じ南室で、絵を描いていられなかったですか?」

「主人は南室などにいませんでした。そんな筈はありません」

「では、廊下へ通じる南室の扉ドアは開いていましたか?」

「開いていました」

「廊下に御主人はいませんでしたか?」

「いませんでした」

「御主人以外の誰れか」

「誰れもいません」

「ははア」

 司法主任は割に落付きすました美しい不二の眼隈めくまの辺あたりを見詰めながら、これでこの女が嘘をついているとすればまるッきりなんのことはない、と思った。そして決心したように立上ると、参考人と云う名目で、金剛と不二の二人を連行して、本署へ引挙げることにした。

 苦り切って一行に従った金剛蜻治は、警察署のある町まで来ると、昨日東京を発った時に見送ってくれた別荘主の津田白亭に、まだ礼状の出してなかったことに気がついた。そこで郵便局へ寄途よりみちして礼状ならぬ事件突発の長い電報を打った。

 白亭からは、いつまで待っても電報の返事は来なかった。が、その代り、その日の暮近くになって、白亭自身、一人の紳士を連れて蒼徨そうこうとしてやって来た。紳士と云うのは、白亭とは中学時代の同窓で、いまは錚々そうそうたる刑事弁護士の大月対次おおつきたいじだ。愛弟子まなでしの変死と聞いて少からず驚いた白亭が、多忙の中を無理にも頼んで連れて来たものであろう。

 やがて二人は司法室に出頭して、主任から詳細な事件の顛末を報告された。けれども話が亜太郎の描き残した疑問の絵のところまで来ると、何故なぜか白亭はハッとして見る見る顔色を変えると、眉根に皺を寄せて妙に苦り切ってしまった。



          三


 司法主任は流石に白亭の微妙な変化を見逃さなかった。

 事件の報告は急転して、猛烈な、陰険な追求が始まった。が、白亭も流石に人物だ。あれこれと取り繕って、執拗な主任の追求を飜えすようにしていたが、けれども、とうとう力尽きて、語り出した。

……どうかこのことは、死んだ者にとっても、生きている者にとっても、大変不名誉なことですから、是非とも此処だけの話にして置いて下さい。……川口と金剛とは、二人とも十年程前から私が世話をしていますので、私共と二人の家庭とは、大変親しくしていましたが、……これは最近、私の家内が、知ったのですが……川口の細君の不二さんと、金剛とは、どうも……どうも、ま、手ッ取早く云えば、面白くない関係にある、らしいんです。で大変私共も気を揉んだのですが、当の川口は、あの通りの非常な勉強家でして、仕事にばかり没頭していて、サッパリ気がつかないのです。それにあの男は、大変神経質で気の小さな男ですから、うっかり注意してやっても、却かえって悪い結果を齎らしてはと思いまして、それとなく機会を覗うかがっていたのです。ところが、つい四、五日前に、二人で岳陰荘を使いたいからと申込まれましたので、早速貸してやりました。けれども、昨日きのう東京を出発の際、私共夫婦で見送りに出たんですが、てっきり二人だけと思っていたのに、川口の細君も同行するのだと云ってついて来ているので、少からず驚いた次第でした。何も知らない川口は川口で、当分滞在するのだなどと、すっかり無邪気に躁はしゃいでいますし、私共は大変心配しました。……で、こちらへ移って、三人だけの生活がどんなになるかと思うと、うっかり私も堪らない気持になりまして、発車間際の一寸の隙をとらえて、ついそれとなく川口に『あちらへ行ったら、不二さんに注意しなさい』と言ってやりました。……後で、後悔したのですが、やっぱりこれが悪かったのです」

「と被仰おっしゃると?」

 司法主任の声は緊張している。

「つまり……私が……

 白亭は一寸戸惑った。

 すると主任がすかさずたたみかけた。

「いや、判りました……つまり、富士山は、不二さん、に通ず……なんですね」

「いいえ、そう云うわけでは」

「ああいや、よく判りました……こりゃ、すっかり考え直しだ」

 そう云って司法主任は、椅子の中へそり反りながら、

「お蔭で、何もかも判り始めました。あの疑問の中心の妙な油絵も、こう判って見れば、まことに理路整然として来ますよ……そうだ、全く今になって考えてみれば、あの富士山の絵も、やはり南室で描かれたものではなく、最初の発見通り東室で、被害者の死際に描かれたものですね……あの東室の床の上の油の零こぼれ工合と云い、その上を被害者の足の滑った跡の工合と云い、全くあれは、贋物にしては出来過ぎていますよ。あの屍体は南室から運ばれたのではなく、始めから東室にあったんですね。……つまり、今あなたの被仰ったように、金剛氏と不義関係にあった被害者の妻が、南室で荷物の整理をしながら、一寸の隙を見て東室へ忍び入り、これから写生をしようとしていた被害者を、後から殴り殺して、再び南室に戻り知らぬ顔をしている……一方断末魔の被害者は、倒れながら自分に危害を加えた妻を見て、恐怖にひっつりながらも死物狂いで目の前のカンバスへ、恰度持合わせた絵筆をふるって、加害者の名前を描く……いや、これは傑作だ……不二は富士、に通ずる……全く傑作です!」

 司法主任は、相手にかまわず独りで満足している。こうして白亭の意外な陳述は、忽ち不二の立場を、真ッ暗な穴の中へ陥入れてしまった。屍体の運搬説は転じて奇妙な遺言説? となり、警察司法部は俄然色めき立って来た。

 一方津田白亭は、自分の証言が意外な波紋を惹き起したのにすっかり狼狽してしまい、事態の収拾を大月弁護士に投げ出してしまった。

 そこで大月は色々と策戦を練った上、容疑者の検挙に何等の物的証拠のないのを主要な武器として、今度は直接警察署長に向って猛烈な運動をしはじめた。

 この折衝は翌日の正午まで続けられた。そしてその結果、これは大月の名声も大いに与って力あった事は否いなめないのだが、ひとまず容疑者の検束は延期になり、やがて一行は岳陰荘へ引挙げて来た。

 そしてその翌日、東京へ解剖に送られる亜太郎の屍体と一緒に、津田白亭と川口不二は葬儀、その他の準備のために私服警官付添の上で上京し、一方弁護士の大月対次は岳陰荘に踏み留まって、金剛蜻治を表面助手として、内心では「こいつも同じ穴の貉だわい」とひそかに監視しながら、事件の解釈と新しい証拠の拾集に没頭しはじめた。

 亜太郎の残した奇怪な油絵については、大月はその絵をひと目見た瞬間から、司法主任の遺言説に深い疑惑を抱いていた。

 もしも亜太郎が、その断末魔に臨んで、自分を殺した者が妻の不二であることを第三者に知らせるために、あのような富士山の絵を描き残した、と解釈するにしては、余りにもあの絵には余分な要素が多過ぎる。

 例えば木立だとか、空だとか……そうだ。もしも亜太郎が、妻の名前を表わすために描いた絵であったなら、富士山ひとつで充分だ。あのようないくつかの余分な要素を、しかもあれだけ純然たる絵画の形式に纏め上げるだけの意力が、既に死期に臨んだ亜太郎にあったのならば、もっと直截に、文字で例えば「不二が殺した」とか、或は「犯人は不二だ」とか、まだまだいくらでも表わしようはある。いやなによりも、窓際に飛び出して、絶叫することすら出来る筈だ。――問題は、もっと別なところにあるに違いない。

 二階の東南二室の間を、コツコツと往復ゆききしながら、終日大月は考え続けた。けれども一向曙光は見えない。

 翌日は、別荘番の老夫婦を、改めてひそかに観察してみた。が、これとても何の得るところもなく終った。

 大月の巧妙な束縛を受けて、鎖のない囚人のように岳陰荘にとどめられた金剛はと云えば、割に平気で、時々附近の林の中へ出掛けては、なにかと写生して来たりしていた。けれどもその絵を見ると、それはこの地方が地形上特に曇天の日の多いせいか、大体は金剛の画風にもよるであろうが、いやに陰気で、妙にじめじめした感情が画面に盛り上っているのだ。大月はその度に、画家と云うものの神経を疑いたくなった。

 次の日の午後、来合わせた警官から、東京に於ける亜太郎の解剖の結果を聞かされた。けれどもそれは、先に挙げた平凡な後頭部の打撲による脳震盪が死因であると云う以外に、変ったニュースは齎されなかった。そして大月は、ふと犯人が亜太郎を殴りつけた鈍器を探すことを思いついて、二階へ上っていった。

 けれどもこの仕事はなかなか六ヶ敷かった。亜太郎の後頭部は、兇器に判然と附着するほど出血したのでもなければ、また兇器の何たるかを示す程の骨折をしたのでもない。この場合恐らくステッキでも棍棒でも、又花瓶でも木箱でも兇器となり得る。――大月弁護士は日暮時まで、二階の床をコツコツと鳴らし続けていた。

 が、やがてどうしたことか急に階段を降りて来ると、別荘番の戸田を大声で呼びつけた。そして頻しきりに首を傾かしげながら、

……妙だ……

……妙だ……

 と呟きはじめた。

 が、やがて安吉老人がやって来ると、幾分顫ふるえを帯びた声で、

「おい君、変なことを訊くがね……二階の東室の窓から、三十間けん程向うに、一寸した木立が見えるだろう?」

「はい」

 と安吉老人は恐る恐る答えた。

 すると、

「あの木立は、今日、他所の木と植替えたのかね?」

「そ、そんな馬鹿な筈はありません。第一、旦那様」と安吉は目を瞠みはりながら「あれだけのものを植替えるなんて、とても一日や二日で出来ることではありません」

「ふうム……妙だ」

「ど、どうかいたしましたか? 木でもなくなったんですか?」

「違う……いや確かに妙だ。……時に金剛さんは何処にいる?」

「只今、お風呂でございます」

「そうか」

 大月はそのまま二階へ上ってしまった。


          四


 その翌日は珍しく上天気だった。

 司法主任を先頭にして数名の警官達がこれでもう何度目かの兇器の捜査にやって来た。

 大月にまでも援助を申出た彼等は、二階の洋服箪笥の隅から階下の台所の流しの下まで、所謂警察式捜査法でバタリピシャリと虱潰しにやり始めた。

 が、今日は殆ど一日かかって、午後の四時頃、とうとう司法主任は歓声を上げた。それは、もういままでに何度も何度も手に取って見ていた筈の、事件の当時亜太郎の屍体の側に転がっていた細長い一個の絵具箱であった。

 慧眼の司法主任は、ついにこの頑丈な木箱の金具のついた隅の方に、はしなくも一点の針で突いたような血痕を発見したのだ。

 主任は、岳陰荘を引挙げながら、勝誇ったように大月へ云った。

「どうやらこれで物的証拠も出来上ったようですな」

 弁護士は軽く笑って受け流した。

 けれどもやがて一行が引挙げてしまうと、なに思ったのか大月はさっさと二階へ上っていった。そして東室の窓を開けると、手摺に腰掛けて、阿呆のように外の景色に見惚みとれはじめた。

 いつ見ても、晴れた日の樹海の景色は美しい。細かな、柔かな無数の起伏を広々と涯はてしもなく押し拡げて、彼方には箱根山が、今日もまた狭霧さぎりにすっぽりと包まれて、深々と眠っていた。

 裏庭の広場からは、薪を割る安吉老人の斧の音が、いつもながら冴え冴えと響きはじめ、やがて静かな宵闇が、あたりの木陰にひたひたと這い寄って来る。浴室の煙突からは、白い煙が立上り、薪割りをしながら湯槽ゆぶねの金剛と交しているらしい安吉老人の話声が、ボソボソと呟くように続く。おとみ婆さんは、夕餉ゆうげの仕度に忙しい。

 間もなく岳陰荘では、ささやかな食事がはじまった。が、大月弁護士はまだ二階から降りて来ない。心配したおとみ婆さんが、階段を登りはじめた。と、重い足音がして、大月が降りて来た。

 けれどもやがて食卓についた彼の顔色を見て、おとみ婆さんは再び心配を始めた。

 僅か一時間ばかりの間に、二階から降りて来た大月は、まるで人が変ったようになっていた。血色は優れず、両の眼玉は、あり得べからざるものの姿でも見た人のように、空うつろに見開かれて、食器をとる手は、内心の亢奮を包み切れずか絶えず小刻こきざみに顫えていた。

 大月は黙ってそそくさと食事を進めた。

 食事が済むと、なに思ったのかステッキを提さげて、闇の戸外へ出て行った。そして東側の林の方へ、妙な散歩に出掛けはじめた。が間もなく帰って来ると、人々の相手にもならず、黙り込んで二階へとじこもってしまった。皆は口もきかずに顔を見合わせる。

 翌朝――

 司法主任が元気でやって来た。

 昨日の家宅捜査で見事に物的証拠を挙げた彼は、東京に於ける亜太郎の葬儀が済み次第、不二を検挙する旨を満足げに話した。けれども大月は一向浮かぬ顔をして、うわの空で聞いていたが、やがて主任の話が終ると、突然意外なことを云いだした。

「あなたはまだ、川口が殴り殺されたのだと思っていられますね」

「な、なんですって?……立派な証拠が」

「勿論、その証拠に狂いはないでしょう。川口の致命傷は、確かにあの絵具箱の隅でつけられたものに違いありますまい。けれども川口は、あの絵具箱で殴り殺されたのではないのですよ」

「と云うと?」

「独りで転んだ時に、絵具箱の隅に触れたんです」

「飛んでもない? 川口は立派な遺言を残して……

「ありゃあそんな遺言じゃ有りません。もっと外に意味があります」

「と云うと?」

「それが非常に妙なことで、とにかくあの事件の起きた日の日没時に、この東室の窓に、実に意外な奴が現れたんです。そいつは、私達にとっても、確かに一驚に値する奴なんだが。特に川口にとってはいけなかったんです。で、吃驚びっくりした川口は、思わずよろよろと立上った途端に、左手に持ったままの調色板パレットの油壺から零こぼれ落ちた油を、うっかり踏み滑って、後にあった絵具箱へ、後頭部をいやと云う程打ちつけたのです。これが、川口亜太郎の、疑うべきもない直接の死因です」

「一寸待って下さい。……あなたは先刻さっきから、何か盛さかんに話していられるようだが、私にはさっぱり判りません。先日、私が川口不二を容疑者として連行した時に、あなたは、私が物的証拠を掴んでいないのを責められた。で、恰度あの場合と同様に、いま、あなたの云われる話について、なにか正確な証拠を見せて頂きたい」

「判りました」と大月もいささかムキになった。「必ずお眼に掛けましょう。が、いま直ただちにと云う訳には参りません。私の方からお招きに上るまで、待って下さい。必ずお眼に掛けます」

……

 司法主任は、くるりと後を振り向くと、足音も荒く、さっさと帰ってしまった。


          五


 さて、大月弁護士が、司法主任への約束を果したのは、それから二日目の、天気のよく晴れ渡った日暮時のことであった。

 大月と司法主任は、東室の長椅子ソファーに腰掛けて、窓の方を向いてお茶を飲んでいた。

 司法主任は、相変らず御機嫌が悪い。焦立いらだたしげに舌打ちしながら、やがて大月へ云った。

「まだですか?」

「ええ」

「まだ、出ないんですか?」

「ええ、もう少し待って下さい」

 そこで司法主任は改めてお茶を飲みはじめた。が、暫くすると、一層焦立たしげに、

「いったい、その怪しげな奴とやらは、確かに出て来るんですか?」

「ええ、確かに出て来ますとも」

「いったい、そ奴は何者です?」

「いや、もう間もなく出て来ます。もう少し待って下さい」

……

 司法主任は、不機嫌に外を向いてしまった。

 空は美しい夕日に映えて、彼方の箱根山は、今日もまた薄霧の帳とばりに隠れている。

 裏庭の広場では、どうやら安吉老人が薪を割り始めたようだ。きっと浴室の煙突からは、白い煙が立上っているに違いない。

 と、不意に司法主任が立上った。右手にコーヒー茶碗を持ったまま、呻くように、

「こ、こりゃあ、どうしたことだ!」

……

「あんなところに……」司法主任の声は顫えている。「あんなところに……むウ、富士山が出て来た!……こ、こりゃあ妙だ?」

 見ればいつのまにか、箱根山を包んだ薄霧の帳とばりの上へ、このような方角に見ゆべきもない薄紫の富士の姿が、夕空高く、裾のあたりを薄暗うすやみにぼかして、クッキリと聳えていた。

「あなたは、こう云う影の現象を、いままでにご存じなかったのですか?」

 大月が微笑みながら云った。

「いや私は、最近こちらへ転勤して来たばかりです!……ふうム、成る程。つまりこりゃあ、入日を受けて霧の上へ写った、富士山の影ですね」

「では、序ついでに」と大月は前方を指差しながら、「どうです、ひとつ、あの近景の木立を見て頂きましょうか」

……

 司法主任は黙ってそちらを見た。

……あれは、なかなか恰好のいい木立でして……

「やややッ!」と主任は奇声を張りあげた。「むウ……色が変ってしまった!」

 成る程、薄暗の中に一層暗くなっていなければならない筈の暗緑色の木立は、なんとした事か疑いもなく南室から見える木立と同じように、明かに白緑色を呈している。

「先晩、調べてみましたがね」大月が云った。「あれは合歓木ねむの木立でしたよ。そら、昼のうちは暗緑色の小葉こばを開いていて、夕方になると、眠るように葉の表面をとじ合わせて、白っぽい裏を出してしまう……

「成る程……判りました。いや、よく判りました。つまり川口は、あの時、この景色を描いていたんですね」

「そうです」

「じゃあ、それからどうなったんです?」

……ねえ、主任さん」と大月が開き直った。「私達は始めての土地へ来ると、よく方位上の錯覚を起して、どちらが東か南か、うっかり判らなくなることがありますね。……当時の亜太郎も、きっとそれを経験したのです。で、東京を出る時に、見送りに来た白亭氏から、妙な注意をされて、なにも知らない川口氏は、なんのことかさっぱりわからず、持ち前の小心でいろいろと苦に病み、金剛氏等の云うようにすっかり鬱ふさぎ込んでしまったのでしょう。けれども目的地に着いて、この地方の美しい夕方の風光に接すると、画家らしい情熱が涌き上って来て、心中の疑問も暫く忘れることが出来、早速東室このへやへやって来ると、この窓に恰度こんな風に現れていた影富士を見て、直ただちに方位上の錯覚を起し、感興の涌くままに、本物の富士のつもりで、この薄紫の神秘的な影富士を素速く写生しはじめる……

「成る程」

「けれども、勿論これは、入日のために箱根地方の霧に写った影富士ですから、当然間もなく消えてしまいます。そこで、ふとカンバスから視線を離した川口氏は、一寸ちょっとの間に富士が消えてしまったのに気づいて、始めから本物だと思い込んでいただけに、この奇蹟的な現象に直面して、ひどく吃驚びっくりしたに違いありません。するとその瞬間、川口氏の頭の中にその朝東京を出るときに白亭氏から与えられた妙な注意の言葉が、ふと浮びます。あれは、確か……あちらへいったら、ふじさんにきをつけなさい……と云うような言葉でしたね?……

「むウ、素晴しい。……つまり、やっぱり私が、最初から睨んでいた通り、不二さんは、富士山に、通ずる……ですな……ふム、確かにいい。実に、完全無欠だ!」

 司法主任はすっかり満悦の体ていで身を反らし、小鼻をうごめかしながら、おもむろに窓外を眺め遣やった。

 そこには、夕風に破られた狭霧の隙間を通して、恰度主任の小鼻のような箱根山が、薄暗の中にむッつり眠っているだけで、もう富士の姿は消えたのか、影も形も見えなかった。


(「ぷろふいる」19361月号)



大阪 圭吉 

Osaka, Keikichi  1912.3.201945.7.2

昭和初期に活躍した、探偵小説家。理詰めの謎解きに焦点を絞った、骨太の短篇を残した。本名は鈴木福太郎。愛知県新城市の旧家に生まれ、日本大学商業学校を卒業。1932(昭和7)年、作家、甲賀三郎の推薦を得て、雑誌「新青年」に『デパートの絞刑吏』を発表し、小説家としてデビューする。新城で役場勤めを続けながら、『死の快走船(『白鮫号の殺人事件』を改変改題)』『気狂い機関車』『とむらい機関車』等を発表。後には、ユーモア小説、スパイ小説、捕物帳へと方向を転じた。1942(昭和17)年、上京して日本文学報国会に勤務しながら、作家活動の本格化を目指すが、翌年応召。1945(昭和20)年、フィリピン、ルソン島にて戦病死。享年33歳。ペンネームは、大阪圭吉の他、大坂圭吉とも書く。

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『影に対して』遠藤周作(新潮社)

「人生」を燃焼させようとする烈しい母、「生活」を大事にする父。二人が離婚した時、幼い息子が強いられた選択は、やがて……。
今年発見された未発表の中篇小説「影に対して」をはじめ、母を描いた名作を集成。『沈黙』や『深い河』の登場人物が結局キリストを棄てられなかったように、母と別れることは誰にもできはしない――。

完成しながらも発表されず、手許に残された「影に対して」。
「理由が何であれ、母を裏切り見棄てた事実には変りはない」しかし『沈黙』『深い河』などの登場人物が、ついにキリストを棄てられなかったように、真に母を棄て、母と別れられる者などいない―。

かつて暮した街を訪ね(「六日間の旅行」「初恋」)、破戒した神父を思い(「影法師」)、かくれキリシタンの里を歩きながら、(「母なるもの」)、失われた“母”と還るべき場所を求め、長い歳月をかけて執筆されて全七篇。

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『影に対して』遠藤周作(新潮社)
影に対して
雑種の犬
六日間の旅行
影法師
母なるもの
初恋
還りなん


「影に対して」本文より
・・・・・・(母は)繰り返し三時間、たった1つの旋律だけを繰り返している。アゴだけでヴァイオリンを支え、歯で下唇を強くかみしめている。その母のきびしい顔を子ども(勝呂)は怖ろしそうにうかがっていた。
「なにかくれない」と彼は言った。
「なにか果物ない?」
本当は果物などほしいのではなかった。ただ彼は、眼前の母の心をこちらに向けたかったのである。自分に話しかけてもらいたかったのである。
「なにか、くれない。ねえ・・・・・・」
(P27より)

「果物がないかって、聞いてるんだけど・・・・・・」

 子どもは母をゆさぶった。ヴァイオリンを弾いている間は決して話しかけたり、騒いだりしてはいけないと平生からきつく言われたのに、彼はその言いつけを忘れるほど不安にかられた。

「何をするの」
 母は怖ろしい顔で勝呂をにらみつけ叱りつけた。
(中略)
「言いつけを聞けないなら、雪の中に立ってらっしゃい」
(P28より)

[小学生のころ高熱を出し入院した。
そこで初めて、母からの愛情を独占する。]

そんなに長く入院していなければならぬのかと尋ねると、母は困ったような表情でうなずいた。だが、真実、勝呂は早く治るよりはこのまま入院が長びくことを心で願っていた。病気のおかげで、自分が母を独占できたことを子ども心にもしっていたからである。
(P38より)

「入院はつかの間の幸福だった。ただ母にとっては、人生を変える大きな転機となる。母は義姉から「ヴァイオリン」をとがめられる]

伯母(母にとっての義姉)は金歯のいっぱい入った口をとがらせながら、
「ヴァイオリンもいいけど、女はまず家をまとめるのが仕事だと思うけどね」(中略)
「この子が病気になったのも」
伯母はたたみかけるように
「あんたが音楽ばかりにかまけてみてやらなかった為じゃないのかい」
(P41より)

「あのね、よく聞きなさい」
急に硬い声で、
「お前も気づいているかも知れないが」
勝呂の長靴の下で、雪の小さなかたまりが砕けた。
「父さんは母さんとうまくいかなかったんだよ。だから別々に住もうと言うことになったんだ」
   (中略)
「・・・・・・いいかね、母さんはこれから1人で働かなくちゃならない。お前を食べさせたり学校に行かせるのは大変だ。母さんはどうしても、お前をつれていくと言っているが、それじゃお前は・・・・・・」
(P56より)

「どうした」
「いやだ。もうぼく、こんなのいやだ」
それだけが、彼の父に対する精一杯の抗議だった。
(P57より)

あの時、たとえ学校などに行けなくても、母についていくべきだったのに、その母を見捨てた自分の弱さ、卑怯さが苦しいのである。
(P57より)

 母を見捨てた自分がみじめで汚れて卑怯者だという気持ちを、背中に痛いほど感じながら、彼はランドセルを背中にかけた。

大人になってもなお、勝呂は、「母」を裏切り 見捨てたことに罪の意識を感じている。

理由が何であれ、母を裏切り見捨てた事実には変わりはない。それが今日まで彼の心の奥にしこりとなってきた。
(P58より)


遠藤周作(1923-1996)東京生れ。幼年期を旧満州大連で過ごし、神戸に帰国後、11歳でカトリックの洗礼を受ける。慶応大学仏文科卒。フランス留学を経て、1955年「白い人」で芥川賞を受賞。一貫して日本の精神風土とキリスト教の問題を追究する一方、ユーモア作品、歴史小説も多数ある。主な作品は『海と毒薬』『沈黙』『イエスの生涯』『侍』『スキャンダル』等。1995年、文化勲章受章。1996年、病没。
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2021年10月09日

『年輪で読む世界史 チンギス・ハーンの戦勝の秘密から失われた海賊の財宝、ローマ帝国の崩壊まで』バレリー・トロエ

年輪年代学の第一人者である著者が、世界各地で年輪試料を採取し、年輪からさまざまな時代の地球の気候を読み解いていく。
年輪には、気候が人類の文明に及ぼした痕跡が、はっきりと刻まれている。
年輪を通して地球環境と人類の関係に迫る、全く新しい知見に触れる1冊。

序章
第1章  砂漠と天文学と年輪
砂漠で年輪研究?
太陽活動と樹木
古代プエブロ人遺跡は語る
女性研究者はつらいよ

第2章  アフリカで年輪を数える
タンザニアで初の試料採集
試料採集のやり方
年輪研究に最適な樹木とは

第3章  ギリシャ神の名を持つ長寿木
古い樹木に狙いをつける
樹齢1075年の木に挑む
自然遺産木の曖昧な樹齢
長寿木の呪い
世界各地の長寿木

第4章  年輪が語る驚愕の事実
年輪を観察する
年輪シグナルとクロスデーティング
まぎらわしい欠損輪と偽年輪
ドイツとアイルランドのブナ類の年輪シグナルが一致する謎
年輪研究で南極大陸に森林があったことが明らかに

第5章  石器時代、感染症、難破船と年輪
放射性炭素同位体年代と年輪年代の精度
ローマ時代のカシ材の発見
法隆寺のヒノキの新事実
年輪年代学で美術工芸品製作年代の推定
ヨーロッパの建築ラッシュと感染症流行

第6章  真実を葬ろうとする政治家たち
男性研究者たちの意地の張りあい
年輪を使った気候復元がつきつけたこと
気候学に対する政治弾圧

第7章  鍾乳石と年輪から見るヨーロッパの気候変動
気温観測の歴史
気候変動の3つの要因
中世温暖期と小氷期
ヨーロッパの気候を支配するもの
アイスランド低気圧とアゾレス高気圧の渦
ネイチャー誌から原稿却下をくらう

第8章  中世北ヨーロッパの寒冷気候
過去1000年の文書に記録されたもの
氷河がもたらした悲劇
小氷期のヨーロッパの勝者と敗者

第9章  ハリケーンの発生を予測できるか
年輪以外の代替指標
500年ぶりの少雪の衝撃
海難事故とハリケーンと樹木の成長抑制
海賊の黄金時代とマウンダー極小期の一致

第10章  突発的激甚イベントと年輪
地震と年輪
チェルノブイリ原発事故とツングースカ隕石爆発による年輪異常
火山噴火と太陽のスーパーフレアがつくった霜年輪
775年の年輪に記録されたスーパーフレア

第11章  ローマ帝国の分裂と崩壊をもたらした寒波と感染症
すべての道はローマに通ず
マラリアの蔓延
火山噴火とペストの感染爆発

第12章  王朝の興亡と気候変動
温暖な気候とモンゴル帝国の台頭
ウイグル帝国と旱魃
クメール王朝崩壊をもたらした季節風
風土病「ココリツトリ」と旱魃

第13章  アメリカ南西部の古代遺跡と巨大旱魃
アメリカ南西部の古代史研究
建築資材の年代と調達場所をつきとめる
建築ブームと大規模旱魃
大規模旱魃が起きたのは夏か? 冬か?
年輪データを活用して大旱魃に備える

第14章  地球をめぐる風
ジェット気流がもたらすもの
蛇行するジェット気流と異常気象
熱帯域の拡大と明朝、オスマン帝国の崩壊
エルニーニョとラニーニャの変動

第15章  アメリカの森林火災史と旱魃
カリフォルニア州の森林火災
年輪が記録する森林火災
アメリカ林野局設立とスモーキーベアの功罪
伝道所開設と先住民の大量死
シベリア、サハ共和国での苛酷な野外調査

第16章  これからの地球環境と年輪年代研究
ホモ・ハイデルベルゲンシスがつくった木製槍
1本残らず木が切られたイースター島
産業革命後の炭素循環の劇的変化
地球環境を変えた人新世
気候変動に立ち向かえ、年輪年代学研究者

プレイリスト
樹木の和名と学名の一覧
用語集
参考文献
推薦図書
索引
訳者あとがき
2,700円+税 四六判 340頁 2021年6月刊行 ISBN978-4-8067-1621-1

〈訳者あとがき〉佐野弘好
著者であるバレリー・トロエ博士は、年輪年代学研究の分野をリードする世界トップクラスの科学者である。2020年以降も著者は、中国の森林火災、気候変動に対する森林植生の応答、年輪からみたバハカリフォルニアの水文気象など、年輪研究に基礎を置いた研究(主に気候学と環境科学分野)を第一線で精力的に続け、多数の研究成果を公表している。 

本書は、樹木の年輪と年輪パターンを利用した年輪年代に基づいて気候を復元(寒暖、旱魃、激甚気象など)し、考古学、環境学、社会史学などとも連携する自然科学の1分野である年輪年代学の初歩と応用を一般読者向けに易しく述べた1冊である。 
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2021年10月08日

『猿と女とサイボーグ ―自然の再発明』ダナ・ハラウェイ

ポリティクス‐サイエンスの分析のために必要な前提は3つの境界の崩壊によって起こったという。

〈人間と動物の境界の崩壊〉
人間は動物=自然とは唯一異なる存在であると考える西欧的な思考がある。これは主に創造説に由来すると考えられる。この支配的な思考は生物学と進化論によって覆された。

〈動物−人間(生体)と機械との間の境界の崩壊〉
生体である動物や人間と機械との間には主体/客体、能動/受動、書くこと/書かれること、の区別があったが、それはもはや言えない。

「我々の機械は不穏なほどに元気がよいし、その一方で我々自身はといえば、驚くほど活気がない。」(p.292)

〈物理的なものと物理的ならざるものとの境界の崩壊〉
今の社会ではどこに機械・物理学が物質的・政治的に存在しているか不明瞭である。物理的なものはどこに存在し、我々を支配しているのか分からない。
=ポリティクスとしてのサイエンス(フーコーの権力・知の政治をより拡張)
 
以上のような3つの境界の崩壊にもかかわらず、アメリカの社会主義者やフェミニストの大半が一層深い二元論を想定している(p.295)


『猿と女とサイボーグ ―自然の再発明』内容紹介
ジェンダー/セクシュアリティ/階級/文化を規定する <自然>概念を内破させるために 霊長類学、免疫学、生態学など、生物化学が情報科学と接合される―。 
高度資本主義と先端的科学知が構築しつづける 
<無垢なる自然>を解読=解体し、 
フェミニズムの囲い込みを突破する闘争マニュフェスト。 

著者ダナ・ハラウェイ, 1944年コロラド州デンバー生まれ。イェール大学で実験生物学から科学史に転じ、生物学の博士号を取得。1980年からはカリフォルニア大学サンタクルーズ校で科学技術論とフェミニズム理論を論じ、現在は名誉教授 。
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2021年10月05日

『ゴルゴ13』ならぬ「ゴルゴ十三」

924日に膵臓がんのため死去した漫画家のさいとう・たかを(本名・斉藤隆夫)さんを悼んだ。陳歯科医はゴルゴ13が好き過ぎて、大阪市淀川区に所有する賃貸物件のテラスハウスに「ゴルゴ十三」と名付けたほど。【朝日新聞】103日夕刊


−−まさか、ほんまかいな!? 『ゴルゴ13ならぬ「ゴルゴ十三」 嘘のような本当の賃貸物件オーナーに直撃』(まいどなニュース、20181029日公開)


 大阪・十三に「ほんまかいな!?」と耳を疑うようなユニーク賃貸物件がある。その名も「ゴルゴ十三」(大阪市淀川区野中南)。築7年のれっきとした2階建て2LDK(63・76平方メートル)テラスハウスだ。家賃9万1000円のファミリー向け。最寄り駅の阪急「十三駅」から徒歩でなんと13分ときた。ほんまかいな!?



バカ漫画「亜江良十三の大報道」

〔朝日新聞社〕(19911225日発行)さいとう・たかを+アエラ・プロ


しかし此れには「ゴルゴ13」ならではの、裏付けもあったのだ。


『大阪淀川べりに隠された亜江良十三出生の秘密』 P.178181

 駅を降りると、足ばやに行き交う人の雑踏。サンドイッチマン。手相見。数十軒の飲み屋が軒を並べる通称「小便横丁」の店先には、「日本一安い」「ドテ焼き百五十円」と看板がかかっている。

 「十三」は、大阪の中心街・梅田から阪急電車で淀川を渡って二駅目。 電車はここで三線に分かれ、西に神戸、北へ宝塚、東は京都へと向かう。沿線はいずれも京阪神で有数の高級住宅地を形成している。


 大阪府立北野高校で日本史を教える北畑教諭(52)は、本気で怒っていた。

駅から歩いて数分のところにある北野高校は、旧制府立中学から数えて百十五年、大阪でいちばん古く、また屈指の大学進学率を誇る名門で、学会、財界に人材を輩出してきた。

先の二人の絵の大家(佐伯祐三、手塚治虫)もここの卒業生なのだ。

「森繁久弥もそうや」北畑先生はつけ加えた。

 もっと最近では、どんな有名人がいるかと尋ねると、先生はだいぶ考えた後、「まあキミぐらいやなあ、亜江良君」何を隠そう、私はこの学校の卒業生で、久々に母校を訪ねたのだった。

 「十三ちゅうのはなぁ」

 先生によると、地名の由来は、@古代条里制の十三からきた A戦国武将を供養した十三塚にちなむ B干潟が十三ヶ所あった C淀川の上流から数えて十三番目の渡しがあった、など諸説あるが、Cが有力だそうだ。

「それだけ由緒正しいちゅうことや。

なんや、キミは十三生まれいうこと、東京では隠しとるそうやないか」

 私はここ十三に生まれ、そのため十三という名をつけられた。

先祖は鹿児島県姶良郡の出とも、山口県豊浦郡の士族、江良氏の亜流ともいう。

初出『AERA1988524日号〜90515日号より


『帰国を命じた編集長に別れを告げに来た男』 P.504509


サハリンでの取材を終えた亜江良十三は、本社の強引な人事異動(本社勤務)を拒絶。

トミオカ編集長からの帰国命令を蹴り、サハリンで連絡をを絶ったまま、彼は行方不明に。

以下は、アエラ編集長(当時)である富岡隆夫氏(下記画像参照)による記事。

[前略]

「おかえりなさーい」

背後で女性記者の明るい声があがった。振り向くと、編集部の入り口に大柄な男が立っている。

ジューゾーだ。しばらく見ないうちに、眼光がずいぶん険しくなっている。そのまわりには、人垣ができ始めていた。

「なんで、あいつに人気があるんだ」

私は、人心が一人の記者に集中し、他の者の影が薄くなる事態を避ける意味からも、ジューゾーを帰国させてよかったと思った。

「たいへんだったでしょう。編集部の顔ぶれも変わったから、あなたの知らない人も多いわ」

と、みんなが、口々に労をねぎらう。   

 [中略]

男は自分を取り囲んだ人々を邪険に押しのけ、編集長席の方へずんずん歩いてきた。

「やあ、ジューゾー、元気そう……

 ジューゾーにしては、少し愛嬌が足りない。もみあげも長過ぎる。

ぬーっ、と私の前に立った男は、確かにジューゾーに似ていた。

しかし、明らかにジューゾーではない。

「キ、キミは、ゴ、ゴル……

亜江良十三記者には、一卵性双生児の兄がおり、国際的な暗殺者として活躍している、という記述が、「編集長のみ閲覧可」の人事部ファイルにあったことを思い出し、私は目を閉じた。

(『亜江良十三の大報道』より)


阪神「十三」とはなかなか説得力と、殺し屋についてリアリティがある場所ですね。大阪人だった劇画家さいとうたかを氏、さすがに詳しく描写されてます。

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2021年09月30日

内田也哉子・中野信子『なんで家族を続けるの?』(文春新書)

「週刊文春WOMAN」大反響連載がついに一冊に!

私たちは普通じゃない家族の子だった――。


樹木希林と内田裕也の娘として生まれ、家族団欒を知らずに育った内田也哉子。自身は19歳で結婚、三児の母として家族を最優先に生きてきた。

一方、中野信子は巨大なブラックホールを抱えてきた。その原点は両親の不和の記憶だった。


「樹木希林の結婚生活は生物学的にはノーマル?」

「血のつながりは大事なのか」

「貞操観念はたかが150年の倫理観」

「知性は母から、情動は父から受け継ぐ」

「幸せすぎて離婚した希林がカオスな裕也にこだわった理由」

「幼くして家庭の外に飛ばされた私たちは」

「脳が子育てに適した状態になるのは40代」

「私は「おじさん」になりたかった」

「惰性で夫婦でいるのがしっくりくる」ほか


幼い頃から家族に苦しんだ二人は、なぜ、それでも家庭を築いたのか?

家族に苦しむすべての人に贈る、経験的家族論!


https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166613038


家族団欒を知らずに育った内田一家の体験談話が凄い。イッツ・ファンタジー並みの面白さ(失礼)。

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