2020年11月12日

『ブルックリン・フォリーズ』ポール・オースター(新潮文庫)

六十歳を前に、離婚して静かに人生の結末を迎えようとブルックリンに帰ってきた主人公ネイサン。わが身を振り返り「人間愚行の書」を書く事を思いついたが、街の古本屋で甥のトムと再会してから思いもかけない冒険と幸福な出来事が起こり始める。そして一人の女性と出会って……物語の名手がニューヨークに生きる人間の悲喜劇を温かくウィットに富んだ文章で描いた家族再生の物語。
内容(「BOOK」データベースより)

ポール・オースター
1947年生れ。コロンビア大学卒業後、数年間各国を放浪する。’70年代は主に詩や評論、翻訳に創作意欲を注いできたが、’85年から’86年にかけて、『ガラスの街』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』の、いわゆる「ニューヨーク三部作」を発表し、一躍現代アメリカ文学の旗手として脚光を浴びた 

柴田元幸 
1954年、東京生れ。米文学者・東京大学名誉教授。翻訳家。アメリカ文学専攻。『生半可な學者』で講談社エッセイ賞受賞。『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞受賞。トマス・ピンチョン著『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞受賞。アメリカ現代作家を精力的に翻訳するほか、著書多数。文芸誌「Monkey」の責任編集を務める。
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2020年11月11日

〈空想のエデン〉を求めて

エドガーAポーの「ランドーの山荘」「アルンハイムの地所」(『ポオ小説全集4』創元推理文庫)、ソローの『森の生活』(岩波文庫)をあわせて読むと、同じ問題意識を持ってポール・オースターが『ブルックリン・フォリーズ』を記したと思われる。


物語後半でネイサンたちが滞在する宿屋も、考えるための場所として〈空想のエデン〉がある。


19世紀ほど住むことにこだわった時代はない、と思想家のヴァルター・ベンヤミンは述べている」

そして、『家具の哲学』というエドガー・アラン・ポーのエッセイについて「ベンヤミンも、このエッセイを、19世紀の室内趣味のはじまりを象徴するものとしている」

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2020年11月10日

H.D. ソロー『森の生活 : ウォールデン』(岩波文庫)

ウォールデン湖畔の森の中に自らの手で小屋を建て、自給自足の生活を営んだ。湖水と森の四季の移り変り、動植物の生態、読書と思索等々が、「詩人博物学者」の清純な感覚で綴られる。湖とその周辺の写真多数を収める新訳。

「朝早く起き、静かに落ち着いて朝食をとるか省くかする、客が来るのも去るのも、鐘が鳴るのも子供が泣くのも、なりゆきにまかせよう。一日を精いっぱい、楽しく生きようと心に決めて」

「突然私は自然が~雨だれの音や、家のまわりのすべての音や光景が~とても優しい、情け深い交際仲間であることに気づき、たちまち筆舌に尽くしがたい無限の懐かしさが込み上げてきて、大気のように私を包み」

「これほど透明度の高い、底なしめいた、雲を映し出す水の上にいると、あたかも自分が風船に乗って空中に浮かんでいるかのようだったし、魚たちの泳ぎは空中飛行か空中遊泳を思わせ、魚の群れは体中の鰭を帆のように張って、私の左右を少し低めに飛んでゆく密集した小鳥の群れに似ていた」

「自己の高度な、あるいは詩的な能力を最良の状態に維持したいと本気で考える人々はみな、とりわけ動物食や過食を避けてきたに違いない」

「もし人が自らの夢の方向に自信を持って進み、頭に描いたとおりの人生を生きようと努めるならば、ふだんは予想もしなかったほどの成功を収めることができる」

「汝の視力を内部に向けよ。やがてそこには、いまだ発見されざる、千もの領域が見つかるだろう。その世界を経巡り、身近な宇宙地理学の最高権威者となれ」

「もしひとが、みずからの夢の方向に自信を持って進み、頭に思い描いたとおりの人生を生きようとつとめるならば、ふだんは予想もしなかったほどの成功を収めることができる」

「われわれの内なる生命は、川の水のようなものである」

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー
アメリカ合衆国の作家・思想家・詩人・博物学者。 1817年7月12日生まれ。
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2020年10月08日

平岡正明 『横浜的 芸能都市創成論』青土社

日本のジャズの揺籃の地にして、美空ひばりを産み、いま世界の大道芸をリードする芸能都市になろうとしている港町・横浜に、「思想としての江戸」の再生をもくろみ、平岡流「民衆芸術論」を集大成して「場末美の思想」へと昇華させる究極の都市論。

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【目次】

序 秘法19番―一皿に港町の精髄が

芸能都市創成論(ひばり「東京キッド」の観点で横浜をロケハンする;「横浜みなと祭り」「ヨコハマどんたく」を批判する;TVKのハマ番組は禿頭が偉かった;「破産宣言の町」にアメリカの疲弊を見る)

横浜四天王(シャンソン語り元次郎は野毛のジャン・ジュネである;三代目彫よしは最後の芸術を生きる;北原おもちゃ館でビリーの歌を聴いた;ジャグラー水野雅広には山下公園の夜景がよく似合う)

日付のある横浜

浜ひばり江戸ひばり

(青土社1993年刊行)


オンデマンド書籍というものを、初めて注文してみた。ハードカバー装丁にこだわり人でなければ、読者として快適である。
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2020年10月07日

『野毛的−−横浜文芸復興』平岡正明

港ヨコハマ野毛。混血文化を生みだす、場末美の町の物語。場末美の町の芸術論。

大道芸と、美空ひばりと、サンバと刺青と娼婦とジャズの街。ヨコハマの混血文化のなかでも場末ならではの美しさを持っていた野毛に集った人々、通った店、さまざまな思い出を語る。 


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第1章 異国の夕暮をさまよう

平岡正明/中野義仁/福田文昭/森直実/黄成武/田中優子

第2章 ミナトの女、六人半

藤代邦男/大谷一郎/大内順/中泉吉雄/田中優子/笑順/荻野アンナ

第3章 下町硬派

永登元次郎/中野義仁/中村文也/伊達政保/中泉吉雄/陳立人/四方田犬彦/黄成武/アズマダイスケ/大月隆寛/石川英輔

第4章 ビバ、下町!

種村季弘/中谷豊/田村行雄/橋本隆雄/森直実/福田豊/大久保文香/鈴木智恵子/平木茂/大久保文香/平岡正明

第5章 大道芸の自由

森直実・加藤桂/雪竹太郎/落合清彦/ルベ・エマニュエル/大久保凡/視察団座談会/水野雅広

第6章 in & out

森直実/宮田仁/高橋長英/田井昌伸/中島郁/見角貞利/佐々木幹郎/大内順/福田豊/織裳浩一/藤沢智晴/大久保文香/中谷浩/平岡正明vs.橋本勝三郎/田中優子vs.平岡正明/平岡正明/梁石日/三波春夫をみると、野毛ビバ系、野毛萌え系の大まかな構図が一望に出来る。


第1章 異国の夕暮をさまよう

平岡正明/中野義仁/福田文昭/森直実/黄成武/田中優子

第2章 ミナトの女、六人半

藤代邦男/大谷一郎/大内順/中泉吉雄/田中優子/笑順/荻野アンナ

第3章 下町硬派

永登元次郎/中野義仁/中村文也/伊達政保/中泉吉雄/陳立人/四方田犬彦/黄成武/アズマダイスケ/大月隆寛/石川英輔

第4章 ビバ、下町!

種村季弘/中谷豊/田村行雄/橋本隆雄/森直実/福田豊/大久保文香/鈴木智恵子/平木茂/大久保文香/平岡正明

第5章 大道芸の自由

森直実・加藤桂/雪竹太郎/落合清彦/ルベ・エマニュエル/大久保凡/視察団座談会/水野雅広

第6章 in & out

森直実/宮田仁/高橋長英/田井昌伸/中島郁/見角貞利/佐々木幹郎/大内順/福田豊/織裳浩一/藤沢智晴/大久保文香/中谷浩/平岡正明vs.橋本勝三郎/田中優子vs.平岡正明/平岡正明/梁石日/三波春夫

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2020年10月02日

『イワンの馬鹿』トルストイ

ロシアの民話に登場するキャラクターで、極めて純朴愚直な男ではあるが最後には幸運を手にするのが多い。
帝政ロシア時代の小説家レフ・トルストイによって、愚者の彼を主人公とした作品で特によく知られる。

【あらすじ】
昔ある国に、軍人のセミョーン、たいこ腹のタラース、ばかのイワンと、彼らの妹で啞(おし)のマルタの4兄弟がいた。

ある日、都会へ出ていた兄たちが実家に戻ってきて「生活に金がかかって困っているので、財産を分けてほしい」と父親に言った。彼らの親不孝ぶりに憤慨している父親がイワンにそのことを言うと、ばかのイワンは「どうぞ、みんな二人に分けてお上げなさい」というので父親はその通りにした。

3人の間に諍いが起きるとねらっていた悪魔は何も起こらなかったのに腹を立て、3匹の小悪魔を使って、3人の兄弟にちょっかいを出す。権力欲の権化であるセミョーンと金銭欲の象徴のようなタラースは小悪魔たちに酷い目に合わされるが、ばかのイワンだけは、いくら悪魔が痛めても屈服せず、小悪魔たちを捕まえてしまう。小悪魔たちは、一振りすると兵隊がいくらでも出る魔法の穂や揉むと金貨がいくらでも出る魔法の葉、どんな病気にも効く木の根を出して助けを求める。イワンが小悪魔を逃がしてやるとき、「イエス様がお前にお恵みをくださるように」と言ったので、それ以来、小悪魔は地中深く入り、二度と出てこなかった。

イワンは手に入れた宝で、兵隊には踊らせたり唄わせたりして楽しみ、金貨は女や子供にアクセサリーや玩具として与えてしまう。無一文になった兄たちがイワンの所にかえってくると、イワンは喜んで養ってやったが、兄嫁たちには「こんな百姓家には住めない」と言われるので、イワンは兄たちの住む小屋を造った。兄たちはイワンが持っている兵隊や金貨を見て「それがあれば今までの失敗を取り戻せる」と考え、イワンは兄たちに要求されて兵隊や金貨を渡してやる。兄たちはそれを元手にして、やがて王様になった。

イワンは住んでいる国の王女が難病になったとき、小悪魔からもらった木の根で助けたので、王女の婿になって王様になった。しかし「体を動かさないのは性に合わない」ので、ただ人民の先頭に立って以前と同じく畑仕事をした。イワンの妻は夫を愛していたので、マルタに畑仕事を習って夫を手伝うようになった。イワンの王国の掟は「働いて手に胼胝(たこ)がある者だけ、食べる権利がある。手に胼胝のないものは、そのお余りを食べよ」と言うことだけだった。

ある日、小悪魔を倒された大悪魔は、人間に化けて兄弟たちの所にやってくる。セミョーンは将軍に化けた悪魔に騙されて戦争をして、タラースは商人に化けた悪魔に騙されて財産を巻き上げられて、再び無一文になる。最後に大悪魔はイワンを破滅させるために将軍に化けて軍隊を持つように仕向けるが、イワンの国では人民は皆ばかで、ただ働くだけなので悪魔に騙されない。今度は商人に化けて金貨をばらまくが、イワンの国ではみんな衣食住は満ち足りており、金を見ても誰も欲しがらない。そればかりか、悪魔は金で家を建てることができず、食べ物を買えないので残り物しか食べられず、逆に困窮して行く。

しまいに悪魔は「手で働くより、頭を使って働けば楽をして儲けることができる」と王や人民に演説するが、誰も悪魔を相手にしなかった。その日も悪魔は、高い櫓の上で、頭で働くことの意義を演説していたが、とうとう力尽きて、頭でとんとんと梯子を一段一段たたきながら地上に落ちた。ばかのイワンはそれを見て、「頭で働くとは、このことか。これでは頭に胼胝よりも大きな瘤ができるだろう。どんな仕事ができたか、見てやろう」と悪魔の所にやってくるが、ただ地が裂けて、悪魔は穴に吸い込まれてしまっただけだった。
《Wikipedia》より

青空文庫『イワンの馬鹿』トルストイ
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『人にはどれほどの土地がいるか』トルストイ

文豪トルストイの民話集から「イワンのばか」とともに、ロシアに伝わる古話らしい。小学生の頃に図書館から借りた時より、3.11以降となる現在読むと、心底ドキリとする結末が待ってた。

「人にはどれほどの土地がいるか」粗筋抜粋

ロシア農民の話。主人公パホームは小作農民で、商人などより安定した生活に暮して満足していた。
しかし「ただひとつ弱るのは、地面の足りないことだ! これで、地面さえ自由になったら、わしにはだれだってこわいものはないー悪魔だってこわかないよ!」と呟いた。
それを聞いて悪魔は「ひとつおまえと勝負してやろう。おれがおまえに地面をどっさりやろう。ー地面でおまえをとりこにしてやろう」と考えた。

近隣の地主が商人に土地を売却する話を聞き、一部の土地を買った。土地購入以降は家畜などの無断立ち入りなど、近隣住民と際限のない争いを惹起した。

「こうしてパホームは、土地は広く持ったけれども、世間を狭く暮らすようになってしまった」。

或る百姓が「ヴォルガのむこう」では移住すれば、広く豊穣な土地を分け与えられるという。移住したパホームは一人当たり3倍の土地を獲得する。やがて「だんだん住み馴れるにつれて、この土地でもまた狭苦しいような気がしてきた」。小麦生産の拡大を計ったが、自分の土地では足りず、他人の土地を借りる。土地の借用を巡ってて、またも近隣住民と競争する。

もっと広い土地を購入するのに物色はじめ、500デシャティーナの土地を1500ルーブリで買い取る。或る商人が1000ルーブリで5000デシャティーナの土地をパシキール人から買い取ったという。

その地に旅立ち到着すると、パシキール人は遊牧民で土地耕作していない。そこで贈物などして、気に入られるよう努めた。パシキール人は贈物に返礼したいというと、パホームは土地が欲しいと本音を語る。

パシキール人の村長は欲しいだけ土地をやる、その価格は均一で「一日分千ルーブル」と述べた。一人が一日歩き回った所を1000ルーブルで売るという。しかし条件は日没までに出発点に戻らなければならない。

<どうでもひとつ、できるだけ大きなパレスタイン(約束の土地)をとらなくちゃ>と彼は考える。一日かかったら、五十露里は廻るだろう。それに今は一番日の長い時だ。そこで周り五十露里の地面といえば、一体どれくらいになるだろう! そのうち悪いところは売るか、百姓たちに貸すかすればいい。そしていいところだけとって、そこに座り込むこととしよう。二頭の牝牛にひかせる犂をつくり、作男をふたりやとって、五十デシャティーナくらいを耕し、残りの地面で牧畜をやることにしよう。
ところが、その夜、パホームは夢をみた。パシキール人の村長、パシキール人の話をしていた商人、「ヴォルガの向こう」の話をしていた百姓が次々と夢の中に出てきた。

さらに見ると、それは例の百姓でもなく、角と蹄のある悪魔自身で、そいつがすわったまま腹を抱えて笑っているのだった。そしてその前には、シャツとずぼん下だけの裸足の男がひとりころがっている。パホームはなお側へ寄って、じっと見たーその男はいったい何者だろう? ところが、男はもう死んでいて、しかも彼自身である。パホームはぎょっとして、はっと目をさました。

夢から覚めると、もう朝で、パホームは、一日分の土地を計るために出発した。丘の上にある出発地点には、村長の帽子が置かれ、日没までにそこに戻ってこなければならなかった。
「いかにも地面がいいので、思いきるのは惜しいわい。おまけに、行けば行くほどよくなんだからたまらない。」ということで、とにかく大きな地面をとろうと必死にパホームは歩いた。途中で疲労し、眠気が襲ってきても、パホームは「一時間の辛抱が一生のとくになるんだ」といって歩き続けた。

さすがに日没が近づいてくるとパホームはあせり、出発地点に戻るために走り出した。

<ああ>と彼は考えた。<おれはあんまり欲をかきすぎた、ーもう万事おしまいだー日の入りまでには行き着けそうもない>…すると、なお悪いことに、こう思う恐れから、いっそう呼吸がきれてきた。パホームはただ走った。
(中略)
パホームは無気味になっては考えたー<あんまり夢中になって、死んでしまいはしないだろうか>
死ぬのはこわいけれども、立ちどまることはできなかった。<あんなに駈けまわりながら、いまになって立ちどまったら、ーそれこそばか呼ばわりされるだろう>こんなことを考えた。
ほぼ日没直前に、パホームは、出発地点にようやく近づいた。出発地点ではパシキール人たちが彼を急き立て、村長が両手で腹を抱えていた。

夢が思いだされ<土地はたくさんとったが>、<神さまがその上に住ませて下さるだろうか? おお、おれは自分を滅ぼした! とても走れまい>。
一度はあきらめかけたパホームであるが、なんとか日没時までには出発地点まで戻ってきた。しかし結末は、こういう有様であった。

パホームは勇を鼓して、丘へ駆けあがった。丘の上はまだ明るかった。パホームは駈けつけると同時に帽子を見た。帽子の前には村長がすわり、両手で腹を抱えて、あはあはと笑っている。パホームは夢を思いだし、あっと叫んだ。足がすくんでしまったので、彼は前のめりに倒れたが、倒れながらも両手で帽子をつかんだ。
「やあ、えらい!」と村長は叫んだ。「土地をしっかりおとんなすった!」
パホームの下男が駈けつけて、彼を抱き起こそうとしたが、彼の口からはたらたらと血が流れた。彼は死んで倒れていたのだった。
下男は土掘りを取り上げて、頭から足までかっちりと入るように、パホームのために墓穴を掘った。そして彼をそこに埋めた。

【FIN】

『トルストイ民話集 イワンのばか 他八編』<岩波文庫>中村白葉訳  より

「人は、たとい全世界を手に入れても、真の命を損じたら、何の得が ありましょう。その生命を買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。」新約聖書

不自由ない農民が土地に対する欲望を拡げて、結局、手に入れたのは自身の六尺身長の墓穴だけ。やがて其れも地上の一部分となって、何事もなかったように大地へ還元されていくのだった。

労働時間や私欲向上とは遠くにいた小学生には、ロシアの文豪トルストイが抱いていた忍び寄る「物質謳歌する金銭世界」への危機意識など、理解範疇を超える話であった。
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2020年09月29日

『電信柱と妙な男』小川未明

 ある町に一人の妙な男が住んでいた。昼間はちっとも外に出ない。友人が誘いにきても、けっして外へは出なかった。病気だとか、用事があるとかいって、出ずにへやの中へ閉じこもっていた。夜になって人が寝静まってから、独でぶらぶら外を歩くのが好であった。

 いつも夜の一時ごろから三時ごろの、だれも通らない町の中を、独りでぶらぶらと歩くのが好きであった。ある夜、男は、いつものように静かな寝静まった町の往来を歩いていると、雲突くばかりの大男が、あちらからのそりのそりと歩 いてきた。見上げると二、三丈もあるかと思うような大男である。

「おまえはだれか?」と、妙な男は聞いた。

「おれは電信柱だ。」と、雲突くばかりの大男は、腰をかがめて小声でいった。

「ああ、電信柱か、なんでいまごろ歩くのだ。」と、妙な男は聞いた。

 電信柱はいうに、昼間は人通おりがしげくて、俺みたいな大きなものが歩あるけないから、いまごろいつも散歩するのに定めている、と答えた。

「しかし、小男さん。おまえさんは、なぜ、いまごろ歩くのだ。」と、電信柱は聞いた。

 妙な男はいうに、俺は世の中の人がみんなきらいだ。だれとも顔を合せるのがいやだから、いま時分歩くのだ。と答えた。それはおもしろい。これから友人になろうじゃあありませんかと、電信柱は申し出でた。妙な男は、すぐさま承諾していうに、

「電信柱さん、世間の人はみんなきらいでも、おまえさんは好きだ。これからいっしょに散歩しよう。」といって、二人はともに歩き出した。

 しばらくすると、妙な男は、小言をいい出だした。

「電信柱さん、あんまりおまえは丈が高たかすぎる。これでは話づらくて困るじゃないか。なんとか、もすこし丈の低くなる工夫はないかね。」といった。

 電信柱は、しきりに頭をかしげていたが、

「じゃ、しかたがない。どこか池か河のふちへいきましょう。私は水の中へ入はいって歩くと、おまえさんとちょうど丈の高さがおりあうから、そうしよう。」といった。

「なるほど、おもしろい。」といって、妙な男は考えていたが、

「だめだ。だめだ。河ぶちなんかいけない。道が悪くて、やぶがたくさんあって困る。おまえさんは無神経も同然だからいいが、私は困る。」と、顔をしかめて不賛成をとなえだした。

 電信柱は、背を二重にして腰をかがめていたが、

「そんなら、いいことが思いあたった。おまえさんは身体が小さいから、どうだね、町の屋根を歩あるいたら、私は、こうやって軒について歩くから。」といった。

 妙な男は、黙ってうなずいていたが、

「うん、それはおもしろそうじゃ、私を抱いて屋根の上へのせてくれ。」

と頼みました。

 電信柱は、軽々と妙な男を抱き上げて、ひょいとかわら屋根の上に下しました。妙な男は、ああなんともいえぬいい景色だと喜こんで、屋根を伝って話ながら歩きました。するとこのとき、雲間から月が出て、おたがいに顔と顔とがはっきりとわかりました。たちまち妙な男は大きな声で、

「やあ、おまえさんの顔色は真っ青じゃ。まあ、その傷口はどうしたのだ。」と、電信柱の顔を見てびっくりしました。

 このとき、電信柱がいうのに、

「ときどき怖しい電気が通ると、私の顔色は真っ青になるのだ。みんなこの傷口は針線でつつかれた痕さ。」といいました。

 すると、妙な男は急に逃げ出して、

「やあ、危険! 危険! おまえさんにゃ触れない。」といったが、高い屋根に上っていて下りられなかった。

「おい小男さん、もう夜が明けるよ。」と、電信柱がいった。

「え、夜が明ける? ……」といって、妙な男は東の空を見ると、はや白々と夜が明けかけた。

「こりゃたいへんだ。」といいざま、電信柱に飛びつこうとして、またあわてて、

「や、危険! 危険!」と、後じさりをすると、電信柱は手をたたいて、ははははと大口開けて笑った。

「小男さん、私は、こうやっていられない。夜が明けて人が通る時分には、旧のところへ帰って立っていなければならんのだ。おまえさんは、独りこの屋根にいる気かね。」と、電信柱はいった。

 妙な男は困って、とうとう泣き出した。かれこれするうちに、人ひとが通り始はじめた。電信柱は、とうとう帰る時刻を後れてしまって、やむをえず、とてつもないところに突っ立って、なに知らぬ顔でいた。妙な男は独り、

「おい、おい、電信柱さん、どうか下してくれ。」と拝みながらいったが、もう電信柱は、声も出さなけりゃ、身動もせんで、じっとして黙っていた。通る人々は、みんな笑って、

「こりゃ不思議だ、あんな町の真ん中に電信柱が一本立っている。そして、あの屋根にいる男が、しきりと泣きながら拝んでいる。」

といって、あっはははと笑っていると、そのうちに巡査がくる。さっそく妙な男は、盗賊とまちがえられて警察へ連つれられていきましたが、まったくの盗賊でないことがわかって、放免されました。それからというものは、妙な男は夜も外へ出なくなって、昼も夜もへやに閉じこもっていました。そして、その電信柱も、いろいろ世間でうわさがたって、もう夜の散歩はやめたということであります。


底本「定本小川未明童話全集 1」講談社

19761110日第1刷発行

1982910日第7刷発行


《青空文庫》

https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1475.html


『電信柱と妙な男』小川未明怪異小品集 (平凡社 ライブラリー)

序(面影 ハーン先生の一周忌に/夜の喜び/北の冬)/

1 妖魔たち(電信柱と妙な男/角笛吹く子/赤い天蓋/兄弟の狩人/いろいろな罸)/

2 娘たち(朝の鐘鳴る町/靄につつまれたお嬢様/さまよえる白い影/砂漠の町とサフラン酒/島の暮れ方の話)/

3 少年たち(過ぎた春の記憶/秋逝く頃/迷い路/たましいは生きている)/

4 北辺の人々(大きなかに/老婆/櫛/抜髪/森の暗き夜)/

5 受難者たち(幽霊船/暗い空/捕らわれ人/血の車輪)/

6 マレビトたち(悪魔/僧/日没の幻影/薔薇と巫女)


小川未明(オガワミメイ)

1982(明治15)年新潟県生まれ。早稲田大学大学部英文学科を卒業。在学中、坪内逍遙やラフカディオ・ハーンの指導を受け、1904年、処女作『漂浪児』を「新小説」に発表し注目される。その後、雑誌「赤い鳥」(1918年創刊)をはじめとする児童文学興隆の気運に呼応して多くの童話作品を手がけたが、1926年、小説の筆を断ち、童話執筆に専念することを宣言する。以降、アナーキズム、人道主義に立脚する文学活動を展開、戦後は児童文学界の指導的役割を果たした。1953年文化功労者。主な作品に『金の輪』『赤い蝋燭と人魚』などがある。1961年没。

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2020年09月26日

丸山健二『掌編小説集 人の世界』田畑書店

それが原初的な愛だからといって、素直に了解するわけにはゆかず、それが否定し得ぬ美徳に彩られた万代までの語り草だからといって、いちいち感嘆の声を発するわけにはゆかず、それが危急存亡の時の前座にすぎぬ些細な悲劇だからといって、笑い飛ばすわけにはゆかず、それが相手の出方を過たずに見るとびきりの冷静さだからといって、微塵も疑わぬまま尊敬するわけにはゆかなかった。(「われは何処に其丿七」より) 

あなたのすぐ隣にあるかもしれない8つの生を描いた掌編小説集「われは何処に」と、〈風人間〉を自称する泥棒の独立不羈、かつ数奇な人生を連作形式で描く掌編小説集「風を見たかい? 」を収録。


【目次】

我々は何処に 
 其之一 
 其之二 
 其之三 
 其之四 
 其之五 
 其之六 
 其之七 
 其之八 

風を見たかい 
 軟風を追って 
 夜嵐をついて 
 海風に乗って 
 吹雪をよぎって 
 緑風に魅せられて 
 高嶺風に倒されて 
 熱風をかき分けて 
 夕風に説き伏せられて 
 川風に流されて 
 白南風に溶けて 

めくるめく語彙、彫琢した文章によってわずかな紙幅に凝縮された、さまざまな人間の営み!

丸山健二
1943年、長野県飯山市に生れる。国立仙台電波高等学校(現在の国立仙台電波工業高等専門学校の前身)卒業後、東京の商社に勤務。66年『夏の流れ』で第23回文學界新人賞を受賞。同年、同作で芥川賞を受賞し作家活動に入る。68年に郷里の長野県に移住後、文壇とは一線を画した独自の創作活動を続ける。また、趣味で始めた作庭を自らの手による写真と文で構成した独自の表現世界も展開している。近年の作品に長編小説『我ら亡きあとに津波よ来たれ』(上・下)。『夢の夜から口笛の朝まで』『おはぐろとんぼ夜話』(全3巻)、エッセイ『人生なんてくそくらえ』、『生きることは闘うことだ』などがある。2017年より『完本 丸山健二全集』刊行開始。
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2020年09月25日

『ルパン最後の恋』(Le Dernier Amour d'Arsène Lupin)モーリス・ルブラン

『怪盗ルパン最後の恋』
ルパンシリーズの最終作は1934年に発売された「カリオストロの復讐」1941年の「ルパン最後の事件(ルパンの大財産)」とされていたが、「近年、ルブランの伝記を記したジャック・ドゥルアールの調査によってそのタイプ原稿が発見され、フランス本国で2012年5月に刊行された」という。なんと約70年ぶり新刊。

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『ルパン最後の恋』(Le Dernier Amour d'Arsène Lupin)モーリス・ルブラン

【あらすじ】
父親のレルヌ大公が突然自殺し、一人娘のコラは悲しみに沈んでいた。そんなコラを助けるのは、大公から後見を託された4人の男たち。大公は遺書の中で、「実はこの4人の中に正体を隠したアルセーヌ・ルパンがいる。ルパンは信頼に足る人物なので、それが誰かを見つけ出して頼りにするように」と記していた。やがて思いがけない事実が明らかになる。大公はコラの本当の父親ではなく、コラは母親がイギリスのハリントン卿との間にもうけた子だったのだ。高貴な血をひくコラは、にわかに国際的陰謀に巻き込まれ、そんなコラを救うべく、ルパンは動き出すが……永遠のヒーロー『ルパン』と姿なき敵との死闘が幕を開ける!

原稿を発見するまでの経緯はNHKが以下のように報じており、もうちょっとくわしいあらすじがわかります。

怪盗ルパン最後の恋 - NHK 海外ネットワーク

最後のルパンの原稿はどのようにして見つかったのか。ルブランの孫のフロランスさん。原稿の発見は、全くの偶然だった。パリの自宅で、両親の遺品を整理していたところ、父親の書類の中から原稿が見つかった。ルブランは毎回、出版の直前まで推こうを重ね、作品の完成度を高めていった。ただ、手直しされていないページもあり、フロランスさんは「このころはもう晩年で、思うように作業が進まなかったようだ」と話す。出版を決断したフロランスさんは「祖父の作品が完結しないのは残念なことだと思った。みんなに気に入ってもらえるとうれしいです」と話す。

作品には、貴族や資産家から財宝を盗み出すこれまでの姿とは全く別のルパン像が描かれている。舞台は、1920年代のパリ郊外。ルパンは、先祖から受け継いだ1冊の本をめぐって、イギリスの諜報機関に命を狙われる。教師になりすまし、小さな街に身を隠すルパン。貧困に苦しむ子どもたちを目にし、ルパンは街で出会った男に決意を明らかにする。その決意は、街にガス・電気・公園を整備し、家を建てるというもの。男が「そんな金はどこにあるんだ?」と問いかけるとルパンは「これから盗んでくる」と話す。さらにパリ社交界きっての美女との恋も描かれている。研究者は「金持ちばかりと接してきたルパンが、今回は貧しい人たちのために、彼独特の方法でよいことをしようとしている全く新しい世界が描かれていて、とても興味深い」。

危機的似非(エッセ・クリティック)(執筆者・平岡敦) - 翻訳ミステリー大賞シンジケート
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2020年09月23日

瀬戸内寂聴「奇縁まんだら」画・横尾忠則

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生きるということは、日々新しい縁を結ぶことだと思う。数々ある縁の中でも人と人との縁ほど、奇なるものはないんではないか。

(「奇縁まんだら」はじめにより)


各章イラスト・横尾忠則さんの似顔絵が、作品集として圧倒的に楽しめる。
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宇野千代が見てた昭和初期の「おしゃれな日本娘」

「99歳まで現役の言葉を綴りつけた
宇野千代さんの名言」

人間とは動く動物である。
生きるとは動くことである。
生きている限り毎日、
体を動かさなければならない。
心を動かさなければならない。

夢中で生きることが、
生きていく目的。

一歩を踏み出した人間には、
すでに過去は消え
目の前には、洋々たる道がひらけてくるのです。

幸福のかけらは幾つでもある。
ただ、それを見つけだすことが上手な人と、下手な人とがある。

うまくいっている夫婦というのは、
お互い言いたいことを言っているように見えても、
言うべきことと、言ってはいけないことをちゃんとわきまえている。

私は幸福を撒き散らす、
花咲かばあさんになりたい。

お洒落をする、或いは
気持ちよく身じまいをすることは、
生きて行く上の、生き甲斐でもある。

ちょっと大袈裟に言うと、
人としての義務である。

お洒落は自分のためにだけするのではなく、
半分以上は、自分に接する人たちの眼に、
気持ちよく映るように、と思ってするのだから。

仕事は楽しんで続けるのが、
鉄則。

忘れること、それが最上の治療法であり、
恋人との愛をつなぐエチケットです。

人間は二つのことを、
同時に考えることはできません。

病気になったら、私が一番最初に
気をつけることは何かというと
それは、どこの病院に行こうか、
ということではなく、
なんの薬を飲もうかということでもなく、1日中、病気のことで頭をいっぱいにしないこと。


挫折はあなたを、たくましくする。

人生は、行動である。


最も身近な人を幸せにすることは、
最も難しいことであり、
それ故に、最も価値のあること。

欠点はかくすものではない。
利用するもの。

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宇野千代(1897-1996)
1897(明治30)年、山口県岩国生れ。岩国高等女学校卒業。1921年処女作『脂粉の顔』が「時事新報」の懸賞小説で一等に当選。1922年上京、尾崎士郎や東郷青児との恋愛・同棲のあと1939年北原武夫と結婚、1964年離婚。1957年『おはん』で野間文芸賞、女流文学者賞を、1982年「透徹した文体で情念の世界を凝視しつづける強靱な作家精神」によって菊池寛賞を受賞。著書に『色ざんげ』『風の音』『雨の音』など多数。現役の最長老作家として1996年6月10日急性肺炎で死去。

宇野千代が見た昭和初期の神戸元町 「おしゃれな日本娘」

https://news.yahoo.co.jp/articles/33bd9e7e181c0bd0d0cd46f3f23f4fd975e08c28

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2020年09月22日

「りんご」久坂葉子

「りんご」久坂葉子


りんごをかじりながらさむいみちをあるいた。

ゆうひがまっかになってしずむ。

きょうもいちにち、

のぞみももたず、ちからもわかず、

ただ、さみしさでいっぱいになって、

なにがそんなにさみしいのかわからぬままに。

まちかどにひがついた。

あたらしいとしがもうやってくるというのに。

あすさえもおそろしい。

-さみしさはますだろう-

-くるしさにたえることができよう-

わたしのこころに、

「あすこそは」というかんじょうがわいてくれたら、

-わたしはうれしいが-

りんごのたねはくろくひかっていた。

はあとのついたしんを、

おもいっきりとおくへなげた。


久坂葉子(くさかようこ)19311952 神戸市生まれ。本名川崎澄子。山手高女を経て相愛女専中退。16歳から詩を書き始め「文章倶楽部」に投稿。島尾敏雄の紹介で富士正晴の雑誌「ヴァイキング」の同人となり、詩と小説を発表。八木岡英治に認められ「作品」(1950)に『ドミノのお告げ』を発表。19歳で第23回芥川賞の候補。その後シナリオライターとして活躍。1952年、恋愛感情のもつれから九州を放浪 2度目の自殺を計るが未遂に終わる。この年 4篇の小説を発表、未発表作品を残して六甲駅にて自殺。21歳であった。

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2020年09月21日

『良心・第一義』夢野久作

 良心


財産を私有する勿れ

心念を私有する勿れ

汝の全霊を万有進化の流れと

共鳴一致せしめよ

常に無限なれ

万古に清朗なれ

良心は一切の本能が互いに統制し、自他の共鳴を完全にして、人文の進化を極致に導き来り、導きつつあり、導き行かんとする人類共通の最重大の本能也。

 本能の集合体也



  第一義


人間の思う事は皆妄想である

哲学でも宗教でも唯物思想でも何でも

人類文化は全部妄想の文化である

現代文化は第二義の文化である

この文も又……である

自然物は皆第一義の花を咲かし

第一義の実を結んでいるのに

人間ばかりは第二義の花と実を誇りとし

これがために第一義の真と美を犠牲にし

軽蔑している

汝が汝を支配する時

汝は死物となる

支配せず

支配せられざる汝は

生きた汝である

自然の汝である。

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2020年09月19日

「宝石詩抄」より

オパアル


遠い街の方で

かすかに呼子が鳴り

一発ピストルがなる

それからまた静かなオパアルいろの夜が

アパアトにかへつてくる!


(北園克衛「宝石詩抄」より)

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2020年09月12日

無明長夜の灯炬

無明長夜の灯炬なり

智眼くらしとかなしむな

生死大海の船筏なり

罪障おもしとなげかざれ

〔親鸞の和讃〕


【大意】煩悩をかかえた衆生(しゅじょう)は、無知のために長く暗い闇の中をさまようが、阿弥陀仏の慈悲は闇夜の灯明となって、荒海から救ってくださるだろう。

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2020年09月11日

『虚像のエコー』トーマス・M・ディッシュ (早川文庫)ECHO ROUND HIS BONES

 物質瞬間転移機というバーナード・パノフスキー博士による発明は、輸送や軍事などの様相を一変させてしまう。最初に再現装置を現地に設置すれば、月面も火星も物資や人員を一瞬で送り込めた。

月面開発でソ連に遅れていたアメリカ政府は、この装置によって火星に一大軍事基地を築きいて、核ミサイルを集結させる。軍縮条約によって地球上での核兵器保持が禁止されて、核兵器は貯蔵場所が変更されるだけで、世界平和は危ういバランスの脅威にあった。

戦闘兵器と肉弾の闘いはベトナム戦争を最後に地上から姿を消してたが、もしも次に勃発すれば人類の終焉を告げる。


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 アメリカ陸軍大尉ネーサン・ハンサードは、火星基地のピットマン将軍に機密の命令書を届けるため、火星基地に駐屯する25人の部下と共に、転移機で火星へ向かう。ピットマン将軍に届いたのは、別命がない限り6週間後に火星基地に備蓄された全ての核ミサイルをソ連に向けて発射せよという命令書だった。


 火星に到着した時へ、地球の送り出しした転移機の内部に、もう一人のハンサードが出現する。転移機固有のエコー効果から、反射されたハンサードが実体化したのだ。実体化してもエコーである存在は、人類にとっては存在しない同様でコンタクトはできない。一般人間が飲み食いする水や食物、呼吸する空気すら、エコーにとっては意味はない。エコーが生き延びるには、転移機の作動によって反射されてきたエコーの水や空気を摂取しなければならない。そのためエコーとして出現した人々は長生きできない。

ハンサードと共に火星からエコーとして戻って来た部下たちは、最も入手しにくい食料を手に入れるために、エコー同士で殺し合いを行ってしまう。


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 潔癖なハンサードは他のエコーたちの行動に同調できず、部下のワーソウ曹長に殺されそうになり逃れると、絶望してニューヨークを彷徨う。

そんな状況のなかで、話しかけてきた若い女性はブリジェッタと名乗る。転移機の発明者パノフスキー博士の妻のエコーであった。そしてハンサードはパノフスキー博士のエコーや、その妻のエコーが複数人で共同で暮らしている家へ行くことになる。彼らはエコー効果の存在を理論的に察知した、生身のパノフスキー博士が送り込んでくれるエコーの食料や水、空気を得ながら、哲学的な生活を送っている。

ハンサードが持っていた機密の命令書の内容を知った一同は、世界の破滅を阻止しようと苦慮するが、生身のパノフスキーや有力者にコンタクトする術はなく、運命の日は迫っていた。ふとしたことから生身の人間の精神と同調する手段を思いついたハンサードは、火星に転移して生身のハンサードに夢で連絡を付けて、ピットマンが核ミサイルの発射ボタンを押すのを妨害させた。そして地球ではパノフスキーのエコーたちが、壮大でハッピーな回避策を実行に移そうとしているのだった。

(早川書房)

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トーマス・M・ディッシュ(Disch, Thomas M. )アメリカ合衆国籍、1940/2/2〜アイオワ州デモイン生まれ。SF作家、詩人、評論家。1980年にジョン・W・キャンベル記念賞、1999年にヒューゴー賞関連書籍部門を受賞。星雲賞海外短編部門を二度受賞。

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2020年09月10日

バイロンの言葉「推考について」

推考しないものは偏屈者、

推考できないものは愚か者、

推考する勇気を持たぬものは奴隷である。


Those who will not reason, are bigots, those who cannot, are fools, and those who dare not, are slaves.


George Gordon Byron

ジョージ・ゴードン・バイロン

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2020年09月08日

『ロアルド・ダールの幽霊物語』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

《幽霊物語の目的はぞっとさせることにある。読者をぞくぞくさせ、不安な気持にさせなければならない》

TVシリーズ企画のために原作となる幽霊物語を選定するロアルド・ダールは、このような基準を設けた。

そして基準を厳格に守りながら、古今の作品を読みついでいった。諸々の事情で企画そのものは中止となったが、ダールの手もとには、14篇の宝石が残った。


有名無名を問わず、本物の幽霊物語だけが放つ妖しい光。闇の向こうの恐怖が、あなたの安眠をさまたげずにはおかない。


そしてアンソロジー選者ダール氏いわく、「女性には長編小説を書く才能がある。また、超自然的なものを書く異常な才能がある」


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【収録作品】

 1 LP・ハートリー「WS

 2 ローズマリー・ティンバリー「ハリー」

 3 シンシア・アスキス「街角の店」

 4 EF・ベンスン「地下鉄にて」

 5 ローズマリー・ティンバリー「クリスマスの出会い」

 6 ヨナス・リー「エリアスとドラウグ」

 7 AM・バレイジ「遊び相手」

 8 ロバート・エイクマン「鳴りひびく鐘の町」

 9 メアリ・トリーゴールド「電話」

10 J・シェリダン・レ・ファニュ「手の幽霊」

11 E-プライベート・X「落葉を掃く人」

12 イーディス・ウォートン「あとにならないと」

13 リチャード・ミドルトン「ブライトン街道にて」

14 F・マリオン・クロフォード「上段寝台」


【あらすじ】

□ WSLP・ハートリー

小説家に絵葉書を送りつけるWSという謎の人物。やがて描いた作中人物かららしきと思われたて、絵葉書の場所は近づいてくる。


「ハリー」ローズマリー・ティンパリー

養女クリスの見えない友達「ハリー」。幼い子にはよくあると思っていた母親だったが、次第に少年の影が見えるようになってくる。

「ここは死んでない死人のいるところ,生きてないけど生きている人間のいるとこだ。わたしゃ生きとるんだろうか,それとも死んどるんだろうか? 教えておくれよ。わたしにゃわからないんだ」(本書「ハリー」より)

そうしたごく普通のものが、わたしはこわい。日なた。芝生の上のくっきりした人影。白いバラ。赤毛の子供。そして名前……ハリー。ごく普通にある名前の過去にあるものは?


「街角の店」シンシア・アスキス

訪れた姉妹の経営する居心地のいい骨董屋。だが二度目に訪れたときに、奇妙な老人が店番をして、いまひとつ「乗れない」感じである。骨董店の主人は不正に富を得たと思い込んでおり、その償いに成仏してもらうことを考えるのだが。


「地下鉄にて」EF・ベンスン

人生を楽しむ楽天的なアンソニーから「現実がいかに非現実か」という話を聞き、そして不思議な体験をする。アンソニーが地下鉄で見かけた幽霊が、ついに訪れるまでの経過。目撃した飛び込み自殺は、死者からのメッセージによれば、未来の出来事なのだろうか。


「クリスマスの出会い」ローズマリー・ティンパリー

下宿先で中年女性がクリスマスの思い出に浸っていると、見知らぬ青年が部屋に入ってくる。自分の部屋と間違えたといい、しばらく会話を交わしていたがいつの間にかいなくなってしまう。残された彼女は部屋に備え付けられている一冊の本を手に取りページをめくると、時空を超えた邂逅があった。


「エリアスとドラウグ」ヨナス・リー

ノルウェーの漁師の迷信をベースにした民話譚。アザラシの姿をしたドラウグに傷を負わせた漁師が、家族とともに乗り込んだ船で船出する。暴風とともに姿を変えてドラウグは、漁師の死の予告に現れる。そして漁師の目の前で妻や子供が次々と波にさらわれていくのだった。


「遊び相手」AM・バレイジ

引き取った孤児モニカは屋敷の中に遊び相手がいるという。彼らが住む家はもと女学校。そこで病死した女学生の霊が娘と父を慰めるという、映画『シックス・センス』を想わせるゴーストストーリー。


「鳴り響く鐘の町」ロバート・エイクマン

新婚旅行で訪れた海辺の小さな町。そこでは街中の教会の鐘が鳴り響いており死者の踊りに取り込まれた新妻にどのような変化が訪れたのか? 


「電話」メアリ・トリーゴールド

略奪婚。その電話は前の奥さんからかかってきた。死んだはずなのに


「手の幽霊」J・シェリダン・レ・ファニュ

かわら屋敷に住むことになったプロッサー夫婦。曰くありげな古い洋館で起こる幽霊譚。「手」だけを見せる幽霊の視覚的イメージが独特。


「落葉を掃く人」Ex-プライベート・XAM・バレイジ)

頑固な老婦人ミス・ランゲイトには、乞食に惜しみなく食べ物や金を施す習慣がある。「夜中に聞こえる落ち葉を掃く音」、道のこっち端まで掃いたら、あんたを迎えにくるぜと言い残して死んだ乞食。昼間聞けば平凡すぎるほどの音に、不気味さが増す。「なぜミス・ランゲイトは無条件に乞食に施しを与えるのか?」


「あとにならないと」イーディス・ウォートン

彼が幽霊だとわかっていたら、そこまでは案内などしなかったのに。


「ブライトン街道にて」リチャード・ミドルトン

今朝死んだはずの少年に会ったホームレス。ユーモラスな掌編。


「上段寝台」F・マリオン・クロフォード

大西洋を渡る奇譚。その船室のその上段に寝た者は、海に飛び込むと船医から忠告される。不信な事故が重なり、船長もその船室を封鎖したいと思う不気味な正体、それを主人公と確かめて巨体と「白鯨」よろしく、肉弾と戰慄のなかで格闘することになる海洋怪談。

(ロアルド・ダール、 翻訳/ 信一郎 ・早川書房)


アメリカTV番組にはならなかった、ロアルド・ダール企画は、パイロットフィルムの物語素材が点検されていればと残念に思う。イギリス人とアメリカ人の宗教意識や社会モラルが、「恐怖」というTVテーマでは破談となってしまった。だがロアルド・ダールの熱心に時間かけて選択された『幽霊物語』は、ミステリファンでもない自分でも充分に楽しめた。

現在の日本を舞台に脚色して、テレビドラマになるストーリー要素が大半であった。このように丹念に古くから描かれた、幽霊の世界は国境や時代を超えて行くだろう。

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2020年09月06日

そんな具合にして暮れようと

濡縁におき忘れた下駄に雨がふつてゐるやうな

どうせ濡れだしたものならもつと濡らしておいてやれと言ふやうな


そんな具合にして僕の五十年も暮れようとしてゐた

木山捷平「五十年」より


そんな具合にして君の三十年も暮れようとしてゐた

そんな具合にしてお前の十年も暮れようとしてゐた

そんな具合にして誰かの一年も暮れようとしてゐた

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