ウィルキー・コリンズ『白衣の女』
似た容貌の女性ふたりと家庭教師の画家は出逢った。
資産家のお嬢さんローラと、容姿が似すぎるアンは精神病院に入れられてしまう。
父の遺言から、ローラはパーシパルという出生記録を改竄した男と結婚する。
ローラの家で雇われていた美術家庭教師と両想いだが、父の遺言と叔父の言いつけからパーシパルと結婚する。
しかしパーシパルは遺産を手に入れる為に、ローラを殺す策略を巡らせる。
パーシパルはローラに似たアンを何年も前から目をつけていて、彼女を精神病院に入れてしまう。ローラと結婚したあと、アンを殺し、そしてローラと入れ替える。
アンにすり替えてローラは精神病院へ。アンの死体で妻ローラは亡くなったと計画。
ローラの姉に死体を確認されては困るので、姉を足止めし早々に埋葬する。
手掛かりが残されてないことから、ローラを助けるのは困難でローラの姉は、元美術家庭教師に助けを求める。
『白衣の女』〈登場人物〉
ウォルター・ハートライト
美術教師。家庭教師として屋敷を訪れる。
ペスカ
おぼれかかったところをハートライトに助けられるイタリア語教師。感激屋。ハートライトが事件に巻き込まれるきっかけを作る。
アン・キャサリック
白い衣服を身にまとった正体不明な謎の女。出番は少ないが、小説に独特の色調を与えている。
キャサリック夫人
アンの母親で、後半の解決では大活躍する。
ローラ・フェアリー
ハルコムの異母妹。ハートライトを愛するが、亡き父親との約束の相手クライドと結婚する。
マリアン・ハルコム
ローラの異母姉。知性的な女性。ローラを愛して止まない。肌は黒くスタイルが良い。
フォスコ伯爵
イタリア人貴族。肥満体の大男。目的の為なら擬態も虚偽も際限がない。
フォスコ夫人
フォスコ伯爵の妻で、ローラ・フェアリーのおばのエレノア。
パーシバル・クライド卿
ブラックウォーター・パークの所有者。フォスコ伯爵の相棒役。
〈あらすじ〉
画家ウォルター・ハートライトが、フェアリー家へ家庭教師としての仕事が決まった。
ロンドンに行く途中で、白衣の女に声を掛けられる。何かに怯える彼女に道を教えて、フェアリー家と関係があり不思議な縁を感じる。
その後、白衣の女を探しに来た者から、彼女は精神病院から脱走したと聞く。
そしてウォルターはフェアリー家で、住み込みで姉妹に絵を教えることになる。
美しく財産を受け継ぐローラ・フェアリーとローラと父親違いで、気高く知的な姉のマリアン・ハルカムの姉妹。
ウォルターはローラに恋してしまい、ローラもまたウォルターに好意を抱いてしまう。彼女には生前の父親が決めた、身分ある婚約者がいる。それを知って引き下がり、失恋を忘れるために中央アメリカの遺跡探索に行ってしまう。
そんなパーシィヴァル・クライド卿と結婚したローラであったが、金目当ての結婚であり、借金で切羽詰った卿はローラを殺害するに至る。
中央アメリカから生還したウォルターが、ローラの墓で出会ったのはマリアンとローラであった。
あの白衣の女とローラは瓜二つそっくりで、彼女は度々出没して結婚を阻止しようとする。
病で動けなくなる中で、クライド卿の友人のフォスコ伯爵が接触して、彼女が死ぬとローラが死んだことにして、白衣の女、アン・キャセリックとして精神病院に送り込んだのだ。
一時病で動けず、状況を許したマリアンだったが、ローラを精神病院から連れ出してウォルターと合流する。
三人でローラの社会的地位と、生存を証明するために活動をする。
アンが精神病院に入れられた経由から、クライド卿の身辺を洗うと、彼は結婚せずに生まれた私生児で財産を受け継ぐために証明書偽造をしていた。
これを突きつければローラが本人である証拠を手に入れられる。そう思ったのも束の間、嗅ぎまわってるのを察知され、証拠を処分しようとしたクライド卿は焼死する。
相棒のフォスコ伯爵しか情報を持ってない、イタリア人で親友の教授ペスカと会わせると、知っており恐怖していた。ペスカは秘密結社の構成員で、フォスコも同じだった。
結社に粛清されるという、ローラが死亡日時より生きていたという文書を入手して、ローラは地位をを回復する。
ウォルターはローラと結婚して、新婚旅行中に粛清されたフォスコの死を知る。
ふたりに子供が出来て、尽くしてくれるマリアンに祝福されるのだった。
推理小説の古典『白衣の女』あらすじ
単なる金銭目当ての結婚が、瓜二つの白衣の女の登場で、綻びが生まれ狂い出し、加速し、事件の解決の糸口となる。
展開としてはヒロインが悪党と結婚して死んだことにされて入れ替えられて主人公が救って結婚する。
これが日記や手紙、報告書などをまとめたもので構成されており、時系列的に複数視点で展開されていく。
ウォルター視点でローラへの愛と葛藤。マリアン視点でのローラへの心配。弁護士の状況がどんどん悪くなっていく空気。マリアンとローラしかいない心細さとフォスコが書き込んで来る恐怖。使用人の驚愕。医師の診断書。ウォルターの調査。フォスコの告白文。
これによりウォルターが去った後で、弁護士がウォルターが監視されていることを仄めかされ、マリアンがウォルターから貰う手紙に監視されていることが書かれおり、ウォルターが監視されていると感じている、といった同時展開が可能。
特にマリアンが犯罪計画を察知した後に風邪で倒れたら、フォスコの文章の不気味さ。
叔父さんの病気で辛いからどうでもから、面倒事を放置する悪趣味さ。
それから使用人の口述筆記でローラ退去後にマリアンがまだ屋敷に居る驚愕から医師の死亡証明書。
そして命辛々生きて戻ったウォルターが、ローラの死を知って墓参りに行った際にマリアンとの再会の劇的さ。
その後に、マリアンがローラを救出した経緯を知らされ、隠れて反撃を開始する様子まで一気にいける。
そしてマリアンがアンと遭遇しそうになった際にフォスコが裏で何をしていたのか。クレメンツ夫人を通してアンがどういう経緯で動いていたのか判明するなど、過不足ない。
アンの出生やらも判明し、全てのトリックは明らかになる。【幕】
古典時代から群像劇で視点別の時系列の引き戻しが行われている。
一番好きなシーンがウォルターが中央アメリカから命からがら戻ったら、恋焦がれた女性は死んでいるという悲しみを癒すために墓参りしたら、マリアンと再会しローラも生きているという劇的な展開になり、隠れ家で反撃の機会を窺いながらマリアンがどのようにローラを救い出しあの場面に至ったのかが描写される。
フォスコが日記を書いて、使用人の証言も出て、死亡診断書が出て、奴らの目論みは成功してしまう、ウォルターは打ちのめされるだろうなと思いきやの劇的な展開で。
畳み掛けてくれて、最終展開に向かうのが素晴らしかった。
グライド卿がドアが開かずに焼死してしまう死に様がしょぼいけど、目的はローラを救うことなので、むしろ死なせてしまったことで地位の回復が出来ない危機を迎えてしまい、ペスカが都合良く秘密結社の構成員で助かってしまうラストもちょっとどうかと思うけど、ペスカが良い奴だしね。
ローラは心理描写もないし、守られるだけなのでそう魅力的ではないのだが、ウォルターの恋心を感じながら紳士に振舞う姿勢やマリアンの全てを投げ打ってまで尽くす献身など、なかなかに良いものだった。
絵を教えているときの無邪気な姿に焦がれ、一緒に隠れ住んだ際にこのままじゃ愛されないと売れもしない下手な絵を描くが、それがウォルターの慰めになっているなど、ウォルターが彼女を好きなことは伝わるからね。