2018年01月22日

『百年の散歩』多和田葉子

都市は官能の遊園地、革命の練習舞台、孤独を食べるレストラン、言葉の作業場。世界中から人々が集まるベルリンの街に、経済の運河に流され、さまよい生きる人たちの物語が、かつて戦火に焼かれ国境に分断された土地の記憶が、立ちあがる。「カント通り」「カール・マルクス通り」他、かつて国境に分断され、いまや世界中の人々が行き交うベルリンに実在する10の通りからなる連作長編。

「(独の思想家)ヴァルター・ベンヤミンは、街を目的なく散歩する“人種”が現れたのはショーウインドーが発達した20世紀初頭のパリだと書いている。若い芸術家が多く住む今のベルリンも街全体が劇場に思えるような面白さがある」

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文芸誌『新潮』に長期間連載されていた、多和田葉子さんの連作小説。
ドイツ言語感覚で描かれたヨーロッパの通りエピソードが、国外生活の長い作者本人によって綿密に翻訳された不思議な感触がある作品。
待望の単行本化された力作。
http://www.shinchosha.co.jp/sp/book/436105/

多和田/葉子
1960年、東京生まれ。早稲田大学文学部卒。82年、ドイツ・ハンブルクへ。ハンブルク大学大学院修士課程修了。チューリッヒ大学大学院博士課程修了。91年「かかとを失くして」で群像新人賞、93年「犬婿入り」で芥川賞、2000年『ヒナギクのお茶の場合』で泉鏡花賞、02年『球形時間』でドゥマゴ文学賞、03年『容疑者の夜行列車』で谷崎潤一郎賞、伊藤整文学賞、11年『尼僧とキューピッドの弓』で紫式部文学賞、『雪の練習生』で野間文芸賞、13年『雲をつかむ話』で読売文学賞と芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)を受賞

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2018年01月16日

レーモン・ルーセルの謎―彼はいかにして或る種の本を書いたか

『ロクス・ソルス』レーモンルーセル,訳/岡谷公二 (平凡社ライブラリー)


この独自の創作スタイルは作曲の方法で小説を描いた、美術としてのアニメーション描写に限りなく近い、物質的恍惚のなかで発明発見する科学感覚があるように思える。


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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

場面全体が、水の上へとすばやく上って行った。表面間近のところで、大きな水泡が突然、金糸が結び付けられている壁の頂部の穴から出た。水泡の発生は、内部のメカニズムを微妙に始動させることになったようだった。即ち次のような幾つかの動きが生じた。鳥が羽ばたいて飛び立ち、糸の結び目が突然眠っている王の首を締めつけ、一方力士は、いまや手の届くところにいる鳥を捕えんとして、両手を近づけた。……水泡が出てしまうと、下降が始まった。その間に力士は両手を左右にひらき、結び目は再びゆるんで、鳥をもとの位置に戻した。一旦底に達すると、全体はしばらくじっとしていたあと、新たに上昇した。この上昇も、前と同じ高さまで来て、気泡の排出とともに始まる、すでに見た通りの動作の繰り返しによって終わった。


https://ondine-i.net/column/1764


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レーモン・ルーセル(Raymond Roussel、1877年1月20日 - 1933年7月14日)


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2017年12月17日

大佛次郎賞は作家 高村薫さん「土の記」へ

大佛次郎賞が作家、高村薫さん(64)の「土の記」(新潮社)に決まった。同作は野間文芸賞とのダブル受賞。


舞台は奈良宇陀の「漆河原」。ヤマトタケル伝説での地名で実在はしないが、「嬉河原」という地名は実在する。宇陀市の中心地榛原(はいばら)から山また山を分け入った山間集落がある。

「生きることとは何だろうと問いかけてくるこの物語では、雨の降る場面が印象的だ。「ぼとぼと、ぱたぱた、ぼとぼと、ぱたぱた、雨粒が幾重にも重なって、杉も茶の木も棚田も畑もぼとぼと、ぱたぱた…」桂文珍

ラスト数瞬に茫然、愕然、絶叫! 
現代人は無事、土に還れたのだろうか――。青葉アルコールと青葉アルデヒド、テルペン系化合物の混じった稲の匂いで鼻腔が膨らむ。一流メーカー勤務に見切をつけ妻の里に身を落着けた男は、今年の光合成の成果を測っていた。妻の不貞と死の謎、村人への違和感を飼い馴らす日々。その果てに、土になろうとした男を大異変が襲う。それでもこれを天命と呼ぶべきなのか……。まるで未曽有の被害を出した東日本大震災も、地球46億年の歴史から見れば、些細な自然現象に過ぎないとでもいうかのように。

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2017年12月08日

ノーベル文学賞を受賞するカズオ・イシグロ氏の記念講演要旨

ノーベル文学賞を受賞するカズオ・イシグロ氏の記念講演要旨

 一九七九年の秋。当時私は二十四歳。もし日本の文化について聞いたら、私は五歳の時に日本を離れてから一度も帰国しておらず、知識がないと告げただろう。
 その秋に、英ノーフォーク州ボクストンにたどり着いた。ロンドンでの活気に満ちた暮らしを離れ、小説家となるため、静けさと孤独の中にいた。
 私はロックスターになる計画を立てていたが、作家になろうと思うようになっていた。ある夜、気付くと迫られたような意志で、日本について書いていた。第二次大戦末期の自分が生まれた長崎市についてだった。
 七九年の冬から八〇年の春にかけ、ほとんど誰とも話さなかった。その四〜五カ月の間に、私は原爆投下から復興する長崎を舞台にした最初の長編小説「遠い山なみの光」の半分を書き上げた。その決定的に重要な数カ月間がなければ、私は作家になっていなかっただろう。
 六〇年四月、五歳の時に私は、両親らと共にサリー州ギルフォードという町に来た。父は英国政府で働くために来た海洋学者だった。私は地元の小学校に通い、ほぼ間違いなく、学校の歴史上唯一の英国人でない児童だった。
 日本が敵だった大戦が終結してからまだ二十年もたっていなかったことを思い出すと、この英国のコミュニティーが、私たち家族を受け入れた寛容さには驚かされる。
 家では日本人の両親と共に別の生活を送っていた。別の規則、別の期待、そして別の言葉があった。両親は当初、一、二年で日本に帰国すると考えていた。毎月、漫画や雑誌が入った小包が日本から届き、私はむさぼり読んだ。両親が日本での暮らしのエピソードを話すことで、日本のイメージや印象は安定的に供給された。私は自分自身の思い出も持っていた。祖父母や、住んでいた伝統的な日本家屋、通った幼稚園などだ。
 私は心の中で「日本」と呼ばれる非常に詳述された場所を熱心につくりあげていた。そこは、私が誰であるかという一定の感覚、そして自信の源となった場所だ。実際に日本に一度も帰国したことがないという事実が、日本という国の私の見方をより鮮明で個人的なものにした。
 それ故、記録に残す必要があった。私の頭の中に存在していた日本は、子どもが記憶、想像、思索から感情の中で組み立てたものだったかもしれない。年齢を重ねるたび、どんどんぼんやりとしたものになっていくことに気付くようになった。
 「私の」日本が、他にはないもので、ものすごく壊れやすいものだという感覚が、執筆活動に駆り立てたと確信している。その世界の特別な色彩、慣習、思いを巡らせたことが、記憶から永遠に消えてしまう前に、書き留めようとしていた。小説の中に私の日本を再構築し、書き終えた後に「この中に私の日本があります」と言えるようにしたいと思っていた。
 私は数多くの機会で歌手の歌声から非常に重要な教訓を学んできた。人の歌声は不可解なほど複雑に混じり合った感情を表現できる。


 九九年十月、かつてのアウシュビッツ強制収容所を訪れた。私たちの世代がその影の下で育った暗黒の力の核心に近づいたと感じた。私を招いてくれた人々はこれらの遺構を保護すべきかどうか彼らのジレンマについて語った。私には、より大きなジレンマの強烈な隠喩に思えた。記憶にとどめるために何を選択すべきなのか。忘却し、前に進むためにより良いのはいつなのか。
 私は四十四歳だった。その時まで、第二次大戦とその恐怖や勝利については、親の世代に属することだと考えていた。だが、これらのとてつもなく大きな出来事をじかに目撃した多くの人々は近い将来、いなくなるということが、ふと頭に浮かんだ。記憶にとどめることは、私たちの世代の責任になったのか。親の世代から私たちの次の世代に、できる限り未来へ記憶や教訓を伝える義務があるのではないか。
 忘れることと覚えていることのはざまで葛藤する個人を小説に書いてきた。国家や共同体が同じ問いに直面したら、どうなるかということを、物語として書きたかった。国家は個人と同じように記憶をとどめ、忘れ去るのだろうか。
 私と(妻の)ローナは二〇〇一年初めのある夕べ、自宅でハワード・ホークス監督の映画「特急二十世紀」を見始めた。しばらくして簡潔だが印象的な考えがひらめいた。小説や映画、演劇に出てくる、生き生きとした迫真の登場人物たちに、私がしばしば感動することができない理由は、登場人物がお互いに興味深い人間関係にないからではないか、と。
 全ての素晴らしい小説は、私たちを感動させ、楽しませ、怒りを覚えさせ、驚かせるような、私たちにとって重要な人間関係というものを含んでいなければならない。
 作家人生で驚くほど遅くになってから気付いた考えだったが、今となっては転機だった。
 重要な転機というものはこうして訪れるものだろう。他の多くの仕事でも同じかもしれないが、しばしばささやかで、みすぼらしく思えるような瞬間だ。しかしそれが現れたとき、何であるかを認識できることが重要だ。
 私にとって大切なのは、物語が感情を伝えるということであり、国境や分断を超えて人間が共有するものに訴えかけるということだ。物語とは、ある人物が別の人物に話し掛けることだ。私の言っていることが分かるか。あなたも同じように感じるか、ということを。
 私は最近、何年も幻想の中を生きていたことに気が付いた。私の周囲にいる多くの人々のいら立ちや不安に気付いていなかった。文明的で刺激的な、皮肉屋で寛大な人々でいっぱいの私の世界は、実際には私が想像していたよりずっと小さい世界だったと認識した。気がめいることだったが、一六年は欧州や米国における驚くべき政治的出来事と、世界中で起きた不快なテロ行為の一年だった。その一年はリベラルで人道主義的な価値観のとどまることない進展が幻想だったのかもしれないと教えてくれた。
 私たちは、先人たちが欧州を全体主義体制、大量虐殺、歴史的に前例のない大虐殺の場所から、誰もがうらやむ、国境がほとんどない自由民主主義的な地域に見事に変えた姿を見た。私たちの多くが幸せな結末だと信じたものを目撃した。
 しかし今、振り返ってみると、ベルリンの壁が崩壊して以降の時代は、自己満足と、機会が失われた時代のように思う。富と機会における巨大な不平等が、国民、国家間で増大することが許されてしまっている。特に、〇三年の悲惨なイラク侵攻、〇八年の恥ずべき経済破綻後に、一般の人々に押しつけられた長年の緊縮財政政策は、極右的なイデオロギーと民族的ナショナリズムがまん延する現在を引き起こしてしまった。人種差別主義が再び台頭し、まるで埋葬された怪物が目を覚ましつつあるかのように、文明化された通りの下でうごめいている。
 引き続き努力せねばならないし、最善を尽くさねばならない。というのも文学は重要であり、困難を乗り越えようとしている時、特に重要になるだろうと信じるからだ。私たちを鼓舞し導く若い世代の書き手にも期待する。彼らの時代であり、私が欠いている知識と才能を持っている。だから私は楽観的だ。
 世界全体を正しい場所に据えるのは難しいことだが、私たち自身の小さな持ち場にどうやって準備できるかを考えさせてほしい。私たちが本を読み、書き、印刷し、推薦し、非難し、賞を与える「文学」という持ち場についてだ。もし私たちがこの不確実な未来で重要な役割を担おうとするなら、私たちがより多様であらねばならないと私は信じている。特に二つの点においてだ。
 第一に、エリートが優先する世界の文化という心地よい区域を超えて、われわれに共通した文学の世界を広げなければならない。第二に、良い文学というものを形づくる定義をあまり窮屈かつ保守的に見ないということに大いに気を配らなければならない。分断が危険なほどに深まる時代において、私たちは耳を澄まさなければならない。良い作品を書き、読むことで壁は打ち壊される。
 私たち人類が希求する幸福の輝かしい象徴として、ノーベル賞をあり続けさせてくれたことに、感謝申し上げる。 (共同)
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2017年12月04日

ソラリス (ハヤカワ文庫SF)スタニスワフ・レム

翻訳  沼野充義

惑星ソラリスを探査中のステーションで異変が発生した。謎の解明のために送りこまれた心理学者ケルヴィンの目の前に自殺した恋人ハリーが姿を現し、彼はやがて悪夢のような現実と甘やかな追憶に翻弄されていく。人間とはまるで異質な知性体であるソラリス。そこには何らかの目的が存在するのだろうか。コンタクト―地球外の知性体との遭遇について描かれた、最も哲学的かつ科学的な小説。広大無辺な宇宙空間において、理解不能な事象と愛の記憶に直面し、人は何をすべきか。タルコフスキーとソダーバーグによって映画化された新世紀の古典、ポーランド語原典からの新訳版。

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スタニスワフ・レム
1921年、旧ポーランド領ルヴフ(現在ウクライナ領)に生まれる。クラクフのヤギェウォ大学で医学を学び、在学中から雑誌に詩や小説を発表し始め、1950年に長篇『失われざる時』三部作を完成(第一部が『変身病棟』)。地球外生命体とのコンタクトを描いた三大長篇『エデン』『ソラリス』『砂漠の惑星』のほか、『金星応答なし』『泰平ヨンの航星日記』『宇宙創世記ロボットの旅』など、多くのSF作品を発表。同時に、サイバネティクスをテーマとした『対話』や、人類の科学技術の未来を論じた『技術大全』、自然科学の理論を適用した経験論的文学論『偶然の哲学』といった理論的大著を発表し、70年には現代SFの全二冊の研究書『SFと未来学』を完成。70年代以降は『完全な真空』『虚数』『挑発』といったメタフィクショナルな作品や文学評論のほか、『泰平ヨンの未来学会議』『泰平ヨンの現場検証』『フィアスコ(大失敗)』などを発表。
小説から離れた現在も、独自の視点から科学・文明を分析する批評で健筆をふるい、中欧の小都市からめったに外に出ることなく人類と宇宙の未来を考察し続ける「クラクフの賢人」として知られている 。

沼野充義
1954年、東京生まれ。東京大学卒、ハーバード大学スラヴ語学文学科に学ぶ。ワルシャワ大学講師を経て、現在、東京大学教授。
https://allreviews.jp/review/297
映画《惑星ソラリス》をめぐって原作者
レムと監督タルコフスキーとの間で、諍いがあったらしい。
レムは作家に対して非寛容な批評を行って、独自のSF観にそぐわない映画化には突っ込みどころ満載。
タルコフスキーは芸術観に心身捧げて、原作を素材にして自分の監督作品を演出してしまいました。お互いに激しい口論して「お前は馬鹿だ!」とレムはなじったことなど、新訳文庫本のあとがきに解説してある。
ポーランド語原典からの新訳版は、ソ連検閲から引っかかる危険性あった箇所を全面的に復活して、生命体「海」の描写が詳しい。


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2017年12月03日

ペンギンタロット限定版

◆タロットカードは不可思議なシンボルが描かれて、これらキーワードを繋ぎ合わせることでタロットは世界の側面を照らし出すとことができる。漠然とした無意識の断片が、元型のイメージとしてのカードによって具現化され、その人固有の無意識の形を喚起させる。 

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カードコレクション老舗ニチユーさんから販売。

◆非合理的なシンボルやイメージこそが、無意識の世界を解く鍵。 

◆無意識の領域に存在して無意識に人を動かす全人類に共通する心理パターン。このパターンが自然界にもあったことを符合させた図形こそタロット。 無意識の中にあるものを喚起させ、導き出されたキー  ワードを解釈することでその人だけに当てはまるパターンがある。
◆“シンクロニシティ(共時性)”という無意識の領域にあるものと現実の世界に起こることには一種のアナロジーが存在し、人が偶然として片付ける出来事も、すべては無意識の中にある原因により必然的に起きている。
◆自分の無意識を知ることで、これから自分の身に起こることや、未来に起こる出来事を予測することができる。
◆タロットは普遍な無意識を発掘する道具であり、その無意識を意識化する手段として、占い師が相談者の未来を予測する際に行うカード解釈は、まさしく医師が患者に質問を出して、その内容から医学的に解釈し、患者の精神状態を推測しながらカウセリングを行う心理学の手法そのものです。 【旧 解説書より】

オリジナルの日本語解説紙付き。
限定800部、パッケージ内側部分にはシリアルナンバーが記載されています。

楽天でもペンギンタロット販売中
https://item.rakuten.co.jp/hrtg/t9521/

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「ペンギンタロット」の世界へ・・・」  http://koinu.cside.com/
◆大アルカナ22枚組・解説書付 

◇Amazon からも絶賛販売中 
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2017年12月02日

FMシアター 「声命線」

声だけだから嘘が言えるのか?

声だけだから真実が見えるのか!



【出演者】梅舟惟永 甲本雅裕 柴木丈瑠、箆津弘順 東正実 猪瀬光博、石澤柊斗 野澤武敏 小島那菜 前河千沙都

【作】桑原亮子 【音楽】菅谷昌弘

【スタッフ】演出:佐々木正之 

技術:大塚茂夫  音響効果:今井裕


【あらすじ】

「非常、非常、非常―――」緊迫した声が、藤平舞(28)のアマチュア無線に飛び込んできた。彼女が夜勤の夫・恭介を工場へ送り出し、最近越してきた新潟市の一軒家で、唯一の趣味である、ガールスカウト時代に習った無線のスイッチを入れた途端だった。声の主は、園部隼人(35)と名乗る遭難者だった。彼は山形にある月山を下山する途中、天候の急変で大雨にあい、岩場で滑落して動けないでいた。警察を呼ぼうにも携帯電話の電波が届かず、メールもできない。唯一連絡できたのが、念のために携帯した無線機だった。山頂の夜は、夏でも凍える寒さだ。舞は救助の緊急通報をした後も、ケガをした園部が眠らない様に、一晩中交信を続ける。そして、二人には…それぞれ人には言えない秘密があった。


http://www.nhk.or.jp/audio/html_fm/fm2017037.html


【NHK FM】2017年12月2日 午後10時〜午後10時50分(全1回)

この番組は配信対応。

12月4日正午〜11日正午まで




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2017年11月07日

絵本『 i see the rhytm リズムがみえる』

アフリカ系アメリカ人音楽の500年の歴史を紐解く絵本。




ダイナミックな絵とリズミカルで詩的な文章で、アフリカ系アメリカ人音楽の500年の歴史を紐解くユニークな絵本です。
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翻訳:金原瑞人 / 監修:ピーター・バラカン 『 i see the rhytm リズムがみえる』

翻訳:金原瑞人 / 監修:ピーター・バラカン 

『 i see the rhytm リズムがみえる(仮)』

ダイナミックな絵とリズミカルで詩的な文章で、アフリカ系アメリカ人音楽の500年の歴史を紐解くユニークな絵本。


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黒人音楽のルーツである16世紀のアフリカ音楽から始まり、「奴隷歌」→「ブルーズ」→「ラグタイム」→「初期のジャズ」→「スウィング」→「ジャズ・ウーマン」→「ビ・バップ」→「クール」→「ゴスペル」→「R&B/ ソウル」→「ファンク」、そして現代の「ラップ/ヒップホップ」という流れを、ひとつひとつ見開きにてまとめていきます。


アメリカ南部の大農園での労働歌のリズム_

ニューオーリンズのバルコニーから見るジャズのリズム_

ハーレムのクラブ・サボイではスイングのリズムに乗って踊ろうと誘い、日曜の朝の教会の信者席でゴスペルのリズムを聞く喜びを分かち合おうと招待される_


リズミカルで詩的な本文には、ところどころ『say it loud i'm black and i'm proud』などの有名な曲名等が織り込まれており、これには音楽ファンも納得。そして、本書のもうひとつの大きな魅力は、その音楽が誕生した時代背景や当時の象徴的な出来事が、細やかな注釈にて解説されていること。


購読者を募集中。

https://greenfunding.jp/thousandsofbooks/projects/2054

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2017年11月06日

柘榴の園

我は復活なり 生命なり
我は始めにして 終わり

我は清められし者
闇の門を潜り
光へと来る者

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「ほとんどの人が心のうちに秘密の庭園を持っている。というのも、この庭だけが、平穏や支えや満足できる解答が人生に見 出せない時に安息を与えてくれるからだ。

そのような聖域に達するにほ、確かな哲学や信仰、最愛の作家や心をわかちあえる友人による指導、音楽や美術の殿堂を手段とすること、またほ広大な知識の王国で真実を模索することが必要である。

 その聖域は必ずといっていいほど真実と美とを内在し、また海にも陸にも見られぬ光で輝いているのである」
 クレア・カメロン『英国の緑野』

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2017年10月29日

吉野源三郎「君たちはどう生きるか」

アニメーション監督の宮崎駿さん(76)は28日、制作中の新作の題名が「君たちはどう生きるか」になると明かした。1937年に吉野源三郎が発表した名著から取った。「その本が主人公にとって大きな意味を持つという話です」と内容にも触れた。「完成には3年か4年かかる」と言う。


吉野源三郎「君たちはどう生きるか」
コペルニクスのように、自分たちの地球が広い宇宙の中の天体の一つとして、その中を動いていると考えるか、それとも、自分たちの地球が宇宙の中心にどっかりと坐りこんでいると考えるか、この二つの考え方というものは、実は、天文学ばかりの事ではない。世の中とか、人生とかを考えるときにも、やっぱり、ついてまわることになるのだ。
− ものの見方について(おじさんのノート)

物語の冒頭、アパートの屋上から行き交う人々の姿を見ながら「分子みたいにちっぽけだ」と呟いたコペルくん。
「目をこらしても見えないような遠くにいる人たちだって 世の中という大きな流れをつくっている一部なんだ もちろん近くにいる人たちも おじさんも僕も」。「人は一人として単体で生きているわけじゃない」というコペルくんの発見が本書全体に沁みとおっており、それを高い位置から俯瞰して眺めたことで発見したというところにおもしろさがある、と糸井重里さんは語る。



吉野 源三郎
1899〜1981【児童文学者】
岩波書店の看板雑誌「世界」の初代編集長。「君たちはどう生きるか」は、今も最良の人生入門書。昭和期の編集者・評論家・児童文学者。東京都出身。東大卒。明治大学講師を経て、1935年(昭和10)新潮社の「日本少国民文庫」の編集主任となった。1937年中学生コペル君の成長物語「君たちはどう生きるか」を少年少女向けに執筆、高い評価を得た。同年岩波書店に入社。第二次大戦後は月刊雑誌「世界」の初代編集長となり、戦後の進歩的社会派論壇をリードした。

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2017年10月07日

『記憶なき人々』ヴィクトール・セガレン 著 末松壽 訳

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南海の楽園タヒティが辿る民族性抹殺の歴史。伝統が滅びゆくさまを鮮烈に描き出す異色の民族誌小説。
異文化探求の先駆者セガレンがエグゾティスムの本質に迫る。創作ノート、関連図版25枚を付す。本邦初訳。

img022.jpgヴィクトル・セガレン(Victor Segalen、1878年1月14日 - 1919年5月21日)

フランスの詩人で医師。民族誌や考古学分野にも業績を残した。ブルターニュ半島西端の港湾都市ブレストのマシヨン街(rue Massillon)に生まれる。


ボルドーの陸軍衛生部学校(École du service de santé des armées de Bordeaux)で学んだ後、船医となり、フランス領ポリネシアに赴いた。セガレンは、海や航海は好きではなかったが、各地に上陸し、様々な発見をすることが大好きだった。


1903年と1904年には、タヒチに滞在した。マルキーズ諸島に立ち寄ったときに、ゴーギャンの晩年のクロッキーを買ったが、セガレンが不在にしていた3ヶ月前にクロッキーは屑として捨てられてしまった。


パリに戻ったときには、1907年に出版されることになった小説『記憶なき人々 (les Immémoriaux)』のほか、日記と、ゴーギャンとランボーについてのエッセーを持ち帰ったが、この日記とエッセーは1978年まで公開されなかった。

【wikipedia】よりimg023.jpg
『記憶なき人々』ヴィクトール・セガレン 著 末松壽 訳

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2017年09月30日

「オトラント城奇譚」The Castle of Otrantoホレス・ウォルポール(Horace Walpole)

「昨年六月のある朝、私はある夢から目を醒まして、その夢について思い出せるのはどこかの古い城の中にいるように思ったこと、そして大きな階段の一番上の手すりの上に、具足をまとったとてつもなく大きな手が片方載っているのが見えた、ということだけ。そしてその日の夕方私は机に向かって、自分が何を言いたいのか、何を語ろうとしているのかまるで判らぬままに筆をとって書き始めたのです」…これがこの作品の成り立ちである。そしてこの一作によって、ゴシック小説は誕生した。

ホーレス・ウォルポール(1717〜97)イギリスの著述家。ケンブリッジ大学を卒業後、イタリア・フランスに遊学。帰国して政界にはいり、国会議員を務めた。トゥイッケナム郊外にゴシック様式の城館を築いてそこに住み、私設印刷所も設けて自著や友人の本を印刷した。この「オトラント城奇譚」によってゴシック(恐怖)小説の創始者として有名であるが、生涯に3000通にものぼる膨大な書簡を残し、これは当時の歴史、風俗、趣味などを知るきわめて貴重な資料となっている。

「オトラント城奇譚」ウォルポール/平井呈一訳
立ち読みフロア
https://www.gutenberg21.co.jp/otrant.htm

オトラントの城主マンフレッド公には一男一女があり、総領はマチルダ姫といって、芳紀《とし》十八、容色なかなかにうるわしい処女《おとめ》であった。弟君のコンラッドというのは姉よりも三つ年下で、これはうまれつき病弱な、ゆくすえの見込みのない凡庸な子であったが、姉のマチルダには日ごろ情愛らしいものをついぞ見せたことのない父親の、またとない掌中の《珠《たま》珠《たま》であった。
マンフレッド公はかねてから、ヴィツェンツァ侯の息女イサベラ姫をわが子に妻《めあ》わすことを約して、伜《せがれ》コンラッド本復のあかつきには、早々に婚儀の式をあげさせるつもりで、すでに付け人をつけて、姫を自分の手もとに引きとっていたのである。その晴れの挙式の日を一日千秋の思いで待ちわびるマンフレッドの胸中を、一家一門、および領内のひとびとは、いろいろに取り沙汰していた。しかし家中《かちゅう》の面々は、日ごろから癇癖《かんぺき》のはげしい殿の気性をよくこころえていたから、殿の心中のあせりについては、だれひとり、めったな憶測を口に出していうものもなかった。
奥方のヒッポリタというのは、これは温厚貞淑な婦人で、彼女はおりにつけわが子の若年のこと、あまつさえ病身であることをかんがえて、一粒だねの跡取りをそんなに早く縁組させるのは、なにかにつけて心もとないことを、しばしば夫に申し立てたけれども、そのたびに夫から受ける返事は、だいじな世継ぎの胤《たね》を一人しかもうけぬわが身の石女《うまずめ》のふがいなさを、いまさらのように事改めて思い知らされるばかりであった。
とかく口さがないのは領内の百姓町人どもで、かれらは、御城主が若君の御婚礼をあのようにむたいに急がれるのは、あれは昔からここのお城に言い伝える古いお告げが、いよいよあらわれることになったので、それが怖いからじゃと、みんなそのせいにしていた。――「オトラントの城およびその主権は、まことの城主成人して入城の時節到来しなば、当主一門よりこれを返上すべし」というお告げが、遠い昔に宣下されたのだそうな。お告げの意味はどういうことなのか、よくわからなかったし、さらにそれがこんどの婚儀とどういう関係があるのか、それもにわかに計りがたかったが、とにかく、このお告げが謎かまことか口論乙駁、領民たちは思い思いの意見をいよいよ固くした。
婚儀の日どりは、若君コンラッドの誕生日と定められた。その日、賓客《まれびと》たちは城内の礼拝堂にうちつどい、いよいよおごそかな神前の儀式をとりおこなう準備万端ととのったという時になって、かんじんのコンラッドの姿がどこへ行ったか見えなくなった。一刻の猶予も待ちきれず、気ばかりあせっているマンフレッドは、わが子が席をはずしたところを見ていなかったので、ただちに近侍の一人に命じて、若殿を呼びにやった。近侍は中庭をわたって、コンラッドの居間まで行くほどもないうちに、息せききって駆けもどってくると、目をむき口に泡をためて、ものもいえず、ただしきりと中庭のかたを指さす狂顛《きょうてん》のていたらくに、並みいる客たちはいずれもみなおどろき、かつ唖然とするばかりであった。奥方のヒッポリタは、なんのことやらわからぬながら、わが子の上を気づかうあまり、その場にバッタリ気を失う。マンフレッドは心配よりか、婚儀のおくれることと、家来のうつけぶりに腹を立てて、いたけだかに、なにごとじゃ? とたずねたが、家来は答えもやらず、なおもつづけて中庭のかたを指すばかり。やがてかさねて問われると、ようやくのことに、「あの! お兜が! お兜が!」とさけんだ。
とかくするうち、数人の客たちがいち早く中庭へと走り出ていったが、まもなくそちらの方から、なにやら恐怖と驚愕の叫び声が、騒がしくきこえた。マンフレッドもようやくわが子の見えないのが心配になりだし、ただならぬあの騒ぎは何事だろうと、自分もやおら席を立って行った。マチルダはあとにのこって母の介抱につとめ、イサベラもおなじ目的で席にのこっていたが、イサベラが席をうごかなかったのは、じつは、まえまえから情愛などつゆほどもおぼえていない花婿に対して、ここで自分がジタバタあわてさわぐような不覚を、はたの目に見られたくないためであった。
マンフレッドの目をまず第一に射たものは、なにやら黒い鳥毛の山のように見えるものを、下人《げにん》どもの群れがエイヤエイヤと懸命になって持ち上げている姿であった。目をこらしてよく見たものの、自分の目が信じられなかったので、マンフレッドは怒気をふくんでどなりつけた。「きさまら、何をしてさらす! 和子《わこ》はどこにおるのじゃ?」すると、異口《いく》同音の声がいっせいに、「おお上《うえ》様! 若君さまは! 若君さまは! このお兜が! お兜が!」と涙まじりのその答えに、あるじはギックリ。なんのことやらわからぬまま、こわごわ前にすすみ出てみると、こはそもいかに、わが子はグッシャリ木っ葉みじん、さながら尋常の人間のためにつくられた兜の百層倍もあるような大兜の下にうち敷かれて、その上を、大兜にふさわしい山のごとき黒い大鳥毛《とりげ》が、くろぐろと蔽っていたのである。
……第一章 巻頭より

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「ゴシック叢書」(国書刊行会)

《ゴシック叢書》(1978-1985)。編集=小池滋・志村正雄・富山太佳夫。
 
(1) 『オトラントの城』 『ヴァセック』 『フランケンシュタイン』 『ケイレブ・ウィリアムズ』 『悪の誘惑』 など、《世界幻想文学大系》 の 『マンク』 『放浪者メルモス』 『ウィーランド』 とあわせて、英米ゴシック小説に関心を持つ読者が真っ先に手に取るべき作品をほぼ網羅していること。(重要作で落ちているのはラドクリフ 『ユドルフォの秘密』 くらい)。レ・ファニュ、コリンズ、ブルワー=リットンなど、ゴシックの水脈を受け継ぐヴィクトリア時代の作品、さらに詩や演劇にまで目配りのきいた編集。
 (2) 「アメリカ文学のゴシック性」 を C・B・ブラウン (アメリカ文学の父) からメルヴィル、ホーソーンを経て、ピンチョン、バース、バーセルミ、ホークスらの現代作家まで、実作を並べることで具体的に示したこと。「ゴシック」 を18世紀後半〜19世紀前期に限定されたものではなく、現代にも脈々と受け継がれる文学的 「常数」 とすることで、よりスケールの大きなものとした。
 (3) 研究篇 『城と眩暈 ゴシックを読む』 の刊行。いまだに日本語で読めるゴシック小説に関するもっとも充実した研究・評論書のひとつ (もう一冊、紀田順一郎編 『出口なき迷宮』 (牧神社) を入門篇としてあげておきたい)。英米にとどまらず、ドイツ、フランス、ロシア、イタリア、ラテンアメリカ、日本 (江戸時代) の 「ゴシック的なもの」 をそれぞれの専門家が紹介、さらに美術、建築におけるゴシック、推理小説、SFとの関連まで論じた書き下ろし18篇を収録。ゴシック小説とピクチャレスク=崇高美学を論じて圧倒的な高山宏 「目の中の劇場」 は本書が初出。

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1 『イタリアの惨劇1』 アン・ラドクリフ(Ann Ward Radcliffe)(1764-1823)(U.K.)Tr:野畑多恵子(Taeko Nobata)1978/6
2 『イタリアの惨劇2』 アン・ラドクリフ(Ann Ward Radcliffe)(1764-1823)Tr:野畑多恵子(Taeko Nobata)1978/8
3 『白衣の女1』 ウィルキー・コリンズ(Wilkie Collins)
4 『白衣の女2』 ウィルキー・コリンズ(Wilkie Collins)
5 『白衣の女3』 ウィルキー・コリンズ(Wilkie Collins)
6 『フランケンシュタイン』 Frankenstein; Or the Modern Prometheus M・W・シェリー(Mary Wollstonecaft Shelley)
7 『V. I』 V. T・ピンチョン(Thomas Pynchon)
8 『V. II』 V. T・ピンチョン(Thomas Pynchon)
9 『聖なる泉』 The Sacred Fount ヘンリー・ジェイムズ(Henry James)
10 『エドガー・ハントリー』 Edgar Huntly or Memoirs of a Sleep-Walker C・B・ブラウン(Charles Brockden Brown)
11 『プラハの妖術師』 The Witch of Prague F・M・クロフォード(F. Marion Crawford)
12 『ゴシック演劇集』 ジョン・ヒューム/他(John Home Etal.)
13 『悪の誘惑』 The Private Memoirs and Confessions of a Justified Sinner J・ホッグ(James Hogg)
14 『ヴァセック泉のニンフ』 Vathek Etc. W・ベックフォード(William Beckford)
15 『帰れ、カリガリ博士』 Come Back, Dr. Caligari ドナルド・バーセルミ(Donald Barthelme)

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16 『やぎ少年ジャイルズ 1』 Giles Goat-Boy ジョン・バース(John Barth)
17 『やぎ少年ジャイルズ 2』 Giles Goat-Boy ジョン・バース(John Barth)
18 『ケイレブ・ウイリアムズ』 The Adventures of Caleb Williams ウイリアム・ゴドウィン(William Godwin)
19 『悪魔の骰子』 Ed:小池滋(Shigeru Koike) & 富山太佳夫
20 『城と眩暈 -日本編』 Ed:小池滋(Shigeru Koike) & 志村正雄(Masao Shimura) & 富山太佳夫
21 『イギリスの老男爵』 クレアラ・リーヴ(Clara Reeve)(1729-)Tr:井出弘之(Hiroyuki Ide)1982/10
22 『米国ゴシック作品集』 Ed:志村正雄(Masao Shimura)
23 『夜の森』 Nightwood デューナ・バーンズ(Djuna Barnes)
24 『乙女たちの地獄 1』 The Tartarus of Maids ハーマン・メルヴィル(Herman Melville)
25 『乙女たちの地獄 2』 The Tartarus of Maids ハーマン・メルヴィル(Herman Melville)
26 『レ・ファニュ傑作集』 J・S・レ・ファニュ(J. S. Le Fanu)
27 『オトラントの城』 The Castle of Otranto ホレス・ウォルポール(Horace Walpole)
28 『もうひとつの肌』 Second Skin ジョン・ホークス(John Hawkes)
29 『大理石の牧神 1』 The Marble Faun ナサニエル・ホーソーン(Nathaniel Hawthorne)
30 『夜の勝利 -英国ゴシック詞華撰1』 Insomnia: An Anthology of British Gothic Poems Ed/Tr:高山宏(Hiroshi Takayama) S・T・コールリッジ(Samuel Taylor Coleridge)(1772-1834)/他1984/5
31 『夜の勝利 -英国ゴシック詞華撰2』 Insomnia: An Anthology of British Gothic Poems Ed/Tr:高山宏(Hiroshi Takayama) R・サウジー(Robert Southey)(1774-1843)/他1984/7
32 『大理石の牧神 2』 The Marble Faun ナサニエル・ホーソーン(Nathaniel Hawthorne)
33 『ザノーニ 1』 Zanoni エドワード・ブルワ=リットン(Bulwer Lytton)
34 『ザノーニ 2』 Zanoni エドワード・ブルワ=リットン(Bulwer Lytton)

◾ゴシック叢書(1978年 - 1988年)刊行

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2017年09月07日

『週刊 ニッポンの国宝100』創刊

国宝という言葉が生まれて120年の今年。『週刊 ニッポンの国宝100』を創刊。

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創刊号は国宝2大スーパースター「風神雷神図屏風」と「阿修羅」を特集。
特別付録は「国宝の旅トラベルケース」付き。
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2017年09月02日

文學界の特集記事

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「文學界」9月号掲載の短篇小説「漸然山脈」(筒井康隆)の挿入歌「ラ・シュビドゥンドゥン」が作詞作曲と歌を筒井康隆、ピアノ演奏山下洋輔で実現。

筒井康隆さんtwitterより

「久しぶりに新たな小説の着想を得た。絵画や音楽の世界に小説は追いついていないのではないかと思ったのが最初である。絵画には抽象絵画が五万とあるし、音楽にはジョン・ケージをはじめ日本では武満徹を嚆矢とする現代音楽が沢山ある。しかしこれに相応する小説というのは、確かにだいぶ近づいていると思えるものもあるにはあるが、小説のほんの一部分であったりして、完全に絵画、音楽に肩を並べたと言えるものはない。

ではわしが書いてやろうではないかと思いついたのである。これを小説でやるには完全なディコンストラクションが必要である。文章のみならず言語すべてにわたって再構築しなければならぬ。」


「…山下洋輔が綺麗な楽譜を送ってきてくれた。前奏ができたので送っておいたのだ。…」


「六本木のスタジオへ。ここはいつも山下洋輔が練習に使っているところで、グランドピアノがある。すでに山下氏や武藤旬編集長や、村松Gはじめ顔なじみのジャムライスの面面、それに文藝春秋の動画撮影班が来てくれている。稽古らしきもの一回と本番らしきもの三回で終ってしまった。…思い返せば山下氏のピアノで歌ったのは初めてだったのだ。」

https://youtu.be/6MduyOCa36M

 
《「ラ・シュビドゥンドゥン」がYouTubeで公開された。朝日の大上朝美に見せたところ吃驚して、新聞のコラムと朝日デジタルで記事にしてくれるらしい。「漸然山脈」が好評なので、次回作にとりかかる。》筒井康隆

この映像を見て「ラ・シュビドゥンドゥン」って、一体何だ?と思ったら、筒井康最新作「漸然山脈」を読んでみたくなる。作品挿入歌なので「漸然山脈」を読んだら、音楽アイディア真の凄さが漸然脈々と伝わる名曲となっている。

こうして掲載された「文學界」9月号の購買もとんとん上がっていく。メディアミックスに作者自身が発想して、音楽創作を演じる試み。

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2017年09月01日

鈴木邦男『天皇陛下の味方です』

いま流行の右翼本ではありません! 

アベ政権およびアベまわりの似非右翼や似非保守主義者に象徴される反天皇主義者たちを撃つ384ページ、 著者の代表作ともいえる渾身の大エッセイ。 

新右翼と呼ばれた天皇主義者が近現代4人の天皇の考察を通して提起する、破邪顕正の新国体論。 


【目次】 

第一章 右向け右! 

一 反日分子をやっつけろ 

二 右曲がりのニッポン 

三 権力と大衆 

第二章 愛国を叫ぶ反天皇主義者たち 

一 愛国政権登場 

二 愛国憲法 

三 人は右翼というけれど 

第三章 天皇と日本人 

一 永きもの皇統 

二 明治天皇と日本の青春 

三 皇太子裕仁親王 

第四章 戦争と昭和天皇 

一 テロの季節 

二 亡国戦争 

三 聖断 

第五章 新しい国体 

一 マッカーサーの時代 

二 戦後日本の明暗 

三 今上天皇の祈り 

第六章 私、天皇主義者です 

一 皇室の危機 

二 天皇リベラリズム 

三 結語 

内容(「BOOK」データベースより)


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「日本人が一番エライというのが右翼なら、軍拡せよというのが右翼なら、そして愛国を強制するのが右翼なら、私は右翼ではありません」 


鈴木邦男 

1943年福島県生まれ。早稲田大学政経学部卒。学生時代から民族派運動にのめり込む。大学卒業後、産経新聞社に入社。三島事件を契機に1972年民族派運動グループ『一水会』を設立し、過激な民族派運動を展開。防衛庁での乱闘、逮捕により産経新聞社を解雇される。その後一水会専従となり運動と並行して執筆活動を始めるが、東アジア反日武装戦線「狼」の三菱重工ビル爆破事件に衝撃を受け、1975年に初の著書『腹腹時計と“狼”』を上梓(三一書房)、大きな話題となる。


《愛国の作法》

http://salitote.jp/people/interview014-1.html


『腹腹時計と“狼”』(三一書房)

http://kunyon.com/shucho/120116.html


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2017年08月14日

「エドガー賞全集」上下巻ビル・プロンジーニ編〈ハヤカワ・ミステリ文庫〉

アメリカ探偵作家クラブが主催するエドガー賞(MWA賞)を受賞した、短篇小説を一冊に収めたアンソロジー。

上巻には短篇小説部門が創設された1947年から62年までの作品が収録。
本格推理篇は案外少なく、サスペンス小説が主体の構成で意外なオチが用意され読み応えたっぷり。「夢見るなかれ」「虎よ」「その向こうは―闇」など、 いずれ劣らぬ名手たちが織りなす多彩なミステリーの世界を堪能できる。
 
上巻に収録されている作品。
◆エラリイ・クイーン「気ちがいティー・パーティ」 ◆ウイリアム・アイリッシュ「晩餐後の筋書」 ◆ローレンス・G・ブロックマン「なまず物語」 ◆ジョン・コリア「夢判断」 ◆フィリップ・マクドナルド「おそろしい愛」 ◆ロアルド・ダール「おとなしい兇器」 ◆スタンリイ・エリン「パーティの夜」 ◆フィリップ・マクドナルド「夢見るなかれ」 ◆スタンリイ・エリン「ブレッシントン計画」 ◆ジェラルド・カーシュ「壜の中の謎の手記」 ◆ウイリアム・オファレル「その向こうは――闇」 ◆ロアルド・ダール「女主人」 ◆ジョン・ダラム「虎よ」 ◆エイヴラム・デイヴィッドスン「ラホーア兵営事件」 ◆デイヴィッド・イーリイ「ヨット・クラブ」 ◆パトリック・クエンティン「不運な男」

コリア「夢判断」は高層ビルから落ちていく男を扱った、短篇ミステリとして
忘れがたい作品。
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MWA(アメリカ・ミステリ作家協会)の最優秀短篇賞(1963〜1980)を受賞した短篇ミステリが下巻に、収録されています。

下巻に収録されている作品。
◆ローレンス・トリート「殺人(ホミサイド)のH」 ◆シャーリイ・ジャクスン「悪の可能性」 ◆リース・デイヴィス「選ばれたもの」 ◆エドワード・D・ホック「長方形の部屋」 ◆ウォーナー・ロウ「世界を騙った男」 ◆ジョー・ゴアズ「さらば故郷」 ◆M・F・ブラウン「リガの森では、けものはひときわ荒々しい」 ◆ロバート・L・フィッシュ「月下の庭師」 ◆ジョイス・ハリントン「紫色の屍衣」 ◆ハーラン・エリスン「鞭打たれた犬たちのうめき」 ◆ルース・レンデル「カーテンが降りて」 ◆ジェシ・ヒル・フォード「留置所」 ◆エタ・リーヴェス「恐ろしい叫びのような」 ◆トマス・ウォルシュ「最後のチャンス」 ◆バーバラ・オウエンズ「軒の下の雲」 ◆ジェフリイ・ノーマン「拳銃所持につき危険」 ◆クラーク・ハワード「ホーン・マン」

ウォーナー・ロウの「世界を騙った男」では、作家のサマーセット・モームと、画家のポール・ゴーガンにまつわる途方もない物語。無類の面白さを持つ海外短篇の逸品。
《絶版本》につき新たな作品を追加して、続刊が望まれている。

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エドガー賞全集 1990~2007 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

1990〜2007年までのエドガー賞最優秀短編賞を受賞した17作品が収録(2005年度受賞作、ローリー・リン・ドラモンド著「傷痕」は「あなたに不利な証拠として」に収録。)

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<収録作品一覧>

「悪党どもが多すぎる」ドナルド・E.ウェストレイク 9−34

「エルヴィスは生きている」リン・バレット 35−64

「九人の息子たち」ウェンディ・ホーンズビー  65−86

「メアリー、メアリー、ドアを閉めて」 ベンジャミン・M.シュッツ  87−128

「ケラーの治療法」 ローレンス・ブロック 129−181

ダンシング・ベア ダグ・アリン  183−219

「判事の相続人」 ジーン・B.クーパー  221−250

「赤粘土の町」 マイケル・マローン 251−284

「ケラーの責任」 ローレンス・ブロック  285−325

「密猟者たち」 トム・フランクリン 327−404

「英雄たち」アン・ペリー  405−430

「ミッシング・イン・アクション」 ピーター・ロビンスン 431−467

「ペテン師ディランシー」 S.J.ローザン  469−514

「」 メキシカン・ギャツビー」 レイモンド・ステイバー 515−543

「メイドたち」 G.ミキ・ヘイデン  545−571

「隠れた条件」 ジェイムズ・W.ホール  573−604

「銃後の守り」チャールズ・アルダイ 605−646頁


いわゆる推理エンターテイメント一辺倒ではなくて、幻想作家エドガー・アランポーを意識した短編が選ばれている。
それはそれで夏休みの読書として、相応しい内容とも言える。季節はずれのポー関連文庫本が思わず、個人的にヒットした!
posted by koinu at 09:38| 東京 🌁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

手塚治虫『ザ・クレーター』

17本の読み切り漫画からなる連作短編シリーズ。1969年から1970年に『少年チャンピオン』(秋田書店)連載。

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創刊まもない『少年チャンピオン[1]』の1969年8月10日号から連載が開始され、1970年4月1日号で連載終了した。単行本は1970年10月及び12月に新書版の少年チャンピオン・コミックスとして全2巻が発売されたが、この時は収録可能ページ数の問題[2]で3作品(後述)が未収録となる。その後、1977年から刊行が開始された講談社手塚治虫漫画全集には17作品全てが収録された(通し番号218/219/220、全3巻とも1982年発行)。2009年に刊行が開始された手塚治虫文庫全集(講談社)第一期でも、同じく17作品全てが全1巻(BT-045)として収録されている。


執筆された17作品は、描かれた内容、舞台、登場人物など全てが異なっており、それぞれが独立した作品になっている。オクチン=奥野隆一という少年が複数の作品で登場しているが、それぞれ別作品の中のオクチンとは無関係な別の人物として描かれており、幾つかの作品では名前や人種も変わっている。連載時の謳い文句は『人間の心をテーマにした物語[3]』というものだったが、手塚は講談社全集のあとがきの中で、「連載開始当初は一貫したテーマも決めておらず、『ザ・クレーター』という表題にも別に意味は無いのです」「オクチンという少年を登場させたり、統一感を持たせようと苦心したものです」と述べている[4]。また、同書の同あとがきでは、「この『ザ・クレーター』は他の連作シリーズより出来の差が激しくなく、一応のレベルを保っていると思います」[4]とも述べている。

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【収録作品】


二つのドラマ 
1969年8月10日号掲載[5]。29ページ[6]。
スラム街に住むジムと、そのガールフレンドのナンシーは、貧窮した生活から抜け出したいと願っているものの、その方法を手にすることができずにいる毎日だった。ある日、道路でひったくりをしたジムは、逃げる途中でトラックにはねられて意識を失う。気がついた時、ジムは東京の資産家の息子である隆一という少年に変わっていた。その後、頭痛が起こるたびに身体が入れ替わるジムは、隆一となってシカゴの大学に留学した時、スラム街でナンシーと知り合い、隆一の財力でナンシーをスラムから連れ出そうとする。だがその時、もうひとりのジムが2人の前に出現した。


八角形の館 
1969年8月27日号掲載。29ページ。
進学するか漫画家になるか悩んでいた熊隆一の前に、不思議な老婆が現れ、コインを渡してその出目で将来を決めろと勧める。コインの出目は漫画家を示していたが、隆一は不安そうだった。それを見た老婆は、「もし漫画家でいることが嫌になったら、八角形の館に来い。そうすれば一度だけもうひとつの人生に変わることができる。ただし二度目は許されない」と言い残して消えた。漫画家になった隆一は多くの連載を抱える人気作家として成功したが、一度だけファンの好みを無視した作品を描き、それがきっかけで人気が落ちてしまう。漫画家に失望した隆一は八角形の館で人生を切り替えた。別の世界では隆一はボクサーになっていたが、ここでも意に添わない試合をする結果となり、ボクサーにも失望する。その時、隆一に破滅が訪れた。


溶けた男 
1969年9月10日号掲載。29ページ。
学生運動が行われているR大学で、佐藤栄作という科学者が、米軍から依頼を受けて死体を溶かす薬を研究していた。ある夜、その日の研究を終えて帰ろうとした佐藤は、見慣れない古ぼけた教室で、岡田四郎という学生と知り合う。岡田の様子が気になった佐藤は後日に調査し、岡田とその教室が現在は実在しないこと、第二次世界大戦時に実在して軍命令で人間の身体を溶かす能力を持つ薬を研究していたこと、その薬を軍に渡さない為、受け取りに来た軍人の目の前で自ら薬をかぶって骨だけになったこと、そしてその骨が骨格標本として、改装された教室に展示されていることを知った。佐藤はその出来事が、自分の研究に対する岡田のメッセージだと考え、研究の中止を決意する。だがその時、研究室に学生運動の集団が突入した。


風穴 
1969年9月17日号掲載。32ページ。新書版少年チャンピオン・コミックス未収録作品。
同居する2人のレーサーの話。そのうちのひとり(オクチンの顔だが、名前は書かれていない)が等身大のマネキン人形をマスコットにし、レースで車にまで乗せていた。もうひとりのレーサーである酒井はそれが気に食わず、日頃から人形を傷つけたり捨てようとしたりしていた。ある日遂に全面衝突し、富士山麓にある風穴で話し合ったものの決裂。酒井は無理やり人形を捨てたが、その後2人は風穴の出口を見失ってしまう。人形を捨てられたレーサーは絶望を口にするが、酒井はそれを詫びながらはげましつづけ、ようやく病院にたどりつく。翌朝、助けてくれた酒井に礼をいおうと病室から玄関に向かったレーサーだったが、そこに酒井の姿は無く、代わりに泥だらけで手足がバラバラになったマスコットのマネキン人形の残骸が散らばっていた。


墜落機 
1969年10月1日号掲載。31ページ。
架空の国。戦闘機のパイロットである奥野隆一は、空戦中に被弾し無人島に不時着した。1年以上かけてようやく島から脱出した奥野は、自分が軍の思惑によって「胸に被弾しながら最後の力を振り絞って敵軍の司令塔に突入した英雄」に祭り上げられていると告げられた。戦意高揚の収束と捏造の発覚を恐れた軍上層部は、再度出撃して英雄伝と同じ死に方をしろと奥野に命じた。奥野はそれを嫌がるが、あらかじめ胸を撃たれて無理やり戦闘機に搭乗させられる。だがそのダメージによって基地上空で意識を失い、味方の軍の司令塔に突入してしまう。


双頭の蛇 
1969年10月15日号掲載。30ページ。新書版少年チャンピオン・コミックス未収録作品。
1990年代。黒人と白人の比率がほぼ均等となっていたアメリカ。シカゴのギャングの帝王で双頭の蛇と呼ばれるキケロという白人の男がいた。キケロは黒人の実力者を次々と暗殺し、自分を裏切った部下も容赦なく殺す男だったが、一人息子のアーティは大切にしていた。まだ幼いアーティは父親の正体を知らなかったが、その友達で黒人のリュウがキケロに自分の父親を殺され、そのこととキケロの正体をアーティに知らせた。アーティは父親に絶望して家出し、それを知ったキケロは全力で息子を探すが見つけられずにいた。そして黒人の警察官に協力を約束し息子の捜索を願い出たが、キケロはそのことによって幹部から裏切り者とされてしまう。


三人の侵略者 
1969年11月5日号掲載。30ページ。
3人の宇宙人が、偵察目的で地球に降り立った。宇宙人たちは、その時発生していた脱獄囚の逃走事件を隠れ蓑にしようと、あらかじめ入手していたフィルムや本から得た知識に基づいて犯罪者の風体をまとい、ある3人家族の家に押し入ってそこを根城にしつつ、情報源として最適な人物を探し始めた。そのリーダーが、一人の漫画家を「一日中机に向かって図面を引いている優秀な学者」だと思い込んで部下とともに襲い、その脳を吸って知識を奪い取ったが、その途端、彼らは締め切りに追われる気分を感じる様になってしまう。一方、根城にしていた家の3人家族こそが、実は本物の脱獄囚であり、宇宙人の目の前で逮捕され連行されたが、彼らには締め切りが迫っており、それを気にする時間も無くなっていた。


鈴が鳴った 
1969年11月19日号掲載。30ページ。
山奥の温泉ホテルに、3人の客が別個に宿泊していた。3人は素性も経歴も異なるが、唯一、「鈴の音に対して恐怖を感じる体験」を有するという共通点を有していた。露天風呂でそれぞれ鈴の音を聞いた3人は、ホテルの主人にそれを訴えるが、いくら調べても何も出てこなかった。宿の主人は妻が飼っている猫を嫌っており、ある日遂に我慢できずに捕獲、ホテルの熱帯植物園で飼っていたニシキヘビの餌にしてしまった。だがその直後、ニシキヘビから鈴の音が聞こえ始めた。


雪野郎 
1969年12月3日号掲載。29ページ。
奥野隆一と佐々木は全日本スキー選手権で優勝を争うライバルであり、同時に友人でもあった。毎年、大会直前に旧知のロッジで落ち合い、お互いの腕を確かめ合うことを恒例としており、その年も2人で山奥にスキーに出かけた。しかし突如として濃霧が発生し、しかもその濃霧の中から一台のトラックが出現して2人を襲い始めた。逃げ惑う中、奥野は崖から転落し、雪の反射光で目を傷めてしまう。


オクチンの奇怪な体験 
1969年12月17日号掲載。30ページ。
新聞で、被爆症の少女が苦しんでいることを知ったオクチンは、名前も知らないその少女の治療代の為に自分で30万円を稼ごうと決意するが、少年の力では中々貯まらない。そんな時、ジョーダンという変わった身なりの男が現れ、死ぬ予定ではなかった北田悠子という少女が突然死んでしまったので、天国で受け入れるまで北田悠子の魂を預かってくれるようオクチンに依頼した。男の身体に男女2人分の魂を宿すことになったオクチンは悪戦苦闘しながらもなんとか1ヶ月を乗り切り、ジョーダンから報酬を受け取った。北田悠子の魂を見送ったオクチンは、喜び勇んで記事を載せた新聞社に出向いて寄付を申し出たが、その新聞社の人間は、その少女が1ヶ月以上前に突然死んでおり、名前は北田悠子だとオクチンに告げた。


巴の面 
1970年1月7日号掲載。27ページ。
長宗我部家に双子の娘がいた。妹の伏見姫は容姿は美しいが歪んだ性格を有している。逆に姉の巴姫は素直で優しい心と、美しいとは言えない容姿を有していた。2人は共に土佐の本條忠道を愛していたが、忠道は心の美しい巴を選び妻にした。ただしこれは忠道が極度の近眼であったことも作用していた。一方伏見はその本性を現し、巴を鬼女に仕立て上げる策略を巡らした。その策略に乗せられた忠道は刀を振るって巴を追い出そうするが、近眼ゆえ手元が狂い、巴の顔面を切り取る様にして殺してしまう。その直後、巴の顔は風に乗って実家に飛び、伏見の顔に張り付いた。巴の顔になった伏見はそのまま狂い死にし、巴の顔は恐ろしい面として後世に遺された。時は変わって現代、マンガ家の手塚は、巴の面と同じデザインでおもちゃのお面を作れと依頼され、巴の面の現物を押し付けられる。恐ろしい逸話を持つ巴の面と一晩過ごす羽目になった手塚は伏見姫と同じように巴の面に取り殺されてしまい、巴の面は行方知らずになった。さらに時が流れて21世紀、巴の面は或る古美術商の家に飾られていた。その時代、女性の美しさの基準は大きく変わってしまっており、古美術商は息子(オクチン)が付き合う女のあまりの顔の酷さにあきれかえるほどだった。そして古美術商とその息子のやりとりを前に、巴の面は笑うような音をたてながらドロドロに溶けて崩れ去ってしまったのだった。


大あたりの季節 
1970年1月21日号掲載。29ページ。
オクチンに幸運の連続が訪れた。中でも学校で一番美人のクミという少女と恋仲になったことは学校中で話題となり、密かにクミを好きだった番長の井戸井は、嫉妬も絡めてオクチンの運の良さの秘密を子分に探らせた。子分はオクチンを尾行するうちに、土管の中にある不思議な川を発見した。その報告を受けた井戸井は直接オクチンを締め上げ、川の秘密を白状させる。その川は時間を逆行することができる川で、オクチンはその川を使って何度も過去に戻り、失敗した出来事をやり直して成功に変えていた。クミへの告白も、実は数回ふられた後の成功だった。井戸井はさらに過去に戻ってオクチンより先にクミに告白しようとするが、オクチンもそれを阻止するために川に入った。2人の川泳ぎはいたちごっこになり、徐々に年単位の過去に戻っていくようになるが。


ブルンネンの謎 
1970年2月4日号掲載。29ページ。
P中学校の陸上競技部が、有名な正月明けの富士山一周マラソンを行った。みどりという名の美しい娘がいることで部員から人気があるブルンネンという街道際の喫茶店で小休止し、その後マラソンが再開されたが、もともと発熱して体調が悪かったオクチンがこの時倒れてしまった。しかし休むことは許されず、後からでも付いてくるよう命じられた。ひとりフラフラになりながらも少しずつ進んでいたオクチンの目の前に、またブルンネンが現れた。疑問を感じる気力も無くブルンネンに救いを求めたオクチンは、みどりが森にある湖の底から集めたコケで作った万能薬を与えられた。そしてブルンネンの主人である青年は、みどりが人間ではなく湖に住んでいたニンフであること、みどりの父親に黙って連れてきてしまったこと、そして今日、みどりがオクチンのための薬を作る苔を取りに行って父親に発見されてしまったことを告げた。


紫のベムたち 
1970年2月18日号掲載。29ページ。
紫色のベム型宇宙人が、地球の情報を手に入れようとしていた。彼らは山村に住むカン太郎という知能の低い少年を選んでおびき寄せ、情報を得る時だけ知能を飛躍的に高めて話をさせた。カン太郎が話していたのはおとぎ話である桃太郎だったが、宇宙人たちはそれを実際の戦争と勘違いして真剣に分析していた。カン太郎の兄である隆一はそれを知り、桃太郎の話を作り変えることによって宇宙人をうまく追っ払う方法を思いつく。


オクチンの大いなる怪盗
1970年3月4日号掲載。28ページ。新書版少年チャンピオン・コミックス「やけっぱちのマリア」第2巻収録。
担任の教師に反抗しているオクチンは、未来にも過去にも希望を感じていない少年だった。そのオクチンの前に泥棒と名乗る青年が現れ、「未来」を盗もうと誘う。青年は不思議なメガネをオクチンに渡し、そのメガネをかければ、普段は見えない人間の尻尾を見ることができると説明した。青年が言うには、人間の尻尾の中には「未来」が入っていて、幸運な人間の尻尾を奪って自分の尻尾に付け替えれば幸運になれるという。青年はスイスにいるジャクリーヌ・オナシスの尻尾を盗もうと言いだした。


生けにえ 
1970年3月18日号掲載。29ページ。
2000年前のメキシコ。マヤ帝国の祭壇では、チクワナという少女が神への生けにえとして首をはねられる直前にあった。チクワナは、死ぬ前にあと10年生きて結婚し、子供を作りたいと神に願った。神はその願いを聞き入れ、チクワナから記憶を消し去って現代の日本に転生させる。名前も何もかも忘れたチクワナはオクチンという少年と出会い、やがて結婚して普通の家庭生活を営むことになったが、記憶を失くしたはずの彼女が「首切り」や「生けにえ」に異常な反応を示すことを、周囲もチクワナ自身も不思議に感じていた。そして10年後、メキシコへの栄転をオクチンに聞かされたチクワナは記憶を取り戻し、生けにえにされた少女へ祈りを捧げることを彼に願うと、その場から消失した。愕然とするオクチンをよそに気が付いた時、チクワナは祭壇で首をはねられる直前に戻っていた。


クレーターの男
1970年4月1日号掲載。29ページ。
197X年、アポロ18号の乗組員であるウイリアム・フロスト・ウイリーは、月面のクレーターの1つであるアルフォンズス火口(英語版)へ調査に向かい、その付近で地球から時折観測される雲の正体を探ろうとしていたが、成果を得られぬまま帰途につこうとした際、崖から落ちて宙吊りになるという不幸に見舞われる。連絡手段も自力での脱出方法も絶たれたウイリアムは、酸素が尽きるとともに死亡した。やがて、ウイリアムの身体がミイラ化するほどの時間が過ぎた後、周囲で始まった火山活動によって発生したガスを浴びた彼は、死の眠りから揺り起こされた。ウイリアムはガスが衰えると死亡し、ガスを浴びると生き返るということを繰り返した果てに、月面を訪れた新たな宇宙船に遭遇する。宇宙船内で最初の死亡から130年が経過していることを知らされたウイリアムは、ガスを調査してくれと乗組員たちに訴えるが、彼らは世界を分断する戦争の最中にあり、それに必要なウラニウムを採掘するためだけに訪れていたため、ウイリアムの願いは叶わなかった。ガスの効果が切れかかってきたこともあってアルフォンズス火口へ戻っていくウイリアムをよそに、ウラニウムを積載した宇宙船は地球への帰途につく。それから数日後、天空に浮かぶ地球は核爆発の光に包まれる。それを眺めながら、ウイリアムは自分が最後の人間になってしまったことを自覚するのだった。



併録作品 


講談社手塚治虫漫画全集の『ザ・クレーター』第3巻には、同巻第5話として『ジャムボ』という短編が併録されている。『ジャムボ』の初出は旺文社が発行していた学習誌『中一時代』の1974年1月号で、『ザ・クレーター』のシリーズとは出自が異なるが、便宜的に本稿にて概略する。


ジャムボ 
『中一時代』1974年1月号掲載。31ページ。
航行中の旅客機の中で、乗客の一人が持ち込んだ大型の蜘蛛が逃げ出し、機内は大騒ぎになる。あるものは宝石の密輸が露見し、あるものは蜘蛛に怯えて恋人を見捨て、あるものは人種差別的な考えから無実の黒人を吊るし上げようとし、果ては乱闘のなか死人まで出す事態になる。姿の見えぬ毒蜘蛛に怯えつつ、人々は何とか蜘蛛を捕まえようとするのだが…。


【脚注】[ヘルプ]
1.『ザ・クレーター』連載当時は月2回刊行誌で、誌名は『少年チャンピオン』だった。『ザ・クレーター』の連載が終了した直後の1970年6月24日号から週刊化され、誌名も『週刊少年チャンピオン』に改称された。詳細は週刊少年チャンピオン#創刊期を参照のこと。
2.手塚治虫文庫全集版の解説(森晴路)より。
3.本作連載時の第一回作品冒頭部のナレーションより。文庫版解説に再掲載。
4. a b 手塚治虫漫画全集MT220『ザ・クレーター』p196 あとがきより。大意。
5.日付は講談社全集および手塚治虫文庫全集の掲載データより。
6.ページ数は講談社全集より。いずれも扉のページ(小題の表題ページ)を除く。
【Wikipedia】より

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手掛けたジャンルは、SF、歴史物、少女向け、4コマ、ピカレスクなどがある。 だが、熱血・スポ根物は好まず、これらを題材にした作品はまず無い。

戦時中に多くの死人を目にしたことなどから「生命の尊厳」 を作品のテーマとしていた。
昆虫マニアであり、中学生の時に作った細密な昆虫図も残っている。
自身のペンネーム「治虫」も、甲虫のオサムシから名付けたもの。虫の習性などを題材にした作品も描いている。
ただし、虫でも蜘蛛は大嫌い。子供の頃に蜘蛛の巣に突っ込んだら卵が破け、沢山の蜘蛛の子が体を這い回る地獄を経験をしたため。
キャラクターを役者のように使い、色々なキャラクターが、 別作品のモブや脇役として出演している。顕著なのが『ブラック・ジャック』)。 いきなりヒョウタンツギやスパイダー(おむかえでごんす)などの名物キャラが登場したり、 雰囲気ぶち壊しなギャグを挟んだりするが、これはこっ恥ずかしいラブシーンやシリアスな場面を描いてしまった時の息抜き・照れ隠しらしい。

神様だけあって、常識では考えられないようなエピソードを山ほど持っている。
幾つか挙げるだけで人外ぶりがまざまざとわかるほど。
?他人の漫画作品を見せてもらったとき「これなら僕にも描けるよ」といって 本当にそっくりの絵をその場で描いてみせた。
?揺れる列車や自動車の中で フリーハンドで直線を引く 。
?円を描くのに コンパスなど要らない。
?うろ覚えで描いた野球場のスケッチがライトの数に至るまで 写真で取ったかのように全くいっしょ という記憶力。
?別々の漫画を1ページづつ並行して描いて締め切りに間に合わせた。

漫画家としての40余年間で描いた漫画は全604作700タイトル以上、原稿の枚数は非公式だが15万枚とも言われる。
こち亀が160巻で3万弱ということを考えると凄まじい量である。
この膨大な作品数はいつもギャラは二の次三の次で限界まで、というか限界以上に仕事を引き受けていたためで、 「漫画を描くなと言われたら死ぬと同じ」
「アイデアはバーゲンセールできるくらいあるんだ」 と後年語っていたくらいであり、しゃにむに漫画を描き続けた。
posted by koinu at 11:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする