2021年11月27日

『空と夢―運動の想像力にかんする試論』ガストン・バシュラール

『空と夢―運動の想像力にかんする試論』ガストン・バシュラール

アニミズムに関わるメモランダム及び、役作りの落穂拾いエスキュース。


想像力とはむしろ知覚によって提供されたイメージを歪形する能力/1


一行の詩を書くためには、・・・鳥がどのように飛ぶかを感じ、花が朝開くときにはどんな運動をするかを知らなければならない(リルケ)/7


視覚によって捉えられた運動は力学的なものではない/13


世界は人間の夢想のなかで想像されながらあらわれる/20


夢の世界にあっては翼があるから飛べるのでなく、飛んだから翼があると信じるのだ/38


飛行の《本能》、それは生命のもっとも深い本能のひとつである軽さの本能であるといってもよいであろう。幾頁にもわたるこの試論はこの軽さの本能の諸現象を探究せんとするものである/41

われわれは飛んでいる世界の真中にいるようでもあれば、また飛んでいる宇宙がわれわれの存在の秘かな内部に現われるようでもある/47


あらゆる隠喩は小型の神話である(ヴィコ)/53

或る種の夢見者にとっては、波の上に揺られていた舟がしらずしらずに水を離れ空にむかう/60


イメージは老衰しない/66


鳴り響くものと透明なものと動的なもの、この三者一体なるものは、軽快感の内的印象からうまれるものである。それは外的世界によってわれわれに与えられるものではない/85


飛んだり泳いだりしている鳥に夢想がふいに共感を覚え・・・このように迅速でこのように完璧であるのは、そもそもイメージが力動的な意味で美しいからだ/91


人は雲雀を力動的想像力を働かせることによって力動的に記述することができるが、視覚的イメージの知覚の領域内でこれを形体的に記述することはできない/122


語り手は読者を恐ろしい情景の前においたのではなく、恐怖状況のなかにおいたのであり、彼は根源的な力動的想像力を揺り動かしたのである。作者は読者のたましいのなかに直接、墜落の悪夢を誘いこんだのだ/145


人は徐々に夕べの闇の重さを感じるであろう。人は夕べの闇の重さが三重の贅語法(プレオチスム)によって生気づけられた純粋な文学的イメージであることを理解するだろう。暗くなってゆくこの大気の質料の重さが《重くのしかかった雲》の重さを一層よく感ぜしめるであろう/148


世界は彼(ノヴァーリス)にとっては水からうまれたひとつの美である。

水晶の内部で天の色が地上に保たれる。諸君はサファイアの青をあたかも石が空の紺碧を集めたかのように、《大気的に》夢見ることができる。諸君は黄玉(トパーズ)の炎をあたかも石が夕陽と交感しているかのように、《大気的に》夢見ることができる。諸君はまた、空の青が手のくぼみに凝結してサファイアとなって固まったのだと想像することにより、《地上的に》夢見ることができる。水晶の上で、貴金属の上で、地上的想像力と大気的想像力の二つが結合する/157


「想像力」と「意志」は同じ一つの深い力の二つの面である。想像することのできるものこそ欲することができるのだ/160


《その光はどこから生じて真暗な物体のなかであのように輝くのであろうか。それは太陽の光輝からだというのか。しかしそれなら何が夜のなかで輝き、眼を閉じても見え、おのがなしつつあることを知りうるようにきみの思想と理知をきみにもたらすのであろうか。》(ヤコブ・ベーメ)この光の本体は外なる物体から来るのではない。それは夢見るわれわれの想像力の中心そのものにうまれるのである/171


くつろぎの緊張/175


ニーチェにとって、大気の強勢的な真の特質、呼吸する悦びをもたらす特質、不動の大気を力動化する特質―力動的想像力の生命そのものである深さにおける真の力動化―それはこの爽やかさである/202


空の青はこころもち蒼ざめた色彩として、蒼白いものとして夢想されるとき、大気的なものとなる/245


想像力には時間の引き伸ばしが、スローモーションが必要だ。そして特に何ものにもまして夜の物質の想像力には緩慢さが必要だ・・・星空は、自然の動体のなかでももっとも緩慢なものである/272


また別な想像力は植物の生の水性の勝利を強く感ずる。そういう人たちには樹液が昇ってゆくのが《聞こえる》のだ/309


想像的なものの世界においては、風車が風を旋回させることも不可能ではない/340


神は風の元素を一握りつまみ、その上に息を吹きかけると、馬が現れた(コラン・ド・プランシィ)/348


火が出てゆくとき、それは風の中に出てゆく。太陽が出てゆくとき、それは風の中に去ってゆく。月が去るとき、それは風の中に去ってゆく。かくて、風はあらゆるものを吸収する。

人間が眠るとき、その声は息の中に去る。彼の視覚も、聴覚も、思惟も同様である。かくて息はすべてのものを吸収する(チャーンドーグヤ=ウパニシャッド)/356


《・・・われわれは不断にこの星の黄金を呼吸している。この太陽の微粒子はわれわれの肉体に入りこみ、たえずそこから発散している》このようなイメージの中には芳香のある息吹が、香り高い風が生きている/357


それ自身のうちに生成と存在を総合する動体として真に自己を構成するためには、自分自身のうちに軽くなるという直接的な感じを実感しなければならない。ところが、存在を誘いこむ運動のなかで、軽くなるという状態で動くことは、すでに動く存在として変容することである/388


人は暗黒の物質の上にすでにかすかな白を予測し、推定する。それは暁である/396


存在が豊かに自己をあらわすとき、拡張と深さは力動的に結合される。・・・存在の豊満は、その深さを示すものである。逆に、内密な存在の深さは、自己自身に対する拡張のように思われる/398


ガストン・バシュラール『空と夢―運動の想像力にかんする試論』宇佐見英治訳より

posted by koinu at 14:48| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする