2021年09月28日

生まれたこともなく、死ぬこともない

「私は生まれることなく、私は死ぬこともない。 

時は生まれることなく、時はなくなる(消滅する)こともない。 

時間は生まれず、時間はなくならず。 

最初からそこにはなく、あると思い込んでいただけだった。 

あると思っていた物質は全て幻。意識が作りだした幻だった。 

時の終わりに人は何を見るのだろう?という問いに対する答えは、 

時ははじめからないのだから、時の終わりはない。 

時はなかったと気がつくのだ。全ての時が同時に存在している。」 

(『藍の書』辻麻里子より


『藍の書』辻麻里子

【目次】

1 原発事故後の世界 

2 『青の書』 

3 夢の架け橋 

4 夢さき案内人 

5 夢の領域はつながっている 

6 石の旅(ストーン・ヘンジ〜スイスの旅 グラストンベリー篇

7 石の旅・植物の旅(スイス篇

8 宇宙図形 

9 誕生日に観る夢:1987 

10 誕生日の夢:2012(四半世紀後

11 福島レポート 

12 悠久の旅インド 

13 2012年から2013年へステージが変わった 

14 帰仙、再び 

15 自由度の高い電子 

16 観察者としての私 

付録宇宙図書館にある「数字の森」 

付録月別 スターゲートの香り& 


【本書より】

もともと生まれたこともなく、死ぬこともない。ただ大いなる宇宙の意識があるだけだという境地に辿り着けば、変わらないもの、永遠不滅なものがわかるだろう。普遍的なものとは何か、それを探していたけれど、最初から時はなく、最初から物質はなく、すべてが幻だったと知ることによって、その答えが理解出来るだろう。近いも遠くもない、大きいも小さいもない、賢いも愚かもない、私もあなたもない、内側も外側もない、境界が溶解して、ひとつに溶け合うかのように見えるが、もともと境界はなかったところに、自分で線を引いたのだ。この境地に達したとき、隠遁するのではなく、この世の中、この世界の中で淡々と生きる。個という肉体を持って、生きていく。それが2013年以降の地球のありかただった


この世は夢のようなもの。この世は幻のようなもの。大いなる宇宙の意識が私の正体であり、私は人間という経験をしている宇宙意識である。


「達観すること」

「超然と」と言われた。

「達観することは誰にでもできそうだが、超然としていることは難しいのだよ。達観ではなく、超然を目指しなさい」とその人は言った。

(p366-367より)

posted by koinu at 15:00| 東京 ☁| 観測 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする