2021年06月06日

二宮金次郎「一円観(融合)の悟り」

復興事業を妨害する人間は悪人だと思っていたが、そうではないと視点から見直してみる。


「反対者には反対の理由があり、反対者が出ることはまだ自分の誠意が足りず、反対させる原因が自分の方にあるのだ」

見渡せば敵も味方もなかりけり、

おのれおのれが心にぞある。

「打つ心あれば打たるる世の中よ、打たぬ心の打たるるは無し」というのに金次郎は気がついた。


「一円観」とは、善悪、強弱、苦楽、禍福、幸災など、世の中のありとあらゆる対立するものを、一つの円の中に入れて観て、相対的に把握する捉え方である。

半円と半円のようにバラバラであるものも、互いに合わさって完全なる「一円」となったときに初めて成果が生み出される。


金次郎は「一円融合の悟り」を胆に納め、桜町に帰える。三カ月間も不在で、金次郎がいなければ復興事業が進まないのを身に沁みていた村人たちは、総出で出迎えた。


「たとえこの先どんな災難があり、背で火が燃えるような苦しいことがあろうとも、私は生涯この桜町の地を動かないことを、命を掛けて不動尊に誓ってきました。どうか皆さん宜しくお願いいたします」


金次郎の決意に村人たちの心が一円の中に納っていった。小田原藩も事態の収拾から、豊田正作の召還をただちに決めて、その後の復興事業は苦難がまるで幻のように、順調に進んてでいくのだった。

味方でない者は、全て敵としてしまう愚かな判断に対する戒めでもあろうか。

posted by koinu at 08:10| 東京 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする