2020年12月26日

〈喜劇映画〉を発明した男──帝王マック・セネット、自らを語る(作品社)

D・W・グリフィスに映画作法を学び、チャーリー・チャップリン、ビング・クロズビーを見出して、フランク・キャプラらをそのスタジオから輩出した男。コメディ映画にカスタードパイ投げ、水着アイドル、道化役としての警官隊を初めて登場させたアイディアマン。初期ハリウッドを代表する超大物プロデューサーが、自らの映画人としての足跡、波乱に満ちた生涯、たった一度の人生を賭した名女優との悲恋を余さず語り尽くす、アメリカ映画史の名著。

FF1DFA54-7854-4EA7-8990-4C907BDDB591.jpeg
《出版社からのコメント》
セネットは、二十世紀初頭の映画揺籃期から今日までの映像文化の歴史において、最重要人物のひとりとされているクリエイターながらも、この日本では正当な評価を得られず、チャップリンやキートンの研究書にオマケのような扱いで登場する程度の説明しかなされていなかった。換言すれば、これまでは、この人物の先見性を感得する機会がなかったのかもしれない。 
映画が発明された当初から存在する、映画史を縦貫する唯一のジャンル「喜劇」において、その起点からただちに女性アイドルを発明し、大衆娯楽の要素を創案したセネット。この才覚は、二十一世紀の創作のうえでも光明となり得る、知的文化遺産である。しからば、セネットの自叙伝とは、その本意を感受できる絶対的なテキストではなかろうかと、日本版の製作に到った次第である。 
――「監訳者序文」より

内容(「BOOK」データベースより)
D・W.グリフィスに映画作法を学び、チャーリー・チャップリン、ビング・クロズビーを見出して、フランク・キャプラらをそのスタジオから輩出した男。コメディ映画にカスタードパイ投げ、水着アイドル、道化役としての警官隊を初めて登場させたアイディアマン。初期ハリウッドを代表する超大物プロデューサーが、自らの映画人としての足跡、波乱に満ちた生涯、たった一度の人生を賭した名女優との悲恋を余さず語り尽くす、アメリカ映画史の名著!「銀幕喜劇人小辞典」付。


《著者について》
マック・セネット(Mack Sennett) 
1880年、カナダのケベック州に生まれる。生涯に700本以上の映画作品をプロデュース、350本以上の作品に出演し、300本以上を監督(映画史上最初の長編喜劇として知られるチャップリン主演の『醜女の深情け』など)、また100本近い脚本を書いた、ハリウッ ドにおける“喜劇の帝王"。1932年、プロデュース作品『The Loud Mouth(でかい口)』でアカデミー賞短編喜劇賞と、『闘う魚族(Wrestling Swordfish)』で同短編ドキュメンタリー賞を獲得。1937年、アカデミー賞特別賞(現在の名誉賞)受賞。このと きのプレゼンターは、かつてセネットのスタジオの脚本家兼監督だったフランク・キャプラ。1959年、映画芸術科学アカデミー終生会員。1960年没。 

《喜劇映画研究会》
文化啓蒙と社会貢献を目標に、喜劇映画の収集、研究を主軸とした非法人組織。劇作家 のケラリーノ・サンドロヴィッチが、中学生時代の1976年に始めた自主企画上映会が発展し、1985年に新野敏也が中興の祖となって改組、現在に到る。19世紀末~1960年代の欧米の喜劇映画の歴史を網羅したフィルム・コレクションと関連資料を誇り、企画イベントを主催する一方、学校、各種メディア、公共機関などで講演や企画協力も行なっている。
posted by koinu at 08:00| 東京 ☀| 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする