2020年10月02日

『人にはどれほどの土地がいるか』トルストイ

文豪トルストイの民話集から「イワンのばか」とともに、ロシアに伝わる古話らしい。小学生の頃に図書館から借りた時より、3.11以降となる現在読むと、心底ドキリとする結末が待ってた。

「人にはどれほどの土地がいるか」粗筋抜粋

ロシア農民の話。主人公パホームは小作農民で、商人などより安定した生活に暮して満足していた。
しかし「ただひとつ弱るのは、地面の足りないことだ! これで、地面さえ自由になったら、わしにはだれだってこわいものはないー悪魔だってこわかないよ!」と呟いた。
それを聞いて悪魔は「ひとつおまえと勝負してやろう。おれがおまえに地面をどっさりやろう。ー地面でおまえをとりこにしてやろう」と考えた。

近隣の地主が商人に土地を売却する話を聞き、一部の土地を買った。土地購入以降は家畜などの無断立ち入りなど、近隣住民と際限のない争いを惹起した。

「こうしてパホームは、土地は広く持ったけれども、世間を狭く暮らすようになってしまった」。

或る百姓が「ヴォルガのむこう」では移住すれば、広く豊穣な土地を分け与えられるという。移住したパホームは一人当たり3倍の土地を獲得する。やがて「だんだん住み馴れるにつれて、この土地でもまた狭苦しいような気がしてきた」。小麦生産の拡大を計ったが、自分の土地では足りず、他人の土地を借りる。土地の借用を巡ってて、またも近隣住民と競争する。

もっと広い土地を購入するのに物色はじめ、500デシャティーナの土地を1500ルーブリで買い取る。或る商人が1000ルーブリで5000デシャティーナの土地をパシキール人から買い取ったという。

その地に旅立ち到着すると、パシキール人は遊牧民で土地耕作していない。そこで贈物などして、気に入られるよう努めた。パシキール人は贈物に返礼したいというと、パホームは土地が欲しいと本音を語る。

パシキール人の村長は欲しいだけ土地をやる、その価格は均一で「一日分千ルーブル」と述べた。一人が一日歩き回った所を1000ルーブルで売るという。しかし条件は日没までに出発点に戻らなければならない。

<どうでもひとつ、できるだけ大きなパレスタイン(約束の土地)をとらなくちゃ>と彼は考える。一日かかったら、五十露里は廻るだろう。それに今は一番日の長い時だ。そこで周り五十露里の地面といえば、一体どれくらいになるだろう! そのうち悪いところは売るか、百姓たちに貸すかすればいい。そしていいところだけとって、そこに座り込むこととしよう。二頭の牝牛にひかせる犂をつくり、作男をふたりやとって、五十デシャティーナくらいを耕し、残りの地面で牧畜をやることにしよう。
ところが、その夜、パホームは夢をみた。パシキール人の村長、パシキール人の話をしていた商人、「ヴォルガの向こう」の話をしていた百姓が次々と夢の中に出てきた。

さらに見ると、それは例の百姓でもなく、角と蹄のある悪魔自身で、そいつがすわったまま腹を抱えて笑っているのだった。そしてその前には、シャツとずぼん下だけの裸足の男がひとりころがっている。パホームはなお側へ寄って、じっと見たーその男はいったい何者だろう? ところが、男はもう死んでいて、しかも彼自身である。パホームはぎょっとして、はっと目をさました。

夢から覚めると、もう朝で、パホームは、一日分の土地を計るために出発した。丘の上にある出発地点には、村長の帽子が置かれ、日没までにそこに戻ってこなければならなかった。
「いかにも地面がいいので、思いきるのは惜しいわい。おまけに、行けば行くほどよくなんだからたまらない。」ということで、とにかく大きな地面をとろうと必死にパホームは歩いた。途中で疲労し、眠気が襲ってきても、パホームは「一時間の辛抱が一生のとくになるんだ」といって歩き続けた。

さすがに日没が近づいてくるとパホームはあせり、出発地点に戻るために走り出した。

<ああ>と彼は考えた。<おれはあんまり欲をかきすぎた、ーもう万事おしまいだー日の入りまでには行き着けそうもない>…すると、なお悪いことに、こう思う恐れから、いっそう呼吸がきれてきた。パホームはただ走った。
(中略)
パホームは無気味になっては考えたー<あんまり夢中になって、死んでしまいはしないだろうか>
死ぬのはこわいけれども、立ちどまることはできなかった。<あんなに駈けまわりながら、いまになって立ちどまったら、ーそれこそばか呼ばわりされるだろう>こんなことを考えた。
ほぼ日没直前に、パホームは、出発地点にようやく近づいた。出発地点ではパシキール人たちが彼を急き立て、村長が両手で腹を抱えていた。

夢が思いだされ<土地はたくさんとったが>、<神さまがその上に住ませて下さるだろうか? おお、おれは自分を滅ぼした! とても走れまい>。
一度はあきらめかけたパホームであるが、なんとか日没時までには出発地点まで戻ってきた。しかし結末は、こういう有様であった。

パホームは勇を鼓して、丘へ駆けあがった。丘の上はまだ明るかった。パホームは駈けつけると同時に帽子を見た。帽子の前には村長がすわり、両手で腹を抱えて、あはあはと笑っている。パホームは夢を思いだし、あっと叫んだ。足がすくんでしまったので、彼は前のめりに倒れたが、倒れながらも両手で帽子をつかんだ。
「やあ、えらい!」と村長は叫んだ。「土地をしっかりおとんなすった!」
パホームの下男が駈けつけて、彼を抱き起こそうとしたが、彼の口からはたらたらと血が流れた。彼は死んで倒れていたのだった。
下男は土掘りを取り上げて、頭から足までかっちりと入るように、パホームのために墓穴を掘った。そして彼をそこに埋めた。

【FIN】

『トルストイ民話集 イワンのばか 他八編』<岩波文庫>中村白葉訳  より

「人は、たとい全世界を手に入れても、真の命を損じたら、何の得が ありましょう。その生命を買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。」新約聖書

不自由ない農民が土地に対する欲望を拡げて、結局、手に入れたのは自身の六尺身長の墓穴だけ。やがて其れも地上の一部分となって、何事もなかったように大地へ還元されていくのだった。

労働時間や私欲向上とは遠くにいた小学生には、ロシアの文豪トルストイが抱いていた忍び寄る「物質謳歌する金銭世界」への危機意識など、理解範疇を超える話であった。
posted by koinu at 09:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする