2020年07月26日

『超短編アンソロジー』(本間祐編/ちくま文庫)

初の国産「超短編」アンソロジー。数文字から数百文字のミクロの物語、超短編とは、小説、詩、エッセイ、寓話ジャンルの境界を漂いながら「短さ」によって生命を与えられた作品群の呼び名だ。古典と現代をつなぐ時の線上に超短編をとらえ、ホメロス、キャロル、カフカ、宇野千代、稲垣足穂、村上春樹、安部公房、川上弘美、筒井康隆などの作品95編を集めた。超短編入門のための解説も収録。
外出規制の日曜日にふさわしい読書。


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その昔、木から落ちた時、青い梅の実は発心して梅法師となった。

昔いた横斜疎影の梅林を懐かしみ、訪ねてみたいと思う法師。暗い伊勢壺の底で今はしわくちゃになっていく。(一休「梅法師」)


首の穴が二つあいているセーターを手に入れた。どっちに首を出すかによって違った人生を送ることができるのだ。(江坂遊「ふた首穴のセーター」)


二つ折りの恋文が、花の番地を捜している。(ルナール「蝶」)


96年パスカル短篇文学新人賞優秀賞を受賞して、500字程度の「超短編」ジャンルで主に活躍してきた本間祐が編んだ、初の国産「超短編」アンソロジー。


超短編アンソロジー 【目次】


お話 マザーグースより 11

I 夢見

夢見るゴキブリ アウグスト・モンテローソ 14

或る晩のこと 宇野千代 15

二月 尾形亀之助 17

夢の門 ホメロス 18

魂結び 伊勢物語より 19

塔に昇る夢 高山寺明恵上人行状より 20

夢ノの鹿日本書紀より 22

イソポ、二人の侍、夢物語のこと 伊曾保物語より 23

飛ぶ男 本間祐 26

夢を買うた男 日本昔話より 28


II ノンセンスの微笑

春 安西冬衛 34

黒猫のしっぽを切った話 稲垣足穂 35

ボートを漕ぐ不思議なおばさん 辻柾夫 36

自転する男 岡崎弘明 38

アレクサンドロス大王 フランツ・カフカ 40

小説 A・ビアス 41

南泉、猫を斬る 無門関より 43

疱瘡を患った子を化け物と思った事 御伽物語より 45

雨乞ひに乙女を人身御供 明治の朝日新聞より 47

梅法師 一休 49

主君が宗旨を尋ねた事 浮世物語より 50

強情者だよビエッラの人は イタリア民話より 52

蛙の雨 ヘーベル 54

眼鏡 ユダヤ笑話より 56

目を覚まして眠っていた百姓のこと イェルク・ヴィクラム 58

病気見舞い 日本昔話より 60

どっこいしょ 日本昔話より 62

定期券 桂枝雀 65

ふた首穴のセーター 江坂遊 66

足 マザーグースより(北原白秋訳) 67

代名詞の迷宮 ルイス・キャロル 69

路上の偽騎士 イギリス物語歌より 72

ちよつとした奇蹟 竹中郁 75

牛乳 村上春樹 76

夏は夜 高階杞一 78


III 愛してる愛してない

離魂病 狂歌百物語より(小泉八雲英訳) 82

母恋餓鬼 寺山修司 83

妖精の子供 サミュエル・ラヴォー 84

蝶 ルナール 88

弟子 オスカー・ワイルド 89

王威 アルチュール・ランボー 91

梨の花の揺れた時 吉行理恵 92

小オキキリムイが自ら歌った謡「クツニサ クトンクトン」アイヌ民謡より 94

蚊 シベリア民話より 97

おめでとう 川上弘美 99

紀元節 夏目漱石 103

第十七夜 アンデルセン 105


IV この世界

万物創造 マヤの神話より 108

果ての国 列子 111

十二月三十日、日曜日 ラス・カサス神父 113

風ーー大地をめぐる、空気の運動。 プラトン 115

海 千田光 116

そのものの名を呼ばぬことに関する記述 谷川俊太郎 117

みかんの中の楽しさーー巴きょう人 牛僧孺 119

幸福 辻まこと 124

フジヤマ アルフレッド・ジャリ 126

左と右 安野光雅 128

地上楽園 芥川龍之介 131

どこへでも此の世の外へ ボードレール 134

造船所のイソップ 137

小さな寓話 カフカ 139

離陸 田木繁 140

声 WB・イエイツ 142

すっぽんの鳴き声 寺田寅彦 144

生命に就て 稲垣足穂 146


V 生き物たち

けんか きたやまようこ 150

鷄鳴 内田百間 152

死なない蛸 萩原朔太郎 155

河童 柳田國男 157

大道芸術女砂文字の死 篠田鉱造 159

おまつり 本間祐 162

狼と小羊 ラ・フォンテーヌ 163

ピュタゴラス ディオゲネス・ラエルティオス 166

黄帝 列仙伝より 169

大気都比売神 古事記より 171

絵師 逸名 172

曹操 世話新語より 176

蛇にとつげる女を医師がなおした話 今昔物語より 177

蛇 ルナール 179

猟師 クルイロフ 180

黄色い詩人 谷川俊太郎 182

ある男と無花果 小川未明 184

【あずまおとこときょうおんな】別役実 186

ち、畜生のかなしさ。 太宰治 187

樹 入沢康夫 189

変身 寺山修司 190

人間は野獣よりもっと悪い スウェーデンボルグ 192

大正七年正月七日 永井荷風 194

九月十四日 曇 正岡子規 196

剥製の白鳥 芥川龍之介 197

頭がない 尾形亀之助 199

トゥルーデおばさん グリム童話より 200

二人の浮浪者の話 安部公房 203

天狗の落とし文 筒井康隆 204


解説 206 作者と作品 213


本間祐(ほんまゆう)

作家。96年「くろ」でパスカル短篇文学新人賞優秀賞受賞。幻想的な短編小説を書きつつ、超短編の創作と普及に努める。著書に『超短編SENGEN』(澪標)。産経新聞(西日本版)に『本間祐の超短編劇場TANTANボップ!』『本間祐の超短編レッスン』連載。


《帯》

わずか数行の小説たち

筒井康隆、村上春樹、川上弘美などの短くて面白い作品95編を収録


《奥付》

超短編アンソロジー

二〇〇二年九月十日 第一刷発行

編者 本間祐(ほんまゆう)

発行者 菊池明郎

発行所 株式会社筑摩書房

定価720円+税


「死なない蛸」

 或る水族館の水槽で、ひさしい間、飢ゑた蛸が飼はれてゐた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた玻璃天井の光線が、いつも悲しげに漂つてゐた。

 だれも人人は、その薄暗い水槽を忘れてゐた。もう久しい以前に、蛸は死んだと思はれてゐた。そして腐つた海水だけが、埃つぽい日ざしの中で、いつも硝子窓の槽にたまつてゐた。

 けれども動物は死ななかつた。蛸は岩影にかくれて居たのだ。そして彼が目を覺した時、不幸な、忘れられた槽の中で、幾日も幾日も、おそろしい飢饑を忍ばねばならなかつた。どこにも餌食がなく、食物が全く盡きてしまつた時、彼は自分の足をもいで食つた。まづその一本を。それから次の一本を。それから、最後に、それがすつかりおしまひになつた時、今度は胴を裏がへして、内臟の一部を食ひはじめた。少しづつ他の一部から一部へと。順順に。

 かくして蛸は、彼の身體全體を食ひつくしてしまつた。外皮から、腦髓から、胃袋から。どこもかしこも、すべて殘る隈なく。完全に。

 或る朝、ふと番人がそこに來た時、水槽の中は空つぽになつてゐた。曇つた埃つぽい硝子の中で、藍色の透き通つた潮水(しほみづ)と、なよなよした海草とが動いてゐた。そしてどこの岩の隅隅にも、もはや生物の姿は見えなかつた。蛸は實際に、すつかり消滅してしまつたのである。

 けれども蛸は死ななかつた。彼が消えてしまつた後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに[#「そこに」に傍点◎]生きてゐた。古ぼけた、空つぽの、忘れられた水族館の槽の中で。永遠に――おそらくは幾世紀の間を通じて――或る物すごい缺乏と不滿をもつた、人の目に見えない動物が生きて居た。(萩原朔太郎)

posted by koinu at 10:24| 東京 🌁| 観測 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする