2020年07月21日

『青い箱と紅い骸骨』稲垣足穂

稲垣足穂の初期作品集。巻頭に著者の絵画作品「新婚旅行」「月の散文詩」「吸引と反撥」「明方の誘惑」をカラー掲載。表題短編小説ほか下記の全13篇を収録。 


【収録作品】

青い箱と紅い骸骨

七話集

北極光 Aurora borealis

星澄む郷

矢車菊

薄い街

或る小路の話

美しき穉き婦人に始まる

地球

愚かなる母の記

底なしの寝床


「足穂地獄に堕ちる楽しさ」野坂昭如

角川書店1972年(定価1800円)


 山と海のあいだの斜面にその都会はあるが、山も西方になると急に低まって、起伏する無数の丘々の重なりになってしまう。


……西方に較べると、もう本当の山懐に属している部分だから、そこから海まで狭くなって、傾斜も急なので、夕方など山際の高い煙突から吐き出された、白い、しめっぽい煙が、ずっと下方の人家のあたりまでただようてきて、風向きによると、数時間も各戸の庭や座敷を閉じこめてしまうことがある。……

「青い箱と紅い骸骨」より


「私は数年この方、毎夜おびただしい汗をかいた。文字は書けなかった。口辺をゆがめるとピクピクと痙攣が起った。ともすると涎が垂れたし、手摺に掴らないことには階段の昇降が覚束なかった。ただの歩行にすら杖の必要を感じる場合があった。両眼は五月幟の鯉のように真赤であった。」


「これまで暗闇に向った時にだけ見えた巴形にくるくる旋転するものが、いまは白昼の到る所に重なり合って廻っていた。時間観念が失われて、昨日のことか今日の話か、一年前にあったことなのか判別がつかなくなっていた。私は悪夢には慣れっこになっていた。からだじゅうがぶくぶく波を打って動いて、えたいの知れぬ者がいっぱい皮膚の下に蠢いているのだ。小形の蛇に似た毒虫のように思われた。それらはどうかしたはずみに皮膚を食い破って、サソリに似た鎌首を擡げる。間一髪を狙って、私は割箸のようなものに噛みつかせて引張り出そうとするが、たいてい失敗に終った。虫は箸先を外して再び皮下にもぐりこむのである。また、全身に紅葉模様になって赤い瘡蓋が出来ていた。それは乾いて剥離しかけているが、引きはがすわけに行かぬ。たいへん苦痛である上に、皮膚を壊って新たなかさぶたを作るであろうからだ。――我が腕や脚や脇腹がたてに裂けて、解剖模型のような内部が見えていたことがある。其処には、潜水艦内のパイプのように絡み合った青と赤の血管や骨格のあいだに、奴豆腐みたいなものがきれいに並んで詰っていた。」

「美しき穉き婦人に始まる」より

posted by koinu at 10:00| 東京 🌁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする