2020年07月02日

『死の商人の館 ―シーメンス事件考―』小山牧子著(のじぎく文庫)

『死の商人の館 ―シーメンス事件考―』小山牧子著(のじぎく文庫)

神戸住吉川の上流に風見鶏の館を造った、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデの設計による立派な洋館ヘルマン邸があった。現在は跡形も無くなってしまったヘルマン邸は、『死の商人の館』冒頭に廃墟として回想される。


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<神戸市の東端を流れる住吉川の流域、ことに上流のあたりは、明治のおわりから大正にかけて、関西の高級住宅地としてひらけた所である。広々とした邸宅の庭からは、松の古木が海に向かって枝をさしのべ、木立と土塀にふちどられた通りには、ピアノの旋律がゆったりとただよっていたりする。>  


阪神間モダニズムの始まりは、神戸に近い住吉周辺。明治33年頃、朝日新聞創業者・村山龍平は、御影町郡家に数千坪の土地を取得して、つづいて久原鉱業の久原房之助が住吉川の東岸に万坪をこえる土地に回遊式庭園をもつ邸宅を建設する。

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<阪神電車の魚崎駅を降り、東側にある川沿いの道を三十分ほど北へ歩くと、道は急なのぼりになる。そこは、すでに六甲山脈の山膚の一部で、あたり一面うっそうと樹木に覆われれているところだ。ヘルマン屋敷はその川ぞいの道を少し東へ、丘のように盛り上がった雑木林の中に建っている。>


『死の商人の館』には大正3年の神戸新聞に掲載された「ヘルマン邸」写真があり、明治時代にヨーロッパの古城のような立派な洋館が住吉川に建てられていた。そこは西岡本七丁目、白鶴美術館と住吉川を挟んで東側にあった。住宅地として開発されて、現在はこの一帯がへルマンハイツとなっている『死の商人の館』の跡地。
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posted by koinu at 11:33| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする