2020年06月17日

音韻に対する感受性、想像力、そして象徴を操作できる表現力が必要

「不確かな朝」辻井喬

組曲

 

素朴なものを信じて

美しく生きた人の話が聞きたい

いつか

用意が出来たと言いきれる人の

優しさにについてすっかり聞きたい

 

・・・・

 

闘いに勝てば

だんだん淋しくなっていく

敗ければ

淋しいことも分からぬ程に

駄目になっていく

岐れ道に

いつも立たされ

夜の空の

冷えて行く気圏に懸る

俺の自負

 

塵に埋もれて

風に吹きよせられて

それでも背のびする

俺も

一人の

人間なのだ と

落下する時

言葉は悲鳴に聞え

やってきた

この荒地

 

枯れた木の倒れる

音を聞き

梢に鳴る

寂寞の風を聞き

過去と未来の

吊橋の上の気流の烈しさに

祈ろうとする手は黒くなり

それでも

自虐だけは許していない

 

荒地の

嵐の予感にたじろぎ

俺は腕を組む

俺の手と

霧の中に

鳩だけは守って

鬼のふりまく説話を食い

俺は今

おのれの存在を確かめる

・・・・

 


「樹」辻井喬

 

枝をのばし

空にむかって聳え

樹は一つの存在になる

 

太い幹のまわりで

細い葉は踊りを繰返し

僕等の傷は

昼間 杳い毛細管をとおって

静かに昇ってゆく

 

鳥が巣を作っても

樹は無縁だ

鳥は彼等の営みを生き

風が梢に鳴っても

それは 哀感の歌ではない

 

丘の上で

樹は閑静な意志になる

夕暮の色を沈め

燃えるもの 観念は谺して

うねり

地中の根にわだかまり

誰もまだ

梢の高みから国境の落日を見たものはない

 

樹が空にフ(ささ)げるのは

地壁の形

骨ばった枝は闘いの記録

梢 それは通念の涯ての現実

濶然と透る樹網の奥に

小さな雲が流れて

神の寝室 青い空がひかえている

 

風は樹に話しかける

樹はいつも無言だ

遠い空を渉る鳥だけが

時おり そこに翼を休める


「詩が、本当に詩といえる作品になっているかどうかについては、個性がどれくらいはっきり出ているかがたいへん重要な要素…(略)…現代詩を書いている人は数え切れないくらいいますが、この詩はあいつでなければ書けない、という風な詩はそんなに多くない」


「詩人には、詩を生み出す力−おそらく、音韻あるいは音の響きに対する感受性、それから想像力、そして象徴(シンボル)を操作できる表現力が必要」『詩が生まれるとき 私の現代詩入門』辻井喬(講談社)


辻井喬

財界人,詩人,小説家。本名堤清二。東京生れ。東大経済学部卒。在学中に日本共産党に入党,左翼運動を展開したが,のち離れる。同人誌《近代説話》などに詩を発表,詩集《異邦人》(1961年)で室生犀星賞を受賞した。一方,父の急逝で西武グループの流通部門を受け継ぎ,セゾングループを育成,堤清二は財界の知的リーダーとなる。小説《いつもと同じ春》(1983年)で平林たい子賞,小説《虹の岬》(1994年)で谷崎潤一郎賞受賞。2007年芸術院会員。代表作に《風の生涯》上下(2000年,新潮社),《父の肖像》(2004年,新潮社),《辻井喬詩集》正続(1967年,1995年,思潮社),《辻井喬コレクション》全8巻(2004年完結,河出書房新社)などがある。2012年文化功労者。→西武百貨店

posted by koinu at 07:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする