2020年05月28日

「美について」サマセット・モーム

 人は美という言葉で、審美感を満足させる額神的ないし物質的なもの「大抵は物質的なものだが」を意味していると思う。だか、これでは、水が意味するのは濡れたもの、と言うに等しい。〔中略〕私が気付いた奇妙なことは、美の評価には永続性がないという点だった。どこの美術館へ行っでも、ある時代の最高の目利きが美しいと判断したのに、現代の我々には無価値と思える作品で一杯である。私の生涯の間でも、少し以前まで最高とみなされていた絵画や詩から、美が日の出の太陽の前の白霜のように蒸発するのを見た。〔中略〕得られる結論はただ一つ、美は各時代の要求に関わるものであり。我々が美しいと思うものを調べて、絶対的な美の本質を探すのは無駄だということである。美が人生に意味を与える価値の一つであるにしても、それは常に変化しているものであり、それゆえ分析できない。〔中略〕


人間の肉体および精神構造の中には、ある音、あるリズム、ある色彩を特に魅力的だと思ってしまう要素があるのかもしれない。我々が美しいと思うものの要素には生理学的な根拠かあるのかもしれない。我々はまた、かつて愛したとか、時間の経過で感傷的な気分を誘うとか、そういう人、物、場所を思い出させるものを美しいと思う。見覚えがあるので美しいと思うときがある。その一方、珍しさに驚いて美しいと思うものもある。これらを総合してみると、類似あるいは対照による連想が美の情緒に大いに関係しているようだ。〔中略〕物の美はよく知るとともにさらに美しいと思うようになる、というだけではない。後の時代の人々が、あるものに喜びを見出していると、その美が次第に増してくるということである。

〔中略〕

絵画を見、交響曲を聴き、エロティックな興奮を覚えたり、長く忘れていた情景を思い出して涙したり、あるいは、連想によって神秘的な歓喜を昧わったりするのは〔中略〕これらの現象も、作品の均整と構造に対する冷静な満足と同じく美的情緒の大事な部分なのである。

   

 人の偉大な芸術作品に対する反応は正確に言うとどういうものであろうか。〔中略〕それは知的ではあるが、官能の喜びもある高揚感、力強い感覚と人間の束縛からの解放を伴う幸福感を与える興奮である。同時に、人間への共感に富むやさしさを自分の内部に感じる。心は休まり、穏やかな気分なのだが、どこか精神的に超然としている。事実、ある絵画や彫刻を眺め、ある音楽を聴いていると、時どき非常に強烈な感情を覚えたので、それは神秘家が神との結合を述べるときと同じ言葉でしか表現できなかった。

〔中略〕ジェレミー・ベンサムは、どんな種類の幸福も同じであり、楽しみの程度が同じなら子供の鋲遊びも詩もどちらも優劣はない、と言ったが、彼は愚か者だったのだろうか。この問題についての神秘家の答えは明白である。神秘家匝く、歓喜は、もし性格を強め、人間に正しい行為をなさしめるのでなければ、無価値である。歓喜の価値は人がいかなる仕事をするかによるのだ。


 これまで私は美的感受性のすぐれた人と付き合う機会が多くあった。といっても創作者のことを言っているわけではない。私か考えるに、芸術の作り手と受け取り手とではかなり大きな違いがある。創作者は、内なる自己を表現したくて堪らぬという衝動に突mき動かされて作品を作るのである。作ったものに美があっても、それは偶然だ。美が特別の目的であることはめったにない。彼らの目的は重荷となっているものを魂から解放することであり、その手段として、生来の才能次第で、ペン、絵の具、粘土などを使う。

私か言うのは、美を眺め鑑賞するのが人生の主たる仕事である人のことである。この連中には、尊敬すべき点ははとんどない。虚栄心が強く、自己満足の輩である。人生の実務的な仕事には不向きであり、経済的な理由から地味な仕事を黙々としている人を馬鹿にする。自分はたくさんの本を読み、たくさんの絵画を観たからというので、他の人より偉いと思っているのだ。現実から逃避するために芸術を楯にし、人間の生活に必要な活動を否定するために平凡なものには何であれ愚かしい軽蔑の目を向ける。麻薬常用者並みというか、いやもっと悪い。麻薬常用者なら、お山の大将になって仲間の人間を低く見たりはしないから。芸術の価値は、神秘主義者の考える価値と似て、どんな効果があるかにかかっている。単に楽しみを与えるというのであれば、どれほど精神的な楽しみであっても、あまり価値はない。せいぜいIダースの廿町とIパイントのモンラシェ酒くらいの価値しかない。もし美が癒し効果を持つなら、それはそれで結構。世の中は回避できない悪ばかりだから、人が一休み出来る避難所みたいなものがあれば有難い。ただし、悪から逃れるのではなく、休んでから力を盛り返して悪と対決しなくてはならない。というのは、芸術が人生における大きな価値の一つであるのなら、人間に謙虚、寛容、英知、雅量を教えるべきなのだ。芸術の価値は美でなく正しい行為である。


サマセット・モーム『サミング・アップ』行方昭夫 訳(岩波文庫)76章「美」より


https://youtu.be/uQy2MNfQpFA


W. Somerset Maugham was born in Paris in 1874. He trained as a doctor in London where he started writing his first novels. In 1926 he bought a house in Cap Ferrat, France, which was to become a meeting place for a number of writers, artists and politicians. He died in 1965.

posted by koinu at 07:13| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする