2020年05月22日

『お菓子とビール』サマセット・モーム

『人間の絆』『月と六ペンス』と並ぶ、モーム(1874-1965)円熟期の代表作。最近亡くなった有名作家の伝記執筆を託された文士の友人から、作家の無名時代の情報提供を依頼された語り手の頭に蘇る、作家とその最初の妻と過ごした日々の楽しい思い出、人間の人生の裏表をユーモラスに見つめる。


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少年の頃に初めて夫妻に出会った時、二人は堅苦しい田舎で自由奔放に暮らしていた。感じたままに行動する夫人ロウジーに惹かれる。大作家が体面を繕い、長く生き残るのを名声を獲得する様を鋭く批判する。一方で感情を大切にする自由さ率直さを賛美している。


「エリートは人気というものを軽視する。凡庸の証だというのだ。しかし、後世の人たちが選ぶのはある時代の未知の作家ではなく、よく知られた作家からであるのを、彼らは見逃している。永遠に記憶されるに値する傑作がついに日の目を見ずに終わることもないだろうが、後世の人はその噂すら知らずにいる。

後世の人が今日のベストセラーを屑箱に入れてしまうこともありえようが、選ぶとすると屑箱の中から選ぶしかないのだ。」

「そもそもドリッフィールドが偉大な作家になったのは、長寿であったからだ」

「お菓子とビール」はシェイクスピアの「十二夜」句の中で「人生を楽しくするもの」から引用。ドリッフィールドの最初の妻であるロウジーのこと。たくさんの批判と対照的に、彼女はいつも美しく描かれる。桎梏から自由に生きるヒロインを賛美する。


「彼女は欲望を刺激する女ではなかったのです。誰もが彼女に愛情を抱いてしまいます。彼女に嫉妬を感じるのは愚かなことです。譬えてみれば、林間にある澄んだ池でしょうか。

飛び込むと最高の気分になれます。その池に浮浪者やジプシーや森番が自分より前に飛び込んだとしても、少しも変わらず澄んでいるし、冷たいのです。」


 「ロイが文壇で次第に頭角を現してくる過程を結構感心して見てきた。その道程は、これから文学の世界に入ろうとしているどんな青年にも大いに参考になるだろう。

あんな僅かな才能であれだけ高い地位を得た作家は私の同年代には見当たらないと思う。

ロイの才能たるや、健康に機敏な人なら毎日服用するがよいと宣伝されているサプリメントのスプーン山盛り一杯分くらいだろうか。」


「洗いざらい全部、美点ばかりでなく汚点もすべて出す方が面白いと思わないかい?」


「それはやろうたって出来ない。そんなことをしたら、エイミが口をきいてくれなくなる。僕の慎重さを信頼したからこそ、伝記を書いてくれと頼んだのだから。紳士らしく行動しなくてはならない」


《ある夜、書評のために「お菓子とビール」を読み始めたヒュー・ウォルポールはすぐに自分が風刺されていると気付き、ショックで一睡もできなかったそうである。

すぐにモームに手紙で抗議したがモームはキアには様々な人物を組み合わせて創造したものであり、モーム自身も多分入っていると回答したのであった。

しかしウォルポールがモデルだというのは、彼を知る多くの作家たちが直ちに気付いたのである。


(中略)八十歳記念版の序文では、はっきりとウォルポールを念頭に置いたことを告白している。》

(解説 行方昭夫より引用)


「紳士と作家を両立させるのは困難だよ」

「僕はそう思わないな。それに、批評家ってものを知っているだろう?作家が事実を示せば、彼らは皮肉だと批判するんだ。皮肉屋というのは作家にとってマイナスだ。(中略)

今度の伝記は、ヴァン・ダイクの描いた肖像画に似てるな。情緒豊かで、貴族的な卓越性があり、ある種の威厳もある。大体見当つくかな?八万語くらいだろう」

彼は一瞬美的な瞑想で恍惚としているように見えた。

心に見えるのは、高級紙に余白をたっぷり取って鮮明で上質な活字で印刷した、手に取ると軽いすっきりしたロイヤル八折本である。きっと金文字で飾った、滑らかな黒クロースの装丁も見ているのだろう。

だが、数ページ前に述べたように、彼は普通の人間に過ぎぬので、美的瞑想にいつまでも耽ることは叶わなかった。率直な微笑みを浮かべた。


作家の妻ローズは美しく陽気で、そして放縦。彼女にあこがれるアシェンデン、やがて医学生となった彼が経験するローズとの甘い経験。

モーム自身が最も好きな自作と公言していた長編小説「お菓子とビール」。大作家ウォルポールを貶して、愛する小鳩を飛びただせてしまうのだった。

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posted by koinu at 08:00| 東京 🌁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする