2020年05月21日

サマセット・モーム「雨」

南洋のサモア群島で、宣教師デイヴィッドソン牧師は妻と任地へ向かう途中に、伝染病の検疫があり停留する。医師マクフェイル夫妻、自堕落な娼婦ミス・トンプソンも一緒である。島は折しも雨季になっていて、大雨が激しく屋根をたたき、視界を奪う滝のようなスコールが連日続いた。

デイヴィッドソン夫妻はミス・トンプソンが我慢ならなかった。彼女は夜もお構いなく音楽をガンガン鳴らして、「商売」に精を出して、夫妻に対しても敵意に満ちた眼差しを投げかける。狂信的なデイヴィッドソン牧師は彼女を「教化」しようと熱意を燃やすのだが。あの手この手も通じず、彼女をサンフランシスコに強制送還させる。

ふてぶてしいトンプソンもこれにショックを受けた。

牧師が娼婦を教化するというより、娼婦を媒介して、牧師と医師が意思の疎通に齟齬を来たしていく。

医師「やけに厳しく、横暴ですな」

牧師「まことに残念です。そんなふうにお思いになるとしたら。よろしいですか。あの不幸な女性を思い、私の心は血を流している。それでも、何とか無理して自分の義務を果たしているのです」医師は答えず、不貞腐れて窓の外を見る。

牧師「ご期待に沿えないからといって、怨まないでいただきたい。先生のことはすごく尊敬しているのです。悪く思われるのは悲しい」

医師「ご自分を立派だとお思いなのだから、私が何を言おうと平気でしょう」

牧師はネブラスカの山の夢を見る。医師もかつて見た覚えがあり、「女性の乳房のようだと思ったものだ」という。

トンプソンは送還されたら刑務所が待っているから、掌を返したようにデイヴィッドソン牧師にすり寄ってくる。明日は強制送還される夜、牧師は彼女の部屋で遅くまで話し合う。

翌朝には浜辺で喉を切り裂いて、自殺したデイヴィドソン牧師の遺体が発見される。衝撃を受けたマクフェイル医師がトンプソンの部屋に入ると、教化される筈の彼女は元の娼婦に戻って、音楽を鳴らしているのだった。

マクフェイルは激怒するが、嘲りと憎しみを込めた口調で、彼女はこう言い放つのだ。

「男ってやつは!汚らわしい豚!どいつもこいつも、みんな同じさ。豚!豚!」

マクフェイル医師は息をのんだ。わかったのである。

「わかったのである」で小説は終わり、何が分かったか解明されない。巻末解説で「数あるモームの短編から、『ミステリ』をキーワードに6編を選び1冊にまとめたのが本書である」となっている。どうやら作者自身がバイセクシャルについて、謎解きの伏線が二人の男の対話となっているようだ。

陰鬱な雨がポジティブな影響とネガティブな影響を二人の主要人物に対照的な形で与えている。


『マウントドレイゴ卿/パーティの前に』サマセット・モーム(光文社古典新訳文庫)

「ジェイン」(Jane, 1923

「マウントドレイゴ卿」(Lord Mountdrago, 1939

「パーティーの前に」(Before the Party, 1926

「幸せな二人」(The Happy Couple, 1947

「雨」(rain, 1921

「掘り出し物」(The Treasure, 1934


Maugham,William Somerset

1874-1965)イギリスの小説家・劇作家。フランスのパリに生れるが、幼くして両親を亡くし、南イングランドの叔父のもとで育つ。ドイツのハイデルベルク大学、ロンドンの聖トマス病院付属医学校で学ぶ。医療助手の経験を描いた小説『ランベスのライザ』(1897)が注目され、作家生活に入る。1919年に発表した『月と六ペンス』は空前のベストセラーとなった代表作である。

posted by koinu at 13:00| 東京 🌁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする