2020年05月02日

「生きる理由」新川和江


「生きる理由」


  数えつくせない

  この春ひらくつぼみの一りん一りんを

  若いうぐいすの胸毛のいっぽんいっぽんを

     だからわたしは 今日も生きている

     そうして明日も


  歌いつくせない 

  喜びの歌 悲しみの歌 そのひとふしひとふしを

  世界じゅうの子供たち ひとりひとりのための子守歌を

     だからわたしは 今日も生きている

     そうして明日も


  歩きつくせない

  人類未踏の秘境どころか いま住んでいる

  この小さな町のいくつかの路地裏さえも

     だからわたしは 今日も生きている

     そうして明日も


  汲みつくせない

  底のない桶をあてがわれているわけでもないのに

  他人の涙 私の涙 この世にあふれる水のすべてを

     だからわたしは 今日も生きている

     そうして明日も


  愛しつくせない

  昨日も愛した 一昨日も愛した けれどもまだ

  口いっぱいにはしてあげられない あのひとを

     だからわたしは 今日も生きている

     そうして明日も


新川和江詩集「それから光がきた」より

posted by koinu at 10:10| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする