2020年04月29日

電話のベルは 鳴りっぱなし

「記事にならない事件」新川和江


見ましたか? とある森かげ

しなやかに伸ばした少女の腕から

枝がのび 葉が生えて

みるまに いっぽんの木になってしまったのを

見ましたか? 青年がその木のそばで

紺の上着を脱ぎ捨てた

とみるまに鳩になったのを


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(電話のベルは 鳴りっぱなし 鳴りっぱなし

誰も出ない 誰もいない 今日は日曜日)


郊外電車にあかりがつくと

人たちはそそくさとまた 人間を着て

ビジネスの街に帰ってくるが

聞きませんか? この頃近くの牧場では

休日のあと 見馴れぬ馬が

一頭や二頭 きまってふえているという話を


(電話のベルは 鳴りっぱなし 鳴りっぱなし

誰も出ない 誰もいない 月曜日が来ても)


新川和江 詩人。1929年、茨城県結城生。高等女学校在学中より西條八十に師事。

1983年から1993年まで吉原幸子とともに「現代詩ラ・メール」誌を主宰、女性詩人の活動を支援した。

詩集に『ローマの秋・その他』(室生犀星詩人賞)、『ひきわり麦抄』(現代詩人賞)、『はたはたと頁がめくれ』(藤村記念歴程賞)、『記憶する水』(現代詩花椿賞、丸山薫賞)など。『千度呼べば』に収められた「ひといろ足りない虹のように」など多くの詩に曲が作られて愛唱されている。


posted by koinu at 15:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする