2020年04月18日

短歌という爆弾、怖い平仮名

穂村弘第一詩集より

「卵産む海亀の背に飛び乗って手榴弾のピン抜けば朝焼け」

「宇宙船のマザーコンピュータが告げるごきぶりホイホイの最適配置」


『短歌という爆弾』穂村弘(小学館文庫)

31文字で意識が遠のく破壊的な言葉たち、成る程これは爆弾である!

定型詩の持つ真剣な迫力である!


「善意や好意や明るさの領域だけで書かれた歌には、本当の力は宿らない」「世界には明らかにもう半分があって、そこには不吉な暗いものが満ちているんだっていうことを感じさせる詩がやはり本物」

〈共感と驚異〉〈ホームランとファールチップ〉などの構造概論や、葛原妙子・奥村晃作・早坂類・水原紫苑らの歌人論なども深い探究となっている。


「読者より先にまず歌の作者が自分で自分に共感してしまっているために、他人と共有できる感動を生み出すには至っていないのである。」


「この歌は、愛情や善意や暖かさを肯定的に描いていて確かにいいものなんだけれども、でもそれは世界の半分に過ぎないわけです。世界には明らかにもう半分があって、そこには不吉な暗いものが満ちているんだっていうことを同時に感じさせる詩がやはり本物だと思います。」


穂村弘 HIROSHI HOMURA

歌人。1962年、北海道生まれ。85年から短歌の創作へ。90年、第一歌集『シンジケート』刊行。2008年、『短歌の友人』で伊藤整文学賞、「楽しい一日」で短歌研究賞を受賞。同年、石井陽子とのコラボレーションであるメディアアート作品『火よ、さわれるの』でアルス・エレクトロニカインタラクティブ部門栄誉賞を獲得。17年『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、翌年『水中翼船炎上中』で若山牧水賞に輝く。歌集、エッセイ、絵本、翻訳など多数。


最近「こわいひらがな」というエッセイを書いたんです。子どものころに街で見かけた「ほねつぎ」「かけはぎ」「ぢ」という看板の表現についてのエッセイなんですが、たとえば「ほねつぎ」と書いてある接骨院には柔道整復師の先生がいて、医学とはまったく違った体系がそこにある。「かけはぎ」も、服に穴が空いたなら、いまでは量販店で買い替えちゃうでしょう。要するにマイノリティなんです。「ぢ」なんて、薬品名も効能も書かず、「ち」に濁点で一文字の表現なんてマイノリティそのものだけど、われわれをぎょっとさせるでしょう。


こわいひらがなたちは、世界が合理性や資本主義や整備された法律によって一元化される前の別世界の匂いを放っている。

PR誌「ちくま」6月号より掲載

http://www.webchikuma.jp/articles/-/1825

posted by koinu at 13:11| 東京 ☔| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする