2020年04月18日

町田康オダサクと無頼派を語る

インタビュー「町田康」(聞き手=千野帽子)

「後ろめたさと共に書くー粗いプリセットをすりぬける言葉ー」

ユリイカ20089月号 特集=太宰治/坂口安吾 無頼派たちの戦後”より


町田康のインタビュー記事

・スーパーマーケットで、ジャガイモ、人参、牛肉などを買い、

 そしてカレールーも買った。

 そのとき、レジの店員に

 「は〜ん、こいつカレー作るんだな」と思われるのを嫌がるのが太宰やね。

・織田作(織田作之助)はやっぱり弱者に対するまなざしが一番冷たいですね。弱者というか、たとえば無学な人なんかも出てきますけど、無学であることの残酷さというのをすごくクールに書いている。

・たとえば堕落できるかできないかって問題があって、現代では堕落すらできないというところはありますよね。

 堕落するというのは堕落する自意識があるから堕落できるのであって、未亡人がもう違うひとを好きになってるというのも後ろめたさがあるかないかという話ですよね。

平野謙と坂口安吾と織田作と太宰治の四人の座談会の話。

平野謙が志賀直哉とかああいう正統的なものに比べて、ここにいる四人の人たちっていうのはデフォルメされた小説じゃないですかっていったら、

 太宰が「デフォルメっすか〜!」「デフォルメはないでしょう!こっちが正当な文学ですよ」って(笑)。

平野謙が「でも、みんなそう思ってるわけや」とかいって、坂口安吾も「そうそう」って行ってるのに太宰だけがひとりでずっと「デフォルメかぁ〜」って言ってるんですね。

(千野氏)それが活字で残ってるのがすごい(笑)。

不思議な感じの座談会なんですけど、その太宰の気持ちはわかりますね。「デフォルメっていわれた・・・もう帰りたい」みたいな(笑)。


町田康は座談会まで読んでるのかあ。恐れ入る。

このあと太宰の小説が「デフォルメされた小説」かどうか?、

そもそも「デフォルメされた小説」なんてあるのか?

と町田康は語っていくのだが、これまた深いんだな。

小説らしい小説=小説から揮発する小説っぽいにおいやオーラだけ。

本当の小説=そういうにおいやオーラではなく、ちゃんとした実体がある。

そりゃ太宰も「デフォルメ」なんて言われたら、自分はちゃんと本当の小説を書いてるのにとむきになる。


町田:斎藤斉藤という歌人と話をしたら、大教大附属池田小学校で事件を起こした宅間守の気持ちがよくわかるというんです。すごい世代の断絶を感じましたね。斉藤くんは72年生まれなので、ちょうど僕とは10歳違うわけですけど、彼は「宅間の気持ちはよくわかる。自分も同じことをしてたかもしれない」

付録「馬地獄」織田作之助


織田作之助/青空文庫

https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person40.html

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posted by koinu at 10:00| 東京 ☔| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする