2020年04月08日

『プラテーロとわたし』J.R.ヒメーネス (岩波文庫)

「淵」

 このまま待っていなさい、プラテーロ…… それともそのやおらな草原で、しばらく食べていなさい、そうしたいなら。でも、この美しい淵をわたしに見させておくれ、もう何年も前から見ていないのだからね………

 ごらん、太陽、が濃い水の中に射しこんで、金緑の底深い美しさを照らしているよ。あざやかな空いろの花菖蒲たち、が水ぎわにたたずみ、うっとりとそれを眺めているね……

 この淵は、ビロードの階段、が幾重もの迷路となって下がってゆくようだ。あるいは、心の内面を描く画家のあふれでる幻想が、夢の神話に触発されて、あらゆる観念の様相を表現した、魔法の洞窟のようでもある。または、大きな緑の瞳をした狂気の女王の、けっして晴れることのない憂愁が創り出した優美な庭園ともみえる。あるいはまた、がってのある日、落日が低い海面を斜めに照らしていたとき、暮れてゆく海の中にわたしがこの目で描いた、あの宮殿の廃墟にも似ている……  それから、それから、それからまた。まったくこの世のものならぬ忘却の園の中で、心を傷ませる春のひとときの思い出の場景から、夢想の極致のみが、すりぬけてゆく美の無限の衣をおさえて、奪い取ることができるかもしれなトような、ありとあらゆるもの…… いずれもがささやかなものでありながら、はるか遠くに見えるので、無限大のものともトえそうだ。それは無数の感覚のとびらを開く鍵、それは高熱の幻覚症状という老練な魔術師の宝の蔵だ……

 この淵はね、プラテーロ、かつてはわたしの心そのものだった。孤独の中でわたしの心は、不可思議な彭積のために、美の毒気に中たったかのように感じたものだ…… ところ、が、ひとの愛情によってその心、が開かれ、堰が切って落とされたとき、毒された血ははき出されて、やがてきれいに澄んでゆるやかに流れるようになったのだ。ちょうど、からりと晴れわたった四月の、暖かな金いろの時刻に、大野を流れるあの小川のようにだよ、プラテーロ。
 にもかかわらず過去の青白い手が、かつての緑いろの孤独な淵へとわたしの心を連れもどすこと、か、今でも時どきあるのだ。そしてわたしの心は、〈苫しみを樅らげんとて〉その淵のほとりに魅せられたようにたたずみ、水の中からはっきり聞こえる呼び声に応えようとするのだ。ところでプラテーロよ、わたしは以前、アンドレーシェニエの牧歌をきみに読んであげたことがあるね! 英雄へラーフクレースが、愛する少年ヒュラーの名を呼ばわりな、がらさがしまわったとき、少年は英雄の〈苦しみを和らげんとて〉泉の底から応えようとするが、その声は英雄の耳に〈聞きわけられずむなしかった〉というあの場面だよ! もっとも、その詩を吟誦するわたしの声は、きみの耳には〈聞きわけられずむなしかった〉かもしれないがね……
『プラテーロとわたし』J.R.ヒメーネス (岩波文庫)より

J.R.ヒメーネス 詩人。1881年スペインアンダルシア・モゲールに生まれる。十七歳の時に初めて詩を発表する。スペイン内乱とともに、プエルトリコ、キューバ、アメリカと各地に移り住む。1956年、ノーベル賞を授与される。1958年死去。享年七六歳

[プラテーロとわたし]J.R.ヒメーネス (岩波文庫) 真っ青な空と真っ白な家が目にいたいほど明るい,太陽の町モゲール.首都マドリードで健康をそこなったヒメーネス(1881−1958)は,アンダルシアの故郷の田園生活の中で,読書と瞑想と詩作に没頭した.月のように銀色の,やわらかい毛並みの驢馬プラテーロに優しく語りかけながら過ごした日々を,138編の散文詩に描き出す.
posted by koinu at 16:49| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする