2020年03月26日

ダダイズム詩人の小野十三郎

 「明日」小野十三郎

古い葦は枯れ 

新しい芽もわづか。 

イソシギは雲のやうに河口の空に群飛し 

風は洲に荒れて 

春のうしほは濁つてゐる。 

枯れみだれた葦の中で 

はるかに重工業原をわたる風をきく。 

おそらく何かがまちがつてゐるのだらう。 

すでにそれは想像を絶する。 

眼に映るはいたるところ風景のものすごく荒廃したさまだ。 

光なく 音響なく 

地平をかぎる 

強烈な陰影。 

鉄やニツケル 

ゴム 硫酸 窒素 マグネシユウム 

それらだ

 (詩集『大阪』より)


小野十三郎(1903年−1996年)

詩集『大阪』は1939年に出版。多くの詩人たちが戦争に、対する痛みや象徴する言葉を表した。そんな状況のなかで反戦にも自然主義にも傾倒せず、「葦の地方」を見いだして、記憶される詩集。なかでも「明日」の最後三行が示している、安易に謳わないことが心に残る。ここに現代詩の萌芽が感じられる、モンタージュ効果あるフレーズが連発。〈短歌的叙情の否定〉は詩人一人の創造として余りに重責な、詩作の理論的な困難な舞台での実践。この感染季節にアナザーサイドの扉が、心に反応する詩でもあった。


「赤い雀」

赤い雀がいないと眼がたいくつだ

冬のみち

ぼくの頭脳から

白い絹糸のようなものが二本のびて一本は

すりすがすの空の太陽をひっかけて

もう一本は

ずっとはるかにのびてのびて

遠方のくっせつして

尖で半円を描いて

赤い雀をさがしている

〔処女詩集『半分開いたた窓』より〕

posted by koinu at 12:13| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする