2020年03月23日

カミュ中編小説『ヨナ,あるいは制作する芸術家』

聖書ヨナ伝が冒頭に引用されて、画家の純粋に生きる姿を軽妙な風刺のように語られる。

描いた絵画は売れようが売れまいが、ジルベール・ヨナは時間や空間を限定されても、全ての恩恵と受けて絵画に執着し続ける。

しかし成功が彼を苦しめていくことになる。絵画が世間に認められてアパートへ客が押し掛けてくるので、アパートの模様替えを計画すると、妻ルイーズは「お友達が早く帰ってくれれば、いっしょ にいる時間が増えるわ」といい「悲しみの影が彼女の顔の上をよぎる」のを見て胸を打たれる。妻を引き寄せて、ありったけの優しさをこめて抱きしめるのだった。しばらくの間ふたりは、結婚したての頃のように幸せになった。


そして物語が進むと単なる働き者の妻より、鍵を握る重要人物へと変わっていく。スランプに陥り絵が描けなくなったヨ ナは、女遊びを始めて妻を悲しませた。ある朝家に帰るとルイーズ が、驚きと極度の苦しみから来る溺れた、女のような顔をしているのを見て胸を引き裂かれる。

 彼は妻に許しを乞い、翌日に板を買いに行って、アパー トの壁と天井付近に小部屋をつくる。妻をしっかりと抱きしめて、ここで絵を描くと宣言するのだった。絵に集中するためには、妻や子供たちから少し離れなければならない。小部屋にこもって絵を描く。絵への愛と、妻への家族への愛との間に、小部屋は均衡をとるためにある。

小部屋に籠り食事のときにしか降りてこないヨナを、ルイーズは心配する。不安で悲しげな彼女の顔を見て、どれほど彼女が老けたか、生活の疲れが彼女にもどれほどの深手を負わせたかに気づき、自分が彼女を本当の意味で助けたのは一度もなかったと思う。


彼が何も言わないうちルイーズはやさしく微笑み「お好きなように、あなた」 という。


お好きなように(Comme tu voudras)はヨナの口癖をルイ ーズがまねたものだが、彼女がその後に口にする「あなた(mon chéri)」は「不貞の女」最後でジャニーヌが言う「なんでもないの,あなた(Ce n’est rien, mon chéri)」でも使われていた。

『追放と王国』に登場する妻が使う「あなた(mon chéri)」には愛情と無意識の願望がある。


ヨナの親友ラトーにルイーズは「私は、あのひとがい ないと生きていけないの」と語る。若い娘のような 顔を赤らめていることに気づいて驚く。

そして小部屋の中で絵を描き上げた後,「子供たちの声や水の音,食器の触れ合う音」に耳を澄ます。子供たちは部屋を駆け回って、娘が笑っていた。随分前からル イーズが笑うのを聞かなくなってたが、彼女も笑っている。小部屋の人工の夜の中で恍惚を感じて失神する。医者はヨナの容態について「何でもありませんよ(Ce n’est rien)」というが、ジャニーヌもヨナも特権的な瞬間を生きた。


ヨナがジャニーヌと違うのは、妻と離れずにいたこと。ジャ ニーヌが夜空とまじわりを結んで、恍惚の瞬間を生きるためには、夫のもとを離れて砂漠に走るのが必要だった。妻から離れるこ となく恍惚の瞬間を生きるヨナはルイーズのもとに戻る必要もない。


ヨナの残した「絵画」──白いカンバスの中央に、solitaire(孤独)と読むべきか、solidaire(連帯)と読むべきかわからない言葉が、非常に細かい字で描いてあるだけの作品──と同じく曖昧でどちらとも取れるのだった。


『ペスト』と同様にカミュの作品は、探偵小説のように物語の節目や結末の箇所で、小説の語り手の正体を仄めかす。主人公ヨナの唯一である親友であるのかもしれない。彼の状況や割の合わない不条理、それに対してそうするより他に仕方のなかった行動、等々。どこまでも見守る親切さのある視点は、他に誰が語れるのか?


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『転落・追放と王国』アルベール・カミュ〔新潮文庫〕収録。なおも鋭利な現代性を孕む、カミュ晩年の二作を併録。

 【目次】 

転落 

追放と王国

不貞/背教者/唖者//ヨナ/生い出ずる石

posted by koinu at 15:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする