2020年03月20日

『谷川雁詩集』現代詩文庫(思潮社)

「世界をよこせ」谷川雁


まっかな腫れもののまんなかで

馬車のかたちをしたうらみはとまる

桶屋がつくる桶そのままの

おそろしい価値をよこせ 涙をよこせ


なめくじに走るひとしずくの音符も

やさしい畝もたべてしまえ

青空から煉瓦がふるとき

ほしがるものだけが岩石隊長だ


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「東京へゆくな」谷川雁


ふるさとの悪霊どもの歯ぐきから

おれはみつけた 水仙いろした泥の都

波のようにやさしく奇怪な発音で

馬車を売ろう 杉を買おう 革命はこわい


なきはらすきこりの娘は

岩のピアノにむかい

新しい国のうたを立ちのぼらせよ


つまずき こみあげる鉄道のはて

ほしよりもしずかな草刈場で

虚無のからすを追いはらえ


あさはこわれやすいがらすだから

東京へゆくな ふるさとを創れ


おれたちのしりをひやす苔の客間に

船乗り 百姓 旋盤工 坑夫をまねけ

かぞえきれぬ恥辱 ひとつの眼つき

それこそ羊歯でかくされたこの世の首府 


駈けてゆくひずめの内側なのだ

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「たうん・あにま」谷川雁


かれの否定する霊魂のごとき町の

かたつむりに負われた夜

このかがやく種子に埋まくものは何か

若い薔薇の茂る空

かの橋を渡る一つの眼に

ささやく息吹は何か

無名の草 おまえ 一本の絃が

ゆうべの牢獄を鳴らすとき

ああ すべては沙漠

それを逃がれるこころがあろうか

泉があろうか

階段という階段を降りた風は

ゆうひの遺した金を疑い

冷たい素顔を吹く

町びとのかざす桃花心木の燭台に

森のけものの骨はやかれ

地球のへりだけが緑色にかがやく夜

一滴の霊魂のごときこの町で


『谷川雁詩集』現代詩文庫(思潮社)


真夜中に蒼ざめた森の中で、居た堪れれない気分になると、「知られざる者こそ王」と囁いてみる。

詩人たることを拒絶して、朱色の手帖を一枚ずつ破っていくと、飢えた人々たちが現れてくる。

岩角で死が嗤う、海の底で。

posted by koinu at 12:34| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする