きみに欠けているもの それは
荒々しい野性の力
時として 世界をくつがえす
抑えがたい粗暴な正義
そのことか 不意に
愛撫への疼きに似た やるせない
きみへの憧れを誘うのだ
詩集『四季のスケッチ』清岡卓行より
広隆寺の半跏思惟像仏像の指について、詠んだ短歌だろうか。粗暴なものから遠ざかる思惟仏像のしなやかさ。
芥川賞となった清岡卓行『アカシアの大連』は、煌びやかな満洲時代を過ごした体験から情緒性のある作風だった。詩人の作者ととっては初めての小説で、しなやかな詩の印象と共通する散文となっている。もののあわれ、みやび、はかなさ。「思惟の指」に触れて後もう一度読み直すと、更に叙情ビジョンが深まるかも知れない。
人間の肉体が
かくも浄らかがありうるのか?
ああ
きみに肉体があるとはふしぎだ
『アカシアの大連』より
清岡卓行 1922年大連生まれ。帰省先の大連で敗戦、引き揚げ。51年東大仏文科卒業。プロ野球セ・リーグ事務局で13年間試合日程編成。法政大学教授。かたわら清新な詩や小説を発表。2006年6月、逝去。著作:詩集=『円き広場』(1988年、芸術選奨文部大臣賞)など多数。小説・随筆など=『アカシヤの大連』(1970年、芥川賞)、『藝術的な握手』(1978年、読売文学賞)、『マロニエの花が言った』(1999年、野間文芸賞)など多数。