2020年02月29日

「近代的短編小説の創始者」独歩の中・後期の名作

『独歩氏の作に低徊趣味あり』夏目漱石

『巡査』はただ巡査なるひとりの人問を描き出したもので、その巡査がよく出ている。この編のおもしろみはちょうどチェホフかだれかの書いたもので『爺』というものがある。その『爺』のおもしろみが、『巡査』のようなああしたおもしろみである。巡査なら巡査、爺なら爺を表わしたのは、巡査がどうしたということを書いたものではない。爺がどうしたということを書いたものではない。ただ巡査なる人はこういう人であった、爺なる人はこういう人であったということを書いたにすぎぬ。そこがおもしろいのである。巡査なら巡査についての観察を書いたものだからして、まえの『運命論者』とはそのおもしろみがちがう。余のことばでいうと、こういうものは低個趣味という。巡査がどうして、それからこうしたというように、原因結果を書いたものではない。その巡査があしたはどうなっても、あしたのことはかまわない。ただ、巡査そのものに低侶していればいいのである。

小さんが酔漢の話をする。聴者はその酔漢の話をただ楽しんでいればいいのである。その酔漢があしたの朝になってどうしたとか、こうしたとかいうことを聞く必要はない。聞かなくても、酔漢そのものの所作行為に楽しむことができる。すなわち、筋とか結構とかいうものがおもしろいのではなくて、 一酔漢なるものに低個して、その酔漢の酔態を見るそのことに興味あり、おもしろみあるのである。それを余は低掴趣味という。普通の小説は、筋とか結構とかで読ませる。すなわち、その次はどうしたとか、こうなったとかいうことに興味を持ち、おもしろみを持って読んでいくのである。しかし、低徊趣味の小説には、筋、結構はない。あるひとりの所作行動を見ていればいいのである。

『巡査』は、巡査の運命とかなんとかいうものを書いたのではない。あるひとりの巡査を捕えて、その巡査の動作行動を描き、巡査なる人はこういう人であったという、そこがおもしろい。すなわち、低徊趣味なる意味において、『巡査』をおもしろく読んだのである。

(明治四十一年七月十五日『新潮』)


山田銑太郎というのは、作家の国木田独歩がひょんなことから知り合った巡査だった。非番の日に独歩がその家を訪ね、杯を酌み交わすうちに引き出しから書き物を出し「見てもらいたい」という。それは「題警察法」という漢文だった

「夫れ警察の法たる事無きを以て至れりと為す。事を治むる之に次ぐ」。警察は功のないのが一番良く、功を立てるのは次善である。最上の法は治めるのでも功を立てるのでもなく、事件を未然に防ぐことにほかならない

山田巡査は上機嫌でこれを読み上げ、独歩もあいづちを打ちつつ大いに盛り上がる。結果、警察の道を尽くす者は功名も治績もなく、その神機妙道は愚者には理解できぬ−−ということで2人は意気投合した。この小説「巡査」は1902(明治35)年の作である

「神機妙道」とは隠れた霊妙な機微をいうのだろうが、何とも情けない神機妙道もある。してもいない捜査の費用を請求して飲食費に流用し、警官自らが刑事事件の容疑者になってしまうというお粗末である。兵庫県警宝塚署の少年事件担当者らの集団不祥事だった

非道な殺人の容疑者を捕らえれば警察官だった衝撃に心が凍った今年だった。こちらはいじましい公金流用だが、職務にかかわる日常的不正で、かかわった人数も多い。市民の信頼を損ね、職務に精勤する同僚を意気阻喪させることはなはだしいといわねばならない

功名も成績も求めず、ひたすら世の安寧のために力を尽くすという明治の巡査の心意気は作家が書きとどめた。誰にでも分かる平成の「神機妙道」を新聞が書きとどめる機会はこれきりにしてほしい。

【毎日新聞】


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「近代的短編小説の創始者」独歩の中・後期の名作を収録。 

理想と現実との相剋を超えようとした独歩が人生観を披瀝する思想小説『牛肉と馬鈴薯』、酒乱男の日記の形で人間孤独の哀愁を究明した『酒中日記』、生き生きとした描写力を漱石がたたえた『巡査』、ほかに『死』『富岡先生』『少年の悲哀』『空知川の岸辺』『運命論者』『春の鳥』『岡本の手帳』『号外』『疲労』『窮死』『渚』『竹の木戸』『二老人』。詳細な注解を付す。 


『牛肉と馬鈴薯・酒中日記』解説より 

独歩の作品(とくに初期、中期のそれ)は荒削りというほどでないにしろ、何か手触りがごつごつしてなめらかでないところがあります。 

これは彼の文章の飾り気なさからもきますが、もっと深く考えれば、そういう表現を必然とする彼のモチーフの性格にもとづきます。 

彼の初期短編の作因は、文学的というより、むしろ倫理的哲学的なので、うまい作品を書くことより、ある人間の問題をなげかけるところに、その主眼があります。 

――中村光夫(評論家


国木田独歩 

1871(明治4)年、下総銚子生れ。山口県に育つ。東京専門学校中退後新聞記者などを経て、1897年田山花袋らとの合著『抒情詩』で詩人として出発。次いで、1901年短編小説集『武蔵野』を刊行。自然の中に人事を見つめる小説家へと転身した。その後発表した『牛肉と馬鈴薯』『春の鳥』は自然主義文学の先駆として迎えられた。1908年茅ヶ崎で死去。没後、『欺かざるの記』刊行。 

posted by koinu at 09:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする