2020年01月25日

荘子「大きな瓢箪の使いかた」

 恵子がこんな話をして荘子を皮肉った。

「以前、魏王から大きな瓢箪の種をもらったことがある。それを蒔いて実が成ったんだが、なるほど馬鹿でかい実で、中に五石も入るほどだ。ところが水を入れると、重くてとても持ち上げられない。二つに割って、柄杓にしてみたんだが、大きすぎて水瓶の中に入らない。大きい事は大きいが何の役にも立たないから、叩き割ってしまったよ」


 荘子はやり返した。

「君は全く、大きなものの使い方が下手だな。こんな話があるよ。宋の国に代々麻を水に晒して生活している男がいた。商売柄その男の家にはアカギレの妙薬の秘伝が伝わっていた。ある旅人がそれを聞きつけて、薬の製法を百両で買いたいと申し出た。そこで男は一族を集めて相談した。

『俺たちは代々、麻を晒してきたが、儲けときたら、年に五六両がいいとこだ。今このアカギレの薬がなんと百両に売れるんだ。どうだ、ひとつ話に乗ろうじゃないか』

一方薬の製法を手に入れた旅人は呉の国に赴いて呉王に薬の効用を説いた。

越が呉に攻め入ったとき、呉王はその男を将軍に起用し、冬の最中、わざと水上に越軍を迎え撃った。アカギレの妙薬のおかげで呉は越に大勝した。呉王は褒美として男に封地を与えた。


いいかね。薬の効能は同じでも、一人は封地を与えられ、一人は相変わらずしがない稼業。物は使いよう一つなのだ。

五石も入る瓢箪を持っていたのなら、なぜそれを舟にしたてて揚子江や洞庭湖に気ままに浮かぶことを思いつかないのだ?  大きすぎて水瓶に入らないなどとぼやくようでは、自分が常識にとらわれている人間だということを白状しているようなものではないか」


岸 陽子『中国の思想 荘子』(徳間書店)より

posted by koinu at 13:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする