2020年01月24日

『ペスト』(La Peste)アルベール・カミュ

アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。

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【本文冒頭より】

この記録の主題をなす奇異な事件は、一九四*年、オラン(訳注 アルジェリアの要港)に起った。通常というには少々けたはずれの事件なのに、起った場所がそれにふさわしくないというのが一般の意見である。最初見た眼には、オランはなるほど通常の町であり、アルジェリア海岸におけるフランスの一県庁所在地以上の何ものでもない。 

町それ自身、なんとしても、みすぼらしい町といわねばならぬ。見たところただ平穏な町であり、地球上どこにでもある他の多くの商業都市と違っている点に気づくためには、多少の時日を要する。 

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【あらすじ】

死者が出はじめて、新聞やラジオが報じると町はパニックになる。やがて死者の数は増えてゆくと、楽観視してた市当局も対応に追われる。

そして町は外部と完全に遮断された。脱出不可能の状況で、市民の精神状態も困憊してしまう。

新聞記者ランベールが妻の待つパリに脱出したいと、密輸業者を紹介する逃亡者コルタールは町を出る気はなかった。パヌルー神父は、ペストの発生は人々の罪のせいで悔い改めよと説教していた。一方、リウー、タルー、グランは必死に患者の治療を続ける。タルーは志願の保険隊を組織した。

ランベールは脱出計画をリウー、タルーに打ち明けるが、彼らは町を離れる気はない。やらねばならない仕事が残っているからだ。リウーの妻も町の外にいて、病気療養中だと聞かされる。ランベールは考えを改めて、リウーたちに手伝いを申し出るのだった。

少年が苦しみながら死んだ。それは罪のせいと語るパヌルーに、リウーは抗議する。罪なき者はこの世にはいないのかも知れない。パヌルーもまたペストで死んでしまうのだから。


災厄は突然潮が退いたように終息する。人々は元の生活に戻ってゆく。ランベールは妻と再会して、コタールは警察に逮捕される。流行は過ぎたはずなのに、タルーは病気で死んでしまう。そして、リウーは療養中の妻が死んだと知らされるのだった。


カミュ(1913-1960) 

アルジェリア生れ。フランス人入植者の父が幼時に戦死、不自由な子供時代を送る。高等中学(リセ)の師の影響で文学に目覚める。アルジェ大学卒業後、新聞記者となり、第2次大戦時は反戦記事を書き活躍。またアマチュア劇団の活動に情熱を注ぐ。1942年『異邦人』が絶賛され、『ペスト』『カリギュラ』等で地位を固めるが、1951年『反抗的人間』を巡りサルトルと論争し、次第に孤立。以後、持病の肺病と闘いつつ、『転落』等を発表。1957年ノーベル文学賞受賞。19601月パリ近郊において交通事故で死亡。 


【ニュース】

新型コロナウィルスの感染拡大を食い止めるべく、中国の当局が発生源とされる武漢市の実質的な「封鎖」に踏み切った。しかし、すでに武漢市外のみならず日本や米国を含む海外へも感染が広がりつつあるなか、専門家らは今回の施策の実効性に疑問を呈している。それどころか、隔離された武漢市内での感染拡大によって事態が悪化する可能性すらあるかもしれない。


中華街や南京町を舞台にした、感染ドラマがノートに描かれている。

物語の骨格はノーベル文学賞を受賞したカミュの代表作。1947年刊行された作者40歳代の圧倒的な感染小説作品は、現代にも生きている。

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posted by koinu at 21:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする