2020年01月16日

Blanqui の夢 芥川龍之介

 悲劇とはみずから羞ずる所業を敢えてしなければならぬことである。この故に万人に共通する悲劇は排泄作用を行うことである。


 火星の住民の有無を問うことは我我の五感に感ずることの出来る住民の有無を問うことである。しかし生命は必ずしも我我の五感に感ずることの出来る条件を具えるとは限っていない。もし火星の住民も我我の五感を超越した存在を保っているとすれば、彼等の一群は今夜も亦篠懸を黄ばませる秋風と共に銀座へ来ているかも知れないのである。



   Blanqui の夢

 宇宙の大は無限である。が、宇宙を造るものは六十幾つかの元素である。是等これらの元素の結合は如何に多数を極めたとしても、畢竟有限を脱することは出来ない。すると是等の元素から無限大の宇宙を造る為には、あらゆる結合を試みる外にも、その又あらゆる結合を無限に反覆して行かなければならぬ。して見れば我我の棲息する地球も、――是等の結合の一つたる地球も太陽系中の一惑星に限らず、無限に存在している筈はずである。この地球上のナポレオンはマレンゴオの戦に大勝を博した。が、茫々たる大虚に浮んだ他の地球上のナポレオンは同じマレンゴオの戦に大敗を蒙むっているかも知れない。……

 これは六十七歳のブランキの夢みた宇宙観である。議論の是非は問う所ではない。唯ただブランキは牢獄の中にこう云う夢をペンにした時、あらゆる革命に絶望していた。このことだけは今日もなお何か我我の心の底へ滲しみ渡る寂しさを蓄えている。夢は既に地上から去った。我我も慰めを求める為には何万億哩マイルの天上へ、――宇宙の夜に懸った第二の地球へ輝かしい夢を移さなければならぬ。


岩波書店刊「芥川龍之介全集」1977年〜1978年より



《青空文庫》では有難いことに、過去の作家さんの文章が公開されている。これは文化遺産であると思う。

しかしTPPに加入すると、著作権が延期になって公開がされないまま忘れて去られてしまう可能性がある。

posted by koinu at 09:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする