2019年12月01日

井上陽水『リバーサイドホテル』と「ホテルカリフォルニア」が比喩すること

井上陽水『リバーサイドホテル』〔1982年作品〕が比喩する世界

レコード会社の洋楽部ディレクター経験ある作家の浅倉卓弥は「リバーサイドホテル」について、Eaglesの歌った「ホテルカリフォルニア」と同様にあるサビの部分も、両曲は似ている比喩があると指摘している。

Hotel Californiaは亡霊が集うホテルという設定。舞台はコリタスの香りたつ、カリフォルニアの砂漠エリアのハイウェイ。長時間の運転に疲れて、休むために立ち寄った小綺麗なホテルに幾日か滞在して快適な日々を送った。We are all just prisoners here, of our own device…(しょせんみんなここの囚人だ、自分の意思で囚われた…)堕落して快楽主義的なすごし方を続ける滞在客たちに嫌気して、以前の日常生活に戻るために、ホテルを去ろうとしたが、離れようにも離れられなくなった伝奇譚的なミニストーリー。We are programmed to receive. You can checkout any time you like, but you can never leave! 〔1976年作品〕

「一度入ったら、好きな時にチェックアウトは出来ても、根本的に逃れることは決して出来ない」という、The Hotel California Factorと自嘲気味な表現がMacユーザーの間で用いられた。

陽水のリバーサイドホテルも、此の世のものではない雰囲気が佇まい、更にこのリバー=川は、この世とあの世を分ける川、渡ったら最後、最早こちら側には戻れない境界にも想える。

歌詞の内容には「夜明けが明ける」「金属のメタル」「川沿いリバーサイド」「水辺のリバーサイド」「川に浮かんだプール」という不思議な空間のイメージがある。

死者たちはこのホテルでしばらく時間を過ごした後、川を渡りあちら側の存在になる川辺のホテル。

「誰も知らない夜明けが明けたとき 町の角から素敵なバスが出る

 若い二人は夢中になれるから 狭いシートに隠れて旅に出る

 昼間のうちに何度もキスをして 行く先を尋ねるのに疲れ果て

 日暮れにバスもタイヤをすり減らし そこで二人はネオンの字を読んだ」

 ホテルはリバーサイド 川沿いリバーサイド 食事もリバーサイド リバーサイド」

夜明けが明けていても、それは誰も知らない夜明け、普通ではない目覚めとなっている。夢中になってる二人は、旅に出ても隠れてたままである。何度もキスをするのは昼間のこと、その後は疲れ果てるほど行く先を尋ねる。

想像や妄想すれば、この二人は恋に何らかの障害があって、結局は自ら命を絶つことを選んでるように思える。

「昼間」は生きている間を指して、二人はこの世を去る前、最後に何度も愛を確かめ合っている。そして行く先でいっしょに幸せになれるよと。

二人は謎のバスに乗って、川を渡る前に一時的に滞在するホテルに着いた。ホテルでは「食事」が出て、黄泉竈食い(よもつへぐい)」を連想させる。黄泉の国のかまどで煮炊きしたもの、これを食べるともう現世にはもう戻れないという儀式がある。

「チェックインなら寝顔を見せるだけ 部屋のドアは金属のメタルで、しゃれたテレビのプラグは抜いてあり、二人きりでも気持ちは通い合う。ベッドの中で魚になった後 川に浮かんだプールでひと泳ぎ、どうせ二人は途中でやめるから 夜の長さを何度も味わえる。」

ホテルはリバーサイド〜川沿いリバーサイド〜食事もリバーサイド〜水辺のリバーサイド〜レジャーもリバーサイド〜リバーサイド。浪曼とも異界ともとれる謎多いリフレーンが続く。

「チェックインなら寝顔を見せるだけ」 よく考えると恐ろしいフレーズです。このホテルには寝顔を見せるだけで入れますが、それはこれ以上ないほどの「寝顔」、二度と目覚めることのない寝顔です。ホテルにある「テレビ」は、俗世間=前世の象徴で、プラグが抜かれているので、最早見ることはできなくなってる。そして二人はホテルの不思議なベッドやプールでしばらく時間を過ごした後、最後は川を渡っていくのだった。

posted by koinu at 13:00| 東京 ☁| 音楽時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする