2019年11月22日

ジミー・ヌーンとトミー・ドーシーのジャズレコード音楽

フレドリック・ブラウン『シカゴ・ブルース』は暗黒街シカゴを舞台にした、父親を殺された青年が叔父と犯人を追うミステリー。酒、音楽、マフィア、美女、そして悲しく切ない結末。ジャズトロンボーン奏者に憧れる青年が後半登場する美女とともに聞く、ジミー・ヌーンとトミー・ドーシーのジャズレコード音楽。

ジミー・ヌーン(Jimmie Noone) 1895年4月23日ルイジアナ州カットオフ - 1944年4月19日カリフォルニア州ロサンゼルス。ジャズ・クラリネット奏者。
[ヌーンが残したもの] ヌーンは、一般的に、ジョニー・ドッズやシドニー・ベシェと並んで、とりわけ偉大な第二世代のジャズ・クラリネット奏者たちのひとりだとみなされていた。ヌーンの演奏は、ドッズほどブルース色があるわけでも、ベシェほど華やかなわけでもなかったが、ひょっとしたらもっと叙情的で洗練されていて、確実に「甘美な」香りをもっと醸し出している。ヌーンは、たとえばアーティ・ショウ、アービング・ファゾラ en:Irving Fazola、ベニー・グッドマンといった、後のクラリネット奏者たちに重要な影響を及ぼしている。【Wikipedia】より
http://www.redhotjazz.com/noone.html


トミー・ドーシー(Tommy Dorsey)1905年11月19日 - 1956年11月26日、ジャズトロンボーン・ジャズトランペット奏者、バンドリーダー。
Trumpet ; Bunny Berigan, Ziggy Elman, George Seaberg, Carl "Doc" Severinsen, Charlie Shavers
Piano ; Milt Raskin, Jess Stacy
Arranger/Composer ; Sy Oliver
Clarinet ; Buddy DeFranco, Johnny Mince, Peanuts Hucko
Drum ;Stan King, Buddy Rich, Louie Bellson, Dave Tough, Alvin Stoller, Gene Krupa
Vocal ; Jack Leonard, Edythe Wright, Jo Stafford, Dick Haymes, Connie Haines, Frank Sinatra
当時新人だったフランク・シナトラはこのバンドで学んで成長し、成功している。ドーシーは後に自身のサウンドはトロンボーン奏者ジャック・ティーガーデン(Big T)に影響されたと語っている。ドラマーについはあらゆる手段を講じてでも、又どこに居ても、どれほどのギャラを要求されても誠実にバディリッチに来て欲しいと要請した。バディ リッチがだめな時はルイ ベルソン又はアルビン ストラーに要請した。リッチ、ベルソン、ストラーはドーシーの標準的選択であった。クラリネットのバディ デフランコによると「どのドラマーも1時間から1週間しか続かなかった ただ例外はトム・ウイッタコムで、彼は1950年代初めに相当期間バンドに居たという。 (ルートガーズニュウジャージー州大学 ジャズ研究協会 エドワード・ブル氏 著書より)

posted by koinu at 13:00| 東京 🌁| 音楽時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする