荒唐無稽なアクション映画を想わせる「台風五郎」は、貸本劇画として登場した。粗雑な印刷と製本としては乱造な貸本劇画は、余程内容に関心がないと、不衛生で近づきます難い世界であった。
現在では電子書籍で全巻蘇っているので、「台風五郎」を初めて読んでみた。
手塚治虫の丸い線タッチから画風が変わったのは、「台風五郎」あたりだという 。作者自身も「台風五郎」が納得のいく線にたどり着いた作品だと、そこに 至るまでの試行錯誤の道のりを語っている。
「劇画家にとって自分の絵というのは重要な要素である。確かに、構成 などのいろいろな要素が加わるのだが、とりわけ絵のタッチ、つまり線は重要な表現要素となる。ディズニー調の絵が全盛の時代ではあっ たが、とにかく私はリアルなドラマをリアルな絵で表現したいと思ってい た。どうにかしてもっと物語に合ったタッチの絵を描こうとずい ぶん試行錯誤した。当時の作品を振り返ってみると、ディズニー調の絵は もちろん、乙女チックな線の細い絵、アメリカン・コミック調のしつこい 絵というように、あらゆる絵をかいている。そして、ついに自分で一番嫌いだった線の細さを感じさせない力強い絵に行きついたのだ。それが昭和三十三年の「台風五郎」である。」(さいとう・たかを自伝『俺の後ろに立つな』より)
雑誌マンガの連載では出来なかった実験的な描写を、劇画工房を経て実践してみせたのであった。これらの表現は、劇画家として達者な池上遼一の初期作品にも影響が伺えて興味深い。
『さいとう・たかを 劇・男』では「G ペンの特徴は、その構造により、指先に込める力がダイレクトに線の強弱 として現れる点にある。さいとうの骨格のあるデッサンに G ペンの力が 加わったことで、さいとう作品は劇画特有の力強い表現力を手に入れた」(リイド社2003年)という。
