2019年07月17日

大蛇は山の神の化身とされた

古来から水の神や山の神の化身として蛇は信仰されてきた。時として人智を超えて猛威をふるう水の力や、縦横に流れる大河の乱流が、細長く力強い蛇を連想させた。
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『日本伝説大系10』記述より

火呑山(現・亀ヶ岳)と蛇円山というのは、備後一宮吉備津神社の北方を東西に渡る位置関係になる。そこを雌雄の大蛇が行き来していたという。


昔、青目寺のあったという火呑山の頂上の七ッ池に大蛇が住んでいた。東の蛇円山の柏山にも大蛇がおり、雌雄の大蛇は互いに行き来していた。ある時、人をも呑む柏山の雄の大蛇の話を聞いた一人の武士が、この大蛇を斬り殺した。

相方を失った七ッ池の雌の大蛇は淋しくなり、腹立ちまぎれに青目寺の小僧を呑むようになった。和尚は一計を案じ、藁人形を作ると、腹の中に火薬を入れ、小僧の法衣を着せた。そして本尊の観世音菩薩に大蛇退治の祈願を行った。

その夜、そうとは知らぬ七ッ池の大蛇が寺にやって来て、藁人形の小僧をひと呑みにした。大蛇が去ってしばらく、山上の方では天地を覆すような大音響とともに火柱が上がった。和尚の計略は成功した。

和尚と村人が夜の明けるもの待ち切れずに山頂の七ッ池へ登ると、四番池の草むらで一抱えもある大蛇が腹をズタズタに裂かれて死んでいた。のたうち回ったものか周囲の草木はすり切れ、地面は血で真っ赤だった。

人々は大蛇の首を切り取って寺に持ち帰り、祟りのないように供養を行い、寺宝とした。柏山の大蛇を斬った峠を「蛇斬り峠」、七ッ池の大蛇の死んだ所を「蛇摺」という。蛇摺では今でもその地は血色赤く染まり、草木は渦を巻いてすり切れ伸びないという。(みずうみ書房『日本伝説大系10』より引用)


丹波でも蛇伝説は多く、佐治川や本郷川など加古川の上流部が、人々に恵みを齎らす川となる。丹波市山南町応地では、「蛇ない(じゃない)」という行事がある。大雨が降って加古川が増水して、川を渡ろうとした子供が流されそうになってしまった。川上から白い大きな蛇が現れで、両岸につかまって橋代わりになり、子供たちを助けてくれた。

応地の人々は、この大蛇を山の神の化身とした。毎年1月9日山の神の日に、新しい藁を持ち寄って長い蛇をかたどった綱に撚り合わせ、村の大年神社に奉納する。この「蛇ない」行事は、現在は成人の日に行われている。

posted by koinu at 13:00| 東京 ☁| 観測 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする