2019年06月30日

『大都会隠居術』荒俣宏編 隠居名人たちの隠居小説、エッセイを多数収録。

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第1ステップ 都会隠居術事始め世の煩わしさから逃れる
大岡昇平、永井荷風、谷崎潤一郎、水木しげるほか

第2ステップ 都会に潜む悦楽女子供に分らぬ世界へ 江戸川乱歩、内田百間、幸田露伴、岡本かの子ほか

第3ステップ それぞれの隠居たち心朽ちた聖者の伝記を読む宇野浩二、古今亭今輔、千早柊一郎ほか

第4ステップ 骨董、味道の悦楽 平成あこがれのご隠居たち 宇野千代、青山二郎、北大路魯山人ほか

第5ステップ そして、死との対面 都会での死に方を知る 稲垣足穂、ピーター・S・ビーグル、ボリス・ヴィアン

永井荷風「短夜」(みじかよ)「短夜」は現世の波にもまれるばかりで、真の男女の情交を味わえずにいる男たちへの、最大の慰めといえる。編者はこれを読み返すたびに全身がわななく。涙があふれてくる。都会隠居にぜひとも必要なのは、肉体の交わりを忘れさせるほど心打つ物語を、果てしなく語ってくれる伴侶なのである。

「繊細な然し鋭いお前の爪先で弛んでしまった私の心の絲を弾け。」

「幽霊船長」こと鮎川信夫は私生活について完全な秘密主義を貫いて、連絡先は母の家、晩年は甥の家と徹底していた。1986年10月17日に世田谷区成城の甥・上村佑の家に郵便物を受け取りに行って、甥家族とスーパーマリオブラザーズしている時に、脳出血で倒れて搬送先の病院で死去した。焼かれて骨になってから、幽霊船長の晩年日録には次旨の言葉を知らされた。

「人生(ライフ)は単純なものである。人がおそれるのは、畢竟一切が徒労に帰するのではないかということであるが、人生においては、あらゆる出来事が偶発的(インシデンタル)な贈与(ギフト)にすぎない。そのおかえしに書くのである。正確に、心をこめて、書く。――それがための言葉の修練である」

人生における一切は「偶発的な贈与にすぎない」、更に「そのおかえしに書くのである」という驚くべき信念を秘めていた鮎川信夫。詩人の残した言葉に絶句するのだった。


 荒俣 宏編『大都会隠居術 』 序文

老人になるとは、要するに心朽ちることであります。


世のありさまの裏おもてをすべて知りつくし、もはやいかなる対象に対しても青春の活きいきとした夢を託さぬことであります。現世のあらゆる部分で実行されている厳密なルールをもった人生ゲームから、あっさり降りてしまうことであります。


そして、そのあとにようやく心静かな自由が訪れる。生きながら死んでいることの喜ばしさよ。まるで、浮世のわずらいから解き放たれた幸福な魂のように。

いやそれどころか、わが日本では、自らすすんで心朽ちた老いの境地に至るための習俗があったのであります。何を隠そう、これすなわち、隠居であります。


隠居なることばの意味は、伝統的には、家督を子孫に譲って自ら第一線をしりぞくことと解されるようであります。世に隠れて暮らすのですから、社会的には、文字どおり「生きている死者」となるわけです。しかし封建社会にあっては、むしろ、老境に達したから身を引くというのではなく、次世代の成長をもって自らは現世を脱し、「次の人生」にはいることを意味していたのです。つまり、「定年」による隠居ではなく、あとの憂いがなくなったところで次の人生にチャレンジしていく、というような積極的姿勢に立つ引退であります。その意味では、かつての隠居は、子育てが終わり、さてこれからが人生本番と、キラキラ輝いている中年婦人たちの姿に近かったわけであります。換言すれば、社会生活を営むよりも上に、もう一つ別の「生きざま」があったことになります。中国風にいえば、仙人になる道、企業でいえば、相談役か顧問、アカデミズムでいえば名誉教授。名称は何でもよろしいが、隠居は文字どおり解放を意味していたのです。(荒俣 宏)


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光文社の叢書刊行はアンソロジーシリーズ“文学の森”に企画も続いている印象で全10冊の構成になっていた。

(1)筒井康隆編『夢探偵』

(2)種村季弘編『放浪旅読本』

(3)山田詠美編『せつない話』

(4)青木雨彦編『会社万葉集』

(5)荒俣宏編『大都会隠居術』

(6)立松和平編『わたしの海彦山彦』

(7)池田満寿夫編『私の大学』

(8)加藤幸子編『子どもの発見』

(9)佐佐木幸綱編『肉親に書かずにいられなかった手紙』

(10)田辺聖子編『わがひそかなる楽しみ』


山田詠美さんの(3)は文庫化され第二集も編まれた。読書好きであれば興味を惹かれるのは、(1)(2)(5)だろうか。

posted by koinu at 14:00| 東京 ☔| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする