2019年06月19日

ランボーの10月詩篇

Jean Nicolas Arthur Rimbaud

(中原中也/ 翻訳)



「災難」


霰弾の、赤い泡沫しぶきが、ひもすがら

青空の果で、鳴つてゐる時、

その霰弾を嘲笑あざわらつてゐる、王の近くで

軍隊は、みるみるうちに崩れてゆく。


狂気の沙汰が搗き砕き

幾数万の人間の血ぬれの堆積やまを作る時、

――哀れな死者等は、自然よおまへの夏の中、草の中、歓喜の中、

甞てこれらの人間を、作つたのもおゝ自然おまえ!――


祭壇の、緞子の上で香を焚き

聖餐杯(せいさんはい)を前にして、笑つてゐるのは神様だ、

ホザナの声に揺られて睡り、


悩みにすくんだ母親達が、古い帽子のその下で

泣きながら二スウ銅貨をハンケチの

中から取り出し奉献する時、開眼するのは神様だ

〔一八七〇、十月〕Jean Nicolas Arthur Rimbaud

(中原中也/ 翻訳)



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「シーザーの激怒」


蒼ざめた男、花咲く芝生の中を、

黒衣を着け、葉巻咥へて歩いてゐる。

蒼ざめた男はチュイルリの花を思ふ、

曇つたその眼めは、時々烈しい眼付をする。


皇帝は、過ぐる二十年間の大饗宴に飽き/\してゐる。

かねがね彼は思つてゐる、俺は自由を吹消さう、

うまい具合に、臘燭のやうにと。

自由が再び生れると、彼は全くがつかりしてゐた。


彼は憑かれた。その結ばれた唇の上で、

誰の名前が顫へてゐたか? 何を口惜くやしく思つてゐたか?

誰にもそれは分らない、とまれ皇帝の眼めは曇つてゐた。


恐らくは眼鏡を掛けたあの教父、教父の事を恨んでゐた、

――サン・クルウの夕べ夕べに、かぼそい雲が流れるやう

その葉巻から立ち昇る、煙にジツと眼めを据ゑながら。

〔1870年10月〕Jean Nicolas Arthur Rimbaud

(中原中也/ 翻訳)


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「キャバレールにて」


午後の五時。

五六日前から、私の靴は、路の小石にいたんでゐた、

私は、シャルルロワに、帰つて来てゐた。

キャバレールでバタサンドヰッチと、ハムサンドヰッチを私は取つた、

ハムの方は少し冷え過ぎてゐた。


好い気持で、緑のテーブルの、下に脚を投出して、

私は壁掛布かべかけの、いとも粗朴な絵を眺めてた。

そこへ眼の活々とした、乳房の大きく発達した娘こが、

――とはいへ決していやらしくない!――


にこにこしながら、バタサンドヰッチと、

ハムサンドヰッチを色彩いろどりのある

皿に盛つて運んで来たのだ。


桃と白とのこもごものハムは韮の球根たまの香放ち、

彼女はコップに、午後の陽をうけて

金と輝くビールを注いだ。

〔一八七〇、十月〕 Jean Nicolas Arthur Rimbaud

(中原中也/ 翻訳)

posted by koinu at 10:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする