2019年06月18日

アルチュール・ランボー詩篇より 「いたづら好きな女」「失われた毒薬」

「いたづら好きな女」


ワニスと果物の匂ひのする、

褐色の食堂の中に、思ふ存分

名も知れぬベルギー料理を皿に盛り、

私はひどく大きい椅子に埋まつてゐた。


食べながら、大時計オルロージュの音を聞き、好い気持でジツとしてゐた。

サツとばかりに料理場の扉とが開くと、

女中が出て来た、何事だらう、

とにかく下手な襟掛をして、ベルギー・レースを冠つてゐる。


そして小さな顫へる指で、

桃の肌へのその頬を絶えずさはつて、

子供のやうなその口はとンがらせてゐる、


彼女は幾つも私の近くに、皿を並べて私に媚びる。

それからこんなに、――接唇くちづけしてくれと云はんばかりに――

小さな声で、『ねえ、あたし頬ほつぺたに風邪引いちやつてよ……』


シヤルルロワにて、1890

(中原中也/ 翻訳)



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「失はれた毒薬」(未発表詩)


ブロンドとまた褐かちの夜々、

思ひ出は、ああ、なくなつた、

夏の綾織レースはなくなつた、

手なれたネクタイ、なくなつた。


露台ルコンの上に茶は月が、

漏刻が来て、のんでゆく。

いかな思ひ出のいかな脣趾くちあと

ああ、それさへものこつてゐない。


青の綿布めんぷの帷幕とばりの隅に

光れる、金の頭の針が

睡つた大きい昆虫のやう。


貴重な毒に浸されたその

細尖ほさきよ私に笑みまけてあれ、

私の臨終をはりにいりようである!


OEVRES D'ARTHUR RIMBAUD

アルチュール・ランボー Jean Nicolas Arthur Rimbaud

(中原中也/ 翻訳)

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posted by koinu at 09:00| 東京 🌁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする