2019年06月16日

ボルヘス『詩という仕事について』(岩波文庫)

【1967年にアメリカのハーヴァード大学で行われたボルヘスの講義録より】


The woods are lovery, dark, and deep,

But I have promises to keep,

And miles to go before I sleep,

And miles to go before I sleep.


「森は美しく、暗く、深い、しかし、私には果たすべき約束がある、

眠りに就く前に歩くべき道のりが、

眠りに就く前に歩くべき道のりが」


 これらの詩行は完璧そのもので、トリックなどは考えられない。しかしながら、不幸なことに、文学はすべてトリックで成り立っていて、それらのトリックは−−いずれは−−暴かれる。そして読み手たちも飽きるわけです。しかしこの場合は、いかにも慎ましいものなので、それをトリックと呼ぶのが恥ずかしいほどです(ただし、他に適当な言葉がないので、そう呼ばせてもらいます)。

 何しろここでフロストが試みているのは、誠に大胆なものですから。同じ詩行が一字一句の違いもなく二度、繰り返されていますが、しかし意味は異なります。最初の "And miles to go before I sleep." これは単に、物理的な意味です。道のりはニューイングランドにおける空間としてのそれで、sleep は go to sleep 「眠りに就く」を意味します。二度目の "And miles to go before I sleep" では、道のりは空間的なものだけでなく、時間的なそれでもあって、その sleep は die 「死ぬ」もしくは rest 「休息する」の意であることを、われわれは教えられるのです。詩人が多くの語を費やしてそう言ったとすれば、得られた効果は遙かに劣るものとなったでしょう。

私の理解によれば、はっきりした物言いより、暗示の方が遙かにその効果が大きいのです。人間の心理にはどうやら、断定に対してはそれを否定しようとする傾きがある。エマソンの言葉を思い出してください。

"Arguments convince nobody" 「論証は何ぴとをも納得させない」と言うのです。

それが誰も納得させられないのは、まさに論証として提示されるからです。われわれはそれをとくと眺め、計量し、裏返しにし、逆の結論を出してしまうのです。

『詩という仕事について』ボルヘス(岩波文庫)より


「詩は隠喩だ」とボルヘスは言った。

アルゼンチンの詩人ルゴネスから言葉を引きつつ「単語はすべて死せる隠喩である」という。
ボルヘスによると kingの語源は代表者、熟慮を意味するconsider という単語は元来は「星占い」という意味だった。それが「王」「熟慮」という意味になったらしい。
知らずしらずのうちに「隠喩」を使っているが、ボルヘスは「読み手が隠喩として受け止めるものに限定」していた。

目と星、時と河、女と花、夢と生、眠と死、戦と火など、書き手の関心のある隠喩に絞って執筆トレーニングを積み重ねればいい。 


 ボルヘス『詩という仕事について』(岩波文庫)電子書籍

https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b248482.html


レオポルド・ルゴネス(Leopoldo Lugones, 1874年6月13日 - 1938年2月18日)アルゼンチンの詩人、短編作家。アルゼンチン近代を代表する文学者の一人で、モデルニスモ文学の担い手の一人。行動的な性格と旺盛な知的好奇心の持ち主で、著作の中には哲学や数学に踏み込むものもある。斬新な詩風と巧みな修辞が評価されている。ルゴーネスとも表記する。

posted by koinu at 10:00| 東京 🌁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする