2019年04月28日

『飢餓同盟』安部公房(新潮文庫)

1954年発表の長編小説。地方都市の未発に終わった反乱を、濃密な筆力でカルカチュア劇にした。
他の安部公房作品と『飢餓同盟』が異色なのは逃走する側ではなく、逃走を阻止する側のドラマとなっている。

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  舞台となるのは花園という田舎町で、三十年前ほどまでは温泉で賑わっていたが、大地震を境に湯が出なくなって寂れ菓子工場くらいしか産業がない。

主人公の花井太助はキャラメル工場に、主任という曖昧な地位についている。表向きは社長で、町長の多良根に忠誠を誓い、何でも屋を務めていたが、裏では秘密結社を組織していた。

 その飢餓同盟は花園へと町に流れてきた他所者から、「ひもじい野郎」といい蔑すさまれていた。虐げられたひもじい野郎を糾合して結社をつくった花井は、「金は毒、権力は悪、労働は罪」のスローガンで、革命を起こすのだと称していたのだ。しかし具体的な方策は何もなく、精々は町長の多良根の一派と、元町長で医師の藤野の一派を歪み合わせるのが関の山である。

  しかし二十年前に町を離れた織木が、鉱山技師となって戻って、情況が一変するのだった。彼の両親も他所者だったが、バス会社を開業するが失敗して憤死する。孤児となった織木は花井の母親の伝手で東京へと逃げて、鉱山技師の資格を取る。だが気狂い科学者ごとき所長によって、機械よりも感度の高い人間メーターに仕立てられる。健康を害して花園に逃げかえり、遂に自殺を計り遺書を綴る。作中に織木順一の書いた一人称の文体での遺書が、死にたくない立場から死なねばならない不条理の気持ちを1カ月にも渡って書いて、劇中劇として23頁にも掲載されている。

 人間メーターとしての異能を利用すれば、温泉を復活させて、更には地熱発電ができるほどの蒸気を噴出させられる。織木の性能を認めた花井が助けた。地熱発電所を作れば、町の権力構造を根底からひっくり返すのも夢ではないからだ。こうして結社の目標を見つけた花井は、飢餓同盟と改称して地熱発電所建設のために暗躍を始めるのである。


  花井の生家は町境のひもじい峠で、代々茶屋をしてる旧家で、本来は土着側にいた。他所者と付き合っているのは、ひもじい様を祭る家系のポジションにあるからだ。山道を歩いてきた旅人は峠に達すると気が弛み、急にか空腹感に襲われたり、一歩も歩けないほどの疲労感、虚脱感にみまわれるのがある。昔の人はそんな現象を妖怪のせいだと考えた。地方によって「餓鬼憑き」「ひだる餓鬼」「ひだる神」といわれて広く分布している民間信仰である。

「ひもじい様という飢餓神が、いつも町境をうろついていて、外来者をみつけると、すぐにとっついて餓死させてしまう……ね、いかにも農村共同体的な、いやらしい迷信じゃないですか。他所者なら、飢え死にしてもかまわないっていう、陰険な排外主義の合理化なんですよ」ここで農村共同体のように閉じてはいない。花園はかつては温泉で栄えた町であり、外部との交通で成り立っていた。他所者が白眼視されるのは、他所者がそれだけ内部に入り込んでいたからである。他所者の力なくしては、花園は立ち行かない。

 峠でひもじい様を祭る花井家は、茸の干物を梅酢に漬けた「満腹」「ひもじい除け」という土地の名物を一手販売する権利を与えられていた。特権が許されたのは、同家が他所者との交渉において媒介者の役割を果たしてきたと思われる。

 人形芝居屋の矢根のような流れ者を新たに町に引っぱり込む一方、ひもじい野郎たちに革命という希望を与えて、町に引き留める役割をはたしている。

 そしてキャラメル工場社長の多良根との特別な関係である。今では花園町のエスタブリッシュメントの一員だが、もともと多良根は澱粉の一手買附業者として町に乗りこんできた他所者だった。町に貢献しているのをアピールする必要に迫られて、奨学金の提供を申しでる。花園小学校を一年から六年まで主席で通した者がいれば中学の学費を出して、中学でも主席で通せば専門学校まで面倒をみるという。

 多良根は高を括っていたが、小学六年生だった花井は奨学金を貰う条件を満たして慌てる。一銭も出したくないから、花井には尻尾が生えている噂を種に難癖をつけるが、彼が寒暖計の水銀服毒で自殺する時点から奨学金を出さざるをえなくなる。意地になって中学でも一番を通して、多良根の金で農業専門学校に進学する。花井が学業を終えるまでの期間、毎年の学期末になると、地元紙の一面に優等賞をとった花井と、奨学金を出す多良根がにこやかに並ぶ写真が掲載された。

 裏では多良根は癇癪をおこし、花井は悔し涙に歯噛みするという修羅場が演じられていた。二人とも気がついていないが、多良根が町の一員として受けいれられる上で、年中行事となった奨学金報道が大きな役割を果たした。花井は子供の頃から外部の力を町に呼びこむ、媒介者の役割をしていた。媒介者という役割が花井の意識を超えるのは、織木との関係からもわかる。

 人間メーターにされるのが嫌で、織木は東京から逃げてきたが、花井に説得されて温泉を探査することを承知する。決め手になったのは花井の姉、里子の思い出だった。織木は同級生だった里子に思いを寄せていたが、彼が東京に逃げた後、里子は土地の有力者の藤野の弟に手籠にされ、その後チフスで死んでしまう。呪うべき故郷花園に戻ってきたのは、里子の思い出に導かれてだった。薄幸に死んだ里子に殉ずるように、死を覚悟で人間メーターに戻る。

 飢餓同盟の温泉探査は成功して、花園には再び湯が戻ってくるが、成功の果実は多良根や藤野ら町の権力者に横取りされてしまう。織木は死んで、花井はカーニバルの道化王になれずに発狂する。

 この共同体は食虫植物のように、外部の力を必要としていた。花井と姉は意識していないが、共同体の奸知に操られ捕虫器のように、「ひもじい野郎」たちを絡め取っては土地の養分にしていたのだった。

「正気も、狂気も、いずれ魂の属性にしかすぎないのである。」(安部公房『飢餓同盟』講談社)


安部公房・原作

posted by koinu at 11:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする