2019年04月21日

山尾悠子『角砂糖の日』

1982年に深夜叢書社より刊行され、長らく品切れとなっていた山尾悠子の唯一の歌集『角砂糖の日』がLIBRAIRIE6から新装復刊。特典として書き下し掌編小説『小鳥たち』を収録。

「小鳥のやうに愕き易く、すぐに同様する性質の〈水の城館〉の侍女たち、すなはち華奢な編み上げ靴の少女たちは行儀よく列をなして行動し、庭園名物の驚愕噴水にうかうか踏み込みたび激しく衝突しあふのだった。」(『小鳥たち』冒頭) 

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短歌『角砂糖の日』より

春眠の少年跨ぎこすと月昏らむ いづこの森やいま花ざかり

昏れゆく市街に鷹を放てば紅玉の夜の果てまで水脈たちのぼれ

角砂糖角ほろほろに悲しき日窓硝子唾もて濡らせしはいつ

金魚の屍 彩色のまま支那服の母狂ひたまふ日のまぼろしに

腐食のことも慈雨に数へてあけぼのの寺院かほれる春の弱酸

鏡のすみに野獣よぎれる昼さがり曼陀羅華にも美女は棲みにき

夢醒めの葛湯ほろろに病熱の抱きごころ午後うす甘かりき

春を疲れ父眠りたまふあかときはひとの音せぬ魂もたつかな

百合喇叭そを枕として放蕩と懶惰の意味をとりちがへ春

幾何学の町に麺麭買ふ髭をとこπの算術今日咲き継がせてよ

狼少年と呼ばれて育ち森を駈けかけぬけて今日罌粟の原に出ぬ

小花小花零る日を重ね天文と地理のことなど見分けがたきよ

韃靼の犬歯するどき兄ありき娶らずば昨日風の野に立ちしよ

曠野の地平をさびしき巨人のゆくを視つ影うすきかな夕星透かし

独逸語の少年あえかに銀紙を食める日にして飲食のこと憂し

絵骨牌の秋あかあかと午後に焚く烟れば前の世なる紫色

◉ カルタを火にくべると、赤い炎が紫の煙へと変わってゆく。「前世」の先は「紫色」の先となり、その燃える音に誘われて、生まれる前の遠い記憶が煙の中に浮かぶのだった。

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「<世界は言葉でできている> というのが山尾悠子を象徴する言葉ではないか」そこに描かれた世界は<虚構> であり、<観念>である。山尾短歌も「言葉でできている」から、歌のなかに散りばめられた煌めく言葉が、視神経を辿って脳細胞に刺激する感覚を味わう。

散文詩のような素人でも手が出せる代物ではなくて、「俳句を作るとき、そこには外的世界に求められるモチーフというものはなく、言葉がすべてである。上質の言葉を発見しそれを研磨しおえた時点で作品は完成する」(小林恭二)のだ。この結晶させる純粋化学反応は、吐露のような排泄に近い表現からは生まれてこないだろう。

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山尾悠子『角砂糖の日』A5判変型上製 104pages 函入り

挿画は合田佐和子、まりの・るうにい、山下陽子。函と表紙に銀箔押しをした美しい製本。2017年刊行後に即絶版となる。


●山尾悠子 1955年岡山県生まれ。幼少期にナルニア国物語、学生時代に澁澤龍彦の著作を介して様々な異端文学に影響を受け、在学中に「仮面舞踏会」を『SFマガジン』のSF三大コンテスト小説部門に応募、75年同誌に掲載されデビュー。日本SF作家クラブのメンバーとして小松左京、星新一、筒井康隆、手塚治虫、永井豪らに刺激を受け創作を続ける一方で、その幻想的な作風と熱狂的な愛好者がいながら作品が単行本されないまま、休筆状態であったことから、孤高の作家、伝説的作家と見なされるようになる。99年に「幻想文学」誌に「アンヌンツィアツィオーネ」を発表して復活。2000年には単行本未収録作も含むそれまでの作品を集めた『山尾悠子作品集成』が国書刊行会より発行され、2003年9月には2作目の書き下ろし長編『ラピスラズリ』を発表。

http://tacoche.com/?p=14138


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posted by koinu at 07:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする