2018年11月03日

ヤカンが飛んでしまうユーモラスな世界

入沢康夫さんの詩に「未確認飛行物体」という、薬罐(ヤカン)が飛んでしまうユーモラスな作品がある。

「未確認飛行物体」入沢康夫

薬罐だって、空を飛ばないとはかぎらない。
水のいっぱい入った薬罐が
夜ごと、こっそり台所をぬけ出し、
町の上を、畑の上を、
また、つぎの町の上を 
心もち身をかしげて、
一生けんめいに飛んで行く。

天の河の下、渡りの雁の列の下、
人工衛星の弧の下を、
息せき切って、飛んで、飛んで、
(でももちろん、そんなに速かないんだ)
そのあげく、
砂漠のまん中に一輪咲いた淋しい花、
大好きなその白い花に、
水をみんなやって戻って来る。

―『春の散歩』1982年・青土社刊 より―

星々の輝いてる夜間に飛行させてしまったら、鉄製ヤカンは砂漠の果て超えて、一体どこまで行くのだろうか。詩集『春の散歩』は「続・入沢康夫詩集」(現代詩文庫)でも読むことができる。

豚を連れて街を遠望する野道を歩く。ぼくは言った。
「何もかも相対化しながら、奇妙な秩序が固定して来ている。みなが口を聞けば 正義も真実も踏みにじられてるって言ふが、いずれは一切が正義、一切が真実と いふことになるのだろうぜ。」

豚が答へた。
「爺さん、繰言はよせ。もうお前たち人間の時代はおわるのだ。」
さう言って、春の血なまぐさい西陽の中へ、いちもくさんに駆け込んで行った。
(「春の散歩」入沢康夫)

ハーラン・エリスン原作の映画「少年と犬」を連想してしまうような、殺伐とした動物とテレパシーする未来風景である。西方は極楽浄土の陽をさして、二足歩行の類人猿へ終わりを告げられる。歴史的にずっと沈黙をしていた豚から、唐突な宣言である。

まるで極東の島国へ原爆が投下されたような、島人にとっての唐突さで唖然としてしまう「春の散歩」だった。こういった唐突な信じられない系に属する展開は、神話などに多くあって、入沢さんは自作詩『わが出雲』を解剖して『わが鎮魂』という試みにも挑んでいる。

  やつめさす
  出雲
  よせあつめ 縫い合わされた国
  出雲
  つくられた神がたり
  出雲
  借りものの まがいものの
  出雲よ
  さみなしにあわれ

  (「わが出雲」Tより)

入沢康夫
1931年松江生まれ。詩人。東大仏文科卒。大学院でネルヴァルを研究。処女詩集『倖せと不倖せ』で独自の主題と技法とを展開。『季節についての試論』は幻想の中へ自己存在さぐる詩法を確立された。
『唄──遠い冬の』(毎日芸術賞)『漂ふ舟』(現代詩花椿賞)『夢の佐比』『駱駝譜』『歌──耐へる夜の』『水辺逆旅歌』(歴程賞)『死者たちの群がる風景』(高見順賞)『牛の首のある三十の情景』『わが出雲・わが鎮魂』(読売文学賞)『ランゲルハンス氏の島』『宮沢賢治プリオシン海岸からの報告』『詩の逆説』『詩にかかわる』『アルボラーダ』など。

ネルヴァル研究家であり、論考が批評を超えている。ネルヴァル『火の娘たち』『阿呆の王』『幻視者』上下(現代思潮社)などの翻訳をされた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
047AEA35-955B-4DF3-8B71-06E9321DDFD2.jpeg
抜け殼のあんぐり開いた口元から未聞の《音楽》は ぼろぼろと土にこぼれ
それが どうだ
そのたびに そのたびごとに
山という山にこだまし〔山は噴火する〕
川という川の瀬音にまじらひ〔川は逆流する〕
やがて・・・・・
「猛然と鎮静」する

(入沢康夫『宿神来了』より)

詩集『アルボラーダ』は、予想を上回る勢いで書かれて、日本語の遊ばせ方や、壊れさせて魅せる言語化など、詩人ならではの発案にとんでいる。
地球にとって、〔山は噴火する〕〔川は逆流する〕やがて・・・タイムリーな内容と展開。
posted by koinu at 23:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする