2006年10月21日

The Way of Heart

本を読んだこともないほどの無学でありながら、複雑な科学の問題を有名な科学者よりも遥かに上手に解く男を私は知っている。また学術的な資格があるわけでも医療の経験があるわけでもないのに、ただ天が彼らに働きかけるがゆえに、病人の求めに応じて癒しを施し、悪人でさえも彼らの愛すべき優しさに触れるだけで心が和む、そのような謙虚な人々がいる。

ジャンヌ・ダルクは戦略に関する専門書を読んだことも戦場を見たこともなかったが、彼女と同時代の戦術家たちを最初の試みで打ち倒してしまった。どうしてそのようなことが起こり得るのか?それは単純な理由による。なぜなら知性の学徒においてもそう出来たであろうように、彼女は神聖な意志に完全に身を任せ、見えない力を疑うことが無かったからである。

批評家たちから見れば「父なる神の生きる光」に生かされるこの生き物たち、一般には静寂主義者とか神秘家と呼ばれる人々を、人は困惑した様子で不思議がる。知性の学徒たちは普遍的な力を、ただ脳による限られた範疇で計り知ろうと試みるから、このような人々を理解することが出来ないのだ。批評家は神秘家を理解できないがために彼を屈辱に貶め、それでもなお神秘家は敵対者のために祈り、愛のために働き続ける。

精神における成長の道は単純で直接的なものである。「常に自分のためにではなく、他人のために生きよ」「本人のいないところで悪口を言うことも考えるべきでもない」「自分が好きなことよりも難しいと思われることをせよ」。これらは人を謙遜と祈りへと導く神秘家の道の方程式のいくつかである。

知性の学徒に愛されている一つの物理的な浄化の形式がある。菜食主義がそれである。それによって物質的な執着を遠ざけることが出来るからである。しかし我々の肉体から動物的な影響を退けることができても、アストラル体 [感情体] から利己主義を、そして霊性から空虚を追放することは出来ないのだから、このような浄化には意味がない。肉を食べることで生まれる衝動よりそのほうが何百倍も危険なのである。

原題: The Way of Heart パピュスの文章
http://www.orderofthegrail.org/way_of_the_heart.htm
posted by koinu at 19:13| 東京 霧| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする