2006年01月18日

すべてはリズムである。

すべてはリズムである。美を理解すること、それは自分固有のリズムを自然のリズムと一致させるのに成功することである。一つ一つの物、一つ一つの存在は個別的な指標を持っている。みずからのうちにその歌を宿しているのだ。その歌と和して、渾然一体となるまでにいたらなければならぬ。そしてそのことは個人的知性の為すところではありえず、普遍的知性のそれなのだ。他者たちに到達し、彼等の中に殺到し、彼等の内に回帰すること。ことは擬態を実行することなのだ。まず最初自己であり、自己を自己として知ること、つぎにあなたのまわりにあるものを模倣することだ。
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リズムは必ずしも文明の中にはない。世界への回帰は原始主義への回帰ではない。人間が自分のために創りだした世界もまた[自然]なのである。
精神の崇高な表現の数々、主導的と称される概念や観念の数々、そんなものより千倍も重要な理解や表現があるのだ。例えば人という種族が始まって以来、十万年間に為したことだ。彼の精神を一体に保っている理由の数々、本質的で深く、腺の分泌物にも似ているに違いない。
われわれの危うさは抽象的なものだ。だがわれわれの台座ときたら、なんと見事な巌(いわお)だろう!
われわれの精神のはじめての身震いのうちにはなんという不透明な厚み、なんという力強さ、なんという秩序があることか、そこでは思考はいまだ器官に混じり合っている。まるで遠くから読みとられることになるしるし、手で触られるしるしのように。
(ル・クレジオ『戦争』より)
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posted by koinu at 14:25| 東京 曇り| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする