ジェファーソン・エアプレイン自体は1965年から1972年まで活動したバンドだが、「ジェファーソン」と名乗るバンドの鍵を握るのは、創設メンバーであるマーティ・バリン、ポール・カントナーであり、その2人の活動歴を軸に40年を超える変遷全体がある。
「ジェファーソン・エアプレイン」は、アメリカン・ロック・シーンの黎明期から活動を始め、1960年代後期にはカウンター・カルチャーを象徴するバンドのひとつになった。
「ジェファーソン・スターシップ」は、ポール・カントナー(とグレイス・スリック)、グレイトフル・デッドのメンバー、デビッド・クロスビー等のセッションワークとして1970年に始まったプロジェクトが元で、1974年にパーマネント・バンドとして正式にデビュー。ロック・ビジネスが成長して行く時流に乗る事にも成功し、1970年代を代表するアメリカン・バンドのひとつになった。
リード・シンガーをミッキー・トーマスに替えたバンドは、1980年代に入ると「第二のジャーニー」を探すレコード会社の要求によってサウンドを模索、次第に活動は低迷する。
さらに「MTV時代」に入り、1985年にグレイス・スリックとミッキー・トーマスを看板にコンテンポラリーなポップ・スタイルを持つ「スターシップ」として再スタートする。
この時期、脱退した創設メンバーのポール・カントナーは自己のスタイルで再始動し、「KBC」「ジェファーソン・エアプレイン・リユニオン」「ソロ活動」を経て「新編成ジェファーソン・スターシップ」として現在に至る。
「スターシップ」の最後まで在籍したミッキー・トーマスが、1990年代初頭に自己のバンドを「スターシップ」名義で再編成し、現在までポール・カントナーの「ジェファーソン・スターシップ」と同時に存在している。
なお、マーティ・バリン/ポール・カントナーをキーマンとする『ジェファーソン・エアプレイン』〜『ジェファーソン・スターシップ』〜『現在のジェファーソン・スターシップ』、『グレイス・スリック在籍の時期のスターシップ』〜『グレイス脱退後のスターシップ』、及び『ミッキー・トーマス率いる現在のスターシップ』は、異なるファン層を持ち、別の流れを汲むバンドと見るのが妥当である。
jefferson airplane white rabbit
[ジェファーソン・エアプレイン 1965-1973]
1960年代に吹き荒れたビートルズ旋風/ブリティッシュ・インヴェイジョン、その影響下で続々と誕生したアメリカンバンド第一世代を代表するグループ。反体制や薬物体験を歌った歌詞などにより、60年代カウンターカルチャーの申し子とされる。また、ドラッグカルチャーやライトショウを駆使したステージに象徴されるサイケデリアの時代にバンドは最初のピークを迎えたというイメージからか、日本では単に「サイケデリック・ロック」の代表格として語られる事も多いのだが、実際にはその時期は短く、もっと幅広い音楽的要素を持っていると言える。
バンド創設者のひとり、マーティ・バリンは1962年にポップス/R&Rシンガーとしてシングル・デビューし、その後サンフランシスコに移ってフォーク・グループで活動していたが、自分のバンド結成を目論む。一方、根っからのフォーキーであるポール・カントナーはフォーク・シンガーとしてサンフランシスコのコーヒーハウスなどで活動していた。この2人が出会ってメンバーを集め、1965年にジェファーソン・エアプレインの母体が出来上がりライブ・デビュー。やがて、サンフランシスコ初のメジャー契約バンドとして1966年にはRCAからシングル/アルバム・デビューを果たし、一躍注目を集める。当初はバリンのボーカルを中心にしたストレートなフォーク・ロックのバンドではあったが、そのベースにはフォーク/R&R/R&B/ブルースが混ざり合い、男性/女性3人のボーカルに個性的でハイレベルなギター/ベース・サウンドが絡むスタイルはすでに確立されていた。
1967年の『Surrealistic Pillow』制作前にはグレイス・スリックが加入してバンドに一大飛躍をもたらす。そのカリスマ性を体現するかのような強力な歌声で、アルバムから「White Rabbit」「Somebody To Love」の大ヒットが生まれた。また各メンバーも強烈に主張し始め、バリン作のメランコリックな曲、すでにホット・ツナを予感させるカウコネンの名曲、3人のボーカルが絡み合うスリリングな曲など、その後長らくバンドを彩る多様なスタイルがすべて現れている。そして、モンタレー・ポップ・フェスティバルの好演によりエアプレインの名前は全米に広まった。
高い演奏力とオリジナリティ溢れる創作力を持つメンバーが集まったことにより、これ以降、実験的な試みをスタジオ作品やライブで繰り広げ、サウンドは目まぐるしく変化し、音楽的クオリティも高まって行く。当初はバリンがリーダーだったが、3rdアルバムを制作する頃からは、独創性を発揮し始めたカントナーのリーダーシップや他メンバーの主張も台頭し、バンド内の力関係も変化し始める。傍目には危ういとさえ感じられるこの個性のぶつかり合いこそが、バンドを時代の頂点に押し上げる原動力になった。ちなみに、バリンはポップ・ソングやR&R/R&B、カントナーはフォーク・ミュージック、ギターのヨーマ・カウコネンはトラディショナルなブルースの追求者、ベースのジャック・キャサディはR&B、ブルーズ、R&R、ジャズと幅広く好み、ドラムスのスペンサー・ドライデンはジャズ出身という多様性を持っていた。
当時の一大ムーブメントになった大掛かりなフェスティバルにもくまなく参加し、1968〜1969年にかけて人気はピークに達する。ひたすら新しい音楽表現を追求したサイケデリアの時代が過ぎ、1969年のウッドストックに出演する頃にはベトナム戦争が泥沼化、バンドは反体制メッセージの代弁者としての存在感が増して行く。その中心は、政治的メッセージを発するカントナーとカリスマ性が頂点に達したスリックに移っていた。また、演奏スタイルも1970年代に入る頃にはストレートでよりヘヴィなものに変化して行った。
一方、ビジネスとして巨大化し余りにも過酷になった活動の中で、よりパーソナルな音楽活動を望むカウコネンとキャサディは1969年ごろからブルーズ・デュオHot Tunaの原型をスタート。西海岸のミュージシャンとPlanet Earth Rock and Roll Orchestraと呼ぶセッションを活発に行なっていたカントナーは、1970年に自己のプロジェクトユニット、Paul Kantner Jefferson Starship名義でのアルバムを発表した。(ここでスターシップという次のコンセプトが生まれた。理屈の通らない権力者などは相手にせず理想を追求する人達で宇宙に脱出しようというストーリーは、1969年発表の曲「Wooden Ships」が原点。)さらに、オルタモントでの事件やジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンの死を契機に、バリンは音楽活動自体を見直したいと考えるようになり、自分が作ったバンドから1971年に脱退。
RCAとの契約期間が終了したバンドは、このような状況においても1971年に自分達のインディペンデント・レーベル「GRUNT(グラント)」を設立し、同年、エアプレインとしてミリオンセラーのスタジオ作『Bark(バーク)』を制作。他のアーティストとも契約して作品をリリースするなど、チャレンジは続けた。しかしこの時期、L.A.勢力の台頭など音楽シーンの新旧交代も影響してエアプレインとしての活動は停滞。カントナーはスリックのソロを含むプロジェクト作品を1973年までに更に3枚制作してスターシップのコンセプトを発展、Hot Tunaもアルバム制作を続けるなど、各々のソロ活動が本格的になり、外に向かって行った。
1972年に最後のツアーが行なわれた後、翌1973年にはそのライブ盤がリリースされた。しかし、Hot Tuna組の2人は完全にバンドを離れてしまい、ジェファーソン・エアプレインは正式に解散した。
[ジェファーソン・スターシップ 1974-1984]
エアプレイン解散の翌1974年、カントナー・プロジェクト(1970-1973)のメンバーをベースにグレース・スリックの1stソロをプロモートするツアーを行なう事になり、バンド名をパーマネントバンドとしてのジェファーソン・スターシップに決定。メンバーは、ポール・カントナー、グレース・スリック、ディヴィッド・フライバーグ、パパ・ジョン・クリーチ、ジョン・バーベイタのエアプレイン最終組に、ギタリストのクレイグ・チャキーソ、ベーシスト/ギタリストにピーター・カウコネン(ヨーマの実弟)を加えたもの。この公演の後、ピーター・カウコネンがピート・シアーズに交代して1stアルバム『Dragon Fly』 が制作された。
このように、ある時期を境にエアプレインからスターシップに単に改名されたのではなく、「エアプレイン」と「カントナーのスターシップ」が平行して活動し、エアプレインが解散した後でスターシップが改めてデビューしたのが経緯だった。1stアルバムとライブにはマーティ・バリンが早くもゲスト参加し、その曲「Caroline」はFMステーションでヘビーローテーションになる。2ndアルバム『Red Octopus』(エアプレイン以来初の全米最高1位獲得)からはバリンがフルタイムで復帰し、彼の作品「Miracles」(シングルチャート最高3位)が大ヒット。復活したバリン/スリック/カントナーのコーラスワークを新しいバンド・アンサンブルに載せて、一気に人気グループの座を奪還した。エアプレインとは大幅に異なる音楽を取り入れて1970年代ロックシーンの本流に踊り出た形だが、この時はメンバー自身が主導して掴んだ成功であり、1980年代に起きた変化(後述)とは異なっていたと言える。1970年代のロックシーンで通用する音楽作りという面では、作曲・編曲で大活躍を見せたピート・シアーズの手腕が大きく貢献した。また、カウコネンとは全く違ったコンテンポラリーなスタイルを持つクレイグ・チャキーソも演奏・作曲で活躍する。
4年余り続いたこの体制での全盛期にはバリンの存在感が圧倒的になり、エアプレイン結成以来ようやく彼の理想的なバンドが実現した時代でもあった。そして彼だけでなく、グレイス・スリックの歌唱力を生かした曲や、エアプレイン以来のボーカル・ワークを生かした名曲も数多く生まれ、4枚のアルバムが成功を収める。バンドとしての調和もとれた時期だった。しかし、長らくバンドのシンボルであり続けたスリックが、精神的不安定から深刻なアルコールのトラブルを抱え一時脱退を余儀なくされる(1978年-1981年)。リードシンガーはマーティ・バリン一人という体制でツアーも続け、1978年にはこの編成での最終シングル「Light The Sky on Fire」を発表。これは、アメリカのTV版『Star Wars Holiday Special』のテーマ曲になり、バンドも演奏シーンで出演した。この後、ドラマーのジョン・バーベイタが自動車事故で活動できなくなり、エインズレー・ダンバーが参加する。
この間、カントナーは13年ぶりにソロ・プロジェクトでの制作を復活、「Planet Earth Rock And Roll Orchestra」名義でのソロ・アルバム『Planet Earth Rock And Roll Orchestra』を発表、こちらの方が、本来のジェファーソンサウンドが展開されている作品だった。続くジェファーソン・スターシップの『Nuclear Furniture』では、当時最新のエレクトロ・ポップを大幅に導入。ここで本来のコンセプト・メーカーであったカントナーが突出してバンドと対立するようになる。
[ジェファーソン・スターシップ/スターシップ 1990-2007]
1990〜1991年にかけては、カントナーはKBC BANDのキーボーディスト、ティム・ゴーマンと、ギタリスト、スリック・アギラーらとソロ・アコースティックユニットPaul Kantner's Woodenshipを組み全米でライブ活動を行なった。この当時のライブは日本向けに収録され、NHK-BSで放映されたことがある。 また、Paul Kantner&Female Singers Projectを立ち上げてデモ音源まで制作したが正式には発表されないままになっている。但しここには、Jefferson Starship-The Next Generationに参加する女性シンガー、ダービー・グールドも参加し、この時の楽曲は後のスタジオ作でも取り上げられている。
1992年、Paul Kantner's Woodenshipの3人に、ベースのジャック・キャサディ、フィドルのパパ・ジョン・クリーチ、新女性シンガーに地元シスコで活動していたダービー・グールドを加え、ジェファーソン・スターシップ(Jefferson Starship-The Next Generation)が結成された。翌1993年にはバリンも再合流し、1994年にはようやくの初来日(福岡・大阪・東京)を果たしている。権利関係の問題でエアプレインを名乗る事はできないが、ライブでは1965年デビュー以来の各ソロ作品も含めた膨大な楽曲を網羅し、1992-2007年までに21ケ国で計900回近くが行なわれている。またフル編成のJefferson Starship-The Next Generation、マーティとドラムスが外れたカントナーのソロステージに近いJefferson Starship-Acoustic Exprolerの2種類があり、セットリストが大幅に異なる。1995年、新曲を含むライブCD(グレイス・スリックもゲスト参加)を発表。一部収録曲・ミックスの異なるスタジオ作品(グレイス・スリックもゲスト参加)を1998年(ドイツ盤)、1999年(アメリカ・日本盤)に発表。1999年には2度目の東京公演も行なった。2000年以降には、ライブCDやDVDをマイナーレーベルや公式サイトから数多く発売している。2005年以降は、ファミリーのデビュー40周年を祝うツアーを全米・ヨーロッパで続けている。
2007.1現在のメンバーは、マーティ・バリン、ポール・カントナー、ディヴィッド・フライバーグ(2005年正式復帰)、ダイアナ・マンガーノ、スリック・アギラー、プレイリー・プリンス、クリス・スミス。ツアーによって、ダービー・グールド、トム・コンスタンテン、リンダ・インペリアル(クイックシルバー・ファミリーで、フライバークの夫人)、ピート・シアーズ、ピーター・カウコネン、ボビー・ヴェガ(ベーシスト)などがゲスト参加している。
ソロ活動に転向していたミッキー・トーマスは、1992年に自己のソロバンド“Starship featuring Mickey Thomas”を編成。他にジェファーソン・ファミリーとして繋がりのあるメンバーは、かつてKBC BANDに在籍していたドラマーがひとり居るのみで、エルビン・ビショップ・グループ時代や、1979年以降に自分が関わった曲をパッケージしたツアー活動を続けている。2004年(東京)の日本公演はDVD/CDも発売され、2006年(米軍厚木基地内)にも来日した。一時、レコード会社と契約をしていたがスタジオ新作の発売は実現していない。2007年1月現在、女性シンガーを新たに加えて"Starship starring Mickey Thomas"と若干改名している。
[ジェファーソン・スターシップ 2008-]
2008年に入り、歴代5人目になる新女性シンガー、キャシ・リチャードソン(Cathy Richardson)が加入した。 彼女は自分のバンドも持ち、ブロードウェイのヒット・ミュージカル「Love Janis」の主役も務めた経歴を持つ。また、彼女自身が長年のグレイス・スリック・ファンとの事で、今後の活躍が期待される。
前任のダイアナ・マンガーノはツアー活動を休止しているようだが完全に脱退した訳ではなく、さらに前任のダービー・グールドと同様、今後ツアーによっては再帰することもあり得る模様で、レギュラー/セミレギュラーの女性シンガーが合計3人いる状態になったとも言える。また、2005年からシンガーとして復帰したディヴィッド・フライバーグの夫人でシンガーのリンダ・インペリアル(Linda Imperial)もバックシンガーとしてライブには頻繁に参加しており、ジェファーソン・スターシップは再び、カントナーを中心に厚いボーカル陣を擁するプロジェクト的性格のバンドに変貌して来た。 また、2005年以来ツアーに同行しているトム・コンスタンテンも、セミレギュラーメンバーとしての参加が続いている。プレイリー・プリンスは2007年より、The New Carsのツアー参加を続けているが、脱退してはない。
現在のツアーメンバーは以下の通りの大所帯となっている。 ポール・カントナー(Paul Kantner) - Vocal/Guitar マーティ・バリン(Marty Balin) - Vocal/Guitar ディヴィッド・フライバーグ(David Freiberg) - Vocal/Guitar キャシ・リチャードソン(Cathy Richardson) - Vocal ダービー・グールド(Darby Dould) - Vocal リンダ・インペリアル(Linda Imperial)- backing vocal クリス・スミス(Chris Smith) - Keyboards ドニー・ボールドウィン(Donny Baldwin)- Drums トム・コンスタンテン(Tom Constanten)- Keyboards/vocal
(Wikipedia)
jefferson airplane have you seen the saucers?
[ ジェファーソン・エアプレイン アルバム]
1966/RCA Jefferson Airplane Takes Off
1967/RCA Surrealistic Pillow
1967/RCA After Bathing at Baxter's
1968/RCA Crown of Creation
1969/RCA Bless Its Pointed Little Head
1969/RCA Volunteers
1971/GRUNT Bark
1972/GRUNT Long John Silver
1973/GRUNT Thirty Seconds Over Winterland
1974/GRUNT Early Flight (スタジオ未発表曲集)
1990/Thunderbolt Live At the Monterey Festival
1998/BMG Live At The Fillmore East 1968
2006/CHARLY At Golden Gate Park, May 7 1969
2007/CHARLY Last Flight at Winterland Arena 22/09/1972
2007/Legacy-SONY USA Sweeping Up the Spotlight At the Fillmore East 1969
2007/CHARLY At The Family Dog Ballroom sept.1969 feat. Jerry Garcia
[ジェファーソン・スターシップ アルバム]
1974/GRUNT Dragon Fly
1975/GRUNT Red Octopus
1976/GRUNT Spitfire
1978/GRUNT Earth
1979/GRUNT Freedom At Point Zero
1981/GRUNT Modern Times
1982/GRUNT Winds Of Change
1984/GRUNT Nuclear Furniture
2008年 カリフォルニアのインディペンデント・レーベル、GRA(Global Recording Artists)にて、久々のスタジオアルバムを制作。『Jefferson Tree Of Liberty』は2008年9月リリースされる。
スタジオアルバムを10年ぶりのリリースするJEFFERSON STARSHIPが、待望の来日公演を行なう。


