11月25日より予定していたTHE VINES 来日公演は、クレイグ・ニコルズの精神状態が長期療養を早急に要するものと判断され、急遽中止が決定致したと発表された。
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THE VINESが、今月末に予定されておりました全ての日本公演の中止を正式に発表しました。
これは、この数ヶ月間でクレイグ・ニコルズの精神状態が著しく悪化、早急に長期間に渡る療養が必要だと判断された為です。現在のクレイグの精神状態で演奏する事は不可能で、非常に深刻な状況が心配されています。
ヘイミッシュ 、ライアン、ブラッド、バンドメンバー全員がこの事態を非常に悲しんでおり、彼等の全てのファン、友人そして家族へ、彼等の暖かいサポートにまずは心より感謝の意を表したいです。特に、今年のフジロックの出演時に受けた歓迎はバンド自身、これまでのキャリアの中でも最も素晴らしい経験でした。
以下、ヘイミッシュより。
「ショーを楽しみにチケットを買ってくれたファンの皆さん、THE VINESを代表して今回のツアーをキャンセルしなければならなくなった事をここに深くお詫び申し上げます。僕たちも大好きな日本のファンのみんなに会いたくて、今回の日本ツアーをとても楽しみにしていたので本当に残念でなりません。」
「夏の来日はまさしく僕らのキャリアの中でのハイライトでした。今年さらに今回の来日で出来るだけ多くのファンと出会い、日本をもっともっと楽しみたかったのですが、それが出来ず非常に残念です」
バンドメンバーおよびクレイグの家族は、このセンシティブな問題を非常に深刻に受け止めており、今回の事態に関して、この声明文が彼らの唯一正式なコメントとなります。
Thankyou
The Vines
http://www.smash-jpn.com/band/2008/11_vines/index.php
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The Vines are:
Craig Nicholls / クレイグ・ニコルズ (vocals & guitar) Hamish Rosser / ヘイミッシュ・ロッサー (drums) Ryan Griffiths / ライアン・グリフィス (guitar) Brad Heald / ブラッド・ヒールド (bass)
The Vines - Ride
荒々しいギター・サウンドにボーカルが絶叫する曲もあれば、1960年代のサイケデリックな雰囲気を漂わせるアコースティックな曲もあることから、しばしメディアからは「NIRVANA meets THE BEATLES(ビートルズに出会ったニルヴァーナ)」と称される。2002年10月、オーストラリア出身のバンドとして20年ぶりにローリング・ストーン誌の表紙を飾った。ザ・ストロークス、ザ・ハイヴス、ザ・ホワイト・ストライプスなど「ザ」を冠したバンドと共に、しばしば「ロックの救世主」と評される。
The Vines - "Winning Days"
クレイグ・ニコルズ (1977年8月31日 - ) バンドの中心人物。卓越した作詞・作曲センスの持ち主。だが一方では暴力行為を働いたり、突然暴れだすなど幾多のトラブルを引き起こしている。 2004年に発達障害の一種であるアスペルガー症候群の当事者であることが判明。
パトリック・マシューズ (Patrick Matthews) ベース 結成時メンバー 2ndアルバム発表後脱退
デヴィッド・オリフ (David Oliffe) ドラムス 結成時メンバー 2001年脱退
Vines - "Gross Out"
1994年、シドニーでクレイグ・ニコルズとパトリック・マシューズがアルバイト先のマクドナルドで出会う。ニコルズがギター、ボーカル、マシューズがベースを担当し一緒に演奏するようになる。マシューズの学校の友人のデヴィッド・オリフがドラマーとして加入する。ニコルズはバンド名を、自分が好きなビートルズが訪れたインドの地から「リシュケシュ (Rishikesh)」としたが、地元紙にいつも「Rishi Chasms」とミスプリントされたため「ザ・ヴァインズ」と変更する
。由来はニコルズの父がフロントマンであったエルヴィスのカヴァーバンド「The Vynes」から。ニルヴァーナの曲をカヴァーするようになる。
2001年7月、バンドはデビューアルバム『ハイリー・イヴォルヴド』をレコーディングするために、ロサンゼルスへ向かう。フー・ファイターズやベック、エリオット・スミスなどの作品を手掛けたことのあるロブ・シュナフをプロデューサーに迎える。デヴィッド・オリフが脱退、セッションドラマーとしてジョーイ・ワロンカーが加入。2001年の終わりに、バンドは一旦オーストラリアへ戻りドラマーを公募する。ハミシュ・ロサーがドラムスとして加入、ニコルズの親友であるライアン・グリフィスがアコースティック・ギターとして加入した。
1stシングル「ファクトリー」を2001年11月にリリース。オーストラリアでの関心は低かったが、イギリスで絶賛を受ける。レコード会社は次のEPをリリースしようと考えたが、ニコルズはアルバムを出す意志を譲らず、海外のレコード会社を探し始める。イギリスの Heavenly Records と2001年12月に、オーストラリアではEMIと2002年4月に契約を交わす。シングル「ハイリー・イヴォルヴド」をリリースし全英32位を記録、オーストラリアでもTOP100に入る。
デビューアルバム『ハイリー・イヴォルヴド』は絶賛を受け、バンドはローリング・ストーンとNMEの表紙を飾った。アルバムは全英5位、全豪3位、全米11位をマークし、世界中で200万枚に近い売り上げを記録した。
2003年5月、再びロブ・シュナフをプロデューサーに迎えてスタジオ入りする。
セカンドアルバム『ウィニング・デイズ』を2004年3月29日にリリースし、全豪7位、全英29位、全米23位を記録した。5月11日に始めたジェット、リヴィング・エンドとの「オーストラリアン・インヴェイジョン」ツアーを終える。アルバムからの1stシングル「ライド」と、2ndシングル「ウィニング・デイズ」をリリース。「ライド」は日産自動車とiPodのCMに起用された。
2004年5月の下旬、シドニーのラジオ局のイベントに出演した際、ニコルズが観客に悪態を多くついたことから、パトリック・マシューズがステージを下り、そのままバンドを脱退してしまう。また、ニコルズは演奏中にカメラマンへ暴行を働き、のちに告発される[3]。この事件ののち、バンドはツアーのキャンセルを発表。しかしながら、次のアルバムに向けてレコーディングを行うことも発表する。
2005年の中頃、プロデューサーにウェイン・コノリーを迎えて3rdアルバムを制作していることを発表する。ユー・アム・アイのベーシストであるアンディ・ケントがサポートで加入する。
2006年7月22日、豪フェスティヴァルへ出演し、「ザ・ヴァインズ」としてのステージ復帰を果たす。フェスティヴァルでは、元ベーシストで、現在はユース・グループのメンバーであるパトリック・マシューズとの友好的な再会も行われた。シドニーとメルボルンでもライブを行い、どちらもソールド・アウトとなる。
2007年の11月の中頃、1stと2ndのプロデューサーであるロブ・シュナフを起用し、ロサンゼルスへスタジオ入りする。
2008年7月、4thアルバム『メロディア』をリリース。ジャケット・デザインには、ニコルズが考えたものが起用された。フジ・ロック・フェスティバルに出演。
(Wikipedia)
Vines - Ms.Jackson
[アルバム]
1st ハイリー・イヴォルヴド (Highly Evolved) 2002年
2nd ウィニング・デイズ (Winning Days) 2004年
3rd ヴィジョン・ヴァリィ (Vision Valley) 2006年
4th メロディア (Melodia) 2008年
ベスト・オブ・ザ・ヴァインズ The Best of The Vines 2006年
The Vines- Dope Train
ヴァインズ公式サイト(英語) http://www.thevines.com/
ヴァインズ 公式 MySpace http://www.emimusic.jp/international/artists/vines/
The Vines - Fuk Yeh
BMG JAPAN(日本語)公式 http://www.bmgjapan.com/_artist/profile.php?id=2412
EMIミュージック・ジャパン(日本語)公式 http://www.emimusic.jp/international/artists/vines/
ヴァインズ公式ファンクラブ(英語)http://www.dreamintheinsane.com/


