2020年10月02日

『イワンの馬鹿』トルストイ

ロシアの民話に登場するキャラクターで、極めて純朴愚直な男ではあるが最後には幸運を手にするのが多い。
帝政ロシア時代の小説家レフ・トルストイによって、愚者の彼を主人公とした作品で特によく知られる。

【あらすじ】
昔ある国に、軍人のセミョーン、たいこ腹のタラース、ばかのイワンと、彼らの妹で啞(おし)のマルタの4兄弟がいた。

ある日、都会へ出ていた兄たちが実家に戻ってきて「生活に金がかかって困っているので、財産を分けてほしい」と父親に言った。彼らの親不孝ぶりに憤慨している父親がイワンにそのことを言うと、ばかのイワンは「どうぞ、みんな二人に分けてお上げなさい」というので父親はその通りにした。

3人の間に諍いが起きるとねらっていた悪魔は何も起こらなかったのに腹を立て、3匹の小悪魔を使って、3人の兄弟にちょっかいを出す。権力欲の権化であるセミョーンと金銭欲の象徴のようなタラースは小悪魔たちに酷い目に合わされるが、ばかのイワンだけは、いくら悪魔が痛めても屈服せず、小悪魔たちを捕まえてしまう。小悪魔たちは、一振りすると兵隊がいくらでも出る魔法の穂や揉むと金貨がいくらでも出る魔法の葉、どんな病気にも効く木の根を出して助けを求める。イワンが小悪魔を逃がしてやるとき、「イエス様がお前にお恵みをくださるように」と言ったので、それ以来、小悪魔は地中深く入り、二度と出てこなかった。

イワンは手に入れた宝で、兵隊には踊らせたり唄わせたりして楽しみ、金貨は女や子供にアクセサリーや玩具として与えてしまう。無一文になった兄たちがイワンの所にかえってくると、イワンは喜んで養ってやったが、兄嫁たちには「こんな百姓家には住めない」と言われるので、イワンは兄たちの住む小屋を造った。兄たちはイワンが持っている兵隊や金貨を見て「それがあれば今までの失敗を取り戻せる」と考え、イワンは兄たちに要求されて兵隊や金貨を渡してやる。兄たちはそれを元手にして、やがて王様になった。

イワンは住んでいる国の王女が難病になったとき、小悪魔からもらった木の根で助けたので、王女の婿になって王様になった。しかし「体を動かさないのは性に合わない」ので、ただ人民の先頭に立って以前と同じく畑仕事をした。イワンの妻は夫を愛していたので、マルタに畑仕事を習って夫を手伝うようになった。イワンの王国の掟は「働いて手に胼胝(たこ)がある者だけ、食べる権利がある。手に胼胝のないものは、そのお余りを食べよ」と言うことだけだった。

ある日、小悪魔を倒された大悪魔は、人間に化けて兄弟たちの所にやってくる。セミョーンは将軍に化けた悪魔に騙されて戦争をして、タラースは商人に化けた悪魔に騙されて財産を巻き上げられて、再び無一文になる。最後に大悪魔はイワンを破滅させるために将軍に化けて軍隊を持つように仕向けるが、イワンの国では人民は皆ばかで、ただ働くだけなので悪魔に騙されない。今度は商人に化けて金貨をばらまくが、イワンの国ではみんな衣食住は満ち足りており、金を見ても誰も欲しがらない。そればかりか、悪魔は金で家を建てることができず、食べ物を買えないので残り物しか食べられず、逆に困窮して行く。

しまいに悪魔は「手で働くより、頭を使って働けば楽をして儲けることができる」と王や人民に演説するが、誰も悪魔を相手にしなかった。その日も悪魔は、高い櫓の上で、頭で働くことの意義を演説していたが、とうとう力尽きて、頭でとんとんと梯子を一段一段たたきながら地上に落ちた。ばかのイワンはそれを見て、「頭で働くとは、このことか。これでは頭に胼胝よりも大きな瘤ができるだろう。どんな仕事ができたか、見てやろう」と悪魔の所にやってくるが、ただ地が裂けて、悪魔は穴に吸い込まれてしまっただけだった。
《Wikipedia》より

青空文庫『イワンの馬鹿』トルストイ
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『人にはどれほどの土地がいるか』トルストイ

文豪トルストイの民話集から「イワンのばか」とともに、ロシアに伝わる古話らしい。小学生の頃に図書館から借りた時より、3.11以降となる現在読むと、心底ドキリとする結末が待ってた。

「人にはどれほどの土地がいるか」粗筋抜粋

ロシア農民の話。主人公パホームは小作農民で、商人などより安定した生活に暮して満足していた。
しかし「ただひとつ弱るのは、地面の足りないことだ! これで、地面さえ自由になったら、わしにはだれだってこわいものはないー悪魔だってこわかないよ!」と呟いた。
それを聞いて悪魔は「ひとつおまえと勝負してやろう。おれがおまえに地面をどっさりやろう。ー地面でおまえをとりこにしてやろう」と考えた。

近隣の地主が商人に土地を売却する話を聞き、一部の土地を買った。土地購入以降は家畜などの無断立ち入りなど、近隣住民と際限のない争いを惹起した。

「こうしてパホームは、土地は広く持ったけれども、世間を狭く暮らすようになってしまった」。

或る百姓が「ヴォルガのむこう」では移住すれば、広く豊穣な土地を分け与えられるという。移住したパホームは一人当たり3倍の土地を獲得する。やがて「だんだん住み馴れるにつれて、この土地でもまた狭苦しいような気がしてきた」。小麦生産の拡大を計ったが、自分の土地では足りず、他人の土地を借りる。土地の借用を巡ってて、またも近隣住民と競争する。

もっと広い土地を購入するのに物色はじめ、500デシャティーナの土地を1500ルーブリで買い取る。或る商人が1000ルーブリで5000デシャティーナの土地をパシキール人から買い取ったという。

その地に旅立ち到着すると、パシキール人は遊牧民で土地耕作していない。そこで贈物などして、気に入られるよう努めた。パシキール人は贈物に返礼したいというと、パホームは土地が欲しいと本音を語る。

パシキール人の村長は欲しいだけ土地をやる、その価格は均一で「一日分千ルーブル」と述べた。一人が一日歩き回った所を1000ルーブルで売るという。しかし条件は日没までに出発点に戻らなければならない。

<どうでもひとつ、できるだけ大きなパレスタイン(約束の土地)をとらなくちゃ>と彼は考える。一日かかったら、五十露里は廻るだろう。それに今は一番日の長い時だ。そこで周り五十露里の地面といえば、一体どれくらいになるだろう! そのうち悪いところは売るか、百姓たちに貸すかすればいい。そしていいところだけとって、そこに座り込むこととしよう。二頭の牝牛にひかせる犂をつくり、作男をふたりやとって、五十デシャティーナくらいを耕し、残りの地面で牧畜をやることにしよう。
ところが、その夜、パホームは夢をみた。パシキール人の村長、パシキール人の話をしていた商人、「ヴォルガの向こう」の話をしていた百姓が次々と夢の中に出てきた。

さらに見ると、それは例の百姓でもなく、角と蹄のある悪魔自身で、そいつがすわったまま腹を抱えて笑っているのだった。そしてその前には、シャツとずぼん下だけの裸足の男がひとりころがっている。パホームはなお側へ寄って、じっと見たーその男はいったい何者だろう? ところが、男はもう死んでいて、しかも彼自身である。パホームはぎょっとして、はっと目をさました。

夢から覚めると、もう朝で、パホームは、一日分の土地を計るために出発した。丘の上にある出発地点には、村長の帽子が置かれ、日没までにそこに戻ってこなければならなかった。
「いかにも地面がいいので、思いきるのは惜しいわい。おまけに、行けば行くほどよくなんだからたまらない。」ということで、とにかく大きな地面をとろうと必死にパホームは歩いた。途中で疲労し、眠気が襲ってきても、パホームは「一時間の辛抱が一生のとくになるんだ」といって歩き続けた。

さすがに日没が近づいてくるとパホームはあせり、出発地点に戻るために走り出した。

<ああ>と彼は考えた。<おれはあんまり欲をかきすぎた、ーもう万事おしまいだー日の入りまでには行き着けそうもない>…すると、なお悪いことに、こう思う恐れから、いっそう呼吸がきれてきた。パホームはただ走った。
(中略)
パホームは無気味になっては考えたー<あんまり夢中になって、死んでしまいはしないだろうか>
死ぬのはこわいけれども、立ちどまることはできなかった。<あんなに駈けまわりながら、いまになって立ちどまったら、ーそれこそばか呼ばわりされるだろう>こんなことを考えた。
ほぼ日没直前に、パホームは、出発地点にようやく近づいた。出発地点ではパシキール人たちが彼を急き立て、村長が両手で腹を抱えていた。

夢が思いだされ<土地はたくさんとったが>、<神さまがその上に住ませて下さるだろうか? おお、おれは自分を滅ぼした! とても走れまい>。
一度はあきらめかけたパホームであるが、なんとか日没時までには出発地点まで戻ってきた。しかし結末は、こういう有様であった。

パホームは勇を鼓して、丘へ駆けあがった。丘の上はまだ明るかった。パホームは駈けつけると同時に帽子を見た。帽子の前には村長がすわり、両手で腹を抱えて、あはあはと笑っている。パホームは夢を思いだし、あっと叫んだ。足がすくんでしまったので、彼は前のめりに倒れたが、倒れながらも両手で帽子をつかんだ。
「やあ、えらい!」と村長は叫んだ。「土地をしっかりおとんなすった!」
パホームの下男が駈けつけて、彼を抱き起こそうとしたが、彼の口からはたらたらと血が流れた。彼は死んで倒れていたのだった。
下男は土掘りを取り上げて、頭から足までかっちりと入るように、パホームのために墓穴を掘った。そして彼をそこに埋めた。

【FIN】

『トルストイ民話集 イワンのばか 他八編』<岩波文庫>中村白葉訳  より

「人は、たとい全世界を手に入れても、真の命を損じたら、何の得が ありましょう。その生命を買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。」新約聖書

不自由ない農民が土地に対する欲望を拡げて、結局、手に入れたのは自身の六尺身長の墓穴だけ。やがて其れも地上の一部分となって、何事もなかったように大地へ還元されていくのだった。

労働時間や私欲向上とは遠くにいた小学生には、ロシアの文豪トルストイが抱いていた忍び寄る「物質謳歌する金銭世界」への危機意識など、理解範疇を超える話であった。
posted by koinu at 09:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする