2020年09月29日

『電信柱と妙な男』小川未明

 ある町に一人の妙な男が住んでいた。昼間はちっとも外に出ない。友人が誘いにきても、けっして外へは出なかった。病気だとか、用事があるとかいって、出ずにへやの中へ閉じこもっていた。夜になって人が寝静まってから、独でぶらぶら外を歩くのが好であった。

 いつも夜の一時ごろから三時ごろの、だれも通らない町の中を、独りでぶらぶらと歩くのが好きであった。ある夜、男は、いつものように静かな寝静まった町の往来を歩いていると、雲突くばかりの大男が、あちらからのそりのそりと歩 いてきた。見上げると二、三丈もあるかと思うような大男である。

「おまえはだれか?」と、妙な男は聞いた。

「おれは電信柱だ。」と、雲突くばかりの大男は、腰をかがめて小声でいった。

「ああ、電信柱か、なんでいまごろ歩くのだ。」と、妙な男は聞いた。

 電信柱はいうに、昼間は人通おりがしげくて、俺みたいな大きなものが歩あるけないから、いまごろいつも散歩するのに定めている、と答えた。

「しかし、小男さん。おまえさんは、なぜ、いまごろ歩くのだ。」と、電信柱は聞いた。

 妙な男はいうに、俺は世の中の人がみんなきらいだ。だれとも顔を合せるのがいやだから、いま時分歩くのだ。と答えた。それはおもしろい。これから友人になろうじゃあありませんかと、電信柱は申し出でた。妙な男は、すぐさま承諾していうに、

「電信柱さん、世間の人はみんなきらいでも、おまえさんは好きだ。これからいっしょに散歩しよう。」といって、二人はともに歩き出した。

 しばらくすると、妙な男は、小言をいい出だした。

「電信柱さん、あんまりおまえは丈が高たかすぎる。これでは話づらくて困るじゃないか。なんとか、もすこし丈の低くなる工夫はないかね。」といった。

 電信柱は、しきりに頭をかしげていたが、

「じゃ、しかたがない。どこか池か河のふちへいきましょう。私は水の中へ入はいって歩くと、おまえさんとちょうど丈の高さがおりあうから、そうしよう。」といった。

「なるほど、おもしろい。」といって、妙な男は考えていたが、

「だめだ。だめだ。河ぶちなんかいけない。道が悪くて、やぶがたくさんあって困る。おまえさんは無神経も同然だからいいが、私は困る。」と、顔をしかめて不賛成をとなえだした。

 電信柱は、背を二重にして腰をかがめていたが、

「そんなら、いいことが思いあたった。おまえさんは身体が小さいから、どうだね、町の屋根を歩あるいたら、私は、こうやって軒について歩くから。」といった。

 妙な男は、黙ってうなずいていたが、

「うん、それはおもしろそうじゃ、私を抱いて屋根の上へのせてくれ。」

と頼みました。

 電信柱は、軽々と妙な男を抱き上げて、ひょいとかわら屋根の上に下しました。妙な男は、ああなんともいえぬいい景色だと喜こんで、屋根を伝って話ながら歩きました。するとこのとき、雲間から月が出て、おたがいに顔と顔とがはっきりとわかりました。たちまち妙な男は大きな声で、

「やあ、おまえさんの顔色は真っ青じゃ。まあ、その傷口はどうしたのだ。」と、電信柱の顔を見てびっくりしました。

 このとき、電信柱がいうのに、

「ときどき怖しい電気が通ると、私の顔色は真っ青になるのだ。みんなこの傷口は針線でつつかれた痕さ。」といいました。

 すると、妙な男は急に逃げ出して、

「やあ、危険! 危険! おまえさんにゃ触れない。」といったが、高い屋根に上っていて下りられなかった。

「おい小男さん、もう夜が明けるよ。」と、電信柱がいった。

「え、夜が明ける? ……」といって、妙な男は東の空を見ると、はや白々と夜が明けかけた。

「こりゃたいへんだ。」といいざま、電信柱に飛びつこうとして、またあわてて、

「や、危険! 危険!」と、後じさりをすると、電信柱は手をたたいて、ははははと大口開けて笑った。

「小男さん、私は、こうやっていられない。夜が明けて人が通る時分には、旧のところへ帰って立っていなければならんのだ。おまえさんは、独りこの屋根にいる気かね。」と、電信柱はいった。

 妙な男は困って、とうとう泣き出した。かれこれするうちに、人ひとが通り始はじめた。電信柱は、とうとう帰る時刻を後れてしまって、やむをえず、とてつもないところに突っ立って、なに知らぬ顔でいた。妙な男は独り、

「おい、おい、電信柱さん、どうか下してくれ。」と拝みながらいったが、もう電信柱は、声も出さなけりゃ、身動もせんで、じっとして黙っていた。通る人々は、みんな笑って、

「こりゃ不思議だ、あんな町の真ん中に電信柱が一本立っている。そして、あの屋根にいる男が、しきりと泣きながら拝んでいる。」

といって、あっはははと笑っていると、そのうちに巡査がくる。さっそく妙な男は、盗賊とまちがえられて警察へ連つれられていきましたが、まったくの盗賊でないことがわかって、放免されました。それからというものは、妙な男は夜も外へ出なくなって、昼も夜もへやに閉じこもっていました。そして、その電信柱も、いろいろ世間でうわさがたって、もう夜の散歩はやめたということであります。


底本「定本小川未明童話全集 1」講談社

19761110日第1刷発行

1982910日第7刷発行


《青空文庫》

https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1475.html


『電信柱と妙な男』小川未明怪異小品集 (平凡社 ライブラリー)

序(面影 ハーン先生の一周忌に/夜の喜び/北の冬)/

1 妖魔たち(電信柱と妙な男/角笛吹く子/赤い天蓋/兄弟の狩人/いろいろな罸)/

2 娘たち(朝の鐘鳴る町/靄につつまれたお嬢様/さまよえる白い影/砂漠の町とサフラン酒/島の暮れ方の話)/

3 少年たち(過ぎた春の記憶/秋逝く頃/迷い路/たましいは生きている)/

4 北辺の人々(大きなかに/老婆/櫛/抜髪/森の暗き夜)/

5 受難者たち(幽霊船/暗い空/捕らわれ人/血の車輪)/

6 マレビトたち(悪魔/僧/日没の幻影/薔薇と巫女)


小川未明(オガワミメイ)

1982(明治15)年新潟県生まれ。早稲田大学大学部英文学科を卒業。在学中、坪内逍遙やラフカディオ・ハーンの指導を受け、1904年、処女作『漂浪児』を「新小説」に発表し注目される。その後、雑誌「赤い鳥」(1918年創刊)をはじめとする児童文学興隆の気運に呼応して多くの童話作品を手がけたが、1926年、小説の筆を断ち、童話執筆に専念することを宣言する。以降、アナーキズム、人道主義に立脚する文学活動を展開、戦後は児童文学界の指導的役割を果たした。1953年文化功労者。主な作品に『金の輪』『赤い蝋燭と人魚』などがある。1961年没。

posted by koinu at 14:32| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする