
列車の中で恐ろしい事件が起きた。客車個室中で発見された女性の撲殺死体。その側頭部には深々と穴が開いていた。逮捕されたのは婦人の元恋人の画家で、持っていた傘によって凶行に及んだのではないかと思われていた。品行方正なモデルと魅力的な作品を描く画家の関係である。
容疑者の兄と弁護士から恐ろしい事件の解明依頼を、名探偵ソーンダイク博士は受けた。画家の絵を見ながら、現場路線の周りの様子を確認して調査に乗り出す。虚栄に満ちた陽気で無邪気な生活を、雄弁に語る婦人の哀れな遺品の数々。手がかりとなるのは、青いスパンコールと雄牛の肝。その手がかりを調べながら、導き出される結論を最後まで語らないのは名探偵の「特権」であろうか。
何時、何処で、どの様に殺されたのか、博士の推理プロセスがきわめて科学的に解明されていく。
現代科学の進歩によって若い読者の人たちには、科学捜査の作風が錆びれて感じられるのは致しかくないだろう。
大久保康男訳「ソーンダイク博士の事件簿」(創元推理文庫)ほか収録。
リチャード・オースティン・フリーマン(Richard Austin Freeman, 1862年4月11日 - 1943年9月28日)
イギリスの推理作家。物語の前半で真犯人を明かして、犯罪の過程を述べ、後半で完全犯罪のしくみをあばいていく「倒叙推理小説」形式を初めて試みた。
ジョン・イヴリン・ソーンダイク博士を主人公とした推理小説で人気を博した。その緻密な推理と科学的立証で、今日のミステリーの先駆的な存在として、新分野を開拓した。