
2020年07月28日
「商人」谷川雁
おれは大地の商人になろう
きのこを売ろう あくまでにがい茶を
色のひとつ足らぬ虹を
夕暮れにむずがゆくなる草を
わびしいたてがみを ひずめの青を
蜘蛛の巣を そいつらみんなで
狂った麦を買おう
古びておおきな共和国をひとつ
それがおれの不幸の全部なら
つめたい時間を荷造りしろ
ひかりは桝に入れるのだ
さて おれの帳面は森にある
岩蔭にらんぼうな数学が死んでいて
なんとまあ下界いちめんの贋金は
この真昼にも錆びやすいことだ
谷川雁(1923−1995)1961年に吉本隆明、村上一郎と思想・文学・運動の雑誌「試行」を創刊。1962年に松田政男、山口健二、川仁宏らが自立学校を企画して、吉本隆明、埴谷雄高、黒田寛一たちと講師となった。
蜂のように蜜と意味を
詩はいつまでも根気よく待たねばならぬのだ。人は一生かかって、しかもできれば七十年あるいは八十年かかって、まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。そうしてやっと最後に、おそらくわずか十行の立派な詩が書けるだろう。詩は人の考えるように感情ではない。詩がもし感情だったら、年少にしてすでにあり余るほど持っていなければならぬ。詩はほんとうは経験なのだ。(リルケ『マルテの手記』)

たとえば童の花を見ると、「可憐だ」と私たちは感ずる。それはそういう感じ方の通念があるからである。しかしほんとうは私は、董の黒ずんだような紫色の花を見たとき、何か不吉な不安な気持ちをいだくのである。しかし、その一瞬後には、私は常識に負けて、その花を可憐なのだ、と思い込んでしまう。文章に書くときに、可憐だと書きたい衝動を感ずる。たいていの人は、この通念化の衝動に負けてしまって、董というとすぐ「可憐な」という形容詞をつけてしまう。このときの一瞬間の印象を正確につかまえることが、文章の表現の勝負の決定するところだ、と私は思っている。」(本多勝一『日本語の作文技術』より)
2020年07月27日
「アデスタを吹く冷たい風」トマス・フラナガン(早川書房)
次は必ず見つけて、武器の密輸入者は射殺する……謹厳実直の士、テナントがくだした結論は?
「復刊希望アンケート」で二度No1に輝いた7篇収録の名短篇集、ついに初文庫化。
【収録作品】
アデスタを吹く冷たい風 The Cold Winds of Adesta
獅子のたてがみ The Lion's Mane
良心の問題 The Point of Honor
国のしきたり The Customs of the Country
もし君が陪審員なら Suppose You Were on the Jury
うまくいったようだわね This will Do Nicely
玉を懐いて罪あり The Fine Italian Hand
1961年に日本で独自に編纂されたトマス・フラナガンの短編集。
<ハヤカワ・ミステリ>叢書のうち復刊希望アンケートで1998年と2003年の二度も最多得票。
トマス・フラナガン
1923年、アメリカのコネチカット州に生まれる。「玉を懐いて罪あり」で「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」の年次コンテスト最優秀新人賞を受賞してデビュー。その後もテナント少佐を主人公にした「アデスタを吹く冷たい風」で同コンテストの第1位を獲得。1961年、日本で独自に編纂されて「ハヤカワ・ミステリ」から刊行され、同叢書の復刊希望アンケートで、1998年と2003年に二度、最多得票を得た
◆「アデスタを吹く冷たい風」
テナント少佐は国境を越えてアデスタ側へやってくるトラックが銃器の密輸をしてると睨んでで捜査を始める。だが運転手ゴマールが主張するには運んでいるのは葡萄酒だけ。樽には葡萄酒しか入っていない。果たして武器の輸入など存在しないことをどの様に突破するか?
◆「獅子のたてがみ」
テナント少佐はモレル大佐からある暗殺を命じられる。殺害対象はアメリカからの医師ロジャーズで、スパイ容疑がかかっている。少佐は部下のラマール中尉に射手を務めさせ、殺害後に少佐と中尉は審問官から尋問を受けるのだが。
◆「良心の問題」
戦時中にドイツの収容所に入れられていた男ブレーマンが射殺された。現場で取り押さえられたドイツ人のフォン・ヘルツィヒ大佐の尋問をテナント少佐が担当した。被害者の主治医であったアメリカ人医師コートンはフォン・ヘルツィヒを戦犯として合衆国政府に引き渡すべきと主張する。しかし将軍は国際問題化することを避けてフォン・ヘルツィヒ大佐を他国に逃亡させようとした。将軍の命を受けたテナント少佐は、フォン・ヘルツィヒ大佐を乗せた飛行機が離陸するまでの時間、コート医師に向けてある御伽噺を語って聞かせる。
◆「国のしきたり」
国境を超える列車の関税ジムを担当するバドラン大尉は特務機関から「ある種の物質」が密輸される恐れを知らされる。その情報を個別のルートで入手したチョーマン旅団長とテナント少佐が訪れ、バドラン大尉が次々と些細な密輸犯をとらえていく様子を観察してくのだが。
◆「もし君が陪審員なら」
3人目の妻を殺害した容疑で起訴されたカルヴィン・ラッドを弁護士アメリイは見事無罪にする。だがラッドの養父と3人の妻全員が不審死を遂げて、アメリイ自身が嫌疑をぬぐえない。財産目当ての殺人でもなさそうである。妻3人のうち2人は資産家でもなんでもないのだから。
◆「うまくいったようだわね」
ヘレン・グレンデルは自宅アパートで夫のアレックを射殺したあと、顧問弁護士のティモシイ・チャンセルを呼んだ。自分が裁判にかけられずに済む方法はないかと尋ねる彼女に、彼は精神錯乱や偶発的事故だったなどのシナリオを考えるが、どれもうまくいきそうにない。そこで強盗が侵入してきたという筋立てを考えるのだった。
◆「玉を懐いて罪あり」
15世紀、都市国家が群雄割拠するイタリア半島で、チェザーレ・ボルジアはフランス王ルイ12世に緑玉を献上する企図した。イタリア北方のモンターニョ伯が仲介役を引き受けるが、フランス側に渡る前に緑玉が伯の城内で盗難に遭ってしまう。ボルジア家によって派遣された使臣とフランス王の大使ヴィールフランシュ侯とが伯の城に集って見守る中、事件の中心人物に対して尋問が始まる。
<本格ミステリのファン、ハードボイルドのファン、江戸川乱歩が言うところの「奇妙な味」のファン、そして歴史ミステリのファンを、同時に満足させ得る短篇集は果たして存在するのだろうか。存在する、と私は考える。トマス・フラナガンの『アデスタを吹く冷たい風』(一九六一年七月、ハヤカワ・ミステリ刊)という実例があるからだ。(解説より)
テナント少佐の魅力は「面従腹背」ままの振る舞い。ブラウン神父を思わせる推理力と解決力、意外な犯人。旧仮名字が多いので、今の若い人たちが読みにくい翻訳となっている。
《本書タイトル「アデスタを吹く冷たい風」のプロローグ》
「ヘッドライトが見えました」
若い少尉がいった。「いよいよやってきます」
少尉は毛皮の襟をつけた大外套で、塵埃の条(すじ)がついているガラス窓から、山道のほうを見つめていた。
「ここまで、何分かかる?」
テナント少佐がきいた。
「国境線から五分。その間、監視の眼を逃がれることはできません。ライトは隠せませんから」
テナント少佐は、ポケットから葉巻を出して火をつけた。細巻の葉巻だ。風が哨舎を揺すって、たったひとつの窓を鳴らしている。
少佐は椅子にかけたまま、天井を見上げていた。石油ランプの黄いろい灯が、こころぼそげにまたたいている。その光に浮かび上った少佐の顔は、少尉の眼にも、ひどく老けたものに映った。こけた頬、うすいわし鼻、左の眼は、影にかくれている。
「いつもこんなに荒れるのか?」かれはたずねた。
「ちょうど荒れる季節ですが、今夜はまた特別に荒れるようです」少尉は答えた。「山あいを吹き下ろしてくるせいですか――アデスタおろしといわれるくらいでして」
宇野利泰 〔訳者〕
1909年生、1932年東京大学独文科卒、1997年没、英米文学翻訳家
ママは何でも知っている (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピーター・グリーンさん死去、73歳 英バンド「フリートウッド・マック」創設
(CNN) 英国の人気ロックバンド「フリートウッド・マック」の創設メンバーの1人でギタリストのピーター・グリーンさんが死去したことがわかった。遺族の法定代理人が25日明らかにした。73歳だった。
法定代理人は、安らかに息を引き取ったと述べた。数日内に新たな声明が発表されるともした。
グリーンさんはロンドン東部の出身で、1965年にエリック・クラプトンさんの後任のギタリストとしてバンド「ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ」に加入。同バンドではミック・フリートウッドさんがドラマーを担当していた。
グリーンさんとフリートウッドさんはこの2年後にフリートウッド・マックを結成。その後、ベーシストのジョン・マクビーさんも合流していた。
ブルースロックのギタリストとして他のミュージシャンに影響も与えたグリーンさんは、フリートウッド・マックのヒット曲の一部を作曲。この中には「アルバトロス」「ブラック・マジック・ウーマン」「マン・オブ・ザ・ワールド」が含まれる。
同バンドがアルバム3枚を発表した後の1970年にバンドを離れていた。フリートウッド・マックはこの後、メンバーを増やすなど再編成の道を歩んでいた。
グリーンさんは1998年、フリートウッド・マックの他のメンバーと共にロックの殿堂入りを果たしていた。
【CNN】
Black Magic Woman
もうなんにも見えない
俺いら悪魔になりかけてる
魔法の杖を目覚めさせてしまった
そうさ魔法をかけられて
俺の心は石になったのさ
「Abbey Lord」にも多大な影響を与えたグリーンの緩やかな名曲。
2020年07月26日
『超短編アンソロジー』(本間祐編/ちくま文庫)
その昔、木から落ちた時、青い梅の実は発心して梅法師となった。
昔いた横斜疎影の梅林を懐かしみ、訪ねてみたいと思う法師。暗い伊勢壺の底で今はしわくちゃになっていく。(一休「梅法師」)
首の穴が二つあいているセーターを手に入れた。どっちに首を出すかによって違った人生を送ることができるのだ。(江坂遊「ふた首穴のセーター」)
二つ折りの恋文が、花の番地を捜している。(ルナール「蝶」)
96年パスカル短篇文学新人賞優秀賞を受賞して、500字程度の「超短編」ジャンルで主に活躍してきた本間祐が編んだ、初の国産「超短編」アンソロジー。
超短編アンソロジー 【目次】
お話 マザーグースより 11
I 夢見
夢見るゴキブリ アウグスト・モンテローソ 14
或る晩のこと 宇野千代 15
二月 尾形亀之助 17
夢の門 ホメロス 18
魂結び 伊勢物語より 19
塔に昇る夢 高山寺明恵上人行状より 20
夢ノの鹿日本書紀より 22
イソポ、二人の侍、夢物語のこと 伊曾保物語より 23
飛ぶ男 本間祐 26
夢を買うた男 日本昔話より 28
II ノンセンスの微笑
春 安西冬衛 34
黒猫のしっぽを切った話 稲垣足穂 35
ボートを漕ぐ不思議なおばさん 辻柾夫 36
自転する男 岡崎弘明 38
アレクサンドロス大王 フランツ・カフカ 40
小説 A・ビアス 41
南泉、猫を斬る 無門関より 43
疱瘡を患った子を化け物と思った事 御伽物語より 45
雨乞ひに乙女を人身御供 明治の朝日新聞より 47
梅法師 一休 49
主君が宗旨を尋ねた事 浮世物語より 50
強情者だよビエッラの人は イタリア民話より 52
蛙の雨 ヘーベル 54
眼鏡 ユダヤ笑話より 56
目を覚まして眠っていた百姓のこと イェルク・ヴィクラム 58
病気見舞い 日本昔話より 60
どっこいしょ 日本昔話より 62
定期券 桂枝雀 65
ふた首穴のセーター 江坂遊 66
足 マザーグースより(北原白秋訳) 67
代名詞の迷宮 ルイス・キャロル 69
路上の偽騎士 イギリス物語歌より 72
ちよつとした奇蹟 竹中郁 75
牛乳 村上春樹 76
夏は夜 高階杞一 78
III 愛してる愛してない
離魂病 狂歌百物語より(小泉八雲英訳) 82
母恋餓鬼 寺山修司 83
妖精の子供 サミュエル・ラヴォー 84
蝶 ルナール 88
弟子 オスカー・ワイルド 89
王威 アルチュール・ランボー 91
梨の花の揺れた時 吉行理恵 92
小オキキリムイが自ら歌った謡「クツニサ クトンクトン」アイヌ民謡より 94
蚊 シベリア民話より 97
おめでとう 川上弘美 99
紀元節 夏目漱石 103
第十七夜 アンデルセン 105
IV この世界
万物創造 マヤの神話より 108
果ての国 列子 111
十二月三十日、日曜日 ラス・カサス神父 113
風ーー大地をめぐる、空気の運動。 プラトン 115
海 千田光 116
そのものの名を呼ばぬことに関する記述 谷川俊太郎 117
みかんの中の楽しさーー巴きょう人 牛僧孺 119
幸福 辻まこと 124
フジヤマ アルフレッド・ジャリ 126
左と右 安野光雅 128
地上楽園 芥川龍之介 131
どこへでも此の世の外へ ボードレール 134
造船所のイソップ 137
小さな寓話 カフカ 139
離陸 田木繁 140
声 W・B・イエイツ 142
すっぽんの鳴き声 寺田寅彦 144
生命に就て 稲垣足穂 146
V 生き物たち
けんか きたやまようこ 150
鷄鳴 内田百間 152
死なない蛸 萩原朔太郎 155
河童 柳田國男 157
大道芸術女砂文字の死 篠田鉱造 159
おまつり 本間祐 162
狼と小羊 ラ・フォンテーヌ 163
ピュタゴラス ディオゲネス・ラエルティオス 166
黄帝 列仙伝より 169
大気都比売神 古事記より 171
絵師 逸名 172
曹操 世話新語より 176
蛇にとつげる女を医師がなおした話 今昔物語より 177
蛇 ルナール 179
猟師 クルイロフ 180
黄色い詩人 谷川俊太郎 182
ある男と無花果 小川未明 184
【あずまおとこときょうおんな】別役実 186
ち、畜生のかなしさ。 太宰治 187
樹 入沢康夫 189
変身 寺山修司 190
人間は野獣よりもっと悪い スウェーデンボルグ 192
大正七年正月七日 永井荷風 194
九月十四日 曇 正岡子規 196
剥製の白鳥 芥川龍之介 197
頭がない 尾形亀之助 199
トゥルーデおばさん グリム童話より 200
二人の浮浪者の話 安部公房 203
天狗の落とし文 筒井康隆 204
解説 206 作者と作品 213
本間祐(ほんまゆう)
作家。96年「くろ」でパスカル短篇文学新人賞優秀賞受賞。幻想的な短編小説を書きつつ、超短編の創作と普及に努める。著書に『超短編SENGEN』(澪標)。産経新聞(西日本版)に『本間祐の超短編劇場TANTANボップ!』『本間祐の超短編レッスン』連載。
《帯》
わずか数行の小説たち
筒井康隆、村上春樹、川上弘美などの短くて面白い作品95編を収録
《奥付》
超短編アンソロジー
二〇〇二年九月十日 第一刷発行
編者 本間祐(ほんまゆう)
発行者 菊池明郎
発行所 株式会社筑摩書房
定価720円+税
「死なない蛸」
或る水族館の水槽で、ひさしい間、飢ゑた蛸が飼はれてゐた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた玻璃天井の光線が、いつも悲しげに漂つてゐた。
だれも人人は、その薄暗い水槽を忘れてゐた。もう久しい以前に、蛸は死んだと思はれてゐた。そして腐つた海水だけが、埃つぽい日ざしの中で、いつも硝子窓の槽にたまつてゐた。
けれども動物は死ななかつた。蛸は岩影にかくれて居たのだ。そして彼が目を覺した時、不幸な、忘れられた槽の中で、幾日も幾日も、おそろしい飢饑を忍ばねばならなかつた。どこにも餌食がなく、食物が全く盡きてしまつた時、彼は自分の足をもいで食つた。まづその一本を。それから次の一本を。それから、最後に、それがすつかりおしまひになつた時、今度は胴を裏がへして、内臟の一部を食ひはじめた。少しづつ他の一部から一部へと。順順に。
かくして蛸は、彼の身體全體を食ひつくしてしまつた。外皮から、腦髓から、胃袋から。どこもかしこも、すべて殘る隈なく。完全に。
或る朝、ふと番人がそこに來た時、水槽の中は空つぽになつてゐた。曇つた埃つぽい硝子の中で、藍色の透き通つた潮水(しほみづ)と、なよなよした海草とが動いてゐた。そしてどこの岩の隅隅にも、もはや生物の姿は見えなかつた。蛸は實際に、すつかり消滅してしまつたのである。
けれども蛸は死ななかつた。彼が消えてしまつた後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに[#「そこに」に傍点◎]生きてゐた。古ぼけた、空つぽの、忘れられた水族館の槽の中で。永遠に――おそらくは幾世紀の間を通じて――或る物すごい缺乏と不滿をもつた、人の目に見えない動物が生きて居た。(萩原朔太郎)
2020年07月25日
私の中の『瞬間の王』は死んだ
谷川雁「天山」
みんな嘘だ
なかばくずれた修辞の窓から
ありもしない季節が呼んだだけなのだ
認識は放浪のつぎに来た
長い祈祷のあとで
青ざめてゆく森があった
自らのかがやきに撓みながら
村は燃えようとしたが果さなかった
「或る光栄」谷川雁
おれは村を知り 道を知り
灰色の時を知った
明るくもなく 暗くもない
ふりつむ雪の宵のような光のなかで
おのれを断罪し 処刑することを知った
「東京へゆくな」谷川雁
ふるさとの悪霊どもの歯ぐきから
おれはみつけた 水仙いろした泥の都
波のようにやさしく奇怪な発音で
馬車を売ろう 杉を買おう 革命はこわい
なきはらすきこりの娘は
岩のピアノにむかい
新しい国のうたを立ちのぼらせよ
つまずき こみあげる鉄道のはて
ほしよりもしずかな草刈場で
虚無のからすを追いはらえ
あさはこわれやすいがらすだから
東京へゆくな ふるさとを創れ
おれたちのしりを冷やす苔の客間に
船乗り 百姓 旋盤工 坑夫をまねけ
かぞえきれぬ恥辱 ひとつの眼つき
それこそ羊歯でかくされたこの世の首府
駈けてゆくひずめの内側なのだ
谷川雁
詩人,評論家。本名厳。熊本県生れ。東大社会学科卒業。戦後,西日本新聞社の記者となるが,労働争議を指導し解雇。
詩集《大地の商人》(1954年)《天山》(1956年)を刊行。
1958年,森崎和江,上野英信らと福岡県中間市で《サークル村》を創刊する一方,積極的に反体制運動を展開,1950年代末の三池闘争(三池争議)に加わり,大正炭鉱を拠点に大正行動隊を組織して活動した。
1960年《定本谷川雁詩集》を刊行,詩作を断つと宣言。「私の中の『瞬間の王』は死んだ」
1962年松田政男、山口健二、川仁宏が「自立学校」を企画して、吉本隆明、埴谷雄高、黒田寛一たちと講師となった。
評論集に《原点が存在する》《工作者宣言》《戦闘への招待》など。その思想は,1960年代の反体制思想に大きな影響を与えた。1980年代には教育グループ〈十代の会〉〈ものがたり文化の会〉を主宰した。
谷川雁『汝、尾をふらざるか 詩人とは何か』(思潮社 詩の森文庫、2005年)
なぜなら俳句がつきあたれなかった近代思想の核にともかくも接触したのが現代詩であり、それは異文明をみつめてふっと黙ったカナリアの内なる〈唖〉の自己表出とみなせますから。すぐれた現代詩は一種の〈手話〉だとはいえませんか。現代詩の過去になんらかの名誉があたえられるとするなら、日本語の総体が異なる核にふれたときの戦慄と沈黙の体現者であろうとしたという側面以外には考えられません。現代詩は根源的に無声であるよりほかないものです。朗読してかっこうのいい作品など、それだけで凡作の容疑をかけてしかるべきです。むろん詩であるかぎり内的な音楽は必至です。しかし無声の激しさにおいて、現代詩は俳句の地点にとどまることはできません。ここであなたは定型といわれる。するとその定型なるものは、短歌はもちろん俳句よりも深く無声であって、かつ外在する定型ということになりますか。であれば饒舌の見本市というよりほかはない現在の作品群にたいする痛棒として、その限りにおいて私はあなたの提唱に今日的意味をうけとります。(p.173)「飯島耕一――定型のはじめや声のなき葬り」より
詩は青春の文学と関根弘が古めかしい定理をもちだしたら、それなりに賛否の波紋が起こるのだから、日本の詩の世界はやはり芭蕉がたたずんだ池くらいの広さかなあと思っています。青春の文学、あたりまえのことでしょう。ぼくなら詩は二十五才と五十才、あとはお休みという風に言ったらよいと思います。どうみても中年の文学ではありませんよ。これは、問題は青春を保持することのむつかしさではなく、ヴァレリイが言ったように、成熟することの困難さでしょう。いま詩を書いている御老人たちはいずれも酸っぱいくだもので、熟れそこなったからあわてて日光を吸いこんでいるのにまちがいありませんが、それはまあ日本の文明と平行している次第ですから、ぼくはむしろこういう議論を支える気分や傾向がいかにも青春くさいのにあまり気乗りしない拍手を送って、すやすや眠ることにします。(p.202) 谷川雁語録「ハガキ批評」より
いったい「分からない」とはどういうことか。相手の思想に触ることができないということではないか。それなら黙っておればよいのだ。無縁なものには攻撃する必要もなければ防衛する必要もない。にもかかわらず「分からない」とわめき、つぎには「分かりたい」とにじりよってくるのは、ほうっておけば自分が危いという感覚に責められるからだ。
つまり分からないものからさっさと立ち去ることことをせず、なおも分からないと発言する者は彼の小さな所有地が無事に保たれるのを確認したがっているのである。(p.202)谷川雁語録「分からないという非難の渦に」より
覚醒したら前進ばかり
2020年07月24日
『土中環境』高田宏臣〔建築資料研究社〕

「忘れられた共生の眼差し、よみがえる古の技」
https://www.atpress.ne.jp/news/216651
たくさんの図版と写真で、いきものとして水脈が、大地のネットワークとして解説される。
2020年07月23日
自分の土地を耕す農夫は、いくら苦労があっても幸福だ
「幸福があるところに笑顔があるのでなく、笑顔があるところに幸福が来る」
「未来に幸福が見えているなら、すでに幸福である」
「真の音楽家とは音楽を楽しむ者であり、真の政治家とは政治を楽しむ者である」P54
結局のところ、上機嫌など存在しないのだ。気分というのは、正確に言えば、いつも悪いものなのだ。だから、幸福とはすべて、意思と統御によるものなのである。P94
幸福とは、報酬など求めなかった者たちのところに突然やってくる報酬である。P98
最終章93〈誓うべし〉。
“悲観主義は感情で、楽観主義は意志である。”
『アラン幸福論 NHK「100分de名著」ブックス』(合田 正人)より
2020年07月22日
『青い箱と紅い骸骨』稲垣足穂
稲垣足穂の初期作品集。巻頭に著者の絵画作品「新婚旅行」「月の散文詩」「吸引と反撥」「明方の誘惑」をカラー掲載。表題短編小説ほか下記の全13篇を収録。
【収録作品】
青い箱と紅い骸骨
七話集
北極光 Aurora borealis
星澄む郷
矢車菊
薄い街
或る小路の話
美しき穉き婦人に始まる
菟
地球
愚かなる母の記
底なしの寝床
「足穂地獄に堕ちる楽しさ」野坂昭如
角川書店1972年(定価1800円)
山と海のあいだの斜面にその都会はあるが、山も西方になると急に低まって、起伏する無数の丘々の重なりになってしまう。
……西方に較べると、もう本当の山懐に属している部分だから、そこから海まで狭くなって、傾斜も急なので、夕方など山際の高い煙突から吐き出された、白い、しめっぽい煙が、ずっと下方の人家のあたりまでただようてきて、風向きによると、数時間も各戸の庭や座敷を閉じこめてしまうことがある。……
「青い箱と紅い骸骨」より
「私は数年この方、毎夜おびただしい汗をかいた。文字は書けなかった。口辺をゆがめるとピクピクと痙攣が起った。ともすると涎が垂れたし、手摺に掴らないことには階段の昇降が覚束なかった。ただの歩行にすら杖の必要を感じる場合があった。両眼は五月幟の鯉のように真赤であった。」
「これまで暗闇に向った時にだけ見えた巴形にくるくる旋転するものが、いまは白昼の到る所に重なり合って廻っていた。時間観念が失われて、昨日のことか今日の話か、一年前にあったことなのか判別がつかなくなっていた。私は悪夢には慣れっこになっていた。からだじゅうがぶくぶく波を打って動いて、えたいの知れぬ者がいっぱい皮膚の下に蠢いているのだ。小形の蛇に似た毒虫のように思われた。それらはどうかしたはずみに皮膚を食い破って、サソリに似た鎌首を擡げる。間一髪を狙って、私は割箸のようなものに噛みつかせて引張り出そうとするが、たいてい失敗に終った。虫は箸先を外して再び皮下にもぐりこむのである。また、全身に紅葉模様になって赤い瘡蓋が出来ていた。それは乾いて剥離しかけているが、引きはがすわけに行かぬ。たいへん苦痛である上に、皮膚を壊って新たなかさぶたを作るであろうからだ。――我が腕や脚や脇腹がたてに裂けて、解剖模型のような内部が見えていたことがある。其処には、潜水艦内のパイプのように絡み合った青と赤の血管や骨格のあいだに、奴豆腐みたいなものがきれいに並んで詰っていた。」
「美しき穉き婦人に始まる」より
2020年07月20日
NHK特集『シルクロード』BS再放送
BSプレミアム〔月・火・水曜日18時放送〕
NHK特集『シルクロード −絲綢之路−』
語り 石坂浩二
音楽 喜多郎
唐の都・長安(西安)は、シルクロードによって結ばれた東西文明交流の坩堝(るつぼ)であった。秦の始皇帝の地底宮殿から発見された数千体の兵馬俑坑(へいばようこう)、シルクロードの開拓者・張騫(ちょうけん)の墓、高宗と則天武后が眠る世界最大の墓・乾陵(けんりょう)、中国に仏教を伝えた玄奘(げんじょう)法師が建立した興教寺やイスラム教寺院など西域文化の遺跡を巡り、かつての国際都市・長安を詩情豊かに描く。
https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010244_00000
NHK特集『シルクロード −絲綢之路−』
各回のタイトル
1980年4月7日 第1集 遥かなり長安
1980年5月5日 第2集 黄河を越えて〜河西回廊1000キロ〜
1980年6月2日 第3集 敦煌
1980年7月7日 第4集 幻の黒水城(カラホト)
1980年8月4日 第5集 楼蘭王国を掘る
1980年9月1日 第6集 流砂の道〜西域南道2000キロ〜
1980年10月6日 第7集 砂漠の民〜ウィグルのオアシス・ホータン〜
1980年11月3日 第8集 熱砂のオアシス・トルファン
1980年12月1日 第9集 天山を貫く〜南疆鉄道〜
1981年1月5日 第10集 天山南路・音楽の旅
1981年2月2日 第11集 天山北路〜天馬のふるさと〜
1981年3月2日 第12集 民族の十字路〜カシュガルからパミールへ〜
出演(同行取材)陳舜臣、井上靖、司馬遼太郎ほか
フィンランド人の幸せの秘訣
国際連合による世界幸福度調査で、フィンランドが3年連続で幸福度の最も高い国に選ばれた。
https://diamond.jp/articles/-/233290
フィンランド人の幸せの秘訣はどこにあるのでしょう。
フィンランド人の生活は「自分の時間」「家族との時間」「自然の中にいる時間」を大切にして、日常的に時間を大切に使っている。
恩沢に慣れて、有難さを忘れる
「いろは異見」
いかに子供よ聞きたまえ
ろくに手習 ひせぬ人は
恥をかくこと多いぞよ
逃げかくれして悪だくみ
本の性根に元づかず
へらずクチのみたたきつつ
兎角終いは口答え
人は兎角すると、太陽や空気や水などの天地万物を蔑にして、生活環境を取巻く一切に恵まれ過ぎる。
恩沢(おんたく)に慣れて有難さを忘れてしまい、物質的な己周辺のみ幸福を願い、眼前の利益だけを追う見苦しさを曝け出してしまう。
2020年07月19日
タロットカードの星座と天体
無意識のうちにザリガニが、這い上がる世界。ふたつの塔に挟まれた月の変化とは?
タロット占い方のページ。
http://penguintarot.seesaa.net/
《タロットカードの星座と天体》
T魔術師 双子座・処女座(水星)
U女教皇蟹座(月)
V女帝 牡牛座・天秤座(金星)
W皇帝 牡羊座(火星)
X法王 牡牛座(金星)
Y恋人たち 双子座(水星)
Z戦車蟹座(月)
[力 獅子座(太陽)
\隠者 乙女座(水星)
]運命の輪 射手座(木星)
]T正義 天秤座(金星)
]U吊し人魚座(海王星)
]V死神蠍座(冥王星)
]W節制射手座(木星)
]X悪魔山羊座(土星)
]Y塔 牡羊座(火星)
]Z星 水瓶座(天王星)
][月魚座「海王星)
]\太陽獅子座(太陽)
]]審判蠍座(冥王星)
]]T世界 山羊座(土星)
0 愚者水瓶座(天王星)
《不正は正すべきか》
「LA JUSTICE」の天秤は平衡を保とうとします。正義というより「公平」。剣は、違法を罰する力。
人は生きる上で様々な想いを重ねるので、天秤は揺れます。昂まりと鎮まり、昇りと降り、喜びと苦しみ、得ることと与えること。
そして「公平」も「法」も、時代と社会その時々の価値観で揺れ動くもの。
8番のカードはただ厳しく罰する正義ではなく、慈悲も含んでいるのでしょう。
と、いうことで、ピクトスタイルのペンギンタロットでは、剣は少しだけ傾いています。天秤は、穏やかな和を願って、左右の違いはほんの少しだけ。
タロット解説
http://zerogahou.cocolog-nifty.com/photos/22/
「さぁて、身軽に行こうかなぁ」
善が存在すれば悪はなおさら悪く、悪があれば善はなおさら美しい。いや、おそらく――これには論議の余地があろうが――もし善がなければ悪はまったく悪ではないだろうし、悪がなければ善も善ではないであろう。
(トーマス・マン『ファウスト博士』関泰祐・関楠生訳)