2020年06月30日

柳本々々「なんか、その霊の話、すっごく、こわれてない?」

毎日歌壇:加藤治郎・選 

◎あがってきてはだかで冷蔵庫あけ、わたしはすごい風のベランダ 

東京 柳本々々

【評】短い時間が流れている。バスルームを出てベランダにいる。「すごい」という気分に根拠はないのだろう。


毎日新聞 https://mainichi.jp/articles/20200629/ddm/014/040/036000c

特選



「この電車ちがう!」と言ってぼくの手をとってひっぱりだす女の子 柳本々々

(日経新聞・日経歌壇2018年9月20日穂村弘 選)



髪を撫でつけた店員がわたしのもとにやってきて、レジをしめちゃうんでこれから三十分は会計できないんですけどいいですよね、わたしは、反射的に、はい、と答え、すぐあとに、わたしはここにこれから三十分じっとしているのか。三十分ここにいろっていわれたなんてなんだかすさまじいきがして、

(柳本々々「三十分」『現代詩手帖』2018年10月号、松下育男・須永紀子 選)



夜の秋コンビニエンスストアに木 柳本々々

(東京新聞・東京歌壇2018年9月23日小澤實 選)



つむってるからどんな器具がつっこまれてるかわからない歯の治療


なんでわたしを愛することをやめないんだろうときいたことがある


(柳本々々「かわいい青年」『かばん』2018年10月号)



シンポジウムのときは雲をみているあたまに濡れた髪がはりつく


ぱふぱふってなんですかねTシャツを干すとき仰ぐまばゆい光


(柳本々々「この子できないのかな?」『かばん』2018年9月号)


おかじょうきのブログタグ→http://okajoki.com/senryublog/



柳本々々「なんか、その霊の話、すっごく、こわれてない?」 『文學界』2019年9月号掲載


〈「なんであの幽霊は、わたし、っていったんだろ」「ゆるされたかったんじゃないかな、だれかに」〉柳本々々「幽霊の主語はわたし」『現代詩手帖』2020年6月号


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2020年06月29日

『赤星鉄馬 消えた富豪』 与那原 恵(中央公論新社)

武器商人として活躍した父から受け継いだ莫大な資産を惜しみなくつぎこみ、日本初の学術財団「啓明会」を設立し、柳田国男ら錚々たる学者の研究を支援。 

アメリカからブラックバスを移入し釣りの世界で名を馳せ、弟たちと日本のゴルフ草創期を牽引。 

樺山愛輔や吉田茂をはじめとする華麗なる人脈を持ちながら、ほとんど何も残さずに世を去った実業家、赤星鉄馬。 

評伝に書かれることを注意深く避けたかのようにさえ見える、その謎に満ちた一生を追った本格ノンフィクション。

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与那原恵 

一九五八年東京都生まれ。九六年、『諸君!』掲載のルポで編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞。二〇一四年、『首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』で第二回河合隼雄学芸賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。他の著書に、『物語の海、揺れる島』『もろびとこぞりて』『美麗島まで』『サウス・トゥ・サウス』『まれびとたちの沖縄』『わたぶんぶん わたしの「料理沖縄物語」』などがある。

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与那原恵『赤星鉄馬 消えた富豪』(中央公論新社)令和元年11月刊行。


成歓農場は大正4年鉄馬が朝鮮に創設した農場である。朝鮮陶磁器を愛した五郎の述懐が載っている。


(略)

やきものについては、大正の終わりごろ、青山民吉[美術評論家で民芸運動の同伴者。弟が美術評論家で骨董蒐集家の青山二郎]君と同行し、京城で浅川伯教さんにお眼にかかったのが縁のはじめであった。(略)亡父の数多い道具の処理に手を焼いていた母から、私たちの骨董癖をつよく戒めてきた。

(略)(赤星五郎・中丸平一郎『朝鮮のやきもの 李朝』)


「亡父の数多い道具」とは、父弥之助が蒐集した茶道具で、大正6年入札会が開かれ、その入札金の一部が、啓明会の創設資金となった。与那原著によると、五郎の朝鮮陶磁器コレクションのほとんどは、安宅コレクション(安宅英一)に帰したという。


赤星陸治

三菱(資)参与・地所部長

明治7年1月生、熊本県八代郡の旧家下山群太の二男

同県士族赤星家の養子となり、35年家督相続。34年東京帝国大学法科大学政治科卒業後、三菱合資会社入社

長男平馬(明治39年11月生)


幻の邸宅 レーモンド建築の旧赤星邸を見学 : 吉祥寺

http://blog.livedoor.jp/go_wild/archives/52555296.html

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雲のなかにワンワンがいる?

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2020年06月28日

Perfume Genius - "On The Floor" (Official Music Video)

パフューム・ジーニアス最新アルバム『Set My Heart On Fire Immediately』。


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パーソナルな歌詞と叙情的なピアノの音色に、重なる儚くも美しい歌声。


https://youtu.be/ln4S83JeY2Y


「恋とは、本人や、恋い焦がれている相手に関係なく、独立して存在が可能なもの。そのファンタジーは、独自の世界のように感じられ、恋に熱中すると、本人が憧れている人をモニュメントに仕立て上げてしまい、そのモニュメントは実際の相手とあまり関係が薄くなり、むしろ愛という概念自体や、愛がどのようにして癒してくれたり、静めてくれたり、火をつけてくれたりという愛の影響がより強みを帯びてくる。その狂ったようなさま、欲望の単独行動というものを表現したかった。でも、お互いと共有できる重要な何かがあるという真の温かみと信条という核の部分も残したかった。」ー Perfume Genius

https://youtu.be/vAoWMJTClqo


LAでレコーディングされたアルバムは前作と同じく、グラミー賞ノミネート・プロデューサーのブレイク・ミルズが務めて、セッション・ドラマーとして世界中で知られるジム・ケルトナーや、数多の著名バンドでの演奏経験があるベーシスト、ピノ・パラディーノらが参加。

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『Set My Heart On Fire Immediately

Tracklist

01.Whole Life

02.Describe 

03.Without You

04.Jason

05.Leave

06.On the Floor

07.Your Body Changes Everything

08.Moonbend

09.Just a Touch

10.Nothing at All

11.One More Try

12.Some Dream

13.Borrowed Light


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2020年06月27日

『他人を平気で振り回す迷惑な人たち』片田 珠美 (SB新書)


『他人を平気で振り回す迷惑な人たち』片田 珠美 (SB新書)


上司・同僚・お局・ママ友・SNS・姑・友人・親きょうだい…

周りに潜む「害になる人」の精神構造 


「自分は特別だと考え、多少のことは許されると思っている人」 

「支配欲が強く、自分の思い通りにならないと気がすまない人」 

「うわべはいいのに陰で他人を攻撃する人」 

「巧妙な言い逃れで真実を歪める人」…… 


このように周囲を「平気で振り回す人」が今、増殖している。 

振り回される側は、翻弄され、気疲れするばかりか、 こちらに非があるかのごとく思い込まされることすらある。 

今や、職場や家族、友人、ママ友、SNS等での厄介な問題と言える。 


本書では相談者による職場や家庭などの豊富な実例を取り上げ、 25万部ベストセラー『他人を攻撃せずにはいられない人』 

気鋭の精神科医が背景とともに深層心理に鋭く迫る。 


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収録内容

1 第1章 「他人を平気で振り回す人」が増殖する現代(振り回す人とそれに支配されるイネイブラー

2 相手を道具としかみなさない人 ほか)

3 第2章 誰でもちょっとだけ振り回す人になり得る(うわべがいい人が送る二重のメッセージ

4 巧妙な言い逃れで真実を歪曲する人 ほか)

5 第3章 「他人を平気で振り回す人」の精神構造(自分自身を過大評価する

6 自分は何でもできるという万能感 ほか)

7 第4章 振り回されやすい人の責任(劣等感がもたらす低い自己評価

8 困難な状況に置かれている ほか)

9 第5章 もう振り回されないための処方箋(自分を振り回す人から好かれる必要はない

10 自分一人の影響力なんてたかが知れている ほか)


「あとがき」より 

新たにアメリカの大統領に就任したドナルド・トランプ氏の言動を見ていると、他人を平気で振り回す人の典型だと痛感する。 

記者会見で、特定のメディアの記者に「あなたの会社はひどい。質問させない。あなたのところは偽のニュースだ」と叫んで質問をシャットアウトしたり、ツイッターで、メキシコに生産拠点を置く自動車メーカーへの批判を繰り返したりして、とにかく自分の思い通りにしないと気がすまないようだ。それでも、世界最強の国のトップとして絶大な権力を握っているだけに、無視するわけにはいかないのか、大手自動車メーカーの中には、メキシコへの工場の移転計画を撤回したところもある。 

こうした現状を目の当たりにすると、他人を平気で振り回す人が迷惑なのは、権力や影響力を持っているからだとつくづく思う。トランプ氏が何と言おうと、彼に権力も影響力もなければ、「うるさいおっちゃん。ちょっと静かにしたら」と心の中でつぶやきながら無視すればいいのだが、権力者であるがゆえに、その発言に耳を傾けないわけにはいかない。だからこそ、迷惑なのだ。 

程度の差はあれ、他人を平気で振り回す人が迷惑なのは、同じ理由による。知らないおっちゃんが近所の路上で何かを叫んでいても、自分と関係なければ、目を合わせないようにして通り過ぎればいい。あるいは、口うるさいおばちゃんがいても、自分に矛先が向けられない限り、挨拶だけしていればいい。だが、上司や同僚だったり、友人や恋人だったり、親や配偶者だったりして、何らかの形で関わらないわけにはいかないからこそ、悩みの種になる。 

誰かに振り回されるのを極力避けたいのか、他人との関わりをできるだけ避けようとする人が、とくに若い世代に増えているらしい。こうした流れの中で非婚化が進んでいるのかもしれないが、これは孤立と表裏一体である。そして、孤立が振り回されやすい要因の一つであることは、第4章で指摘した通りである。したがって、誰にも振り回されまいとして他人との関わりを避けることが、皮肉にも振り回される一因になり得ることを理解しなければならない。そのうえで、他人との賢い関わり方を習得すべきだ。本書がその一助になれば幸いである。 


著者について

片田 珠美

精神科医。広島県生まれ。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生としてパリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。DEA(専門研究課程修了証書)取得。パリ第8大学博士課程中退。

精神科医として臨床に携わり、臨床経験にもとづいて、犯罪心理や心の病の構造を分析。社会問題にも目を向け、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析的視点から研究。 『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)は話題を呼び、大ベストセラーとなる。『プライドが高くて迷惑な人』『すぐ感情的になる人』(以上、PHP新書)など著書多数。

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「他人は他人、自分は自分」

人は人、自分は自分」

1. 「人と比べること」をやめる
2. 
「人に合わせること」をやめる
3. 
「人の目を気にすること」をやめる


いつも人と自分を比べて「勝った/負けた」「優れている/劣っている」と繰り返している。

「みんながそうしているから」と人に合わせて、その方向に進もうとするのが、不幸の始まり。

それは自分を抑えることになるだけでなく、うまくいかなかったときに、相手を恨むようにもなる。

「他人は他人、自分は自分」

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2020年06月26日

ピクトグラム図案風タロット

シンボリズムを極めて、深い意識下の世界から、俊敏なメッセージを詠むパワーカード。
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シンボリズムを極めて、深い意識下の世界から、俊敏なメッセージを詠むパワーカード。
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ピクトグラム図案風タロット
は、秘法22枚組のみ限定印刷。
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潜在意識に共鳴するカードを手にすると、あなたの世界が変わります。
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ペンギンタロットを使用した、占い方のページ。
限定制作カード格安販売中。

http://penguintarot.seesaa. net/

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仮にあなたがあと一年しか生きられないとしたら、何をして過ごしますか?その結論から、あなたが好きなことは何で、やりたいことはなんだと思いますか?

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posted by koinu at 15:00| 東京 🌁| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユーチューブ「Sai no Kawara」

「Sai no Kawara」に男性が自ら手がけたアニメーション。ヘッドホンで音楽を聴きながら勉強机に向かう男性。窓辺から線路と、川向かいに大学群が見える。題名や曲と重なりあう風景だ=ユーチューブから


ユーチューブで「Sai no Kawara」(動画URLはhttps://www.youtube.com/watch?v=rmeI_Qk1rrk別ウインドウで開きます)が配信されると、「『えっ、あの人?』と思わず声が出てしまいました」などとツイッターでも話題に。約1週間で再生回数は28万回を超えた。



32歳、音楽をやめ医学部を目指す


仲間たちとシェアハウスで共同生活しながら、音楽活動を続けてきたある男性。30歳を過ぎ、音楽をやめて医学部受験を考え出すところから物語は始まる。


32歳 あてのない仄暗い未来

その先に光当てるのは自分次第

目指してみようか 医学の道 それは茨の道

開館から閉館まで図書館にこもり、予備校には通わず独学で猛勉強。模試では毎月のように自己ベストを塗り替え、成績は順調に上がっていく。


そして迎えた初めての冬。センター試験では現役時代の点数も上回り、「悪くない手応え ゴールはもう目の前」と感じた。


しかし、二次試験では東京の大学はすべて不合格。その翌年もまさかの全滅という結果になった。


模試ではいつもA判定、ペーパーテストの点数だけで言えば問題ないはずなのに……。予想もしない大きな「壁」にぶち当たる。

posted by koinu at 09:00| 東京 🌁| 音楽時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月25日

斉藤和義 New Album「202020」 Now On Sale Download

斉藤和義 New Album「202020」 Now On Sale Download /
Stream:https://jvcmusic.lnk.to/ks202020 2020年1月にリリースした20枚目のオリジナルアルバム『202020』をうけて開催される予定だったライブツアー「KAZUYOSHI SAITO LIVE TOUR 2020 “202020”」のスケジュールが順延中となっている中、何か発信出来ることはないかと、「90 Seconds」という90秒をテーマに、ライブ映像など中心に様々な動画コンテンツ配信を行う企画がスタート。


斉藤和義 Official Site:http://www.kazuyoshi-saito.com
“202020” Special Website:http://www.jvcmusic.co.jp/ks/


posted by koinu at 19:00| 東京 ☔| 音楽時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『美女伝』瀬戸内晴美(集英社)

『美女伝』瀬戸内晴美(集英社)


・光明皇后

・だっ妃のお百

・嬌妓のお鯉

・酒井米子

・額田王

・道綱の母

・妖女宮田文子

・モルガンお雪

・管野須賀子

・岡田嘉子

・三浦環


酒井米子は、あの松井須磨子を一時期脅かしたと言われる女優。貧乏な生活から女優を目指し、美貌と才能でどんどんと抜きん出た。

須磨子とは別の劇団で男子にちやほやされながらやっていたけれど、その才能を見込まれて抱月の芸術座に入る。

でもその美貌と才能溢れる存在が女王須磨子の逆鱗に触れてノイローゼになり、退団。そこから何故か芸者デビュー。

人気者になり、落籍されもしたけれども再び舞台に戻ってくる。そこで恋に落ちたことを、旦那に見つかり、妾生活にピリオドをうつ。その恋に落ちた男の手により、映画デビュー。妖婦専門の女優として、大人気になった。

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2020年06月24日

アンパンマン・ミュージアム営業再開

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『ラディゲの死』三島由紀夫

美しい死の匂いは芳しい。

「あるときは角砂糖を一箱たべて寝たり、外套を着たまま寝たりして、どんな夢を見るかためしたもんだ」


ジャン・コクトー「初めから、僕には、ラディゲは借りものであって、やがて返さなければならないことがわかっていた」「一番賢明なのは、事情がそれに値する時にだけ狂人になることだ」

弱冠20歳で『肉体の悪魔』と『ドルジェル伯の舞踏会』を書いて、夭折したラディゲは三島の憧憬だった。 


『ラディゲの死』三島由紀夫

神の兵隊によって、3日間のうちにぼくは銃殺されるんだ、という自らの予言。その通りにラディゲはコクトオに見守られながら二十年の生涯を閉じた。コクトオはラディゲの庇護者。三島が少年のときから心酔しつづけてきたラディゲ。夭折の天才。その晩年と自由を描く。他13短編。(解説=野島秀勝)

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2020年06月23日

ドイツ表現主義(German Expressionism)

ドイツにおいて第一次世界大戦前に始まり1920年代に最盛となった芸術運動で、客観的表現を排して内面の主観的な表現に主眼をおくことを特徴とした。

建築、舞踊、絵画、彫刻、映画、音楽など各分野で流行し、「黄金の20年代」と呼ばれたベルリンを中心に花開いた。日本を含む世界各地の前衛芸術に影響を与え、現代芸術の先駆となった。

https://youtu.be/MLhDLL3MjSs

【概要】

ドレスデン(ドイツ帝国時代のザクセン王国)で1905年に、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーらの前衛絵画グループ「ブリュッケ」が生まれ、ドイツ表現主義と言われる運動の起点になった。

表現主義(Expressionism)は印象主義(Impressionism)に対する言葉で、不安の感情などを表現している。1911年にはミュンヘンでカンディンスキーやフランツ・マルク芸術家グループ「青騎士」が生まれ、彫刻や音楽などにも広がっていった。建築においても、メンデルゾーンのアインシュタイン塔などの作品がある。

ドイツ表現主義映画の代表作としては『プラーグの大学生』、『カリガリ博士』、『ゲニーネ』、『巨人ゴーレム』、『死滅の谷』、『吸血鬼ノスフェラトゥ』、『ファントム(英語版)』、『メトロポリス』、『M』などがある。

(Wikipedia)より


https://youtu.be/oG9jQBj1eqE


【関連書籍】

早崎守俊『ドイツ表現主義の誕生』三修社、1996 年

神林恒道・編『ドイツ表現主義の世界:美術と音楽をめぐって』法律文化社、1995年

土肥美夫『ドイツ表現主義の芸術』岩波書店、1991 年

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『死の商人』岡倉古志郎(岩波新書)

戦争を「糧」とし、昔は鉄砲から近年はミサイル、核兵器まで、つぎつぎに新兵器を開発しては売りさばく、世界の「死の商人」たちの生態と系譜をつづる実録物語。


目次

「死の商人」とは何か / 

「風とともに去りぬ」のバトラー船長

リンカンを怒らせたモルガン

大倉喜八郎の鉄砲商売

「死の商人」とは何か

「死の商人」に祖国はない

だが、「死の商人」は「愛国者」である

戦争の「おばけ」をつくる

II サー・バシル・ザハロフ-「ヨーロッパの謎の男」 / 

怪人物の生立ち

魚は水に放たれた!

敵と味方に潜水艦を売りこむ

「死の商人」の一騎打ち

兵器トラスト-ヴィッカースの発展

第一次大戦とヴィッカース

バルザック的人物

生きているザハロフ

III クルップ-「大砲の王者」 / 

フランダースの悲喜劇

クルップの雌伏時代

「死の商人」の片鱗

「大砲の王者」の宮廷

コルンワルツァー事件

ヒトラーのパトロン

ヒトラーの屍をこえて

IV IGファルベン-「死なない章魚」 / 

一九四八年七月二八日

IGファルベンの戦争犯罪

アニリン染料のなかから

ハーケン・クロイツとともに

「死なない章魚」の足

「解体」の茶番劇

軍国主義復活の支柱

デュポン-火薬から原水爆へ / 

デュポンは女性に依存する

フランス革命の後日譯

「火薬トラスト」

吊しあげられたデュポン

デュポンはナチスを助けたか

一年一ドルで国家に奉仕

原水爆時代

VI 日本の「死の商人」 / 

御用商人まかり通る

「海坊主」の弥太郎

欧米の「死の商人」に伍して

湧きたつ軍需ブーム

前渡金-漏れ手で粟をつかむ

「空だ、男の行くところ!

フェニックスは羽ばたく

星条旗のもとで

VII 恐竜は死滅させられるか / 

生きている恐竜

「死の商人」退治論

「死の商人」は反駁する

社会主義と「死の商人」

核・ロケット時代

世界をゆるがす軍備余廃の叫び

あとがき / 

(新日本新書)新版あり

https://www.youtube.com/watch?v=yxFzbHTAWyY

敗戦の年となる『1945年の日本の平均寿命は男性23.5歳、女性32.0歳」という話をご存知だろうか。この数字には、若干疑問符が付くかもしれないが、軍歌に「咲いた花なら/散るのは覚悟/見事散りましょ/国のため」とあるように、日本男子には「国のために命をささげる」ことが奨励された時代であった。典型的には、「神風特攻隊」で、若者の命が次々に奪われた。

この時代に大もうけしたのが、「死の商人」=軍需産業である。「ゼロ戦」の中島飛行機は、三菱重工を追いこして「航空機業界の王者になった」(本書164頁)。

敗戦の年・1945年に軍需工場が国有化されると、あとはやりたい放題。「まだ、納入されず、生産さえもされない幽霊製品に代価を支払わせるのだから驚いた話である。いわゆる『軍需補償』、つまり戦争被害にたいする損失補償は当時の金で総額500億円といわれ、そのうち200億円は、敗戦直前から直後にかけてのドサクサのおりに、支払われた」(本書166頁)とある。


変わり身が早いのも「死の商人」。戦後、三菱造船所は「アメリカの軍需工場」に変わった(本書167頁)


「死の商人」は時の権力者と結びついて、マスコミをも牛耳り、「平和のためには戦争が不可欠」と宣伝して平和を願う国民を戦争に引きずり込む。また、「死の商人」は、フェニックスのように祖国の敗戦をも乗り越えて、よみがえる。だから「死の商人」は、現在「軍需独占体の国際的結合」となって「恐るべき怪獣、怪竜」となり、「我が物顔で世界を徘徊している」(本書173頁)

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2020年06月22日

江戸川乱歩『押絵と旅する男』


 この話が私の夢か私の一時的狂気のまぼろしでなかったならば、あの押絵おしえと旅をしていた男こそ狂人であったに相違そういない。だが、夢が時として、どこかこの世界と喰違くいちがった別の世界を、チラリとのぞかせてくれるように、また狂人が、我々のまったく感じ得ぬ物事を見たり聞いたりすると同じに、これは私が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那いっせつな、この世の視野の外にある、別の世界の一隅いちぐうを、ふと隙見すきみしたのであったかも知れない。
 いつとも知れぬ、ある暖かい薄曇った日のことである。その時、私は態々わざわざ魚津へ蜃気楼しんきろうを見に出掛けた帰りみちであった。私がこの話をすると、時々、お前は魚津なんかへ行ったことはないじゃないかと、親しい友達に突っ込まれることがある。そうわれて見ると、私は何時いつの何日に魚津へ行ったのだと、ハッキリ証拠を示すことが出来ぬ。それではやっぱり夢であったのか。だが私はかつて、あのように濃厚な色彩を持った夢を見たことがない。夢の中の景色けしきは、映画と同じに、全く色彩を伴わぬものであるのに、あのおりの汽車の中の景色けは、それもあの毒々しい押絵の画面が中心になって、紫と臙脂えんじかった色彩で、まるでへびの眼の瞳孔どうこうの様に、生々しく私の記憶にやきついている。着色映画の夢というものがあるのであろうか。
 私はその時、生れて初めて蜃気楼というものを見た。はまぐりの息の中に美しい龍宮城りゅうぐうじょうの浮んでいる、あの古風な絵を想像していた私は、本物の蜃気楼を見て、膏汗あぶらあせのにじむ様な、恐怖に近い驚きに撃たれた。
 魚津の浜の松並木に豆粒の様な人間がウジャウジャと集まって、息を殺して、眼界一杯の大空と海面とを眺めていた。私はあんな静かな、唖の様にだまっている海を見たことがない。日本海は荒海と思い込んでいた私には、それもひどく意外であった。その海は、灰色で、全く小波さざなみ一つなく、無限の彼方かなたにまで打続く沼かと思われた。そして、太平洋の海の様に、水平線はなくて、海と空とは、同じ灰色に溶け合い、厚さの知れぬもやに覆いつくされた感じであった。空だとばかり思っていた、上部の靄の中を、案外にもそこが海面であって、フワフワと幽霊の様な、大きな白帆しらほが滑って行ったりした。
 蜃気楼とは、乳色ちちいろのフィルムの表面に墨汁ぼくじゅうをたらして、それが自然にジワジワとにじんで行くのを、途方とほうもなく巨大な映画にして、大空に映し出した様なものであった。
 はるかな能登のと半島の森林が、喰違くいちがった大気の変形レンズを通して、すぐ目の前の大空に、焦点のよく合わぬ顕微鏡けんびきょうの下の黒い虫みたいに、曖昧あいまいに、しかも馬鹿馬鹿しく拡大されて、見る者の頭上におしかぶさって来るのであった。それは、妙な形の黒雲と似ていたけれど、黒雲なればその所在がハッキリ分っているに反し、蜃気楼は、不思議にも、それと見る者との距離が非常に曖昧なのだ。遠くの海上に漂う大入道おおにゅうどうの様でもあり、ともすれば、眼前一尺に迫る異形いぎょうの靄かと見え、はては、見る者の角膜かくまくの表面に、ポッツリと浮んだ、一点の曇りの様にさえ感じられた。この距離の曖昧さが、蜃気楼に、想像以上の不気味な気違いめいた感じを与えるのだ。
 曖昧な形の、真黒な巨大な三角形が、塔の様に積重なって行ったり、またたく間にくずれたり、横に延びて長い汽車の様に走ったり、それが幾つかにくずれ、立並たちならひのきこずえと見えたり、じっと動かぬ様でいながら、いつとはなく、全く違った形に化けて行った。
 蜃気楼の魔力が、人間を気違いにするものであったなら、恐らく私は、少くとも帰り途の汽車の中までは、その魔力を逃れることが出来なかったのであろう。二時間のも立ち尽して、大空の妖異を眺めていた私は、その夕方魚津を立って、汽車の中に一夜を過ごすまで、全く日常と異った気持でいたことはたしかである。しかしたら、それは通り魔の様に、人間の心をかすめおかす所の、一時的狂気のたぐいででもあったであろうか。
 魚津の駅から上野への汽車に乗ったのは、夕方の六時頃であった。不思議な偶然であろうか、あの辺の汽車はいつでもそうなのか、私の乗った二等車は、教会堂の様にガランとしていて、私のほかにたった一人の先客が、向うのすみのクッションにうずくまっているばかりであった。
 汽車はさびしい海岸の、けわしいがけや砂浜の上を、単調な機械の音を響かせて、はてしもなく走っている。沼の様な海上の、靄の奥深く、黒血くろちの色の夕焼が、ボンヤリと感じられた。異様に大きく見える白帆が、その中を、夢の様に滑っていた。少しも風のない、むしむしする日であったから、所々開かれた汽車の窓から、進行につれて忍び込むそよ風も、幽霊ゆうれいの様に尻切れとんぼであった。沢山たくさんの短いトンネルと雪けの柱の列が、広漠こうばくたる灰色の空と海とを、縞目しまめに区切って通り過ぎた。
 親不知の断崖を通過する頃、車内の電燈と空の明るさとが同じに感じられた程、夕闇が迫って来た。丁度その時分向うの隅のたった一人の同乗者が、突然立上って、クッションの上に大きな黒繻子くろじゅす風呂敷ふろしきを広げ、窓に立てかけてあった、二尺に三尺程の、扁平へんぺいな荷物を、その中へ包み始めた。それが私に何とやら奇妙な感じを与えたのである。
 その扁平なものは、多分がくに相違ないのだが、それの表側の方を、何か特別の意味でもあるらしく、窓ガラスに向けて立てかけてあった。一度風呂敷に包んであったものを、態々わざわざ取出して、そんな風に外に向けて立てかけたものとしか考えられなかった。それに、彼が再び包む時にチラと見た所によると、額の表面に描かれた極彩色の絵が、妙に生々しく、何となく世のつねならず見えたことであった。
 私はあらためて、このへんてこな荷物の持主を観察した。そして、持主その人が、荷物の異様さにもまして、一段と異様であったことに驚かされた。
 彼は非常に古風な、我々の父親の若い時分の色あせた写真でしか見ることの出来ない様な、えりの狭い、肩のすぼけた、黒の背広服を着ていたが、しかしそれが、背が高くて、足の長い彼に、妙にシックリと合って、はなは意気いきにさえ見えたのである。顔は細面ほそおもてで、両眼が少しギラギラし過ぎていた外は、一体によく整っていて、スマートな感じであった。そして、綺麗きれいに分けた頭髪が、豊に黒々と光っているので、一見四十前後であったが、よく注意して見ると、顔中におびただしいしわがあって、一飛びに六十位にも見えぬことはなかった。この黒々とした頭髪と、色白の顔面を縦横にきざんだ皺との対照が、初めてそれに気附いた時、私をハッとさせた程も、非常に不気味な感じを与えた。
 彼は叮嚀ていねいに荷物を包み終ると、ひょいと私の方に顔を向けたが、丁度私の方でも熱心に相手の動作を眺めていた時であったから、二人の視線がガッチリとぶっつかってしまった。すると、彼は何か恥かしそうくちびるの隅を曲げて、かすかに笑って見せるのであった。私も思わず首を動かして挨拶あいさつを返した。
 それから、小駅を二三通過する間、私達はおたがいの隅に坐ったまま、遠くから、時々視線をまじえては、気まずく外方そっぽを向くことを、繰返していた。外は全く暗闇になっていた。窓ガラスに顔を押しつけて覗いて見ても、時たま沖の漁船の舷燈げんとうが遠く遠くポッツリと浮んでいる外には、全く何の光りもなかった。際涯はてしのない暗闇の中に、私達の細長い車室けが、たった一つの世界の様に、いつまでもいつまでも、ガタンガタンと動いて行った。そのほの暗い車室の中に、私達二人丈けを取り残して、全世界が、あらゆる生き物が、跡方あとかたもなく消えせてしまった感じであった。
 私達の二等車には、どの駅からも一人の乗客もなかったし、列車ボーイや車掌も一度も姿を見せなかった。そういう事も今になって考えて見ると、甚だ奇怪に感じられるのである。
 私は、四十歳にも六十歳にも見える、西洋の魔術師の様な風采ふうさいのその男が、段々怖くなって来た。怖さというものは、ほかにまぎれる事柄のない場合には、無限に大きく、身体からだ中一杯に拡がって行くものである。私はついには、産毛うぶげの先までも怖さが満ちて、たまらなくなって、突然立上ると、向うの隅のその男の方へツカツカと歩いて行った。その男がいとわしく、恐ろしければこそ、私はその男に近づいて行ったのであった。
 私は彼と向き合ったクッションへ、そっと腰をおろし、近寄れば一層異様に見える彼の皺だらけの白い顔を、私自身が妖怪ででもある様な、一種不可思議な、顛倒てんとうした気持で、目を細く息を殺してじっと覗き込んだものである。
 男は、私が自分の席を立った時から、ずっと目で私を迎える様にしていたが、そうして私が彼の顔を覗き込むと、待ち受けていた様に、あごかたわらの例の扁平な荷物を指し示し、何の前置きもなく、さもそれが当然の挨拶ででもある様に、
「これでございますか」
 と云った。その口調が、余り当り前であったので、私はかえって、ギョッとした程であった。
「これが御覧になりたいのでございましょう」
 私が黙っているので、彼はもう一度同じことを繰返した。
「見せて下さいますか」
 私は相手の調子に引込まれて、つい変なことを云ってしまった。私は決してその荷物を見たいために席を立ったわけではなかったのだけれど。
「喜んで御見せ致しますよ。わたくしは、さっきから考えていたのでございますよ。あなたはきっとこれを見におでなさるだろうとね」
 男は――むしろ老人と云った方がふさわしいのだが――そう云いながら、長い指で、器用に大風呂敷をほどいて、その額みたいなものを、今度は表を向けて、窓の所へ立てかけたのである。
 私は一目チラッと、その表面を見ると、思わず目をとじた。何故なぜであったか、その理由は今でも分らないのだが、何となくそうしなければならぬ感じがして、数秒の間目をふさいでいた。再び目をいた時、私の前に、嘗て見たことのない様な、奇妙なものがあった。と云って、私はその「奇妙」な点をハッキリと説明する言葉を持たぬのだが。
 額には歌舞伎かぶき芝居の御殿の背景みたいに、いくつもの部屋を打抜いて、極度の遠近法で、青畳あおだたみ格子天井こうしてんじょうが遙か向うの方まで続いている様な光景が、あいを主とした泥絵具どろえのぐで毒々しく塗りつけてあった。左手の前方には、墨黒々と不細工ぶさいくな書院風の窓が描かれ、同じ色の文机ふづくえが、そのそばに角度を無視した描き方で、据えてあった。それらの背景は、あの絵馬札えまふだの絵の独特な画風に似ていたと云えば、一番よく分るであろうか。
 その背景の中に、一尺位のたけの二人の人物が浮き出していた。浮き出していたと云うのは、その人物丈けが、押絵細工で出来ていたからである。黒天鵞絨くろびろうどの古風な洋服を着た白髪しらがの老人が、窮屈きゅうくつそうに坐っていると、(不思議なことには、その容貌が、髪の色を除くと、額の持主の老人にそのままなばかりか、着ている洋服の仕立方までそっくりであった)緋鹿ひか振袖ふりそでに、黒繻子の帯の映りのよい十七八の、水のたれる様な結綿ゆいわたの美少女が、何とも云えぬ嬌羞きょうしゅうを含んで、その老人の洋服のひざにしなだれかかっている、わば芝居の濡れ場に類する画面であった。
 洋服の老人と色娘の対照と、甚だ異様であったことは云うまでもないが、だが私が「奇妙」に感じたというのはそのことではない。
 背景の粗雑に引かえて、押絵の細工の精巧なことは驚くばかりであった。顔の部分は、白絹は凹凸おうとつを作って、細い皺まで一つ一つ現わしてあったし、娘の髪は、本当の毛髪を一本一本植えつけて、人間の髪を結う様に結ってあり、老人の頭は、これも多分本物の白髪を、丹念に植えたものに相違なかった。洋服には正しい縫い目があり、適当な場所に粟粒あわつぶ程のぼたんまでつけてあるし、娘の乳のふくらみと云い、腿のあたりのなまめいた曲線と云い、こぼれた緋縮緬ひぢりめん、チラと見える肌の色、指には貝殻かいがらの様な爪が生えていた。虫眼鏡むしめがねで覗いて見たら、毛穴や産毛まで、ちゃんとこしらえてあるのではないかと思われた程である。
 私は押絵と云えば、羽子板はごいたの役者の似顔の細工しか見たことがなかったが、そして、羽子板の細工にも、随分ずいぶん精巧なものもあるのだけれど、この押絵は、そんなものとは、まるで比較にもならぬ程、巧緻こうちを極めていたのである。恐らくその道の名人の手に成ったものであろうか。だが、それが私の所謂いわゆる「奇妙」な点ではなかった。
 額全体が余程よほど古いものらしく、背景の泥絵具は所々はげおちていたし、娘の緋鹿の子も、老人の天鵞絨も、見る影もなく色あせていたけれど、はげ落ち色あせたなりに、名状めいじょうがたき毒々しさを保ち、ギラギラと、見る者の眼底にやきつく様な生気を持っていたことも、不思議と云えば不思議であった。だが、私の「奇妙」という意味はそれでもない。
 それは、若ししいて云うならば、押絵の人物が二つとも、生きていたことである。
 文楽ぶんらくの人形芝居で、一日の演技の内に、たった一度か二度、それもほんの一瞬間、名人の使っている人形が、ふと神の息吹いぶきをかけられでもした様に、本当に生きていることがあるものだが、この押絵の人物は、その生きた瞬間の人形を、命の逃げ出すすきを与えず、咄嗟とっさの間に、そのまま板にはりつけたという感じで、永遠に生きながらえているかと見えたのである。
 私の表情に驚きの色を見て取ったからか、老人は、いとたのもしげな口調で、ほとんど叫ぶ様に、
「アア、あなたは分って下さるかも知れません」
 と云いながら、肩から下げていた、黒革くろかわのケースを、叮嚀にかぎで開いて、その中から、いとも古風な双眼鏡を取り出してそれを私の方へ差出すのであった。
「コレ、この遠眼鏡とおめがねで一度御覧下さいませ。イエ、そこからでは近すぎます。失礼ですが、もう少しあちらの方から。左様さよう丁度その辺がようございましょう」
 誠に異様な頼みではあったけれど、私は限りなき好奇心のとりことなって、老人の云うがままに、席を立って額から五六歩遠ざかった。老人は私の見易い様に、両手で額を持って、電燈にかざしてくれた。今から思うと、実に変てこな、気違いめいた光景であったに相違ないのである。
 遠眼鏡と云うのは、恐らく二三十年も以前の舶来品であろうか、私達が子供の時分、よく眼鏡屋の看板で見かけた様な、異様な形のプリズム双眼鏡であったが、それが手摺てずれの為に、黒い覆皮おおいがわがはげて、所々真鍮しんちゅう生地きじが現われているという、持主の洋服と同様に、如何いかにも古風な、物懐ものなつかしい品物であった。
 私は珍らしさに、しばらくその双眼鏡をひねくりまわしていたが、やがて、それを覗く為に、両手で眼の前に持って行った時である。突然、実に突然、老人が悲鳴に近い叫声さけびごえを立てたので、私は、あやうく眼鏡を取落す所であった。
「いけません。いけません。それはさかさですよ。さかさに覗いてはいけません。いけません」
 老人は、真青まっさおになって、目をまんまるに見開いて、しきりと手を振っていた。双眼鏡を逆に覗くことが、ぜそれ程大変なのか、私は老人の異様な挙動を理解することが出来なかった。
成程なるほど、成程、さかさでしたっけ」
 私は双眼鏡を覗くことに気を取られていたので、この老人の不審な表情を、さして気にもとめず、眼鏡を正しい方向に持ち直すと、急いでそれを目に当てて押絵の人物を覗いたのである。
 焦点が合って行くに従って、二つの円形の視野が、徐々に一つに重なり、ボンヤリとした虹の様なものが、段々ハッキリして来ると、びっくりする程大きな娘の胸から上が、それが全世界ででもある様に、私の眼界一杯に拡がった。
 あんな風な物の現われ方を、私はあとにも先にも見たことがないので、読む人に分らせるのが難儀なのだが、それに近い感じを思い出して見ると、例えば、舟の上から、海にもぐったあまの、ある瞬間の姿に似ていたとでも形容すべきであろうか。蜑の裸身はだかみが、底の方にある時は、青い水の層の複雑な動揺の為に、その身体が、まるで海草の様に、不自然にクネクネと曲り、輪廓りんかくもぼやけて、白っぽいおばけみたいに見えているが、それが、つうッと浮上って来るに従って、水の層の青さが段々薄くなり、形がハッキリして来て、ポッカリと水上に首を出すと、その瞬間、ハッと目が覚めた様に、水中の白いお化が、たちまち人間の正体を現わすのである。丁度それと同じ感じで、押絵の娘は、双眼鏡の中で、私の前に姿を現わし、実物大の、一人の生きた娘として、うごめき始めたのである。
 十九世紀の古風なプリズム双眼鏡の玉の向う側には、全く私達の思いも及ばぬ別世界があって、そこに結綿ゆいわた色娘いろむすめと、古風な洋服の白髪男とが、奇怪な生活を営んでいる。覗いては悪いものを、私は今魔法使に覗かされているのだ。といった様な形容の出来ない変てこな気持で、併し私はかれた様にその不可思議な世界に見入ってしまった。
 娘は動いていた訳ではないが、その全身の感じが、肉眼で見た時とは、ガラリと変って、生気に満ち、青白い顔がやや桃色に上気し、胸は脈打ち(実際私は心臓の鼓動こどうをさえ聞いた)肉体からは縮緬の衣裳を通して、むしむしと、若い女の生気が蒸発して居る様に思われた。
 私は一渡り、女の全身を、双眼鏡の先で、め廻してから、その娘がしなだれ掛っている、仕合しあわせな白髪男の方へ眼鏡を転じた。
 老人も、双眼鏡の世界で、生きていたことは同じであったが、見た所四十程も年の違う、若い女の肩に手を廻して、さも幸福そうな形でありながら、妙なことには、レンズ一杯の大きさに写った、彼の皺の多い顔が、その何百本の皺の底で、いぶかしく苦悶くもんの相を現わしているのである。それは、老人の顔がレンズの為に眼前一尺の近さに、異様に大きく迫っていたからでもあったであろうが、見つめていればいる程、ゾッと怖くなる様な、悲痛と恐怖との混り合った一種異様の表情であった。
 それを見ると、私はうなされた様な気分になって、双眼鏡を覗いていることが、耐え難く感じられたので、思わず、目を離して、キョロキョロとあたりを見廻した。すると、それはやっぱり淋しい夜の汽車の中であって、押絵の額も、それをささげた老人の姿も、元のままで、窓の外は真暗まっくらだし、単調な車輪のひびきも、変りなく聞えていた。悪夢からめた気持であった。
「あなた様は、不思議そうな顔をしておいでなさいますね」
 老人は額を、元の窓の所へ立てかけて、席につくと、私にもその向う側へ坐る様に、手真似をしながら、私の顔を見つめて、こんなことを云った。
「私の頭が、どうかしている様です。いやにしますね」
 私はてれ隠しみたいな挨拶をした。すると老人は、猫背ねこぜになって、顔をぐっと私の方へ近寄せ、膝の上で細長い指を合図でもする様に、ヘラヘラと動かしながら、低い低いささやき声になって、
「あれらは、生きて居りましたろう」
 と云った。そして、さも一大事を打開けるといった調子で、一層猫背になって、ギラギラした目をまん丸に見開いて、私の顔を穴のあく程見つめながら、こんなことを囁くのであった。
「あなたは、あれらの、本当の身の上話を聞きいとはおぼしめしませんかね」
 私は汽車の動揺と、車輪の響の為に、老人の低い、つぶやく様な声を、聞き間違えたのではないかと思った。
「身の上話とおっしゃいましたか」
「身の上話でございますよ」老人はやっぱり低い声で答えた。「ことに、一方の、白髪の老人の身の上話をでございますよ」
「若い時分からのですか」
 私も、その晩は、何故なぜか妙に調子はずれな物の云い方をした。
「ハイ、あれが二十五歳の時のお話でございますよ」
是非ぜひうかがいたいものですね」
 私は、普通の生きた人間の身の上話をでも催促する様に、ごく何でもないことの様に、老人をうながしたのである。すると、老人は顔の皺を、さも嬉しそうにゆがめて、「アア、あなたは、やっぱり聞いて下さいますね」と云いながら、さて、次の様な世にも不思議な物語を始めたのであった。
「それはもう、一生涯の大事件ですから、よく記憶して居りますが、明治二十八年の四月の、兄があんなに(と云って彼は押絵の老人を指さした)なりましたのが、二十七日の夕方のことでござりました。当時、私も兄も、まだ部屋住みで、住居すまい日本橋通にほんばしとおり三丁目でして、親爺おやじが呉服商を営んで居りましたがね。何でも浅草の十二階が出来て、間もなくのことでございましたよ。だもんですから、兄なんぞは、毎日の様にあの凌雲閣りょううんかくへ昇って喜んでいたものです。と申しますのが、兄は妙に異国物が好きで、新しがり屋でござんしたからね。この遠眼鏡にしろ、やっぱりそれで、兄が外国船の船長の持物だったという奴を、横浜よこはまの支那人町の、変てこな道具屋の店先で、めっけて来ましてね。当時にしちゃあ、随分高いお金を払ったと申して居りましたっけ」
 老人は「兄が」と云うたびに、まるでそこにその人が坐ってでもいる様に、押絵の老人の方に目をやったり、指さしたりした。老人は彼の記憶にある本当の兄と、その押絵の白髪の老人とを、混同して、押絵が生きて彼の話を聞いてでもいる様な、すぐそばに第三者を意識した様な話し方をした。だが、不思議なことに、私はそれを少しもおかしいとは感じなかった。私達はその瞬間、自然の法則を超越した、我々の世界とどこかで喰違っているところの、別の世界に住んでいたらしいのである。
「あなたは、十二階へ御昇りなすったことがおありですか。アア、おありなさらない。それは残念ですね。あれは一体どこの魔法使が建てましたものか、実に途方もない、変てこれんな代物でございましたよ。表面は伊太利イタリーの技師のバルトンと申すものが設計したことになっていましたがね。まあ考えて御覧なさい。その頃の浅草公園と云えば、名物が先ず蜘蛛男くもおとこ見世物みせもの、娘剣舞に、玉乗り、源水の独楽廻こままわしに、覗きからくりなどで、せいぜい変った所が、お富士さまの作り物に、メーズと云って、八陣隠れ杉の見世物位でございましたからね。そこへあなた、ニョキニョキと、まあ飛んでもない高い煉瓦造れんがづくりの塔が出来ちまったんですから、驚くじゃござんせんか。高さが四十六間と申しますから、半丁の余で、八角型の頂上が、唐人とうじんの帽子みたいに、とんがっていて、ちょっと高台へ昇りさえすれば、東京中どこからでも、その赤いお化が見られたものです。
 今も申す通り、明治二十八年の春、兄がこの遠眼鏡を手に入れて間もない頃でした。兄の身に妙なことが起って参りました。親爺なんぞ、兄め気でも違うのじゃないかって、ひどく心配して居りましたが、私もね、お察しでしょうが、馬鹿に兄思いでしてね、兄の変てこれんなそぶりが、心配で心配でたまらなかったものです。どんな風かと申しますと、兄はご飯もろくろくたべないで、家内の者とも口を利かず、うちにいる時は一間にとじこもって考え事ばかりしている。身体はせてしまい、顔は肺病やみの様に土気色つちけいろで、目ばかりギョロギョロさせている。もっと平常ふだんから顔色のいい方じゃあござんせんでしたがね。それが一倍青ざめて、沈んでいるのですから、本当に気の毒な様でした。そのくせね、そんなでいて、毎日欠かさず、まるで勤めにでも出る様に、おひるッから、日暮れ時分まで、フラフラとどっかへ出掛けるんです。どこへ行くのかって、聞いて見ても、ちっとも云いません。母親が心配して、兄のふさいでいる訳を、手を変え品を変え尋ねても、少しも打開うちあけません。そんなことが一月程も続いたのですよ。
 あんまり心配だものだから、私はある日、兄が一体どこへ出掛るのかと、ソッとあとをつけました。そうする様に、母親が私に頼むもんですからね。兄はその日も、丁度今日の様などんよりとした、いやな日でござんしたが、おひるすぎから、その頃兄の工風くふうで仕立てさせた、当時としては飛び切りハイカラな、黒天鵞絨の洋服を着ましてね、この遠眼鏡を肩から下げ、ヒョロヒョロと、日本橋通りの、馬車鉄道の方へ歩いて行くのです。私は兄に気どられぬ様に、ついて行った訳ですよ。よござんすか。しますとね、兄は上野うえの行きの馬車鉄道を待ち合わせて、ひょいとそれに乗り込んでしまったのです。当今の電車と違って、次の車に乗ってあとをつけるという訳には行きません。何しろ車台がすくのござんすからね。私は仕方がないので母親にもらったお小遣いをふんぱつして、人力車に乗りました。人力車だって、少し威勢のいい挽子ひきこなれば馬車鉄道を見失わない様に、あとをつけるなんぞ、訳なかったものでございますよ。
 兄が馬車鉄道を降りると、私も人力車を降りて、又テクテクと跡をつける。そうして、行きついた所が、なんと浅草の観音様じゃございませんか。兄は仲店なかみせから、お堂の前を素通りして、お堂裏の見世物小屋の間を、人波をかき分ける様にしてさっき申上げた十二階の前まで来ますと、石の門を這入はいって、お金を払って「凌雲閣」という額の上った入口から、塔の中へ姿を消したじゃあございませんか。まさか兄がこんな所へ、毎日毎日かよっていようとは、夢にも存じませんので、私はあきれてしまいましたよ。子供心にね、私はその時まだ二十はたちにもなってませんでしたので、兄はこの十二階の化物に魅入みいられたんじゃないかなんて、変なことを考えたものですよ。
 私は十二階へは、父親につれられて、一度昇った切りで、その後行ったことがありませんので、何だか気味が悪い様に思いましたが、兄が昇って行くものですから、仕方がないので、私も、一階位おくれて、あの薄暗い石の段々を昇って行きました。窓も大きくございませんし、煉瓦の壁が厚うござんすので、穴蔵の様に冷々と致しましてね。それに日清にっしん戦争の当時ですから、その頃は珍らしかった、戦争の油絵が、一方の壁にずっと懸け並べてあります。まるで狼みたいな、おっそろしい顔をして、吠えながら、突貫している日本兵や、剣つき鉄砲に脇腹をえぐられ、ふき出す血のりを両手で押さえて、顔や唇を紫色にしてもがいている支那兵や、ちょんぎられた辮髪べんぱつの頭が、風船玉の様に空高く飛上っている所や、何とも云えない毒々しい、血みどろの油絵が、窓からの薄暗い光線で、テラテラと光っているのでございますよ。その間を、陰気な石の段々が、蝸牛かたつむりからみたいに、上へ上へと際限もなく続いて居ります。本当に変てこれんな気持ちでしたよ。
 頂上は八角形の欄干らんかん丈けで、壁のない、見晴らしの廊下になっていましてね、そこへたどりつくと、にわかにパッと明るくなって、今までの薄暗い道中が長うござんしただけに、びっくりしてしまいます。雲が手の届きそうな低い所にあって、見渡すと、東京中の屋根がごみみたいに、ゴチャゴチャしていて、品川しながわ御台場おだいばが、盆石ぼんせきの様に見えて居ります。目まいがしそうなのを我慢して、下を覗きますと、観音様かんのんさまの御堂だってずっと低い所にありますし、小屋掛けの見世物が、おもちゃの様で、歩いている人間が、頭と足ばかりに見えるのです。
 頂上には、十人余りの見物が一かたまりになっておっかな相な顔をして、ボソボソ小声で囁きながら、品川の海の方を眺めて居りましたが、兄はと見ると、それとは離れた場所に、一人ぼっちで、遠眼鏡を目に当てて、しきりと浅草の境内けいだいを眺め廻して居りました。それをうしろから見ますと、白っぽくどんよりどんよりとした雲ばかりの中に、兄の天鵞絨の洋服姿が、クッキリと浮上って、下の方のゴチャゴチャしたものが何も見えぬものですから、兄だということは分っていましても、何だか西洋の油絵の中の人物みたいな気持がして、神々こうごうしい様で、言葉をかけるのもはばかられた程でございましたっけ。
 でも、母の云いつけを思い出しますと、そうもしていられませんので、私は兄のうしろに近づいて『兄さん何を見ていらっしゃいます』と声をかけたのでございます。兄はビクッとして、振向きましたが、気拙きまずい顔をして何も云いません。私は『兄さんの此頃このごろの御様子には、御父さんもお母さんも大変心配していらっしゃいます。毎日毎日どこへ御出掛なさるのかと不思議に思って居りましたら、兄さんはこんな所へ来ていらしったのでございますね。どうかその訳を云って下さいまし。日頃仲よしの私に丈けでも打開けて下さいまし』と、近くに人のいないのを幸いに、その塔の上で、兄をかき口説くどいたものですよ。
 仲々打開けませんでしたが、私が繰返し繰返し頼むものですから、兄も根負こんまけをしたと見えまして、とうとう一ヶ月来の胸の秘密を私に話してくれました。ところが、その兄の煩悶はんもんの原因と申すものが、これが又誠に変てこれんな事柄だったのでございますよ。兄が申しますには、一月ばかり前に、十二階へ昇りまして、この遠眼鏡で観音様の境内を眺めて居りました時、人込みの間に、チラッと、一人の娘の顔を見たのだ相でございます。その娘が、それはもう何とも云えない、この世のものとも思えない、美しい人で、日頃女には一向いっこう冷淡であった兄も、その遠眼鏡の中の娘丈けには、ゾッと寒気がした程も、すっかり心を乱されてしまったと申しますよ。
 その時兄は、一目見た丈けで、びっくりして、遠眼鏡をはずしてしまったものですから、もう一度見ようと思って、同じ見当を夢中になって探した相ですが、眼鏡の先が、どうしてもその娘の顔にぶっつかりません。遠眼鏡では近くに見えても実際は遠方のことですし、沢山の人混みの中ですから、一度見えたからと云って、二度目に探し出せるとまったものではございませんからね。
 それからと申すもの、兄はこの眼鏡の中の美しい娘が忘れられず、極々ごくごく内気なひとでしたから、古風な恋わずらいをわずらい始めたのでございます。今のお人はお笑いなさるかも知れませんが、その頃の人間は、誠におっとりしたものでして、行きずりに一目見た女を恋して、わずらいついた男なども多かった時代でございますからね。云うまでもなく、兄はそんなご飯もろくろくたべられない様な、衰えた身体を引きずって、又その娘が観音様の境内を通りかかることもあろうかと悲しい空頼そらだのみから、毎日毎日、勤めの様に、十二階に昇っては、眼鏡を覗いていた訳でございます。恋というものは、不思議なものでございますね。
 兄は私に打開けてしまうと、又熱病やみの様に眼鏡を覗き始めましたっけが、私は兄の気持にすっかり同情致しましてね、千に一つも望みのない、無駄むだな探し物ですけれど、おしなさいと止めだてする気も起らず、余りのことに涙ぐんで、兄のうしろ姿をじっと眺めていたものですよ。するとその時……ア、私はあの怪しくも美しかった光景を、忘れることが出来ません。三十年以上も昔のことですけれど、こうして眼をふさぎますと、その夢の様な色どりが、まざまざと浮んで来る程でございます。
 さっきも申しました通り、兄のうしろに立っていますと、見えるものは、空ばかりで、モヤモヤとした、むら雲の中に、兄のほっそりとした洋服姿が、絵の様に浮上って、むら雲の方で動いているのを、兄の身体が宙に漂うかと見誤みあやまるばかりでございました。がそこへ、突然、花火でも打上げた様に、白っぽい大空の中を、赤や青や紫の無数の玉が、先を争って、フワリフワリと昇って行ったのでございます。お話したのでは分りますまいが、本当に絵の様で、又何かの前兆の様で、私は何とも云えない怪しい気持になったものでした。何であろうと、急いで下を覗いて見ますと、どうかしたはずみで、風船屋が粗相そそうをして、ゴム風船を、一度に空へ飛ばしたものと分りましたが、その時分は、ゴム風船そのものが、今よりはずっと珍らしゅうござんしたから正体が分っても、私はまだ妙な気持がして居りましたものですよ。
 妙なもので、それがきっかけになったという訳でもありますまいが、丁度その時、兄は非常に興奮した様子で、青白い顔をぽっと赤らめ息をはずませて、私の方へやって参り、いきなり私の手をとって『さあ行こう。早く行かぬと間に合わぬ』と申して、グングン私を引張るのでございます。引張られて、塔の石段をかけ降りながら、訳を尋ねますと、いつかの娘さんが見つかったらしいので、青畳あおだたみを敷いた広い座敷に坐っていたから、これから行っても大丈夫元の所にいると申すのでございます。
 兄が見当をつけた場所というのは、観音堂の裏手の、大きな松の木が目印で、そこに広い座敷があったと申すのですが、さて、二人でそこへ行って、探して見ましても、松の木はちゃんとありますけれど、その近所には、家らしい家もなく、まるで狐につままれた様な鹽梅あんばいなのですよ。兄の気の迷いだとは思いましたが、しおれ返っている様子が、余り気の毒だものですから、気休めに、その辺の掛茶屋などを尋ね廻って見ましたけれども、そんな娘さんの影も形もありません。
 探している間に、兄と分れ分れになってしまいましたが、掛茶屋を一巡して、暫くたって元の松の木の下へ戻って参りますとね、そこには色々な露店に並んで、一軒の覗きからくり屋が、ピシャンピシャンとむちの音を立てて、商売をして居りましたが、見ますと、その覗きの眼鏡を、兄が中腰になって、一生懸命覗いていたじゃございませんか。『兄さん何をしていらっしゃる』と云って、肩を叩きますと、ビックリして振向きましたが、その時の兄の顔を、私は今だに忘れることが出来ませんよ。何と申せばよろしいか、夢を見ている様なとでも申しますか、顔の筋がたるんでしまって、遠い所を見ている目つきになって、私に話す声さえも、変にうつろに聞えたのでございます。そして、『お前、私達が探していた娘さんはこの中にいるよ』と申すのです。
 そう云われたものですから、私は急いでおあしを払って、覗きの眼鏡を覗いて見ますと、それは八百屋お七の覗きからくりでした。丁度吉祥寺きちしょうじの書院で、お七が吉三きちざにしなだれかかっている絵が出て居りました。忘れもしません。からくり屋の夫婦者は、しわがれ声を合せて、鞭で拍子を取りながら、『膝でつっらついて、目で知らせ』と申す文句を歌っている所でした。アア、あの『膝でつっらついて、目で知らせ』という変な節廻ふしまわしが、耳についている様でございます。
 覗き絵の人物は押絵になって居りましたが、その道の名人の作であったのでしょうね。お七の顔の生々として綺麗であったこと。私の目にさえ本当に生きている様に見えたのですから、兄があんなことを申したのも、全く無理はありません。兄が申しますには『仮令たといこの娘さんが、拵えものの押絵だと分っても、私はどうもあきらめられない。悲しいことだがあきらめられない。たった一度でいい、私もあの吉三の様な、押絵の中の男になって、この娘さんと話がして見たい』と云って、ぼんやりと、そこに突っ立ったまま、動こうともしないのでございます。考えて見ますとその覗きからくりの絵が、光線を取る為に上の方がけてあるので、それが斜めに十二階の頂上からも見えたものに違いありません。
 その時分には、もう日がくれかけて、人足ひとあしもまばらになり、覗きの前にも、二三人のおかっぱの子供が、未練らしく立去り兼ねて、うろうろしているばかりでした。昼間からどんよりと曇っていたのが、日暮には、今にも一雨来そうに、雲が下って来て、一層おさえつけられる様な、気でも狂うのじゃないかと思う様な、いやな天候になって居りました。そして、耳の底にドロドロと太鼓たいこの鳴っている様な音が聞えているのですよ。その中で、兄は、じっと遠くの方を見据えて、いつまでもいつまでも、立ちつくして居りました。その間が、たっぷり一時間はあった様に思われます。
 もうすっかり暮切くれきって、遠くの玉乗りの花瓦斯はなガスが、チロチロと美しく輝き出した時分に、兄はハッと目が醒めた様に、突然私の腕をつかんで『アア、いいことを思いついた。お前、お頼みだから、この遠眼鏡をさかさにして、大きなガラス玉の方を目に当てて、そこから私を見ておくれでないか』と、変なことを云い出しました。『何故です』って尋ねても、『まあいいから、そうしておれな』と申して聞かないのでございます。一体私は生れつき眼鏡類を、余り好みませんので、遠眼鏡にしろ、顕微鏡にしろ、遠い所の物が、目の前へ飛びついて来たり、小さな虫けらが、けだものみたいに大きくなる、お化じみた作用が薄気味悪いのですよ。で、兄の秘蔵の遠眼鏡も、余り覗いたことがなく、覗いたことが少い丈けに、余計それが魔性ましょうの器械に思われたものです。しかも、日が暮て人顔もさだかに見えぬ、うすら淋しい観音堂の裏で、遠眼鏡をさかさにして、兄を覗くなんて、気違いじみてもいますれば、薄気味悪くもありましたが、兄がたって頼むものですから、仕方なく云われた通りにして覗いたのですよ。さかさに覗くのですから、二三間向うに立っている兄の姿が、二尺位に小さくなって、小さい丈けに、ハッキリと、闇の中に浮出して見えるのです。ほかの景色は何も映らないで、小さくなった兄の洋服姿丈けが、眼鏡の真中に、チンと立っているのです。それが、多分兄があとじさりに歩いて行ったのでしょう。見る見る小さくなって、とうとう一尺位の、人形みたいな可愛らしい姿になってしまいました。そして、その姿が、ツーッと宙に浮いたかと見ると、アッと思う間に、闇の中へ溶け込んでしまったのでございます。
 私は怖くなって、(こんなことを申すと、年甲斐としがいもないと思召おぼしめしましょうが、その時は、本当にゾッと、怖さが身にしみたものですよ)いきなり眼鏡を離して、「兄さん」と呼んで、兄の見えなくなった方へ走り出しました。ですが、どうした訳か、いくら探しても探しても兄の姿が見えません。時間から申しても、遠くへ行ったはずはないのに、どこを尋ねても分りません。なんと、あなた、こうして私の兄は、それっきり、この世から姿を消してしまったのでございますよ……それ以来というもの、私は一層遠眼鏡という魔性の器械を恐れる様になりました。ことにも、このどこの国の船長とも分らぬ、異人の持物であった遠眼鏡が、特別いやでして、ほかの眼鏡は知らず、この眼鏡丈けは、どんなことがあっても、さかさに見てはならぬ。さかさに覗けば凶事が起ると、固く信じているのでございます。あなたがさっき、これをさかさにお持ちなすった時、私があわててお止め申した訳がお分りでございましょう。
 ところが、長い間探し疲れて、元の覗き屋の前へ戻って参った時でした。私はハタとある事に気がついたのです。と申すのは、兄は押絵の娘に恋こがれた余り、魔性の遠眼鏡の力を借りて、自分の身体を押絵の娘と同じ位の大きさに縮めて、ソッと押絵の世界へ忍び込んだのではあるまいかということでした。そこで、私はまだ店をかたづけないでいた覗き屋に頼みまして、吉祥寺の場を見せて貰いましたが、なんとあなた、あんじょう、兄は押絵になって、カンテラの光りの中で、吉三の代りに、嬉し相な顔をして、お七を抱きしめていたではありませんか。
 でもね、私は悲しいとは思いませんで、そうして本望ほんもうを達した、兄の仕合せが、涙の出る程嬉しかったものですよ。私はその絵をどんなに高くてもよいから、必ず私に譲ってくれと、覗き屋に固い約束をして、(妙なことに、小姓の吉三の代りに洋服姿の兄が坐っているのを、覗き屋は少しも気がつかない様子でした)家へ飛んで帰って、一伍一什いちぶしじゅうを母に告げました所、父も母も、何を云うのだ。お前は気でも違ったのじゃないかと申して、何と云っても取上げてくれません。おかしいじゃありませんか。ハハハハハハ」老人は、そこで、さもさも滑稽こっけいだと云わぬばかりに笑い出した。そして、変なことには、私もまた、老人に同感して、一緒になって、ゲラゲラと笑ったのである。
「あの人たちは、人間は押絵なんぞになるものじゃないと思い込んでいたのですよ。でも押絵になった証拠には、そののち兄の姿が、ふっつりと、この世から見えなくなってしまったじゃありませんか。それをも、あの人たちは、家出したのだなんぞと、まるで見当違いな当て推量をしているのですよ。おかしいですね。結局、私は何と云われても構わず、母にお金をねだって、とうとうその覗き絵を手に入れ、それを持って、箱根はこねから鎌倉かまくらの方へ旅をしました。それはね、兄に新婚旅行がさせてやりたかったからですよ。こうして汽車に乗って居りますと、その時のことを思い出してなりません。やっぱり、今日の様に、この絵を窓に立てかけて、兄や兄の恋人に、外の景色を見せてやったのですからね。兄はどんなにか仕合せでございましたろう。娘の方でも、兄のこれ程の真心を、どうしていやに思いましょう。二人は本当の新婚者の様に、恥かし相に顔を赤らめながら、お互の肌と肌とを触れ合って、さもむつまじく、尽きぬ睦言むつごとを語り合ったものでございますよ。
 その後、父は東京の商売をたたみ、富山とやま近くの故郷へ引込みましたので、それにつれて、私もずっとそこに住んで居りますが、あれからもう三十年の余になりますので、久々で兄にも変った東京が見せてやり度いと思いましてね、こうして兄と一緒に旅をしている訳でございますよ。
 ところが、あなた、悲しいことには、娘の方は、いくら生きているとは云え、元々人の拵えたものですから、年をとるということがありませんけれど、兄の方は、押絵になっても、それは無理やりに形を変えたまでで、根が寿命のある人間のことですから、私達と同じ様に年をとって参ります。御覧下さいまし、二十五歳の美少年であった兄が、もうあの様に白髪になって、顔には醜い皺が寄ってしまいました。兄の身にとっては、どんなにか悲しいことでございましょう。相手の娘はいつまでも若くて美しいのに、自分ばかりが汚く老込んで行くのですもの。恐ろしいことです。兄は悲しげな顔をして居ります。数年以前から、いつもあんな苦し相な顔をして居ります。それを思うと、私は兄が気の毒で仕様しようがないのでございますよ」
 老人は暗然として押絵の中の老人を見やっていたが、やがて、ふと気がついた様に、
「アア、飛んだ長話を致しました。併し、あなたは分って下さいましたでしょうね。外の人達の様に、私を気違いだとはおっしゃいませんでしょうね。アア、それで私も話甲斐はなしがいがあったと申すものですよ。どれ、兄さん達もくたびれたでしょう。それに、あなた方を前に置いて、あんな話をしましたので、さぞかし恥かしがっておいででしょう。では、今やすませて上げますよ」
 と云いながら、押絵の額を、ソッと黒い風呂敷に包むのであった。その刹那、私の気のせいであったのか、押絵の人形達の顔が、少しくずれて、一寸恥かし相に、唇の隅で、私に挨拶の微笑を送った様に見えたのである。老人はそれきり黙り込んでしまった。私も黙っていた。汽車は相も変らず、ゴトンゴトンと鈍い音を立てて、闇の中を走っていた。
 十分ばかりそうしていると、車輪の音がのろくなって、窓の外にチラチラと、二つ三つの燈火あかりが見え、汽車は、どことも知れぬ山間の小駅に停車した。駅員がたった一人、ぽっつりと、プラットフォームに立っているのが見えた。
「ではお先へ、私は一晩ここの親戚へ泊りますので」
 老人は額の包みをかかえてヒョイと立上り、そんな挨拶を残して、車の外へ出て行ったが、窓から見ていると、細長い老人の後姿うしろすがたは(それが何と押絵の老人そのままの姿であったか)簡略な柵の所で、駅員に切符を渡したかと見ると、そのまま、背後の闇の中へ溶け込む様に消えて行ったのである。





底本:「江戸川乱歩全集 第5巻 押絵と旅する男」光文社文庫、光文社
   2005(平成17)年1月20日初版1刷発行
底本の親本:「江戸川乱歩全集 第三巻」平凡社
   1932(昭和7)年1月
初出:「新青年」博文館
   1929(昭和4)年6月
posted by koinu at 19:00| 東京 🌁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夏至の空

posted by koinu at 09:15| 東京 🌁| 観測 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月21日

タロットカードの星座と天体

無意識のうちにザリガニが、這い上がる世界。ふたつの塔に挟まれた月の変化とは?

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タロット占い方のページ。

http://penguintarot.seesaa.net/


《タロットカードの星座と天体》

T魔術師 双子座・処女座(水星)

U女教皇蟹座(月)

V女帝 牡牛座・天秤座(金星)

W皇帝 牡羊座(火星)

X法王 牡牛座(金星)

Y恋人たち 双子座(水星)

Z戦車蟹座(月)

[ 獅子座(太陽)

\隠者 乙女座(水星)

]運命の輪 射手座(木星)

]T正義 天秤座(金星)

]U吊し人魚座(海王星)

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]V死神蠍座(冥王星)

]W節制射手座(木星)

]X悪魔山羊座(土星)

]Y 牡羊座(火星)

]Z 水瓶座(天王星)

][魚座「海王星)

]\太陽獅子座(太陽)

]]審判蠍座(冥王星)

]]T世界 山羊座(土星)

愚者水瓶座(天王星)

《不正は正すべきか》

「LA JUSTICE」の天秤は平衡を保とうとします。正義というより「公平」。剣は、違法を罰する力。
人は生きる上で様々な想いを重ねるので、天秤は揺れます。昂まりと鎮まり、昇りと降り、喜びと苦しみ、得ることと与えること。
そして「公平」も「法」も、時代と社会その時々の価値観で揺れ動くもの。
8番のカードはただ厳しく罰する正義ではなく、慈悲も含んでいるのでしょう。
と、いうことで、ピクトスタイルのペンギンタロットでは、剣は少しだけ傾いています。天秤は、穏やかな和を願って、左右の違いはほんの少しだけ。

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タロット解説

http://zerogahou.cocolog-nifty.com/photos/22/

「さぁて、身軽に行こうかなぁ」

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善が存在すれば悪はなおさら悪く、悪があれば善はなおさら美しい。いや、おそらく――これには論議の余地があろうが――もし善がなければ悪はまったく悪ではないだろうし、悪がなければ善も善ではないであろう。


(トーマス・マン『ファウスト博士』関泰祐・関楠生訳)

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ピクトグラム図案風タロット

シンボリズムを極めて、深い意識下の世界から、俊敏なメッセージを詠むパワーカード。
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シンボリズムを極めて、深い意識下の世界から、俊敏なメッセージを詠むパワーカード。
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ピクトグラム図案風タロット
は、秘法22枚組のみ限定印刷。
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潜在意識に共鳴するカードを手にすると、あなたの世界が変わります。
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ペンギンタロットを使用した、占い方のページ。
限定制作カード格安販売中。

http://penguintarot.seesaa. net/

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仮にあなたがあと一年しか生きられないとしたら、何をして過ごしますか?その結論から、あなたが好きなことは何で、やりたいことはなんだと思いますか?

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posted by koinu at 14:00| 東京 ☔| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ファウスト博士』(Doktor Faustus)トーマス・マン1947年小説。

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『ファウスト博士』(Doktor Faustus)トーマス・マン1947年小説。

架空の音楽家アドリアン・レーヴァーキューン(Adrian Leverkühn)のをファウスト伝説を、元にして描いたマン晩年の長編作品。

「一友人によって語られるドイツの作曲家アドリアン・レーヴァーキューンの生涯」という副題のとおり、古典語学者ゼレヌス・ツァイトブローム(Serenus Zeitblom)が年下の友人であるレーヴァーキューンの生涯を語り記す。作者が1901年に短編の素材として着想して、1943年になって長編に書き直した。


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ドイツが大戦末期がツァイトブロームの語りに重ねて、創作に必要な霊感を得るために意図的に梅毒にかかって、悪魔に魂を売り破滅に向かうレーヴァーキューン。ニーチェとシェーンベルクをモデルにして、滅びゆくドイツを象徴する人物で、物語全体はドイツへの批判であり作者の自己批判ともなっている。


『ファウストゥス博士』の成立には、レオンハルト・フランクからの問いかけに対して、主人公には特定のモデルはないと作者が答えて、ハノー・ブッデンブロークを除いて、これほど愛したキャラクターは他にいないと述べたという。


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posted by koinu at 09:41| 東京 ☔| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月20日

山本太郎の政策案

【山本太郎の主な政策案】 


(1)東京五輪・パラリンピックの中止 


(2)全都民に10万円給付 


(3)授業料1年間免除 


(4)中小零細企業・個人事業主にマイナス分を補てん 


(5)病院を金銭的に支援 


(6)新型コロナウイルス第2波が来た際には都民1人に10万円 


(7)同様に、事業者には100万円 


(8)医療従事者、駅員、スーパー店員などエッセンシャルワーカーに危険手当として日給2万5000円 


(9)ロストジェネレーションやコロナ失業者を対象に都職員3000人採用 


(10)都立病院の独立行政法人化中止 


(11)都に災害対応の「防災庁」設置



「都政はこれでいいのだ!」

posted by koinu at 09:06| 東京 ☀| 報道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする