2020年04月10日

《休んでいた》The Strokesの新作

『ザ・ニュー・アブノーマル』より、収録曲「ブルックリン・ブリッジ・トゥ・コーラス」公開。

https://www.barks.jp/news/?id=1000180927

7年ぶりとなるニューアルバムからのシングル、サイケデリックなシンセ・サウンドを大胆にフィーチャーし新たな一面を魅せる。

https://youtu.be/9CAz_vvsK9M

躍動的なリズムと軽快なギターリフが炸裂した新たなストロークスの世界。

ジュリアン・カサブランカス(Vo.)のエモーショナルな歌声が全編に響き渡る、ダンサブルで美しい曲に仕上がっている。

https://youtu.be/5fbZTnZDvPA

posted by koinu at 21:00| 東京 ☁| 音楽時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「 わが失明について想う」ジョン・ミルトン

人生の道半ばにも達せずして、この暗き世界でわが明を失い、隠匿するにはその罪万死に値すといわれるわがータレントの才を内に蔵したまま無に帰せしむるのではないかと思い、しかも、かつては全身全霊をあげてこの才を用い、主に仕え、


主の再臨に際しては、その成果を正直に申告し、主の叱責を免れたい覚悟であったことを思うとき、私は愚かにも呟く、ー光を奪われた者からでさえも、主は終日の激しき労働を求め給うのであろうか、と。 


すると「忍耐」は忽ち私の泣言を遮って言う、ー 主は与えた賜物の返却も人間の業も求められはしない、やさしき軛きをよく負う者こそ主によく仕える者なのだ。


主の御国は勢威に富み、主の命ひとたび下れば、数万の天子の大軍休むことなく陸と海を超えて駆けてゆく。ただ佇立し、ただ持つ者もまた主に仕えている者なのだ、と。

(ジョン・ミルトン「わが失明について想う」平井正穂編「イギリス名詩選」岩波文庫)より



このミルトンの人間観には厳しい視点があると、詩人の西脇順三郎は指摘している。

「Miltonはクロムウェル政府の代弁者としてPuritanの思想をその文学の中に残している。彼は英国の詩に伝統を残したのみならず、当時のPuritan派の論客として、種々の方面で種々の説を唱えている。彼の詩に表されている思想は、悪の問題であった。

 そうした悪と人間との関係において人間を見るのであって、神はMiltonにとっては正義の根元であった。彼にとっては理想化された人間のみが人間である。Shakespeareの如く人間性を広くみなかった。

Shakespeareの文学になると人間の悪の方面をもそのままにありのままに見てゆき、むしろ悪を気の毒に感じ、人情をもってできるだけ人間を抱擁しようとするのである。Miltonになるとそういう不合理な悪の人間はこれを排斥するのである。ここにMiltonがPuritanの説教家といわれる誘因がある。」

(西脇順三郎「近世英文学史」より)

posted by koinu at 15:00| 東京 ☁| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『虎の威を借る狐』中国笑話

『虎の威を借る狐』
 楚の宣王が群臣にたずねた。
 「北方の国々では、わが国の宰相昭奏仙をおそれているということだが、ほんとうはどうなのか」
 誰も答える者がなかった。すると遊説家の江乙が進み出ていった。
「虎は、あらゆる獣を食い殺します。あるとき虎が一匹の狐を捕えましたところ、その狐は虎にこういいました。
 「あなたは、わたしを食べてはなりません。なぜなら天帝はわたしを百獣の王と定められているからです。あなたがわたしを食い殺すことは天帝のお心に背くことになります。もしわたしの云うことが信じられないなら、わたしがあなたの先に立って歩いてみますから、あなたは後から付いて来て、百獣がわたしを見てどうするかを御覧なさい。百獣はわたしを怖れて、みなこそこそと逃げ隠れるはずですから」
 虎は頷いて、狐と一緒に出かけました。狐と虎の姿を見ると、百獣はみな逃げだします。虎は百獣が自分を怖れているのだと気づかず、狐をおそれてそうするのだと思いました。
 ところで王の地は五千里四方、軍兵は百万。王はこれを専ら昭笑惶に委ねておいでです。北方の国々が昭笑仙を怖れますのは、実は王の軍勢を怖れているのであって、其れは丁度百獣が、狐をではなく、虎を怖れるのと同じことでございます」
    漢書(東方朔伝)

『半分わけ』
 兄弟が共同で畑を作った。収穫のときになって、兄が弟にいった。
 「半分わけにしよう。おれが上半分を取るから、おまえは下半分を取れ」
 「それは不公平じやないか」と弟がいうと、兄は、
 「そんなことはない。来年はおまえが上半分を取り、おれが下半分を取ることにすれば同じじやないか」
さて、翌年になって、弟が兄に種蒔きをせかせると、
「そう急ぐことはない。今年は芋をつくるんだから」(笑府) 
posted by koinu at 09:00| 東京 ☀| 本棚 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする